幕間:ミッションインポッシブル②

「降下するぞ」

 夜闇に紛れ、空から降り立つ三つの影。

 そう、

「……正体をバラさず、騒ぎも起こさずってのは難しいわね」

「確かになぁ」

「俺にとっては造作もないがな」

((身分証明とやらを求めた相手に殴りかかろうとしたのは何処のどいつだ))

 三馬鹿、もとい三師団長であった。

 なお、全員元が付いてしまうが。

「そもそもミブンショーメーとはなんだ?」

 黄色大好きドラゴン、サイカは首をひねる。

「言葉通りなら魔王軍の師団長、みたいな所属を表すとか?」

 スケスケスライム、ドロリッチも首をひねる。

「もしくは種族そのものではないか? お前たちならドラゴンとかスライムとか」

 ガチムチ牛鬼、ボーオグルも首をひねる。

「そんなもの確認してどうする? 決闘でもするのか?」

「「さあ?」」

 全員一緒に首をひねる。

 身分を、名を相手に伝える理由が決闘相手への口上くらいしか思いつかず、まさかあの軟弱極まる人間が自分たちに決闘を申し込んできたとは思えない。

 無論、完全とは言えぬが全員変装しており、人間と思われている可能性は高いが。それにしても三対一を仕掛けてくるような相手には見えなかった。

 都市へ怪しい人物を入れぬための確認、という考えはない。

「……静かだな」

 主君である四天王からの信頼を取り戻し、師団長への復権を目論むサイカ、ボーオグル、ドロリッチの三体はようやく都市への潜入を果たした。

 結局騒ぎを起こさぬために空からの侵入を試みたのだが――

「あまり夜に活動しないんじゃない? 人間って」

「なるほど。夜襲は有効と言うことか」

「人間相手に奇策を用いる意味はないがな」

 ナーウィスの人間視点、空や海から奇襲されたような感覚であっただろうが、彼らは正面から正々堂々殴り込んだつもりであった。

「まずは服とやらを手に入れましょ。あんたらの格好をどうにかしないと」

「面倒をかけるな」

 『千変万化』の異名を取り、変装の達人でもあるドロリッチはすでに人間の女性と遜色ない、布、肌の質感まで網羅できているが、他二体は以前の人型形態の状態に毛が生えたようなもので、見る者が見れば一発で魔物とわかる。

 特に、

「俺もか?」

「あんたが一番なの。その主張の強い黄色を隠さなきゃ話になんないでしょ」

「ふっ。やはり目立ってしまうか」

「どうしてほんのり嬉しそうなのよ」

 自身の容姿に絶対の自信を持ち、ドラゴンの誇りが凝縮した竜鱗の色をガンガン主張するサイカ。実はこの中で一番馬鹿なのかもしれない。

 結局、いつもの黄色スーツが限界であった。

 よく見ると鱗模様、見る人が見るとただのドラゴン人型形態である。

「とりあえず人間の活動開始を待とう」

「そうね」

「寝ている隙に奪うとしても、服が何処にあるかもわからんしな」

 まずは待って様子を窺うしかない。三体とも意見が一致する。

 ちなみに彼らが降り立った現在地点、目の前にある建物の看板に服飾店、と書かれていたが、当然文字など読めないので気づくことはなかった。


     ○


「無駄に多いな」

「無駄に多いわね」

「無駄に多いなぁ」

 朝になって巣、もとい家から続々と現れる人の群れを前に三体は呆気に取られていた。別に戦闘能力的に何人いようが一発かませばそれで済むため、圧倒されることなどないが、それはそれとして数の多さは驚きに値する。

「戦でもあるのか?」

「もしかしたらそれで、巣の入り口で身分証明をしているのかもね」

「なるほど。戦の参加申し込みを聞かれていたわけか。納得だ」

 なお、とっても日常である。

 深読みか、それとも浅過ぎるだけか、とりあえず三体は見当違いの納得をする。

「じゃ、服探しましょ」

「待て」

「なに? サイカ」

 シリアスな表情である場所を眺めるサイカ。

 その目線の先には――

「腹が空いた」

「「……」」

 芳ばしい香りを放ち客を引き付ける屋台があった。南大陸の方ではよく主食として食べられる米を、近くの港で取れた海鮮をぶち込み炒めた地元の伝統料理である。

 料理自体、種族にもよるが多くの魔物にとっては縁遠いもの。

 それゆえにこの香り、正直三体とも一瞬服のことが頭から飛ぶ。

「奪うか」

「待て待て! 目立つのは避けた方がいい」

「……?」

「よく観察しなさいよ。どこを見ても殴り合いすらしていないでしょ」

「……馬鹿な」

「確かに……これだけいるのに嫌に大人しいぞ」

「だから弱いんじゃない?」

 強き物を貴ぶ魔物にとって喧嘩はもはやコミュニケーションである。言葉を交わすよりも手っ取り早く自己紹介が出来る。

 自らの身の証を、力で示す。

 それが魔物の流儀であるが、何処を見てもそんな交流が行われている気配すらない。目の前に食料があり奪い合いが起きていないのは魔物にとってはどうにも不自然に映る。ならば魔物の間でもそれなりに行われている物々交換かと言うと――

「なんだ、あれは」

「紙じゃない? 『天水』様が便利だからって都に持ち込んでいたような」

「城で『堕天』殿の一派が使っていた記憶もあったような」

「か、カミぐらい知っている! 俺が言いたいのは何故、そのカミとやらで食料と交換できるのかが疑問だ、ということだ」

 たぶんサイカは紙を知らない。

 それはさておき――

「そりゃあ紙が欲しいんだろう? それ以外あるか?」

「……あっちも、あそこも、おかしいわ。どいつもこいつも、同じような文様の紙と何かを交換している。そもそも紙って記録用で、それなら当然白紙であるべきでしょ? それが一番価値のある状態じゃない?」

「むう、確かに。謎だ」

 ドロリッチ、ボーオグルは奇妙なやり取りに混乱していた。すでに記録用紙として役割を果たせぬ紙と食料、それに様々な物品と交換している。

 それは魔物にとってとても奇異に映った。

「……面倒だ。腹も減ったからやはり奪おう」

 考えるのをやめたサイカは拳を握り、屋台を襲撃しようとする。

「ボーオグル、その馬鹿止めときなさい」

「おう」

「放せ! 俺は、腹が、減った!」

 拘束されている馬鹿は横に置き、ドロリッチは懸命に思考を張り巡らせる。彼女も腹が減ったのだ。それに、あの紙の意図さえ把握できたなら、それを用いて服と交換できるかもしれない。荒事なし、潜入任務としては理想的である。

 必要なのは――

「……少し待ってなさい」

「何をする気だ?」

「ムガー!」

「目立たずに情報を、出来ればあの紙も手に入れてくるわ」

 あの紙が何なのかという情報である。

 ドロリッチは周りの視線を観察し、どういう容姿の個体が視線を集めているのかを探る。すると驚くことに、存外今の自分もそれなりの視線を集めていることがわかった。敵、魔物ではないか、そういうものではない。

 雄から雌へ向ける、そういうもの。

 彼女は敬愛する『天水』に憧れ、彼女に近い容姿を模倣する内に人型形態の形を作り上げ。どうやら、この容姿は人間相手にも刺さるらしい。

 ゆえに彼女は、最も馬鹿面をしていた相手に、

「うふん」

 ウィンク一発。目がハート状態になった浮かれポンチを路地裏に誘い込み、ちゃんと人目につかない状況としてから――

「ねえ、聞きたいことがあるんだけれど」

「ぐふふ、何でも聞いてちょ、カワイ子ちゃん」

(キッショ)

 色々と聞き出した。


     ○


「「「うんま⁉」」」

 浮かれポンチ男(すでに消化、隠滅済み)から奪い取った紙幣、アスールの統一通貨であるオロで念願の食事にありつく三体。

 魔界にはない、その衝撃の味に三体同時に眼を剥く。

 そして、一瞬で食べ尽くした。

「まさか、こんな紙切れがそれほどの価値を持つとは」

「こっちではオロってのをたくさん持っている奴が強いらしいわよ」

「意味がわからん。だが、人間の食料が美味いことはわかった。驚きだ。劣等種と思いきや、なかなかどうして見込みがある」

 未だ殺し合い、精々が物々交換の魔物からすれば、あまりにも常識からかけ離れた貨幣経済という仕組み。正直、三体ともあまりピンと来ていない。

 物々交換じゃダメなのか、そういう段階である。

「さっきの一食で五百オロ。そして今、あれから巻き上げたオロを五千ほど残しているわ。で、どうする?」

「服か」

「食事か」

「たぶん、どっちもは無理よ。たぶん」

「そうか」

「残念だなぁ」

 三体、珍しく意見が合致する。

 目を見ればわかる。

「とりあえず九食交換してきましょうか」

「「賛成」」

 腹が減っては戦が出来ない。

 強き物、魔物である彼らは迷うことなく食事を選び取った。


 彼らのミッションは始まったばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る