第4話 朝比奈
1人の武士の声に神域が震撼した。
朝比奈三郎義秀ーー。
この名はまず歴史の教科書には出て来ない。1000人の日本人に聞いて1人知っていれば良い方だ。
彼は源頼朝のように偉業を成した訳でもなければ、源義経のような人を惹き付けるドラマ的な勝利も無い。
むしろ歴史の中では勝者に負ける脇役。鎌倉幕府執権北条氏に逆らい、わずか2日で敗戦した和田一族の一将でしかなかった。
だがそのたった一戦で彼は伝説となった。
『神の如き壮力をあらわし、敵する者は死することを免れず』
幕府方の歴史書『吾妻鏡』にはそう記されている。
だがそんな後世の事など彼は知らない。
彼が今考えている事、それはただ目の前の戦に勝つ事だ。
すなわち自分を侮辱した女神の首である。
「うるっさーい! ってか何で名乗った!?」
まるで戦闘機のジェット音の様な腹に来るバカデカ声にアルケーと天使達は堪らず耳を塞いだ。
「お前さんは俺をコケにした。ならもう戦だろう? 女とは言え神仏と戦えるたぁ武士の誉れ! いざっ!!」
三郎は弓に矢を番えヒュッと射る。
危ないと思った天使達がアルケーを押し倒して、その矢を躱した。
「邪魔! 退きなさい!」
庇った天使を退かせ、アルケーはアーリーライフルの銃口を無礼な人間へと向ける。
「
詠唱名と共に淡水色の光弾が撃ち出される。
鎌倉時代の人間は知らない「銃」という射撃武器。だがそんな物知らなくとも敵意を持って向けられたという事だけで十分だ。
三郎は銃口が向けられた瞬間、武士の直感とも言うべき危機察知能力ですぐさま石柱の影に飛び込んだ。
「チッ! ちょこまかと!」
アルケーはゴリ押しとばかりに魔弾を石柱に向けて撃ちまくる。
隠れようが無意味。あちらの武器は所詮弓矢だ。矢を番え、狙いを澄まし、矢を放つまでにこちらは3、4発もの魔弾を撃ち込む事が出来る。更に女神である自分には魔力切れによる弾切れなんて事は無い。
「身の程知らずな人間め! 女神の力を思い知りなさい!」
自分の神域の物であろうとお構い無し。三郎の隠れた石柱に暴風雨の様な魔弾を放ち続けた。
だがその時、石柱の根本が砕けてこちら側へと倒れて来た。
「やっば撃ち過ぎた!?」
いや違う。
これは石柱に隠れていた三郎の仕業だ。彼はその自慢の怪力を使って神域にそびえる柱を押し倒したのだ。
だがまさか人間の力で折れるなんて思っていないアルケーは、これが自分の乱射に因るものだと勘違いした。
潰されてたまるかとアルケーはすぐさま横に飛び退いた。こんな物を躱すなんてどうって事ない。
しかしその時、倒れる石柱の上から人影が舞い出た。
三郎だ。
彼は倒れる石柱を駆け上がり、アルケーとの距離を詰めたのだ。
「バカね!」
勝ったとアルケーは思った。
空中ではこちらの攻撃を回避することは出来ない。
脚に急ブレーキを掛け、アーリーライフルの銃口を三郎に向けた。がーー、
「キャッ!?」
咄嗟の動きで身体が追い付けず、脚がもつれて転倒する。そこへ三郎が飛び掛かって来るも、何とか這いながら逃れた。
だが何て事はない。あっちは刀と弓しか持たない野蛮人だ。
あちらは攻撃する為には全身を使って武器を操る必要があるが、対してこちらは指一本で攻撃が可能。
「もらった!」
この距離なら狙わなくても当たる。
勝利を確信しアーリーライフルを構えた時、横薙ぎに迫って来る石柱をすんでの所で頭を下げて躱した。
ガァンッ!!
頭の向こうで柱同士がぶつかり砕け音が響く。
何故いきなり石柱が飛んで来たのか?
それは信じられない事だが、目の前の男による投擲である事は明白だった。
(あの石柱を投げ付けたって言うの!? 片手で!?)
「うわぁぁぁーーーー!!」
鬨を上げて三郎が迫って来る。
その神をも恐れぬ狂気の形相にアルケーは気圧され、そして両者は取っ組み合いとなった。
「ぶ、無礼者! 私に触れるな!」
「うっせぇ! どうせ冥土に行くならオメェの首を手土産にしてやらぁ!」
「頭イカれてんじゃないの!? 離しなーーひゃぁっ!?」
突如、アルケーの視界が一回転し身体に痛みが走る。
(え? 何? 投げられたの?)
と思った矢先、また視界がぐるんと回って全身に痛みと衝撃が走る。そしてまた同じ様に世界が回る。
三郎はアルケーの身体をまるでぬいぐるみを扱う様に、彼方へゴロン此方へゴロンと何度も何度も床に叩き付けた。
抜け出そうと暴れても無駄だ。手足をじたばたさせたところで、三郎の力には敵わない。
何故ただの人間が神以上の力を持っているのか?
そんな事を気にする暇なんてない暴力の嵐が彼女を襲い、そしてとうとう女神の手からアーリーライフルが落ちた。
三郎はトドメとばかりに彼女を石柱に投げつける。
叩きつけられたアルケーは受け身を取ることも出来ず地面に横たわった。
「うっ……。つぅ……」
痛い。
やっと解放されたが、もう戦う気力は残っていない。ぐらぐらする意識の中、アルケーの目の前には太刀を抜く三郎の姿が映った。
(ヒィ!? は、早く、回復しなきゃ)
回復魔法を発動しようとするも、いつもみたいに集中出来ない。
天界屈指の力を持っていた彼女にとって、ここまで自分を痛めつけた相手は初めてだった。もちろんこれ程の恐怖を味わった事もない。その恐怖が女神の魔法の発動を邪魔しているのだ。
(何で私が……。まだやらなきゃいけない事があるのに……。こんな事で死ぬの?)
近付いて来る鬼神の如き武者に恐怖しながら、アルケーの意識は闇に落ちて行った。
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