第五章⑤
「いやはや失礼した。まさか知った顔に会えるとは思わなかったのでね」
席に着いた朱音の前に、細工の綺麗なティーカップが置かれ、そこに紅茶を注がれた。
あまり紅茶に詳しくない朱音ではあるが、その芳醇な香りだけでとても良い茶葉であることはわかった。
白竜も朱音の向かい側のソファに座ると、改めて朱音を見つめる。
「それにしても朱音ちゃん。とんでもないモノに好かれちゃったねぇ」
クロが朱音の傍で立っているのは見えているだろうに、全く気にした様子も無く、ケラケラと白竜は笑う。
朱音は何と言っていいかわからず、苦笑いを浮かべることしかできない。
「朱音ちゃんの依頼はできるだけ聞いてあげたいんだけどさぁ。相手が忌神くんとなると話は別だからなぁ。払うのは至難の業だし、忌神くん、ずっと君のことを思い続けていたし……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は別に、クロを払ってほしくて来たわけじゃありません!」
「え、そうなの?」
予想外だと目を丸くする白竜に、朱音は告げた。
「実は今、学園の方であやかしによる事件が起こっていて……」
「ほお」
そうして朱音は、一連の出来事を白竜へと話し始めた。
真衣のことをどこまで話すか少しためらいもあったが、気付けばとても真剣に話を聞いてくれている白竜を前にしたら、出来得る限りを話したくなった。
それもこれも、一刻も早くこの事件を解決したいがためである。
今こうしている間にも、真衣は『呪い返し』の影響で苦しんでいるのだから。
「ふむふむなるほど。だいぶ大変なことになっているようだねぇ」
口元に手を当て、白竜は考え込む。
「『狐』は実体こそそこまで強くはないが、こと『呪い』に関しては実に面倒臭い強さを誇っているからな。しかも今回の件は、忌神くんが言うように『黒幕』がいるようだ」
「『黒幕』が、真衣に『呪い』をかけるよう命令したんでしょうか?」
「おそらくは。『狐』を呼び出したのは『黒幕』だが、『呪い』の発動をしたのが朱音ちゃんのお友達なのだろう。だからお友達が倒れた今でも『呪い』は続き、そして『呪い返し』はお友達の元へ返っていくという始末。うーん、なんたる外道か」
「そうなんです! だから早く『黒幕』を見付け出したいんです!」
つい声を張り上げてしまった朱音はハッと我に返り、恥ずかしさをまぎらわすように紅茶を口にした。
口の中いっぱいにホッとする味と香りが広がり、心が落ち着いた。
「朱音ちゃん。ここはあくまで、あやかしに関する相談ごとを聞く場所で、事件の解決を約束できる場所ではないんだ」
実際、あやかしが関わる事件を専門で取り扱う警察の課や、弁護士などがいる。
それでもまだ理事長先生たちが警察に届けを出していないのは、生徒の……真衣の人生を考えてのことだと思われる。
しかしこれ以上事件が続けば、いくらいじめをしている側が被害者とはいえ、隠し通すことはできなくなるだろう。
「ただ、そうだな……」
暗く落ち込む朱音を前に、白竜は言葉を続けた。
「話を聞いて思うんだけどね。真実を知っている者は、ついその人しか知らないことを口走ってしまうものさ」
「その人しか……知らないこと?」
「本来は隠さなきゃいけないことなのに、つい喋ってしまうものなんだよ」
「なる、ほど?」
「あとはそうだな……。もしその『黒幕』が臆病な性格なら、何かと現場に来るだろうね。それが例え夜の学校だったとしても」
「……!」
そこで朱音の脳裏に浮かんだ一人の大人の姿。
まさかそんな、という気持ちと、白竜に言われた行動をその人は取っているという事実が、朱音の頭の中を行き来する。
「朱音。あーかーねー」
グルグルと嫌な気持ちに支配されそうになる寸前、立っていたクロが、椅子の背もたれ越しに朱音を抱き締めた。
クロの体はとても冷たいが、それでも心がとても安心できた。
「クロ……」
「事件のことばっか考えちゃってやだなぁ。とっとと事件を解決して、オレのことだけ考えていてほしいなぁ」
「そ、それは無理」
「えー」
二人のやり取りを眺めながら、白竜はクスクスと笑い声を上げる。
「いや~、あの忌神くんがそこまでべったりになるとは。数百年前は、君への苦情で人間たちがわんさかウチに来たっていうのにね」
「す、数百年……」
どうやらこの『相談所』は、かなり年季の入った場所らしい。
そして数百年前となると、おそらく今以上の厄災が猛威を奮っていたことだろう。
ある意味、クロの全盛期あたりの話なのかもしれない。
「それが今じゃ、一人の乙女に熱烈に恋しているのかぁ。なんてロマンチック……」
白竜はうっとりとした表情でクロの方を見たが、当のクロは朱音にじゃれつき気にも留めていなかった。
「あの……白竜さんはどうしてこの相談所をしているのですか?」
「そうだねぇ。単純に人間が好きだからかな」
「人間が……?」
「うん。むかーしむかしに、私には人間の友人がいたんだよ。その友と、あやかしに困った人間のための相談所を作ってみたらどうか、という話で盛り上がってね。気付いたら『相談所』ができていたんだ」
その頃を懐かしむ白竜の表情は、とても穏やかで優しげだ。
瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いており、あまりにも美しく、神々しささえ感じる横顔だった。
「もちろん『相談所』に来る人間の中にも色んなタイプはいた。けれどそれでも人間を愛おしく思うのは、その友人のお陰だろうな」
「そのご友人は……」
人間と『龍』の年齢差など、考えるまでもない。
つまらないことを訊いてしまったと反省しかけた朱音に、白竜は意外なことを口にする。
「実は神隠しに遭って消えた」
「え?」
予想外すぎて、朱音は思わず固まった。
「もう記憶もおぼろげだが、とにかく友人は神隠しによって突然消えてしまった。だから僕は、少しでも友人の情報を得られないかとこうして『あやかし相談所』を続けているし、そこの忌神くんにも頼ったんだ」
白竜はビシッと指をクロへと突きつける。
朱音もつられてクロの方を向くと、朱音と目が合って嬉しいのかクロはニッコリと笑った。
「クロ……白竜さんの友達を神隠ししてないよね?」
「するわけないでしょ。何の得も無い。でも朱音ならしてもいいよ」
「絶対やめてね」
「冗談だよ」
ニンマリと笑うクロからは、とても冗談のような気がしなかった。
「と、まあそんな感じで。あやかしで困っている人間を助けたいのと、その代わりもしかしたら得られるかもしれない友人の情報収集のために、この『あやかし相談所』をやっているんだ」
「そうだったんですか……」
「朱音ちゃんも、もし神隠し関係の話を耳に挟んだらぜひウチに来てね」
白竜は明るくそう言うが、その瞳はどこか切なげだ。
一体どれほど長い間、神隠しにあった友人を探し続け、その度に孤独を感じてきたのだろうか。
少しでも力になれればと、朱音は心に誓うのだった。
「さて。おそらく朱音ちゃんの中で答えは出たと思うから、そろそろお帰り。日が暮れるよ」
気付けば、窓ガラスから射し込む夕日の色もだいぶ濃く、夜の色とグラデーションし始めている。
「はい、あの……色々とありがとうございました」
「また何かあったらおいでねー。あ、忌神くんも! あと紫龍くんにもよろしくね!」
帰り際、白竜の口から紫龍の名が出てチラリとクロの方を見た。
紫龍と言えば、クロの屋敷で使用人をしている『龍』である。
意外な接点に驚きながらも、朱音はクロと共に『あやかし相談所』を後にする。
白竜によって導き出された『黒幕』との対決に向けて。
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