第33話 フェンリルとのたたかい
わたしは『書庫』から魔法書を取り出す。
取り出したのは罠魔法の魔法書。
罠魔法は魔法の中でも特殊な部類の魔法で、『罠師』が得意としている。
なぜ特殊な部類なのかというと、すぐに発動する普通の魔法と違い罠魔法は発動までその場にとどめる必要があるうえ、相手にばれないようにするために簡単なものでも魔法陣が複雑化するからだ。
それにもかかわらず簡単な魔法だと強い相手にはほとんど意味がない。
でもうまく発動したら形勢逆転も目指せるから魔法書としてはよく使われている。
とはいえ需要が高ければ当然価格も高くなるわけで、この魔法書も一般的な魔法書と比べて結構高かった。
つくづく『写本』ができてよかった。
カモフラージュとしてほかにもいくつか攻撃魔法の魔法書も取り出す。
あとはいつ使用するか。
もうこうなったら。
『イェオライト』、『ティールセント』をもう一段重ね掛けする。
過重な強化に体への負担が増えたけど、これで攻撃に転じることができるだけの余裕が生まれた。
わたしが倒れる前に倒しきる!
取り出した魔法書を一気に使用する。
雷、炎、風・・・さまざまな魔法がフェンリルめがけて襲い掛かる。
しかしフェンリルはそれを軽々とよけてしまう。というか攻撃がすり抜けている?
実態を持たないからだろうか。
でもやっぱり弱点なんだろう。炎だけは体にあたる前にかき消している。
ということは。
「『シェリサズ』!」
地面から生える鋼のとげがフェンリルへと襲い掛かる。
やっぱり!フェンリルは嫌そうな顔をしながらかわした。
すでに罠魔法は設置している。
うまくそこへ誘導できたら。
『シェリサズ』を複数回発動する。
その間にもフェンリルは風の刃、氷の塊を絶え間なく飛ばしてくる。
そのうえ常時吹雪が襲い掛かってくる状況で集中力を切らすことなく誘導するのはすごく疲れる。
『並列思考』があるからなんとか戦えている。
両者攻撃と回避を繰り返す。
一見互角のようだけどわたしのほうには。
そのとき、フェンリルが回避した先の地面が光り、そこから光の鎖が出現し、フェンリルの体を拘束した。
やった!うまくトラップが発動した。
しばらくまってもフェンリルが動けないのを確認したわたしは少しづつフェンリルにちかづいた。
「ふん!我をあざ笑いに来たのか?」
フェンリルは敵意をむき出しにしてそう言ってきた。
「そうじゃなくて。どうしてあなたはこの村を襲ってきたの」
その言葉にフェンリルは大きな声で叫んだ。
「先に攻め込んだのは貴様らだろう!」
「そこが疑問なの!襲ってきたのはどんな人だったの?」
「貴様らと同じような服装をした魔法使いだった。奴はわが領域に攻め入り、我が同胞を攻撃し始めたのだ」
魔法使いか。
「どうしてその魔法使いがこの村の人だと思ったの?」
「奴自身がこの村から来たといっておったのだ。このあたりにはこの村以外に人間が住んでいるところはないからな。それで我らは同胞を攻撃した報いを受けさせるために攻め滅ぼすことにしたのだ。我が領域で好き勝手したことを後悔させるためにな」
何か引っかかるな。
「パキラさん!」
わたしが呼びかけるとパキラさんはすぐさまわたしのほうに来てくれた。
どうやらフェンリルを拘束したことでフェンリルの仲間への強化もなくなったみたいで自衛団の人たちが押し返し始めたようで余裕ができたみたいだ。
「なにかあったのかい?フェンリルを倒してないってことは何かあったんだろ?」
さすがパキラさん、察しがいい。
「それがこの村から来たっていう魔法使いがフェンリルの仲間に攻め込んだみたいなんですよ。心当たりはありますか?」
パキラさん少し考えてから口を開いた。
「そういえばずいぶん前に旅の魔法使いだとかいうやつが村に訪れてきたな」
!!
もしかして!
「その魔法使いの人がフェンリルの仲間を攻撃したって可能性はないですか?」
わたしのことばにパキラさんは小さくうなずいた。
「あたしも同じことを考えていた。あんたはどう思う?フェンリル」
フェンリルはしばらく黙った後静かに口を開いた。
「・・・貴様たちが言っていることが本当だとしたらこの攻撃は」
「意味のないものってことになるな」
「そうか」
再びフェンリルはだまってしまった。
いままでやっていたことがただ仲間を危険にさらすだけだったなんて。
さっきまでの威圧感もいまではすっかり消えてしまっている。
そのまましばらくして、ようやくフェンリルは口を開いた。
「どうやら我の勘違いだったようだ。といってもそんなことでは済まされないのは承知の上だ。どう貴様たちにつぐなえばいいか」
「それならまずはあなたの仲間に攻撃をやめるよう言ってくれませんか」
「もちろんだ」
そういうとフェンリルは遠吠えをあげた。
それを聞いたフェンリルの仲間の攻撃が止む。
「おまえたちも攻撃をやめろ!」
パキラさんが叫ぶと自衛団の人たちの攻撃もやむ。
「さて、どう償ったらいいかって話だったね」
「ああ。我が命をもって償おう。代わりに我が同胞は見逃してやってくれ」
その言葉にパキラさんは首を振る。
「そんなものはいらないよ。正直犠牲者が出ていたらそうしていたかもしれない。だがけが人はカルミアがくれた回復薬で回復したからね」
「しかし貴様たちの住処を」
しかしパキラさんは軽快に笑う。
「なあに、家はまたつくればいい」
「しかし!」
「そこでだ。おまえ、あたしたちの村の守護者になってくれないかい?」
パキラさんの言葉にフェンリルは目を見張る。
「守護者だと⁉それはつまり我の配下に下るということと同義だぞ!」
「今回の件であたしたちは自分たちを守るだけの力がないことが分かったからね。あんたが守ってくれるのなら安心だよ。それにあんたはどうも仲間を大切にするみたいだしね。それで、なってくれるのかい?」
「もちろんだ。我が貴様たちの村を守ろう」
フェンリルがそう言うとパキラさんは満足そうにうなずいた。
「カルミア、こいつの拘束を解いてくれ」
わたしは魔法を解除する。
動けるようになったフェンリルはゆっくりと体を起こした。
「さて、新しい仲間をほかの奴らに紹介しないとね」
「感謝する」
そう小さくつぶやいたフェンリルにパキラさんは「気にすんな」と笑いかけた。
遠くを見ると少しずつ朝日が顔をのぞかせていた。
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