幕間:ミッションインポッシブル①
魔王が四天王らの前に姿を現し、何事かを語った。
という話すら下々が知ることはない。魔王軍の中でもそれなりの立場ではあるが、言っても上には上がいる中間管理職である。
しかも、
「「「……」」」
サイカ、ボーオグル、ドロリッチ、この三者は現在師団長の任から外されている。別に示し合わせたわけではないと思うのだが、話し合いが終わった後それぞれの四天王に呼び出され、ドロリッチと同じような任務を受けることとなった。
人間の調査が主な内容である。
それぞれの陣営で多少内容は異なり、特に連携せよと伝えられたわけではないが、現在彼らはこうして集まっていた。
と言うよりも――
「なかなか難しいものだな」
「ふっ、飲み込みが遅いな。俺を見習え」
「どっちかと言うとボー族の方が上達してるし、あんたが一番センスないけどね」
「え?」
サイカ、ボーオグルが無理やりドロリッチと合流し、彼女に教えを乞うていたのだ。人間を調査するにあたり、最も重要な技術を体得するために。
その技術とは、
「何で全部黄色なのよ、あんたは!」
変身技術であった。変身と言うよりも、魔物の場合は形態変化なので変態と言うべきだが、細かい話なので割愛する。
とにかく人に紛れるべく、人型を取り人の格好をしなければ話にならないのだが、此処で問題が発生する。
「誇り高き鱗の色だぞ」
「バレッバレでしょ! しかもあんたが一番この形態人間相手にさらしているんだから、一番細心の注意を払わなきゃいけないでしょうに!」
「払っている」
「鏡か水面でも見てこい!」
「細かい雌だな」
「あんたが大雑把過ぎなの。理解して」
サイカ、ボーオグルともども人型になること自体は造作もないが、人の格好を真似る段階となるとセンスの欠片もない醜態をさらすこととなる。
まだボーオグルはほとんど人型の状態を人間相手にさらしておらず、自身の体毛と同じ色である黒を基調とした姿なら比較的上手く化けられる。まあ、ドロリッチからすれば色も含めて自在に出来て初めて一人前だと思うが。
其処は種族の差もあるので強くは言わない。
言う義理もない。
が、サイカは問題である。
「まあ見ておけ。次で決める。ふん!」
「気合は十分だが……」
「だから黄色ォ! 髪色も変えろってェ!」
何をしても全部黄色になる。そのくせ基本自信満々なのだ。本人はすでに完璧に近い変装が出来ている、と思っている。
由々しき問題である。
「髪は女の命だぞ?」
「こんな時だけ雌面すんなァ!」
「俺は常に雌だが?」
「こ、この」
「まあまあ、落ち着けドロリッチ」
二体の間を取り持つボーオグル。何とか状況を治めようとするが――
「そうだぞ、ドロリッチ」
その想いを天然で踏み躙るサイカにボーオグルは頭を抱える。
「……もういい。そもそも協力する義理がない」
当然、ドロリッチは激怒し身を翻す。彼女の主である『天水』から協力しろ、などと言われておらず、それは他二体も同じであろう。
元々別の勢力に属する半分敵みたいなもの。
そう彼女は思い去ろうとするも、
「そう言うな。仲間だろうに」
「あぎ⁉」
待て、とサイカに肩を掴まれて痺れ、ドロリッチの歩みは止まる。
「お、おいサイカ」
「む? ああ、スライムの性質を失念していた。帯電体質だ、許せ」
格下のソロでも魔法が通せたように、ドロリッチにとって雷の魔法は天敵である。つまり『雷光』のサイカは最悪の相性となる。
「まあ仲良くしよう。せっかく皆、同じ任務なのだからな」
(煽りではなく本気でそう思っているから質が悪い)
(こいつら、本当に、大っ嫌い)
なお、性格の相性も最悪であった。ボーオグルはまあとばっちりである。
〇
ただ、
「極点だ。アスールに入るぞ」
(さすがに速い。『天水』の領域をあっという間に走破してのけるか)
(この速さだけは認めるしかないわね。速さだけは)
性質も、性格も相性最悪であるが、空を飛んでの移動だけを切り取ると旨みは大きい。一度失った手前、クラーケンのような乗り物を陣営から借り受けることも気が引けるが、かと言ってどちらの極点でも自分の足では時間がかかる。
サイカの速さは魅力的であった。
「あっつ」
「また静電気か?」
「……相性悪い」
本人曰く帯電体質で、背中もそれゆえに静電気を帯び、時折痺れて痛むことはしんどいが、クラーケンを失い、敗れた失態を雪ぐためにも、ドラゴン族の俊英は役立つ。噛み合う気配はないが、背に腹は代えられない。
全ては結果を出して、師団長に、否、より大きな信頼を勝ち取り軍団長、側近に登り詰めるため、全部を利用して見せる。
ドロリッチは静電気に苛立ちながらも覚悟を決める。
アスール入りした彼女たちはまず人里へ向かった。無論、ナーウィスに乗り込むのは剛毅が過ぎるため、一旦別の都市を探して潜入する。
ドロリッチは人相含めて『千変万化』の名に相応しく自身を変えることができるが、残りの二体は多少改善した程度で其処まで器用ではない。
が、成長を待つほどのんびりする気もなかった。
いやまあ、その気は一応あったがあまりにもサイカやボーオグルが向いていなかったため、方針を変えることにしたのだ。
わざわざ毛皮や鱗を人間の格好に寄せずとも、
「変身出来ないなら、人間の服とやらを手に入れればいいじゃない」
「道理だな」
「天才的発想だ。10DPをやろう」
「何よ、そのDPって?」
「ドラゴンポイントだが?」
「知らんがな」
知らん奴おるん、ぐらいのサイカに対し、ドロリッチは冷たく言い放つ。何がドラゴンポイントだ馬鹿らしい。
さっさと服を手に入れて着替えさせる。
黒いのはともかく、こんなに黄色い奴が一緒だと目立って仕方がないから。
そう、今回は目立ってはならないのだ。戦を仕掛けた前回とは違う。目立たず、人間を観察し判明した情報を各陣営へ送る。
ナーウィスではサイカ、ボーオグルは空から直接都市へ乗り込んだが、今回は隠密任務ゆえにその手は使わない。
人に扮し、
「人間のつもりでね。私の足を引っ張ったら殺すわよ」
「ありえんな」
「善処しよう」
都市へ乗り込む。
さあ、汚名を雪ぐための任務が始まる。
「三名ね。で、身分証明できるものある?」
「「「?」」」
まず一歩目で躓いた。
魔界に身分証明とか、ないもの。
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