第5話 天使の懇願

 勝敗は決した。石柱に叩き付けられたアルケーはぐったりとして動かない。

 そんな女神の首を取るべく三郎は太刀を抜いた。


(神の首か。これを持ってけば、親父殿や兄者達はどんな顔をするかなぁ?)


 海に落っこちた時は、こんな最期なんて認められるかと悔しがったものだが、死後にこんな武威示せる事に巡り会えるとは何たる僥倖。

 太刀の切先を女神の喉に向けた。


「お待ちを! どうかお待ち下さい!!」


 その時、血相を変えた天使が割って入った。


「我が主の非礼をお詫びします! 何卒ご容赦下さい! 代わりに私を好きなようにして下さい!」


 1人だけではない。同じ様な格好をした天使達がどこからともなく現れ、私も私もとアルケーを庇う。

 怒り心頭だった三郎もこれには動揺した。元々こういうシチュエーションに彼は弱い。

 それこそ死ぬ前の戦いで、父を庇った息子に感じ入り父子共々見逃したばかりなのだ。

 あの時の若武者とこの少年の様な容姿をした天使達が重なって見えた。

 うむむむと悩む。

 女神という、またとない大物の首がそこにあるのである。だがこの健気な天使達の思いも蔑ろにしたくない。

 そして遂に三郎は折れた。


「あー、分かった。お前さん達の忠義と勇気に免じて許してやる」

「ありがとうございます!」


 天使達は安心して破顔する。

 だがそこで終わるほど三郎は単純ではない。


「その代わり、何か戦利品が欲しいな。女神に打ち勝った証がな」


 天使達は困った様子で顔を見合わせる。

 そして最初女神の近くにいた側近と思われる天使が、前に出て来て不思議な模様をした巾着袋を差し出した。


「あまり大きい物は入りませんが、この口に入る物であれば何でも入れる事が出来ます。これをお受け取り下さい」


 三郎はその言葉を確かめる様に手を巾着袋に突っ込む。するとたかが掌程度しかない大きさなのに、どこまでも腕が入ってしまうではないか。


「凄えなこれ! 気に入った! この底無袋そこなしのふくろは有り難く頂戴するぜ!」


 貰った底無袋を腰に結びご機嫌に笑う。その様はまるで山賊だ。

 アルケーは天使達に担がれどこかへ連れて行かれた。

 後には側近の天使だけが残った。


「まだ何かあるのか?」


 何故か1人残った天使に問う。


「朝比奈三郎義秀様にお願いがございます。我が主、アルケー様と共に魔王カラミティを倒しては下さいませんか?」

「あ? 魔王だと?」


 突拍子もない話しに思わず聞き返す。


「はい。実はアルケー様が司る世界。貴方様の世界とはまた別世界なのですが、そこでは魔王が暴れ回り人々を苦しめ、マナまでも奪っているのです」

「マナ?」

「神の力の源となる物です。マナが減れば我が主は力を失い、やがて消滅してしまいます」


 年貢みたいな物かと三郎は解釈した。

 神仏の事情は分からないが、自分達に例えるなら「所領で賊が暴れていて、田畑の作物を盗んでいる」といった所だろう。


「アルケー様は自ら魔王討伐を決意されました。ですが奴は強敵。その従者にと貴方様を召喚したのです」

「その割には追い返そうとしてたじゃねえか」

「非礼をお詫び致します。貴方様の実力を見誤っておりました。どの様な人間が来るかまでは分からないのです。ですが我々はアタリを引いたようです。貴方様ほどの強者であれば申し分ありません」


 勝手な、とは思いつつも、三郎はその話しに興味を唆られた。魔王と言う神にも勝りそうな敵との戦いに誘われたのだ。武人として血が騒がない訳がない。だが一つだけ気になる事がある。


「なあ、俺は死んだんだよな?」


 死んで冥土に行く筈の魂が別の世界に行けるのか疑問だった。

 だが天使は首を横に振った。


「いえ貴方様は生きていらっしゃいます」

「何だと!?」


 その言葉に三郎は仰天の声を上げて天使の胸ぐらを掴んだ。


「なら俺を元の世に戻しやがれ! まだあっちでやらなきゃならねえ事があんだよ!」


 親父殿や兄弟達の仇が討ててない。

 領地を守らなければならない。

 残した仲間達も気掛かりだ。

 三郎は必死に訴える。もし言う事を聞かないなら、こいつを先ほどの女神と同じ目に合わせるつもりだった。


「それは出来ません! 確かに貴方様は生きてらっしゃいますが、あちらの世界では死んだ事になっているのです!」

「ああ? どういう事だ?」

「我々が召喚出来るのは、別世界で死の運命にある者だけなのです。ですから貴方様はもうあちらの世界に帰れません。貴方様に残された道は、その死の運命に従うか、別世界で新たに生きて行くかのどちらかなのです」


 三郎は彼を開放し大きく息を吸った。


(生きているが死んでいる? 何だそりゃ? 結局俺はあんなので終わりなのかよ……)


 無念を晴らせず、何も守れず、無様な最期を迎えた。しかもまだ生きているのに世界に拒まれそれが出来ない。こんな悔しい事は無いだろう。


(だったらもう一度暴れ回って、今度は武士らしく死んでやらあ!)


 彼は坂東武者だ。武に以て土地を勝ち取り、武を以て土地を守って来た一族の末裔。武を尊ぶそのあり方は彼が生きている限り揺らぐ事はない。


「分かった。その話し乗った! この朝比奈三郎義秀! 魔王の首を上げて、この武威を女神様に示してやろうじゃねえか!」


 己が死ぬその時まで突き進むしかない。

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