神楽(かぐら)はさくらを容赦しない!

popurinn

第1話 第一章

 パソコンの画面から顔を上げて、目頭を揉んだとき、一階の窓口から電話が入った。

 面会人があるという。


「約束はしてないんだけど」

 時島神楽ときしまかぐらは、ぞんざいな返事をした。今日は事務仕事に没頭するつもりでいたのだ。誰とも会う予定は入れていない。


 一般市民からの苦情申し立てだろうか。だとしたら、自分のところへ連絡してくるのはお門違いだ。神楽は神奈川県警の捜査第一課に所属している。担当した事件の聞き込みではない限り、一般市民と直接話をする場面はない。刑事となって二年目。一年目のときのような、どんな情報でも耳に入れなくてはという焦りはない。

 忙しいからと断ろうとしたとき、電話の向こうから戸惑った声がした。


「あの――時島さんの親類の方だと」

「親類?」

 受話器を持ち替えて、神楽は足を組み替えた。部屋の西に位置する窓の向こうに、紅い夕焼け雲が伸び、ランドマークタワーの頂上がくっきりと見えている。十七階のこの部屋から眺める景色が、神楽はほんとうに好きだ。

「はい。叔父さまだとおっしゃってます」


 親類、叔父。


 どちらの言葉にもすんなり反応ができなかった。

 神楽の生まれ故郷は、高知県の足摺岬に近い小さな町だ。その町に親類は暮らしているが、自分に会いに来るような人間がいるとは思えない。神楽の両親は、神楽が大学を卒業して数年のうちに、それぞれ病死している。それから故郷の親類とは疎遠になっている。

 

 ここで、ふと、思い出した。

 母の弟が、東京で暮らしているのではなかったか。母は弟が二人いたはずで、東京にいるのは下の弟だと聞いていた。それ以上は聞いていない。下の弟と母とは折り合いが悪かったらしく、親交はなかったのだ。もちろん、東京のどこで何をしているのかも知らないし、会ったこともない。


 もし、神奈川県警に勤める神楽に面会を求めて来る親類がいるとすれば、その叔父の可能性がある。

 いや、まさか。

 神楽は思い直した。多分、何かの間違いか、親類を装って、苦情申し立てに来た頭のおかしい市民に違いない。


「悪いけど適当に断って――」

 そこまで言ったとき、

具同ぐどう瑛太さんとおっしゃってます」

と、窓口の女性巡査が告げた名前に、神楽はあっと胸のうちで声を上げた。具同というめずらしい苗字は、母の旧姓だ。神楽の育った町から四万十川に沿って上った山奥に、具同という苗字が集まる村で母は生まれたと聞いている。


「わかった。すぐ行くわ」

 神楽は立ち上がると、パソコンの画面を消しフロアを出た。



 光がよく入る一階のエントランスには、人の姿はまばらだった。そのせいで空調の効きがいいのか、エレベーターを降りた途端、ひんやりとした冷気に包まれた。

 窓口カウンターに、電話をかけてくれたらしき巡査の姿はなかった。窓口業務は五時までのはずだから、神楽に取次をしたあと帰ったのだろう。


 フロアに、叔父らしき人の姿は見当たらなかった。窓際の椅子に、こちらに背中を向けた長い髪の女性の姿があるばかりだ


 帰ってしまったのだろうか。

 そう思ったとき、窓口業務の巡査が、窓口カウンターに忘れ物でもしたのか、戻ってきた。

「すみません、時島ですが」

神楽が声をかけると、巡査は窓際のほうに視線を送った。

「あの方です」

 叔父のはずなんだけど。

 その言葉を飲み込んで、神楽は頷くと、フロアを歩いていった。おそらく間違いか何かだろう。そう思った。


 カツカツと、神楽のパンプスの踵が響いた。


 フロアには、窓際までに、大きな観葉植物の鉢が据えられている。県警本部とはいえ、横浜の中心街にあるこの場所は、ちょっとしたホテル並みのおしゃれ度だ。

 その観葉植物の鉢に近づいたとき、長い髪をふわりと揺らして、窓際の女性が振り返った。


「――神楽、ちゃん?」

 女性は立ち上がり、笑顔になった。

 美人だった。年齢は、四十代だろうか。いや、もっと若く見える。三十を超えたばかりの神楽と同年代かもしれない。

 大きく胸の開いたTシャツ、緩く羽織ったジージャン。

 下は、膝より少し上の同じジーンズ地のスカートだ。真っ直ぐ伸びた脚がきれい。 

 下げた白いハンドバッグに付けられた何やら光る文字の金具が、表の光に当たってキラキラ光っている。


「面影があるわ」

 挨拶ができないまま、神楽は相手の顔を見つめてしまった。

 長くぼったりとした睫毛、くっきりと塗られた口紅。

 いや、なにより、目の周りのアイシャドーが濃い。青く黒く、大きな目を縁っている。


「具同瑛太です。忘れちゃった?」

 相手はそう言ってから、片手で口元を覆って笑い、

「やだ、もう何年も会ってないものね。あんたのおかあさんは、あたしの十二歳年上の美佐子。あたしがあんたに最後に会ったのはいつだったっけ?」

と甲高い声で続ける。

 

 仕事柄、神楽は様々な人間に会う。どんな人間に出くわそうと驚かないし、偏見もない。だが、叔父と聞いて目の前の女性が現れたのだから、戸惑いは隠せなかった。

「あんたが小学校へ上がる前、剛心館へ送ってったもんだった。あんた、あの頃から稽古に熱心だったわね。寄り道して遊んで行こうって言うと、嫌がって、早く道場へ行くんだって」

 そう言ってから、相手はまじまじと神楽を見つめた。

「よかったわねえ、お似合いの仕事に就けた」

 

 剛心館【ごうしんかん】。

 

 自分の原点と呼べる場所だ。あそこで、自分は様々なことを学び、成長した。柔道の素質は、あの頃に開花した。環境も良かったのだ。柔道の盛んな町だった。剛心館からは、何人も地元の中学を卒業すると、柔道の強豪高へ進学した。そんな中でも、自分は際立っていい成績を残せたと思っている。おかげで、今でも、警察内で開かれる柔道大会で負け知らずだ。

 

 柔道を習い始めた頃、たしかに、何度か、叔父が道場へ送ってくれた記憶がある。神楽は一人っ子だったから、いっしょに通える兄妹はいなかった。

 憶えている。楽しかったおぼろげな記憶が蘇る。ただ、目の前の風貌とはすさまじく違って、画がうまく結びつかない。あの頃、手を引いてくれたのは、丸坊主の素朴な青年ではなかったか。


「あんたが関東にいるってのは知ってたけど、あたし、親戚たちと縁を切っているから、連絡はしないほうがいいと思って」

 はあと声を上げて、神楽は言葉を探した。

 何て言えばいいんだろう。目の前の叔母――いや、叔父は母に似ている。口元などそっくりと言っていい。ただ、母にはない匂い立つような色気が目の前の人物にはある。

 白い肌。鎖骨のあたりが、触れたくなるほどもっちりしている。そして、密かに匂う甘い香り。


 だが、そんなものを全て取り払うと、遠い昔、自分の手を引いてくれた青年にたどりつく。それに、言葉のイントネーションに、ほんの少し故郷の懐かしさが滲む。


「わたしの叔父さん……」

 呆然と呟くしかなかった。


 二人の間に、奇妙な空気が流れた。この叔父の言うように、小さな頃以来だとすれば、感動の再会ということになる。といって、まさか抱き合うわけにもいかない。目の前の男性、いや女性は、ちょっと目を潤ませているが。

 スカートから出た形のいい脚を呆然と見つめていると、具同瑛太はクククッと笑い声を漏らした。


「いつもはこんな格好してるわけじゃないのよ。普段はTシャツにジーンズ。普通の四十代の男の服装をしてる。あえてこんな格好であんたに会いにきたのはね、あんたにあたしのこと理解してもらいたくて」

 そう言ってから、これと、具同瑛太は、ポケットから名刺を取り出し、神楽の目の前に差し出した。


『BAR ルリタテハ』


 薄ピンク地に、紫色の字が浮かび上がっている。

「そこの野毛で店をやってるの」

 具同はそう言って、表のほうを顎でしゃくった。野毛はこの神奈川県警に近い歓楽街だ。

「――そうですか」

 間抜けな返事だとは思ったが、言葉が出てこない。


「ま、座って」

 具同は目の前の空いた椅子を促した。

「突然訪ねてきてびっくりしたでしょ。ゆっくり話すから」

 戸惑ったまま、神楽は椅子に座った。座りながら、フロアを横切った同僚の樫田の姿を目の端に捉えた。ちょっぴり不思議そうな視線を送られ、思わず目を逸らす。


「あのね、訪ねてきたのは、あんたが刑事をしてるって、従姉妹のまっちゃんに聞いたからなのよ。まっちゃんて、正樹のこと。まっちゃんっていっても、もういいオヤジだけど。出張で関東に来て、それであたしの店を覗いてくれたの」


 まっちゃん。


 父方の従姉妹だ。堅物の多い親戚の中で、めずらしく柔らかい考え方をするタイプだった。確か、美術の先生をしているのではなかったか。

 具同は、ゴソゴソとハンドバッグから新聞の切り抜きを取り出した。

「これ」

 具同の膝の上に広げられた紙片は、何度も読み返されたのか、端のほうがくしゃくしゃで、折り畳みの痕が色濃く付いていた。その紙片を、レインボーカラーに塗られた爪で伸ばしながら、続ける。


「四月の十七日の記事なんだけど」

 二ヶ月ほど前、都内新宿区のコンビニで起こった強盗事件の記事だった。マスコミにも大きく取り上げられた事件だったから記憶に新しい。

 マスコミが大きく取り上げたのには、理由があった。死者が出たのだ。被害者ではない。犯人が、襲った相手の正当防衛の末、刺されて死んだ。死亡した強盗犯は、尾美義昭、四十七歳。


「解決してる事件だとは思うんだけど」

 真剣な口調になった具同の声は、それまでの甲高い声とは違って、本来の声なのか、低く落ち着いていた。

「この正当防衛で犯人を刺した人」

と、具同は新聞記事を指先で弾く。

記事には、正当防衛の末、強盗犯を刺した人物の名前は出ていない。


「正当防衛って、あれでしょ」

 「あれ」とはなんだろう。

「罪にはならないんでしょ。もし、人を死なせてしまっても」

「そういう事例はたくさんありますが、とはいっても――」

 警察官という仕事は、法律にのっとって仕事を進める。当たり前の話だが、正義感や義務感の前に、まず法律がたちはだかるのだ。法を遵守する。そこから始まる。


「うちのお店の子の知り合いがこのコンビニでバイトしてて」

 この事件について、神楽は詳しい内容は知らない。ただ、刃物を持って押し入った強盗犯の、その刃物を取り上げて、返り討ちしたと聞いている。それが、女性だったせいで、世間を驚かせたのだ。

「プライバシーの侵害っていうの? そうなるといけないから、この強盗犯を刺した女の子のことは報道されなかったけど」

「女の子?」

「そう。二十四歳。女の子でしょ?」

 具同はふたたび甲高い声で言い、カラカラと笑った。


「その女の子がね」

 甲高い声のまま、具同は続ける。

「大した反撃をしたものよね。襲われた瞬間に、強盗犯から刃物を奪って刺した。刺した場所は、うまく急所に当たって、強盗犯は即死」

 神楽は記憶をたどった。確か、そんな内容だった。調書を見たわけではないから、はっきりとした内容は知らされていないが。

「うちの店の子の知り合いは、女の子が反撃した瞬間を見たのよ!」

 一体、何が言いたいのだろう。

 そんな表情をしていたのだろう。具同がじっと神楽を見つめてきた。


「不思議でしょ?」

「何がですか」

「女の子の反撃よ」

 神楽にはなんとも答えられなかった。強盗犯が殺されてしまったのは、正当防衛の果てだろう。奪った刃物を闇雲に振りかざして、それがたまたま相手の急所を突き、死なせてしまった。稀なことではあるだろうが、そういうことも起こり得ないとは言えない。


「不思議だと思わないの?」

 偶然起きた不幸だが、死亡したのが強盗犯人の側であったのが救いではないか。正直なところ、女の子のほうでなくてよかった。

「あたしは不思議だわ」

 言いながら、具同は新聞の切り抜きをハンドバッグにしまう。

「反撃して失敗したとか、せめてかすり傷を負わせたとかだったら納得できる。でも違う。即死させた。強盗犯は四十七歳の大きな男だったっていうのに」

 だから、なんだと言うのだ。この話のどこが、三十年近く会わなかった姪を訪ねる理由になるのか。


「津村さくら。それが女の子の名前よ」

 具同はきっぱりと言った。

「あたし、この名前に聞き覚えがあったの。十年前に茨城で起きたレイプ事件。被害者がナイフを持って事に及ぼうとしたレイプ犯を殺してしまった。正当防衛よ。でもね、それをしたのが、津村さくら」

「――?」

「偶然じゃない。あたしはそう思う。だから、あんたに会いにきたのよ」

 具同の目が強く光った。


「津村さくらについて調べて欲しいの。あんたならそれができるでしょ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 神楽は両手を額に当てた。汗が出ているわけではないが、動揺しているのは確かだ。

 何やら、狐につままれたような気分だ。

 自分の叔父が訪ねてきた。派手めの風貌の、女性として訪ねてきた。

 それだけでも驚きなのに、叔父は頼み事を持ってきた……。

 椅子を鳴らして、座り直した神楽は、思わずため息を漏らした。


「突然、そんなこと言われても、何がなんだか」

「何がなんだかって、だから説明したじゃないのぉ」

「はあ。でも――」

 頭の中で、具同の話を整理した。具同によれば、十年前の茨城のレイプ事件も、二ヶ月ほど前に起きたコンビニ強盗事件も、被害者の正当防衛によって、犯人が死亡している。死亡させたのは、津村さくらという二十四歳の女性。

 具同は偶然ではないという。


「正当防衛は認められるべき。そのことを問題にしてるんじゃないの。ただ、同じ人物が、犯人を即死させてる。それが引っかかる」

 レイプ犯も即死だったと、具同は言い切った。

「即死だったのは確かよ。犯行を警察に通報した者が証言しているんだから」

「どうしてそこまでわかったんですか」

 野毛でBARを開いている男性、いや女性が、なぜ、茨城で起きたレイプ事件の詳細を知っているのか?


「聞いたの。あたし、今回のコンビニ強盗事件の後、レイプ事件の通報者を探し出して、話を聞いてきたのよ」

「茨城まで行ったんですか」

 呆気に取られた。

「そうよ」

 具同はすまし顔で頷く。

 まるで探偵だ。そう思った。しかも、映画や小説の中に出てくるような。

 作り話の中で、素人探偵が謎を探ることは往々にしてあるのかもしれないが、実際の現場で、神楽はそういう事態を目撃したことはない。事件が起きる。だが、日本中の一般の人々は、テレビや新聞、ネットの中で見聞きし、そして過ぎていってしまう。事件とは、事件当事者と警察官にだけ関係することなのだ。

 ときには、一般の人々に、もっと興味を持ってもらいたいと思う事件もある。だが、人はそれぞれ自分の生活がある。その中で、誰もが懸命に生きている。他人事に構っている暇はない。


「津村さくらがレイプに遭ったのは、水戸市内から外れた住宅街の中にある公園。公園の中央には史跡があって、昼間はそれなりに人の行き来があるけど、日が落ちると途端にさびしくなる場所」

 記憶をたどるように、具同は目を細めた。

「通報者は犬の散歩を日課にしているおじいちゃん。たまたまその日、公園内のいつものルートに迂回を促す立札があって、普段は入らない緑地へ回ったらしいわ。そして、津村さくらの叫び声を聞いたの」

 近づいてみると、津村さくらの上でぐったりとしていたレイプ犯は、すでに息絶えていた。すぐに救急車が来たが、間に合わなかったらしい。

この話を聞き出して、具同は確信を持った。

「レイプ犯は、津村さくらに殺されたのよ。ということは、津村さくらは、レイプ犯と強盗犯、二人を殺した……」

 

 神楽は具同の、叔父の顔をまじまじと見つめた。女性にしか見えない叔父だが、色気がありすぎるし、化粧は濃すぎる叔父だが、頭がおかしいようには見えない。何か問題を抱え、気が触れて、音信不通だった姪っ子にわけのわからない話をしに来たとは思えなかった。カラーコンタクトはしていても、瞳の力はしっかりしている。

 

 だとしても、四月に都内であったコンビニ強盗事件と、茨城で起きたレイプ事件に関連があると言い出すなんて。そもそも、茨城のレイプ事件は十年前だというなら、津村さくらは十四歳ではないか。十四歳の少女が、襲ってきた男に反撃して殺す? そんな漫画みたいなこと、絶対無理……。


「なんだか、ちょっと途方もないっていうか」

 ようやく呟いた神楽を、具同は睨みつけた。

「あんた、なんだかってのが口癖なの?」

 神楽はひやりとした。上司の檜枝からも、同じ指摘を受けた覚えがある。

 おまえなあ、なんだかなんだかって、学生じゃないんだぞ。

 檜枝のいかつい顔が浮かんだところで、やりかけの仕事を思い出した。今日中に仕上げなくてはならないレポートがある。刑事になって書類作成の多さを知った。その書類仕事を手早く仕上げるのが、刑事として大切な能力だということも。

 

 どうやってこの話を切り上げよう。

 神楽がそう思ったとき、具同は椅子の上で身を乗り出した。

「津村さくらを調べて。そうしないと大変なことになっちゃう」

「大変なことって――」

「やだ。わかんないの? カグは、刑事なんでしょ」

 

 カグ。


 小さな頃、両親は神楽をそう呼んでいた。ふいに、目の前の男、いや女が身内なのだというリアルさで迫ってきた。

「この津村さくら。いつか同じことをすると思うの」

「同じこと?」

「あんた、鈍いわね。それでも刑事? だから、正当防衛を装って、誰かを亡き者にするってこと。――私刑を下すってこと」

「そんな。なんだか」

「また、なんだか」

 途方もない。有り得ない。二十四歳の女性が、犯罪被害者になり、正当防衛を装って犯人を殺すなどということが現実的に有り得るだろうか。


 私刑? 


 思わず顔がほころんでしまった。目の前の叔父は、想像力がたくましい、なかなかおもしろい人物なのかもしれない。もし、この話を聞いたのが、神奈川県警の本部ロビーでなければ。自分が警察官でなければ。

「とにかく、頼んだわよ」

 具同はすっくと立ち上がった。

「津村さくらを調べて」


 それから、具同は眉間に皺を寄せて腕時計を覗き、早口になった。

「いけない、帰らなきゃ。今夜は、特別なお客が来るんだった」

 神楽も立ち上がった。なんだか、突然気圧かなんかの関係で湧き上がった風が、目の前で吹き荒れたという感じだ。

「じゃ、なるべく近いうちに、津村さくらについてわかったことを報告に来て」

 は?

 神楽は目を見開いた。

「お店の場所は、渡した名刺の住所。ネットで調べればわかるでしょ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 うろたえる神楽を残して、まさに一陣の風のように、具同はフロアを去っていった。

 自動ドアの前で、片手を上げて手を振る。

 呆然と、神楽はその後ろ姿を見送った。心持ち神楽も片手を上げて手を振りながら。

 なんだが、鮮やかな色の、味の濃い百パーセントジュースを飲まされた気分だった。




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