第2話 道化の赤鼻

俺は、あれ以来、

とにかくシロネコさんにお近づきになりたくて、

まずは、彼女に会う回数を増やさなくちゃと考えた。

シロネコさんが、思わず「なんだろう」と思うような、

そういうちょっとした愉快な道化の騒ぎ。

決して犯罪とか不快になるものじゃない、

ちょっとした騒ぎ。

そういうものを起こしてみよう。


トビウオの俺は、学校帰りに、

道化の赤鼻をつけて、曲芸する。

(シロネコさん)

とぼけた顔をしながら、俺はいたって真面目に思う。

(俺、ここにいます。また、姿を見せてください)

たまには大技も決めて拍手をもらい、

たまにはとぼけて失敗をして。

赤鼻の道化は、息が切れるのも忘れる。

この赤鼻をつけている以上、

俺は道化で、笑わせなくちゃいけない。

赤い鼻はプライドだ。


人が集まる。

俺は、シロネコさんを探しながら曲芸をする。

飛んで、跳ねて。

やがて日が本格的に暮れだして、

人が一人また一人帰っていく。

俺も、そろそろ頃合かと思い、

お辞儀をひとつして、そのあと大の字になってひっくり返る。

赤い鼻をはずし忘れているけれど、

いいんだ、ひっくり返るのも、道化に見えればそれでいい。


(シロネコさん)

俺は夕暮れの空をじっと見ながら、

俺は自分が道化以前にバカだと思った。

偶然がそんなに何度も重なってたまるか。

そう、思ったそのとき。


「トビウオ?」

澄んだ声、と、ひっくり返ってる俺を覗き込む、白いあなた。

「今日の曲芸はおしまいですか?」

俺は起き上がろうとする。

偶然でも何でも、シロネコさんがせっかく来てくれたんだ、

何か、喜ばせなくちゃ、

今日の分がおしまいなんて、言っちゃいけない。


「なんのまだまだ。トビウオ様を甘く見ないでください」

「ううん。いいの」

シロネコさんはそういうけれど。

「道化の赤鼻にかけまして、お客を残念に思わせちゃあいけないんです」

「なら、取っちゃいましょう」

シロネコさんは言うと、身を起こした俺の赤鼻を、

ためらわず取ってしまう。


俺は、どうしたらいいんだろう。

道化ですらなくなったら、俺はどうしたらいいんだろう。

「あの、おれ…まままま、また、明日、あしたも、ここに、います、から」

盛大に意味不明なことをのたまって、

俺はその場から逃げるように。


シロネコさんは多分、赤鼻をもってぽかんとしていた。

道化のプライド。

それがはずれると俺は弱いものだって気がついた。

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