幕間:南の島といえば~?②

 高級宿のラウンジ、しかもVIPルームを貸し切り(なんと島内でも珍しい喫煙可の空間なのだ)でソロは接待を受けていた。

「こちらドリンクにございます」

「ど、どうも」

 身内の美女二人に。

 水着美女二人に挟まれ、普段のソロであれば鼻の下を伸ばしまくるところであるが、今回は相手が相手、何事だ、何かハメられるんじゃ、と警戒心が勝る。

 ソアレ・アズゥは身の内から溢れ出る蒼き炎、印象的な双眸と同じ色の水着を身にまとっていた。俗に言うビキニタイプ、布面積はそれほど小さくはないが、そもそも普段必死に抑え込んでいる胸部装甲が規格外のため、布面積の大きさが胸部を隠す機能を十全に果たしているとは言えなかった。

 理論的に述べるとボイン超えてばいんである。

 彼女との付き合いはそれほど長くないが、気質を把握するには充分な時間が経過している。人前で肌を大々的にさらすなどする女ではないし、間違ってもソロ相手に下手に出て、飲み物を注ぐなどと言うことはしない。

 注がせようとすることはよくある。

 水着で給仕するソアレ・アズゥなど想像も出来なかった。

 想像の外側という意味ではそれ以上にパンチの効いた存在がいる。

「こちらヤニです」

「……あの、火は?」

「セルフサービスだ」

「っすぅ」

 聖庁にお勤めの女神教シスター、ヴァイスである。

 こちらはしばらく離れていたが付き合い自体は長い。一緒につるみ都市を転々としていた時期もある。その時から今に至るまで、間違っても人へ奉仕する、という考え方など持っていないはず。シスターなのに。

 そんな彼女が今、水着でソロに奉仕している。

「あ、コップが空になった」

「ジュースだ」

「うわ~。果物を素手で砕いちゃうか~」

「一番搾りだ」

「まあ、そうだね。あと、砕いたら食べるんだね」

「……食うか?」

「そんな眼をしなくても取らねえよ」

「ふふ、そうか。甘くて美味いな、これ」

「そうなん? 飲んでみよっと」

 青天の霹靂とはこのこと。

 ソアレに負けぬボリューム感のあるおっぱ、胸部装甲であるが、それ以上に目を引くのは人間離れをした暴力を支える強靭な足腰である。どっしりとした骨盤、ぶっとい太もも、太ももは太ければ太いほどいい、とはどの偉人の言葉であったか。

 ただ、水着が金色かつラメっぽい感じなのは何故だろうか。

 やはりヤンキーはキラキラしたものに魅かれるのかもしれない。知らんけど。

 こちらもサイズがなかったのだろう。布面積は本来それなりのはずだが、そうは見えないほど張力がギリギリ限界の戦いをしていた。

 たぶん明日までは持たない。

「ふふ、どうじゃわし考案のご奉仕活動は?」

「後が怖いっす、師匠」

「阿呆。今を楽しまんか。若いもんがつまらぬことを申すでない」

 全ての仕掛人、スティラは弟子に金言を伝える。

 思い切りいけ、と。

 ぶっちゃけこわごわされていても見ている側はつまらない。もっと面白く踊れ、と性格に難しかない魔女は思っていた。

「忘れるでない。置いていかれてべそをかいた己を!」

「……あっ」

 ソロ、思い出す。

 意気揚々と集合場所に向かい、伝言一つなかったあの絶望を。追放って言ってみただけじゃねえのか。便宜的な奴だったじゃん、と嘆き悲しんでいた。

「……っ」

 性格に難しかない魔女二人が可哀そうに思うほど――

「……メイドよ」

「は?」

「あ、メイドさん。その、肩揉んでくれ」

「……ショウチイタシマシタ」

(肩揉み一つ頼むだけで、すでにメッキ剥がれかけてるんだが⁉)

 肩をもみもみ、悪い気分ではない。やっているのがあのソアレだと思うとなお気分がいい。少しずつ、少しずつ、

「……むふ」

『来たぜ来たぜ来たぜ』

 お調子者の悪い面が顔を覗かせる。

 折角だし遊んじゃおうかな、と。

 その前に、

「蒼水着のメイドさんはあれだろ、俺を放置した謝罪ってことなんだろ?」

「ソウデスネ」

「それはわかった。大罪だよな、俺めっちゃ寂しかったもん」

「……私が悪うございました」

「うむ。で、ヴァイスはどういう風の吹き回しなんだ?」

 これだけは確認しておく必要がある。思う存分遊び倒そうにも、明らかに心当たりのない異質が紛れ込んでいては気になって楽しめないから。

 問われたヴァイスは、

「……聖庁で助けてもらった。この前の、どこだか忘れたけど、相手も透明なことしか覚えてないけど、そいつからも助けてもらった」

 首をひねりながらぽつぽつと答える。

 あのナーウィスでの戦いがすでにうろ覚えなのはさすがの記憶力であった。平和の象徴である鳩と渡り合えるのは彼女しかいない。

 三歩、それが彼女が鮮明に記憶する限界である。

「……え、それの感謝ってこと? ヴァイスが?」

「たぶん」

「……な、なるほど。成長したんだな、お前さんも」

「……?」

 一緒にいた頃はどれだけ尻拭いしようが、何かをしてもらった感覚すら持ち合わせていなかったヴァイスが人への感謝を覚えた。

 そのことにソロは衝撃を受ける。さすがに聖都みたいに死んだことはなかったにしても、ドロリッチの時ぐらいの窮地は何度かあった。何しろ今に輪をかけて拳ですべて解決しようとするやつだったのだ。

 その不器用過ぎる生き方が痛快で、面白くて一緒にいたのだが、まさかそんな人物が感謝の念を抱くようになるとは思わなかった。

 だが、一応納得する。

「メイド、チェンジ」

「は? 何か文句あんの?」

「あ、いえ、その、あちら手持無沙汰にされているようなので」

「そう。交代しましょ、ヴァイス」

「おう」

 あのヴァイスの肩揉みとは感動的であり、何と言うか少し子の成長に揺らぐ父親のような気分であった。

「全力で感謝を示しなさい」

「おう」

 それでうっかり失念していたのだ。

「行くぞ、ご主人」

「おー……あっ!?」

「ん!」

「ふんぎゃああああああああああ⁉」

 ヴァイスってすごく力持ちなんだ、というとても当たり前のことを。感謝は覚えた。でも、力加減を覚えたとは言っていない。

 ソロの絶叫が響き渡る。

 それを聞き、

「ええのぉ。弟子の悲鳴は五臓六腑に染み渡るわい」

「……いい趣味でありますな」

「わしはの、どんな音楽よりもこういうのが好きなんじゃ。にゃにゃにゃ~」

「……」

 スティラはウキウキと楽しんでいた。これでこそ身銭を切った甲斐がある、と。シュッツは表情を曇らせながら思い浮かべる。自分が仕えていた主、ルーナに彼女の修行はどうであったかを聞いた時の、あの貌を。

 絶対に弱みを見せぬ超天才がかすかに見せた、あの動揺はただ事ではなかった。

 たぶん、今は絶叫して悶えているソロも色々あったのだろう。彼はそういうのをあまり表に出さず、とてもわかり辛いのだが。

 そういうところはルーナと似ている、とシュッツはふと思う。

『やれやれ~!』

 ちなみに当然、退屈で死にそうだったトロもウキウキであった。

 楽しそうで何よりである。


     〇


「いでで、ひでー目にあった」

「ふふ、愛されているじゃない」

「……あいつなりに感謝してんのは伝わったよ。もう飽きたみたいだけどな」

 ソロの視線の先には、全力での肩揉みを終えて満足したのか革張りのソファーを一つ占拠し、爆睡するヴァイスの姿があった。

 水着姿ではしたない、と思わなくもないが貸し切りなので大丈夫。

 なお、スティラは満足したのか海水浴がしたい、と浮き輪膨らませ係のシュッツ、そして飾りとしてトロを奪い、背負って去って行った。

 浮き輪、そう、超魔法使い、実はかなづちであったのだ。だから水浴びが嫌いなのだが、海水浴は見ていて興味を持ったらしい。塩分濃度のおかげで浮きやすいのが魔女のお気に召したらしい。それでも浮き輪は絶対らしいが。

 今頃はきっと気持ちよさそうに海に浮かんでいることだろう。

 そしてソロはと言うと――

「暗くてよく見えないから炎を見るわよ」

「耳焼かないでね」

「誰に言ってんのよ。あなたとは魔法の年季が違うの、年季が」

 蒼水着のメイドさんに膝枕で耳掃除をしてもらっていた。お調子者が調子に乗り倒している部分もあるが、それに粛々と従う彼女は猛反省しているのだろう。

 普段の彼女なら絶対にしないだろうから。

「ねえ、ヴァイスと違ってソロは魔法使えたんでしょ?」

「生活レベルのはな。結構それぐらいならいるだろ、その辺に」

「もっと使いこなそう、とか思わなかったの?」

 ソロの成長速度を目の当たりにしていたソアレの純粋な疑問。努力を積んでいるのはわかる。ただ、同時にそれだけでは説明がつかない成長速度でもある。

 王国に仕える騎士でも大半はガ級止まり。つまり、ソロは戦闘を生業とする者たちとすでに並びつつあったのだ。この短期間で。

 無論、世界一の魔法使いに教わったのは大きかっただろうが。

「魔法ってさ、上手く使おうとすると詠唱が必要だろ? 精度や出力を上げようとしたらさ、結構長々と」

「そうね。ま、私なら付加詠唱繋げずとも、ズドンだけどね」

「路地裏にはソアレやとっつぁんみたいなのはいなかったんだよ。魔法を使う奴は路地裏にもちょくちょくいたけど、馬鹿みたいに詠唱しているとさ、自分からぶっ倒してくださいって合図にしか思えなくて……要らない技術だなって」

「なるほどねえ。私の知らない世界ね」

「知らんでいい世界だよ。基本ろくでもねえのしかいねえ」

「あなたみたいな?」

「そう、俺みたいな」

 職業騎士、戦士に囲まれて、当たり前のように魔法を戦闘に応用し、使いこなす環境と、見様見真似の半可通がはびこり殴った方が手っ取り早く強い環境。

 認識に、成長に差が出るはずである。

「あ、大きいの取れた」

「見せてくれぇ」

「はい」

「うわーお、これ耳にいたのか」

「不潔」

「どぶ底で貯めた俺の人生だぞ、敬えメイド」

「ちっ」

 一応、ギリギリ、ご奉仕メイドのラインは踏み越えないソアレ。そろそろ耐えかねて越えてくる、と思いきやなかなか踏ん張る。

 ちと、面白くないな、とソロは思ってしまう。

「なあ」

「なんですかご主人様」

「……あんまり気にするなよ。置いていかれたことは大変ご立腹だけどよ、そっちが焦っている理由がわからんほどぼんくらでもないんだわ」

「……」

「魔物、マジで強いよな。付加詠唱全部乗せ、トロでブーストした魔法でも相殺が限界だった。そっちのやつ相手だと、今の俺じゃ勝てなかった。あれで師団長、軍団長のフェルニグはもっと強い。そりゃあ焦るし、武器が欲しくなる」

「……そうね」

 直接対峙こそしていないが、同じく軍団長『魔樹』のクリファの力を肌で感じ、それで力不足を痛感して焦るのは当然のこと。

 実際、武器が強くても勝てたかわからないが、武器が強ければもう少し『雷光』のサイカとも戦えたはず。

 ソロの到着まで粘れていたら、死なずに済んだ命もある。

 ソアレがサイカに勝利出来ていれば、守れた命がある。

「……俺が自殺して契約解除して、ルーナがトロを握っていればフェルニグにも勝てたかもしれない。それだけ、武器って大事だもんな」

「お姉様は絶対に、そうしない」

「あいつがしなくても俺なら出来たよ。譲らなかったのは、生き延びようと嘘をついたのは、俺だ。俺が選んだ。幻滅するか?」

「……しない。私もきっと、同じ場面に出くわしたら迷うから」

「でも、きっとソアレ・アズゥは迷ってでも、そうしたと思うぜ。そう思うから、ルーナは絶対に止めようとするだろうけど」

「……」

 何となく、ソロは本当のことを伝えた。そちらが色々と猛省しているように、自分もずっと悔いていることがある、と。

 悔いてなお、

「何度繰り返しても、俺はあいつを犠牲に生き延びようとする。それがわかるから、度し難いと思うわけよ」

 塔での試練で自分を知り、痛感した。

 自分はあそこで譲れないのだ、と。

「……私は反省して、変わるから」

「そうしろそうしろ。お前さんは、ちょっとは俺を見習うぐらいが丁度いい。早死にする前にな。もう奇跡はない。少しは労われよ」

「……心配してくれるんだ」

「一応、仲間だしな」

 いつも我武者羅で、猪突猛進で空回る。努力はしているけれど、なかなか成果に現れない。自分を見てくれるのは姉だけだった。

 今は――ソアレは嬉しそうに頬を緩める。

「つーわけで、こんなもんだろ」

「……?」

「ほい。隙あり」

 かつて見せた神速の左手、黄金の左腕から比べるとあまりにも鈍重な動きであった。ソロはソアレの大きな胸部装甲にタッチしたのだ。

 油断大敵、男は狼なのだから気を許すな、との教訓を添えて――

「……ソロ」

「はえ~重たい。肩凝るだろ? 今度は俺が揉もうか?」

「結構ッ!」

 首根っこを引っ掴まれ外へ放り投げた後、蒼き爆炎が炸裂した。

 ソロ、た~まや~、とばかりに爆散する。


     〇


 シュッツ、そして現地民の大半が色黒ゆえにアイデンティティを喪失したボンボン、もう一人のアフロが亀の背から釣竿を垂らしていた。

「ちりちりですね」

「ボンバー・ソロと呼んでくれ」

 蒼き炎が髪を焼き、男は再びアフロとなった。ついでに結構火傷も負ったので、陽射しが大変沁みるのだ。

「むお、来たである!」

「おおっ! すげえしなってるぞ、とっつぁん!」

「大物ですね。ファイトです!」

 男三人、沖で仲良く釣りに興じていた。

「「「フィーーッシュッ!」」」

 困ったら現地の人に聞こう、今回の教訓である。

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