幕間:南の島といえば~?①
マレ・オピスの堤防にて――
「……釣れねえなぁ」
「……釣れぬなぁ」
ソロとシュッツが横並びで釣りに興じていた。川釣りは得意と豪語していたシュッツに釣った魚は食べ放題、と言う甘い言葉で誘われノコノコ釣り出されたソロであったが、現実はなかなか甘くない。
早朝から釣り糸を垂らすも、未だヒットなしのボウズである。
場所が悪いのかもしれない。
だが、
「……」
「……」
二人とも思考が負のスパイラルに陥っていた。正しい選択肢は場所移動をするか、一度仕切り直し現地の詳しい者に聞く、その辺りだろう。
しかし、もし次の瞬間釣れるとしたら。
その機を自ら竿を戻し逃すのか。
『なあ、暇過ぎるからまたナンパしようぜ』
(……それは絶対しねえ)
『でもよぉ、オイラ刺激が欲しいんよ』
(少し待ってろ。あと少し、あともうちょいで釣れる気がするんだ)
『駄目だこりゃ』
ソロの眼はぐるぐると負のスパイラルを刻む。
普段、年長者として冷静さを保ち、苦言を呈するはずの男もまた、
「来る、来る、来る」
くるくるくる、と目を回していた。
恐るべし、博打で身を亡ぼす人の真理とはかくも理外であるのだ。
〇
「……重いし前が見えないんですけど」
「にゃおーん」
(破壊魔のくせにぃ)
黒猫のスティラはソアレの頭によじ登り、だらーんと垂れ下がっていた。視界は猫ヘッドが、うなじの辺りは猫足、背中には猫尻尾が垂れる。
「……いいなぁ」
指をくわえて羨ましそうに見つめるヴァイス。
実はこのテーブル、現在は女子会の様相を呈していた。
その割に華やかさはないが。
「丁重に譲りましょうか?」
「マジ?」
「たわけ。師匠を死守せよ。契約じゃぞ」
「……ぐぬ」
ソアレはつい先日、ソロのついでに魔法を見てやる、とのスティラの申し出を受け、弟子入りを果たしていた。その際に契約書を交わしたのだが、その裏面を確認することを忘れたソアレはものの見事に詐欺られ、不当な契約を結んでしまう。
師を守るのは弟子の使命。
師のお願いを聞くのは弟子の義務。
とにかく師の言うことは絶対順守、守らないと一度につき罰金10万オロ。
なお、ソロは契約を結ぶ前に修行入りしたが、改めて契約書を交わす時には裏面に気づき指摘、スティラ、クレアを舌打ちさせていた過去を持つ。
スティラの狙いは女子勢の中にも安息の地を得ること。まあ、才能自体は姉と毛色は異なれど相当なもの、当時は頑なが過ぎ見込み無し、と判断していたが誰の影響か、旅の影響か、多少頑固さも緩み彼女の基準にギリ達した。
とは言え、素直じゃないので可愛くないのは間違いない。
「しかし暇じゃのお」
「……今、各島に隠匿されているオークを探してもらっているので、そちらの報告を待たないと動けない、とお伝えしましたけど」
「わしゃあ興味のないことを頭に入れぬ主義じゃ」
「……」
ぷるぷる、と怒りに身震いするソアレ。首都ナーウィスの再建で人が出払う中、手すきになった島々の安全を守る、それが彼女たちの申し出であった。オーク攻略自体は宝箱のこともあり得であるし、昔の名残で周辺都市国家の盟主的立場のマレ・オピスからしても手が回らない今、ありがたい申し出であった。
WINWINと言える。
が、そもそも論としてスティラが暴れ散らかさねば今ほど人が出払うことはなかったのだ。もちろん、彼女たちが来てくれたおかげで助かった側面は大いにある。かの剣士、シュラも議長へ自分一人ではおそらく敗れていた、と言い切ったこともスティラにとっては追い風であった。風に乗り、悪びれることもなく恩に着せ倒した。
そのやり口の悪辣さたるや、ソロをして「さすが師匠だぜ」と感嘆していたほどである。ワルとしても師匠、さすが弟子入りさせずにオロを巻き上げ続けるシステムを組んだ詐欺師は違う、と。
なお、本人曰くむしゃくしゃしたからやった。別に都市をぶっ壊す必要なく、魔物の殲滅を行うことは可能であった。けど面倒くさかった。
そう発言しているため、ソアレの心証は最悪である。
「ところでヴァイス、同じ女子として相談があるんだけど」
「……オレに?」
突然の申し出にヴァイスは疑問符を浮かべる。生まれてこの方、女子として扱われた記憶がない。自分がそのカテゴリー入りしている自覚すらなかった。
ゆえに驚き、目を見開く。
「わしも女子なんじゃが?」
「とある人物にね、少し謝罪しなきゃならなくなったの。本当はしたくないけど、あの男に頭を下げるのは業腹だけど、仕方ないことなの。わかる?」
無視されたことに腹を立てつつ、「ほう」と面白そうな話題であるためスティラは静観の姿勢を取った。
「よーわからん」
ヴァイス、察しが悪い。
「とにかく謝罪しないといけなくて、でも、言葉じゃ誠意が足りない、いえ、違うわ。私が謝罪する、という重みが伝わらないと思うの。どうすべきだと思う?」
「なおわからん」
「わかって!」
(あほくさ)
自分を下げられず、かと言って対象を上げたくはない。それゆえに伝わり辛い言い方となる。当然、元々察していないヴァイスの疑問は深まるばかり。
相手もわからない。何故謝るのかもわからない。
お手上げ状態、ヴァイスは考えるのをやめた。
その時、
「水着じゃな」
鶴の一声がソアレの頭上から飛ぶ。
「世の中、何事も地の利を生かさねばならん。南の島で謝罪するのなら、水着でご奉仕と太古より相場が決まっておる」
「み、水着⁉ な、なんでですか?」
「理に疑問を持つこと、それに何の意味がある? ん? 女神様の存在に疑問を持つようなものじゃぞ?」
「そ、それはいけないわ」
「じゃろう? しかも、水着でご奉仕の好いところはの、なんと日頃の感謝も相手に伝えられるのじゃ。さりげなく、押しつけがましくなく、それでいてバッチシと」
ぴくり、全てに興味を失っていたヴァイスも反応する。
「なお、布面積は少なければ少ないほど、謝罪や感謝の大きさ、重みも増すのじゃ。これもまた理、何故と聞かれても答えられぬ」
だって適当じゃし、とスティラはニチャニチャしていた。
魔法使いとしての名声を生かし、日々詐欺で日銭を稼ぐ女の口八丁手八丁。
小娘たちに思考の余地を与えず、圧倒する。
「ぬ、布面積、それは、さすがに」
「……裸が最大ってことか?」
「はだ、ちょ、ヴァイス! はしたないわよ!」
「裸はあれじゃな。逆に効果は薄れるの。普通に捕まるじゃろ、馬鹿が」
後半、誰にも聞かれぬようにつぶやくスティラ。あまりの思い切りの良さに少し慌ててしまったが軌道修正は完了。
これで、
「水着代はわしが持とう。弟子の窮地、師匠として協力は惜しまぬ」
「し、師匠」
洗脳完了。無事、間抜けな弟子は感謝に目を潤ませている。
「オレ、弟子じゃねえ。ヤニ代で金もねえ」
しゅんとするヴァイス。
「阿呆。水着だけに水臭いのぉ。今後わし相手にそーしゃるでぃすたんすを保つのなら、わしとて鬼ではない。水着、好きなのを買ってよいぞ」
「……猫ちゃん」
一転、ぷるぷると感動するヴァイス。
はい、楽勝。
しかも今後の安全までより強固とする。この単細胞がどれだけ約束を覚えていられるかは疑問であるが、しばらくの効果はあるだろう。
完全勝利、
(計画通り)
スティラは新世界の神の如し悪辣な笑みを浮かべていた。
「さて、征くぞ。買い物にの!」
「はい!」「うす!」
超魔法使い、弟子(カモ)二匹を引き連れ遊びに行く。
カモで遊ぶ、のが正しいか。
〇
「ふ、二日連続ボウズはまずい。さすがに移動すべきか? いや、でもここで逃げたらこれまでの苦労が。逃げちゃダメだ。向き合えよ、俺!」
「くるくるくるくるくるくるくるくるくるくる」
『こいつら終わってらぁ』
二日連続ボウズ手前。精神に異常をきたす二人に対し、トロは冷ややかな視線を送っていた。あまりにも悲惨、これが博打に溺れ、敗れ去った者の姿である。
ほどなくして――
「あんな、ここ釣れんよ」
「「……あっ」」
見かねた地元の人間が教えてくれた。素人の生兵法は危険、最初は経験者に教えてもらうのが一番安全で手っ取り早い。
そんな教訓を得た。
あと、釣り場の情報も教えてくれた。
優しい。けど、出来れば昨日知りたかった。
そう黄昏ながら、
「すまぬな、ソロよ。全て某の失態である」
「水くせーよ、とっつぁん。意外とさ、楽しかったぜ」
「……ソロ」
「……とっつぁん」
同じ痛みを知る者同士、無言で涙をのみ込む。
『茶番だ茶番、あほらしい!』
お涙頂戴にくさするトロ。逃げ場なく腰に提げられ続けたものの身にもなれ、と憤慨していたのだ。
そんな二人とひと振りの敗走。
魚を釣ってくるぜ、と二人して朝っぱらから飛び出して来た手前、仲間にあわせる顔がない、としゅんとしていた。
のも此処まで、
「にゃにゃにゃにゃーん!」
じゃじゃじゃじゃーん、と現れるは、縞々模様の水着を身にまとう黒猫のスティラであった。あら可愛らしい、という見た目だが、その後ろにいる二人の衝撃が大き過ぎて、二人は驚き唖然と立ち尽くす。
「ほれ、教えた通りに。せーの」
「「おかえりなさいませ、ご主人様」」
「「?????」」
ソアレ、ヴァイスが何故か頭を下げている。状況の、情報の処理が追い付かずに、ソロとシュッツは飲み込めなかった。
『来たぜ水着回! ようやく面白くなってきたー!』
クソみたいな素人の釣りに付き合わされ、退屈で死にそうだったトロだけ面白そうな展開に嬉々としていた。
つづく!
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