第2話 震えるおっさんとモンスター

 冬の朝、私は駅のホームで電車が来るのを待ちながら、スマートフォンの画面にいるポケモンに向かってモンスターボールを投げまくっていた。


 さっきから自分でも引くほど、わけの分からない方向にボールを投げつけている。

 あまりのコントロールの悪さにモンスター達は恐怖で震えているかもしれない。


 あぁ、駄目だ。

 またボールを切らしてしまった。


 画面の左上にある人が走っているようなマーク、「逃げる」というコマンドを選択して私は現実世界に帰る。

 

 私はコートのポケットにスマートフォンをしまい、急いで手袋を身につけた。

 電車の発車時刻が近くなると、暖かい駅の改札からスーツを着た人間がゾロゾロとホームに流れていく。


 しかし、いくら待っても電車は来ない…

 雪の影響で遅延している様子だった。

 多くの人間が焦りからイライラし始め、不穏な空気が流れている。

 私も仕事に遅れるかもしれないという不安はあったが、そんなことより左隣に並んでいるおっさんがさっきからずっとブルっブルに震えているのが気になって仕方がない。


 私はマフラーに顔を埋めながらチラりと左隣に目線を映す。


 「あ。」


 12月の北の国では見たことのない光景だった。

 謎のメッシュキャップに黒色のダウンベスト、白色の半袖Tシャツ、短パン、リュック。 


 明らかにポケモンを捕まえにいく格好だった。

 60代の「サトシ」は唇を紫色にして、鳥肌を立たせながら電車の到着を待っている。

 そんなおっさんを横目に私は再びスマホを取り出した。


 ダウンベスト…。

 イマイチ防寒性を信用していなくて今まで着たことがなかったし、周りに着ている友人を見たことがなかったから気になってはいた。


     『ダウンベスト 効果』

     『ダウンベスト 時期』


 ネットで調べてみると、

「ダウンベストは袖がない分、動きやすくて保温性が高い、インナーとの合わせ方によってファッションの幅が広がるオシャレアイテム。

平均気温10〜15度が着用のタイミングである。」

と、紹介されている。


 おい家族よ、父親が冒険に出る前に一言言ってあげてくれ。

 私は心の涙を流しながらすぐ近くの自販機へ向かい、おっさんの元へ駆けつけた。

 

 「あ、あの。寒くないすか…?

よかったらこれ。」

 

 私はポケットからさっき買ったコーンスープを取り出して、瀕死状態のおっさんに手渡した。


 「え、いいんですか?」


「もちろんですよ。風邪引いちゃいますよ…

ご自宅この辺なんですか?」


 「そうそう、めちゃくちゃ近所。

 でもねお兄さん、このダウンのおかげで背中とお腹はポカポカしてとってもあったかいんすよ。

 今流行りのダウンベスト!」


 「あ、いやでも、」


 私の言葉を止めるようにおっさんはシーっと口に手を当てて、続けた。

「 でも!今日は失敗しちゃいました。

 シマウマ模様のロンTにすべきでしたね。

 はははっ!」


鳥のような腕をペチペチ叩きながらおっさんは照れたように舌を出した。


 「はははっ」

 私はまた「逃げる」コマンドを選択した。




 オシャレって難しい。




 それでも、こんな忙しない朝の時間をほっこりさせてくれたおっさんにちょっぴり感謝しながら、私は電車に乗り込んだ。



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