リミットレス☆クリスマス
すずらん猫
第1話
結構頑張ったつもりだったんだけど、疲れてしまったんだ……。
今日はクリスマス。強くなってきた雨が、顔や手に降りかかって痛いほどに冷たい。
冷気が濡れたスニーカーの足元からのぼってきて、もうすぐ雪になることを予感させる。
家を出る時には降っていなかったのに、神様にものすごく祝福されている気分だ。
どうせなら、ホワイトクリスマスになるまで待ってみようか。
自分でそれを決めてしまうと楽になって、少し余裕が出てきた気がする。決めてしまえばそれはいつでもいいのだから、もう少しだけ歩いてみようか。
駅前の背の高い木々には、春先に咲く薄桜色の花の代わりに、純白のイルミネーションが取り付けられ、キラキラと輝いている。まだ僕が幼かったころ見せてくれた、母の細い首元に輝くネックレスの、小さなダイヤモンドの輝きのようだ。
春にも冬にも大活躍の桜の樹。樹でありながら、僕よりも確実に世の中の役に立っている。その樹の光ができるだけ届かないように、着古した黒いダウンコートのフードを、目深にかぶった。
商店街のアーケードの中は、ジャズ風の「Joy to the World」が鳴り響いている。背中を丸めてゆっくりと歩く。
ケーキ屋さんの前に出されたショーケースには、生クリームのたっぷり乗ったホールのショートケーキやチョコレートケーキが並んでいる。
すぐそばで小さな男の子と母親の、楽しそうな笑い声がした。男の子は「やっぱり仮面ライダーがのってるのがいい!」などと、母親の足にしがみつきながら少し甘えた声で話している。
今日の夜、家族みんなで食べるケーキを選んでいるのだろう。僕と母にもあんな頃があったのだろうか。
スーパーの店頭では、ポテトやエビフライの入った大皿のオードブルや、バジルソースのかかった二本パックのローストチキンなどが、「メリークリスマス!」という楽し気な声と共に売られている。チキンが一つだけ入ったパックもあるのだろうが、僕には見つけることができなかった。
アーケードを歩く先々には、レストランでもコンビニでも、蕎麦屋の前でさえ、色とりどりの飾りのついたクリスマスツリーが置かれている。
僕の背丈の倍ほどの大きなものもあれば、あの日の妹の背丈ほどの、小さなツリーもある。赤いサンタの飾りがついているものもあれば、てっぺんにお星さまがついていたり、ぴかぴかとライトが光っているものもある。
みんなどんな気持ちでツリーを店先のよく目立つ場所に置き、キラキラと輝く飾りを手に取り、そして飾ったのだろう。
クリスマスツリーに使われる木が冬にも枯れないモミの木で、「永遠に枯れない命」なんてものを象徴していることを、どれだけの人が知っているのだろう。
永遠に枯れない命……そんなものがこの世にあるはずがない。でも八年前のあの日、そのほんのひとつまみでも、僕が持っていたなら。
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