第48話:1次選考の結果

 3月になった。


 応募した『キャバクラの思惑』の予選通過者が載った文藝誌4月号の販売日が来た。

 すぐに郊外の大型書店に行き、店頭で立ち読みをした。

 文藝誌を持つ手を震わせながら記載ページを開く、羅列された1次選考通過者の名前に、木戸龍一の記載は、また無かった。

 

 しばらく眺めていたが、やっぱり載っていなかった。2人の力作と言ってもいいくらい、自信があった作品だ。初めて応募した小説よりも遥かに良い出来であったと自負していたが、1次選考通過のレベルが、どれくらいの筆力を必要としているのか全然判らなくなった。

 

 今後、さらに良い作品を書いても、精々せいぜい1次まりのような気持ちが、心を支配した。今後、貧困層として生きなければならない人生を、現実的な問題として、脳裏に焼き付けていた。


 龍一は落選の結果を真理に言えないまま、何日も過ぎた。正確には言えないのではなく、言う機会がなかったのだ。


 煮え切れない日常を送っていたある日の夕方、珍しく真理が定時刻に自宅に帰ってきた。

 目の下の隈が目立った。額が油で光っている。酷く疲れた様子だった。ただいま、との声も虫の息のようだ。真っ直ぐお風呂場に行った。

 ソファーに横になり小説を読んでいた龍一は、慌てて冷蔵庫にあるもので夕飯の準備を始めた。真理とテーブルを囲むのはどれくらい振りだろうと考えながら、ラップ材に包んで冷凍をしていたご飯を電子レンジで温めた。


 湯煙りを上げながら、お風呂からあがった真理は、横目でちらと、夕食の準備が出来ていることを確認した。

 和室に行き化粧を始めた。入浴後に、乳液を付けること以上の化粧をするのは、久しぶりのことだ。


 和室から薄化粧をして出てきた。目の下に隈があることは隠せない。無言のままテーブルに着いた。表情はどこか青ざめていて、どことなく肩が丸まっていて、一回り小さく見えた。龍一もテーブルに着く。


「久しぶりの龍一のご飯、やっぱり美味しいね」

 

 真理は小さく囁いた。


「あるもので済ませてごめんね。事前に言ってくれたら、ご馳走を作って待っていたのに」


 龍一は謙遜しながらも嫌味をチクリと言った。


「そういえば、小説の大賞はどうだったの?」


 感情に起伏のない声で尋ねてきた。素直に、

「予選落ちしたんだ。一次も通らなかった……」


 視線を逸らして呟いた。真理は龍一の顔を余り見ずに、

「そうなんだ……」と小さく頷く。


 無言で鯖の味噌煮を箸で突いていた。

 特に励ます訳でもなく、嫌味を言う訳でもなかった。


 ほとんど龍一の小説の事には興味がない反応だ。

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