晨星はほろほろと落ち落ちて 第二十三幕

「……はっ! ……って、どこだ? ここ」


 ペシュフーロンの北東。

 町はずれよりも更に外れた森の中。


 時刻は少し戻って、闘技大会決勝戦直後。

 クエルによって遠くまで吹っ飛ばされたルーザーがようやく目を覚ましたその場所は、鬱蒼とした木々以外には何もない、そんな静かな場所だった。


「痛たたた……くそ~、エルめ~。あいつのせいで流石に受け身も何もとれなかったからな~。気ぃ失ったのなんていつぶり……って、あれ?」


 ここに飛ばされてしまった元凶に文句を言いつつ、不意に痛みがあるおでこを触ってみたルーザーは、そこに何かが塗られていることに気付いて掌を見る。


「なんだこれ?」


 すると、手に付いていたのは緑色の何か。

 液体ではないが個体でもないペースト状のそれを指で擦り合わせつつ、クンクンと匂いを嗅いでみると、間違いなく草だという匂いがルーザーの鼻腔を刺激する。


「もしかして、これ……よもぎか?」


 よもぎ

 その成分には止血作用があり、今の怪我したルーザーにはピッタリな代物だ。


 そんな効能をド田舎出身であるがゆえに熟知していたルーザーは、そもそも誰が塗ったんだと辺りを見ると……


「……起きた?」


 後ろから6~7歳と思しき1人の少年が声をかけてくる。


「もしかして、お前がこれを?」


 手に付いたすり潰されたよもぎを見せるルーザー。

 すると、少年はコクンと頷き肯定する。


「姉ちん言ってた……困ってる人、助けないと、貴族みたいな変な人になっちゃうよって」

「……ふっ、そうかい」


 なんて皮肉の効いた戒めだと失笑するルーザー。


「……ってことなら、こっちも何か礼をしねぇと、俺も同じになっちまうってことだな」


 パッと起き上がりつつ、結局身長差があったために視線を合わせようとしゃがんだルーザーは、「って訳で、何か礼がしたいんだが何かねぇか?」と少年に問いかける。


「ん~……」


 その言葉に頭を悩ませた少年は、不意に手に持つ草を差し出してくる。


「なんだ? またよもぎか?」

 

 しかし、よく見るとそれはよもぎではないなとルーザーが、一体なんだろうとその植物を改めて観察していると……


 ぐ~。


 少年のお腹が鳴り響く。


「……って、なんだ? 腹減ってんのか?」


 肯定のために頷く少年。


「なるほど……」


 つまりこれは、食用のために集めた野草であり、蓬も食用に使えるからこうして傷に塗ってくれたのかとルーザー。


「それじゃあ、ちょっとごちそうして……やりてぇところだが、金はろくに持ってきてねぇからな」


 今回の旅行はポムカのためであって、観光するつもりはなかったとルーザー。


 一応、道中で返り討ちにした人狩りを捕まえた報酬があるにはあるが、今から戻るのはそれはそれで面倒だと考えると……


「……なぁ? この辺りに獣とかいねぇか? 魔獣でもいいんだけど」


 と、普段の生活でも活用している方法に活路を見出す。


「? いるよ。危険だから、姉ちんには行くな言われてる所に」


 ルーザーの言葉に、町から更に離れる方角を指差した少年。


「そうかい。なら、そいつを狩って食わせてやるよ」

「本当?」

「ああ。こう見えて狩りは得意なんだ。……というより、狩りしか得意じゃねぇまである」


 おかげで魔術学校の生活はやや退屈だ~というのはこの少年には関係ねぇかとルーザーは、力こぶを見せつけるように自身の腕力自慢をしつつ、「んじゃ、案内頼むわ」と肩に少年を乗っけて、そのまま奥へと走り出す。


 一方の少年は、突然肩に乗せられて驚いたものの、そのルーザーの速さ、そしてピョンピョンと木々を飛び回る動きに楽しみを見出すと、「お~! 早い早い~!」と感嘆の声を漏らすのであった。


 ◇ ◇ ◇


「姉ちん、ただーま」

「お帰り。遅かったのね」


 木深い森の中。

 お世辞にも綺麗とは言い難いがやや大きめの小屋の軒先――木々に埋もれているが故、そこに家があると知らなければ出会えないであろうその場所で、先ほどの少年が姉ちんと呼んだ少女に出迎えられる。


「おみやげある」

「お土産?」

「……お~い、ここでいいか~?」


 少年の言葉に首を傾げつつ、少年が見ている先を見てみると、そこからやって来たのはルーザーだった。


 その手には狩ったと思しき巨大な鹿の足が握られており、ズルズルと引きづりながらやってきていた。


「ちょっ!? ゲーウ!? だ、誰あれ!?」

「森で倒れてた」

「倒れてた? ……って、そうじゃないでしょ! わたし、いつも言ってるよね? 誰かに話しかけちゃダメって!」

「でも……悪い人じゃ、ないよ?」

「そ、それはそうかも知れないけど……でも、それでもしに変な風に思われたら……」


 純真無垢といった少年の瞳に、言葉を詰まらせる少女。 

 その瞳には文句も苦言も言い難いといった様子ではあったのだが、彼女は彼女で何かに困惑しており、どうしたものかと焦っている。


 そんな少女の様子を見たルーザー。


「なんかよくわからんが……俺が居たら困るなら行くぜ? 一応、礼はしたしな」


 狩った鹿を無造作に家のそばに置いたルーザーは、よくはわからなかったが気を遣ってやろうとその場を立ち去り始める。


 ……しかし。


「……あん?」

「一緒、食べてく」


 ゲーウと呼ばれた少年に懐かれてしまったのか、ズボンの裾をギュッと握られ動けない。


「一緒にって言われてもな~」


 ルーザーはそんなゲーウの様子をどうしたもんかと少女を見ると、少女は少し困った表情をしたものの、「……わかった。それじゃあ、今日だけね。そもそも、それどうやって解体したらいいかわからないし」と根負けしたように、ため息交じりにゲーウの言葉を聞き入れる。


「……そうかい。なら仕方ねぇな」


 そうして、少女に包丁か何か無いかと尋ねたルーザーは、器用にその鹿の解体を始めるのであった。


「……っていうか、それなんですか?」

「いや、どう見ても鹿だろ? 魔獣化してるけど」

「た、食べて大丈夫なん、ですか……?」

「魔獣化してるっていっても、マナで急成長しただけだしな。変な物食ってなきゃ大丈夫大丈夫!」

「は、はぁ……」


 ◇ ◇ ◇


「「「美味し~い!」」」

「……いや、こんなにガキが居んのかい」


 なし崩し的に始まった小屋の外でのバーベキュー。


 ジュージューと美味しそうに焼けていくお肉に我先にと手を付けていく子供たちを見て驚くルーザー。


 しかし、それもそのはず。

 バーベキューの準備の際、しばらく家の周りに居たのだが、その際には見なかった子供たち(何とかなく程度だが家の中に5~6人ぐらいの子供がいると予想していたルーザー)が、いざ肉を焼き始めたら徐々徐々に増え始め、今では20人近くの大所帯になっていたのだから、一体こいつらはどこにいたんだと思うのも無理はない。


「……え、ええ、まぁ……」


 呑気に食べている20人近くの子供たちを余所に、どこかバツが悪いと顔を伏せている一番年上と思しき少女(それでも12~3歳程)。


 そもそも、このバーベキューセットの準備とておかしかったとルーザー。


 最初にバーベキュー用の道具が無いということで、なら急いで屋敷に取りに行くと言うルーザーを何故か拒み、急いで自分で準備をすると言った少女を待つこと数分、いきなりこうして立派な鉄板が用意され、最初に無いと言ったのは何故かとの問いにも「色々と……」と言葉を濁していたのだから。


 それ故の彼女の対応に、改めて首を傾げていたルーザーだったが……


「あれ?! 皆、お肉食べてるの?! ずるーい!」


 と新しい少年少女が家の中から現れたことで、「って、まだ居んのかい!?」と驚きの方が勝ってしまう。


「……え?!」

「……あれ? 誰? その人……」


 見たことのない男がいると警戒してしまう子供たちだったが、やはり空腹には勝てないのか、それとも肉料理が珍しいのか、警戒よりもバーベキューの方に興味を持ってしまっている。


 その視線に気付いたルーザー。


「……ま、いいや。ほれ。お前らも食え食え」


 諦めたかのように手をひらひらさせつつ、バーベキューに参加しろと声をかける。


「いいの?!」

「ああ」

「やった!」

「ありがとう!!」


 こうして、新しくバーベキューに参加した8人の子供たちを余所に、冷や汗を掻きながらどう説明したものかと最年長の少女は顔を伏せる。


「……どうした? お前は食わないのか?」

「え? ……いや、その……」

「育ち盛りなんだから、お前ももっと食わねぇと」

「で、でも……」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑顔を見せるルーザー。

 しかし、どこかまだ遠慮しがちな少女は、肉を美味しく調理している鉄板のそばには行こうとしない。


「……言ったろ? 『ま、いいや』ってさ」

「え?」

「なんか色々あんだろ? だったら聞かないでおいてやるから……それより、たんと食え。たんと。そんな貧弱な体してたら、俺以外にも心配されて、余計面倒なことになっちまうぞ?」


 確かにそばに居る少女だけでなく、ボロボロのマントを羽織っただけの少年少女の時折見える体付きは、貧相どころか骨が浮き出る程にやせ細って見え、その健康状態には心配してしまうことだろう。


 そんな彼女を慮り、『どうでもいい』と決めたルーザーの言葉に、少女はルーザーを驚いた瞳を向けるも……


「……そ、それじゃあ」


 恐る恐るといった様子で受け入れつつ、バーベキューに参加することに。


「ねーちん」

「ユファ姉も食べなよ!」


 そんなユファと呼ばれた少女が子供たちの輪に近づくと、我先にとお行儀悪く肉を頬張っていた少年少女たちもまた、彼女には場所を譲ってあげている。


 そうして、摘まみ上げた一枚の鹿肉もみじに、事前に準備していたタレを付けて食べた少女。


「……ん、美味しい……」


 久々の食事、ないし御馳走に心安らいだと言わんばかりの笑みをこぼすのであった。


「だよね!」

「こんなご飯久々だよ!」

「ご飯……って、そうか。白飯しろめし無かったな。まぁ、今更準備しても遅いけど」

「って、あ! それあたしの!!」

「へへ~ん! 早い者勝ちだよ!」

「もう~! ユファ姉~!!」

「はいはい、喧嘩しないの。まだたくさんあるんだから」

「ふふっ……ちゃんと焼いて食えよ。鹿の肉は生はやべぇからな」


 おかげで昔、腹壊して大変だったと実感を持って語るルーザーに笑い声をあげた子供たちは、「「「は~い」」」と受け入れつつ、バーベキューを再開する。


 そうして訪れたこの一時ひとときは、まるでこの子たちには存在しなかった時間だとでもいうように、子供たちに無邪気さを思い出させ、そんな子供らを見たユファもまた安らぎに満ちた表情で微笑んでいる。


「……」


 そんな光景を見たルーザーもまた、心安らぐと言わんばかりに微笑んでいた……のだが。


 子供たちの輪の中で唯一、丸坊主の少年だけが、ジッとこの状況やルーザーを無表情で見つめていたのであった。

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