忠直は慷き慨る 第九幕

「……全く、訳がわからんぞ」


 地面から抜け出し、多くの観衆を引かせてしまっていたルーザーに驚きを禁じ得ないと男。


 確かにその頑丈さは目を見張るものがあり、とても高所から落下してきた姿とは思えない……その白けた空気の中でも「そいつはどうも」と動じていないかのように応えた精神力もだが。


「それはまぁ、私たちすら時々思うけど……それより、意外とピンチみたいじゃない。あなた……」


 顔の血を無造作に拭うルーザーへのポムカの言葉。


 その声音からはルーザーを心配している気持ちが見て取れるが、それ以上にルーザーが劣勢であるということに困惑しているようでもあった。


 しかし、「いや~、あいつの能力が面白いもんだから、つい」と笑顔で返すルーザー。


 その笑顔は決して強がりや嘘偽りといったものではなく、ただ楽しんでいるようなものであった。


「ついって……」

「大丈夫だって、何となく攻略法はわかったし。それに……からな。案外すぐに片付きそうだ」

「……なに?」


 ルーザーの言葉に眉根をひそめた男。


 たった数度の攻撃、数分の戦闘で何を分かられてしまったのかと男。

 しかし、発言者たるルーザーには余裕の表情すら見て取れるので、嘘かどうかもわからない。


「ハッ。さっき出会ったばっかってのに、俺……私の何がわかったってんだ?」

「そうだな……ま、ネタバレはテメェが負けた後にでもしてやるよ」


 一応の詮索も予想通りの空振り……そもそも期待していないので一向に構わないと男。

 それでも、ルーザーの余裕の表情が気に食わない、というより底が知れないと警戒する。


「……そ。それならさっさとやっちゃってよね。こっちだって色々あって忙しいんだから」


 一方のポムカ。

 ルーザーのその言葉に何か確信めいたものでも得たのだろうか、やや呆れながらも少し安堵したかの如く、ルーザーに皮肉めいた言葉を告げていた。


 エルは「ポ、ポムちゃん!」とルーザーの扱いに対して言いたいことがありそうだったが。


「ったく、相変わらず優しくねぇな……別にいいけど」

「ル、ルーザー君……」

「大丈夫だって。まぁ、そこで大人しく見t……「待て」……あん?」


 大人しく見てろと言う前に、話に割って入ったのはクゴットだった。


「ここからは教師である俺たちが引き継ぐ」

「ああ! ここまでコケにされて黙ってなんていられねぇからな!」


 自身の沽券。

 人に教える立場の面目。


 その躍如なり、汚名の返上なりをしたいと2人が男に歩み寄る。


 流石にその展開は予想していないと拍子抜けしたような顔をしたルーザーだったが、「……ま、そういうことなら仕方ねぇか」とやれやれといった顔で譲ることにしたのは、男の子としてこういう時の気持ちが理解できるからだろう。


 こうしてルーザーが譲ったことで、男の標的もまた教師たちへと変わる。

 しかし、一番厄介だと認めているのはルーザーのようで、決して視界からは外していないが。


「……ちっ。あの時、さっさと死んでおけばよかったものを……」

「その言葉……そうか、お前は先程の……だが、お前のような奴の思惑にそう簡単に乗ってやると思うな」

「ああ! オレたちにあんな真似をして敵愾心を抱かせたこと、後悔させてやるぜ!!」


 そうして、それぞれがそれぞれに戦闘態勢に移行すると、どちらからともなく例の解号を口にする。


菟糸燕麦としえんばく了了りょうりょうし、その悪しき根を絶ち枯らせ!」

「巨星を墜とせよ我が烈火! 轟き在世ざいせいひび割らせ!」


「「真技解放!!」」


枝垂しだ晶球しょうきゅう!!」

火薙徒大将かちかちだいしょう!!」


 男とは違う固有魔術の解号。

 固有魔術を十全に発揮するための本来の解号を口にし、真技解放を果たした2人の教師。


 その1人のクゴットの周りには、いくつものクリスタルのような多角形の物体が彼を中心に周回し始め、腕には手甲のようなクリスタルの物体、そして手にはクリスタルを先端に取り付けた杖が握られている。


 一方のデクマの左腕にはドでかい刀と手甲が炎を纏って装着されている。


 これが彼らの真技解放。


 クゴットの能力はクリスタルから放たれる光のレーザー。

 的確な操作のもと無数の敵にも対応するレーザーを放てる優れもの。

 彼のような魔術の研究のために時に数式を解き明かし、時に演算をこなすような人物だからこそ為せる業だ。


 一方のデクマの能力は見たままの力isパワーといった代物で、とにかく敵をぶった切るといった攻撃力に特化した至極単純なもの。


「このくだらない遊びも今ここで終わりにしてやる。いずれ騒ぎを聞きつけた他の教師たちも来る頃だろうしな」

「その前にお前はオレたちが打ち倒すがな!」


 そうして、それぞれの個性が垣間見える能力を発動した2人は男に対峙する。


「……そうだな。確かにこのままじゃ、お前らの言う通りになりそうだ」


 2人の教師の言葉を真実足り得ると受け入れた男。

 しかし、その相貌からは焦りのようなものは見受けられず、どこまでも冷ややかなものでしかなかった。


「だけど、それは俺が……私がお前らの相手をしたら、だろう?」


 目を見開き、教師たちを睨みつけた男。


 空気が変わる。

 辺りのマナが蠢きだす感覚をルーザーだけが感じ取る。


「……っ!? お前ら、飛べ!!」


 おそらくポムカたち、そしてそれ以外にも向けた的確な指示だったはずだ。


 だが、そう言われても急なこと。

 咄嗟に動けないのも無理はなく、結果的にはその言葉に合わせられることができた者は教師を含めて誰一人としていなかった。


「グラゾウェード・エルギスタ!!」


 男の固有魔術――エネルギーを増大させる力で地面を踏みしめた足の衝撃を絶大なものへと昇華させたことで、安全地帯であったはずのポムカたちの足場は打ち砕かれ、そこは巨大な穴と化してしまう。


「え……?」

「しまっ……っ!?」


 集まっていた総勢200名近くの生徒、ならびに教師たちが為す術なく落ちていく。


「足場がっ!?」

「キャァァ!!」


 穴の中で響き渡る阿鼻叫喚。

 その言葉が相応しいほどの反応を生徒たちが見せている。


 一方、冷静に対処しようと努めていたのがクゴットとデクマだ。


「くっ! ……ウフレッティア!!」


 クゴットが自身の固有魔術たる無数のクリスタルたちからレーザーを放つと、生徒たちを拾い上げようとする幾重にも張り巡らされた網のような物を形成する。


 しかし、所詮はレーザー、当たればひとたまりもない。


「余さず凍れ! コルド・マナク!」


 だが、それはクゴットも承知であると、その幾重にも張り巡らせた網目状になったレーザーを今度は凍らせると、落下していく穴の奥に氷の網を完成させる。


「きゃっ!」

「がぁ!!」


 網に落ちてくる生徒たち。


 途中、幾重にも張り巡らされた氷を突き破りながらの落下であったためか、最終地点まではいくらか落下速度を下げて着地した生徒たち。

 しかし、それでも柔軟性皆無の物に当たりながらの落下であったため、多くの生徒たちは痛みで声をあげている。


 それでもさらにその下に落とされるよりはマシなので、誰も文句は言わないが。


「うぉおおお!!」


 一方のデクマも左腕の刀を操り、落下中の穴の側面に刀を差して静止すると、もう片方の腕(無手状態)を生み出し、その手の中で落下する数十名の生徒たちを受け止めていた。


 これで多くの生徒たちが救われていたが、デクマの腕、クゴットの網をすり抜けてしまった生徒たちが多くいた。


 その中の1人であるポムカ。


「エル! 皆! 手を出して!!」


 教師たちと同様に努めて冷静でいた彼女もまたエルや仲間たちに手を差し伸べ、自分を含めて輪になるように繋がせると、「浮遊せよ! アールブサント!」と浮遊の魔術(正確にはゆっくり落ちていく魔術)を行使し、穴の底に落ちる前に難を逃れる。


 それを見た他の危機的状況だった生徒たちもまた、同じ魔術を行使したことで死亡の危機を回避する。


「流石にこの程度ではダメか。……だが! ここに魔獣どもを落とそうものならどう……「やらせるかっての!」!?」


 穴の淵で中の様子を観察していた男。

 皆が皆無事であったことを確認したことで、更なる追撃を仕掛けようとするものの、この場で唯一落下を免れていた男、ルーザーの飛び蹴りがヒットしたことで、その活動ができずに森の奥へと吹き飛ばされてしまう。


「ぐっ!!」

「……ふぅ。これで穴ん中は大丈夫そうだな。……あいつらも無事みてぇだし、後はあいつをぶちのめすだけだな!」


 ポムカたちの安全を確保したルーザー。

 チラッと中を覗きつつ、ポムカたちがゆっくり落ちて行っている姿を確認すると、そのまま男を追って森の中へと走り去る。


 このまま放っておけばポムカ達がピンチになりかねないので当然とも言える行動だったが、「あっ、おい! 待て!!」と、その様子を穴の中で見ていたクゴットが声を出していた。


 先程のように自分がやると決めた相手に対して向かって行ってしまったルーザーを心配してのことだろう。


「ったく……あいつ、自分の成績が落ちこぼれだってこと、理解してないのか?」

「とはいえ、今はあいつに時間を稼いでもらうしかない。男の言うようにここに猪どもを落とされたらひとたまりもないんだからな」


 氷の網の上で合流したデクマの言葉に、「……歯がゆいが、確かにお前の言う通りか」とクゴット。


 流石にこの状況でルーザーを心配している場合ではないと、受け入れざるを得ないようだった。


「ともかく急いで穴の中から出るぞ! 壁を登る魔術や空を飛べる魔術など、自分で這い出る手段のある者は急いで出ておけ。それが使えない者は俺たちに声をかけろ。いいな!」


 クゴットの教師ムーブに流石に反論する者はいないようで、貴族たち含めて素直に受け入れる。


 ちなみにメゴボルとナカリーラは、今もなお穴の外にある避難所の片隅でいじけていたので無事だったりするが

……どうでもいい話か。


「……あいつ、大丈夫なのかしら。あんな怪我で……」

「そうなんな……。めっさ、痛そうやったし……」


 一方、ゆっくりと穴の底に着地したポムカたち。


 はるか上空にある穴の淵を見つめながら、敵を追って行ってしまったルーザーを心配している。


「まぁ、でも大丈夫そうじゃない? ルザっちなら」

「なんか~、やってくれそうですよね~」

「確かに。顔も、鍛えてるって、言ってた、し」


 ポムカとエルの心配を他所に、何となく信頼がおけるとナーセルたち。


「それはまぁ……」

「顔鍛えとるん、ルーザー君だけやしな」

「なら、うちらはルザっちのこと信じてよ? そもそも、ここを出ないことには心配の意味も無いしね」


 ナーセルの言葉に、それもそうだとエル&ポムカ。


 そうして、とにかく今は上を目指そうと使える魔術をもとに穴の外を目指すことにしたのだった。




「ちなみにエルは、この状況で何か使える魔術はあるの?」

「……オラはその……平地での狩りしかやらせてもらえんやったから……」

「……ハァ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る