第74話:まだまだこれから!

 誰もいない洞窟の奥、誰の視線もない闇の中であれば魔狼と木こりの子、半魔のルーは姿を隠す格好をする必要がない。

 その辺に煩わしい布を脱ぎ散らかし、彼女は静かに闇の中で転寝をしていた。呪いのような夜色の何かが右腕に蠢く以外、至って普通の少女の姿であった。母親譲りの黒い髪と背に一筋走る毛、お尻から伸びる尻尾も同じ色である。

 全身、至る所に傷が刻まれているが――

「……母様」

 今は『母』がいない。ゆえにひとりぼっちで彼女は眠る。父のことはほとんど記憶にないが、母と一時的に別れた記憶はありありと残っている。

 最終的には今のように合流できたが、一人の時間はとてもつらかった。このアスールはもちろん、必死の想いで母が送ってくれた魔界にも居場所などなかった。『母』に見つけてもらえなければきっと、野垂れ死んでいたはず。

 多くは望まない。

 ただ、一人でなければそれでいい。

 だから、『母』の頼みは断らない。嫌な顔一つしない。痛いのは嫌だけど、強い相手と戦いたくなんてないけれど、嫌われたくないから必死にやる。

 此処が居場所だから。

 此処以外に、居場所なんて何処にもないから――

 彼女は発達した犬歯を噛みしめ、一人静かに眠る。

 一人は、怖くて、辛い。


     〇


 複雑に入り組む構造物、それが織り成す芸術。

「……くそ、お宝だけ頂けたらそれでいいのに……もう帰り道すらわからねえ」

「罠にかかるなよ! もう一度あれが来たら――」

「おい馬鹿、足元!」

「あ、ああ」

 魔物で埋め尽くすのは簡単ではあるが、それではあまりにも芸がない。ただのストックポイントではつまらない。

「待ってくれ、置いて行かないで」

「絶対に動くなよ! その足を離したら、今度こそ全滅だ」

「……でもさ」

「やめろ! さっき、何人死んだと思ってんだよ!」

「同じ死ぬなら、みんな一緒の方がよくね?」

「あっ」

 侵入者を構造で誘導し、罠へかける。其処に美学があるのだ。魔物で人間を殺してもそんなの当たり前、何も美しくない。

 たった今、最高に滑稽な演者たちが物語を織り成していた。遠見の水晶で男はそれを見つめ、愉悦に笑みを深めていた。

「軍団長」

「ミームスか。この前は失敗したらしいね」

「……っ」

「まあ、安心したまえよ。我らが『堕天』はそもそも、君たち魔物に頭脳労働は期待していない。どうしたって君たちは向いていないんだ、性能的に」

「……」

 影、ミームスは存在しない歯を食いしばる。彼は強き魔物に見下されることすら許せぬ魔物である。それがこんな、こんな生物に見下されるなど――

「おっ、一人生き延びた。嬉しそうだなぁ……でも残念」

 袋小路に至る。

 其処には端から詰めていた魔物が少々。だけど、残った女性魔法使いが一人でどうにかできる相手ではない。

 死を理解し、へたり込み、許しを乞う。

 まあそんなもの、あえて性能を落として作った知能無き魔物には通じない。泣き叫ぼうが、小便を漏らそうが、彼らは嬉々として殺し、喰らうのみ。

 これにて完結、また一つ物語が結びに至る。

「……で、我らが『堕天』は私に何を望む?」

「これは『堕天』様からの命ではありません」

「……?」

「勅です」

「……陛下の。これはまた珍しい。俄然、興味が出てきたね」

「人の勇士、タダノソロという者を推し量れ、とのこと」

「本当に人かい? そんな妙な名前、聞いたことないけれど」

「私が、直接聞いたわけではないので」

 男は考え込み、

「まあいい。僕の愛しき芸術を放置するのは業腹ではあるが、陛下の勅と言うことなら断る道理はない。いやはや、雇われ者は辛いじゃあないか」

 笑みを浮かべて立ち上がる。

「彼らの進路が判明したら、其処に僕がオークを仕込むとしよう。せっかくならお仲間にも声をかけてくると良い。因縁があった方がさ、物語に締まりが出るしね。無縁同士の戦いも、それはそれでオツなものだが……やはり面白みには欠ける」

 魔王軍四天王『堕天』直属、『魔樹』のクリファと並ぶ軍団長が一角、

「僕のダンジョンで測ろうか、タダノソロとやらを」

「ダンジョン、ですか?」

「最近、巷ではそう呼ぶそうだよ。オークが作り出す構造物を」

「な、なるほど」

 『策劇』のイムホテプ。

「じゃ、情報収集よろしく。それぐらい出来るだろう? 君たち魔物にも」

「……しょ、承知いたしました」

「僕なら半月あれば即席のダンジョンを組める。それなり止まりの芸術にしかならないが、その舞台を生かすも殺すも演者次第と言うことで」

 『堕天』自らがスカウトした人材。

 つまり、

「さあ行った行った。僕は趣味が忙しい」

 魔王軍唯一の、人間である。


     〇


 色んな事が裏で絡み合っていることなど露知らず、

「勇者ソアレ万歳!」

「ふふ、照れるわ」

「丸焦げになってただけだろ」

「むが⁉」

 勇者ソアレ率いるご一行は現在滞在中のマレ・オピスにて宴に招かれていた。共和国議長であるこの都市国家の代表はさすがにあの状況でナーウィスから離れることは出来なかったが、彼らからも是非参加してほしいと頼まれていた。

 縁もゆかりもない、むしろシュッツにとってはかつての敵国であったマレ・タルタルーガ共和国のために粉骨砕身、戦ってくれた勇士たちを労いたい。

 そのための宴である。

「私の相手は強かったの!」

「俺のも結構あれだったぜ。泥をな、飛ばして来るんだ」

「雑魚でしょ!」

「その雑魚に寝かされたやつもいるんだぞ! 酷いこと言うなよ!」

「……ヴァイス?」

「……」

 しゅん、と肩を落とす友人に「ごめんね。ソロが悪いの」と慰めるソアレを見て、ゲラゲラ笑うソロは宴を眺める。

 どうにも高貴な身分のパーティとやらは水に合わないと思っていたが、こちらのパーティ、宴はなかなか激しく結構ソロ好みであった。

 まず、音楽が激しい。アップテンポな曲調ばかりである。太鼓の叩き手などビートを刻みながら汗だっくだくである。

 次に踊りも激しい。そりゃあ曲が激しければ、しっとりとしたダンスなど似合わない。身体を上下左右にガツガツ揺らし、足は常に音を求め動き回る。

 師匠であるスティラもどの面を提げているのか知らないが、

「にゃ、にゃ、にゃ」

「この猫、やるぜ」

「フローに乗ってやがる。それにしても独創的なムーブだぜ」

 ノリノリで踊っていた。

 腕(前足)組みしながら、音を取りつつ片足ずつ突き出す謎の動き。ダンサーたちはそのムーブに目を奪われていた。

 大半は「かわいい!」という感想であったが。

『相棒、美味いか?』

(おう。美味いぞ)

『オイラも食べてみてーなぁ』

(捧げられたらいいんだけどなぁ)

『消化されるまでは相棒の体判定にどうしてもならんのよ』

 加えて食事も美味しい。美味しい上に気取らず適当に食い散らかしても何も言われない。と言うか、みんな食い散らかしている。

 味つけも北に比べ甘めなのは特徴的だが、甘さなどなかなか味わえないどぶ底生まれ、どぶ底育ちのソロにとってはご褒美である。

 最後に、

「まあ、見ろよトロ助。この景色をさ」

『ああ、見てるぜ、相棒。ぶりんぶりんだ』

「ぷりっぷりだな」

 男女ともに薄着、この際男性はどうでもいい。薄着の女性がアップテンポな曲で踊り狂っているのだ。そりゃあもう、全身ぶるんぶるんである。

 モテ期などなかった。

 それはもう理解した。

 だからこそソロは非モテとして生きる覚悟を決めたのだ。

 刮目する。

「シュッツ殿のツレ、くわっと目を見開いているなぁ」

「……お恥ずかしい」

 こちらにも知り合い(かつて殺し合った敵)がいたシュッツは仲良く酒を酌み交わしていた。本当ならここにもう数人いたはずであるが、ジブラルタルとパーティを組んでいた者たち、ナーウィスでソアレに守られ守った者たち、

「いやいや、男たる者女の尻を追いかけてナンボだ」

「某はそう思わぬがなぁ」

「女に良いところを見せようとする時が、一番力が出るだろう?」

「大体、そういう時に失敗するのだ」

「確かに」

 彼らをしのびながら酒を飲む。戦いの世界に生きる者、そういう覚悟はある。嘆き悲しむのは違う。自分が死んでも、そうして欲しいとは思わない。

 笑って見送るぐらいでいいのだ。

「お、ソアレ殿が突っ込んでいくぞ」

「……何をしておられるのやら」

 目を見開き、鼻の下を限界まで伸ばし切ったソロに向かって突撃してきたソアレ。すったもんだの激闘の末、何故か二人して踊り始める。

 ヴァイスも仲間入りし、思い思いに楽しんでいた。

「若様、ありゃあ失恋だな」

「相手が悪い。いい戦士だぞ、彼は」

 身内弄りも忘れない。酒が入ったおっさんなど何処もこんなものである。

 そんな彼らをよそに、

「……」

 シュッツは嬉しそうに、そしてほんの少しだけ申し訳なさそうに、宴を楽しむ彼らを見つめていた。ソロの成長、ソアレの成長、それを嬉しく思う反面、どうしても思ってしまうのだ。あそこにルーナがいたら、と。

 自分たちは部下、仲間であっても、友人にはなれなかった。

 彼らと一緒なら、今の彼らなら、きっとルーナも心の底から楽しめたような気がする。よそ行きの笑顔ではなく、本当の笑顔を浮かべられたかもしれない。

 そうしてやれなかった、己の弱さを悔やむ。

「どうした、シュッツ殿」

「いや、酒が足りぬと思ってな」

「「確かに!」」

 しかして、時は遡らない。取り戻すことも出来ない。それが出来るのは女神のみ。その女神は軽々しく己の力を振るうことはない。

 ゆえに神は神足り得るのだから。

 時は進む。

 この先、どうなるかはわからない。それでも今を生きる者は進むしかないのだ。如何なる苦難が、別れが待ち受けていようとも。

 全力で今を生きるしかない。

「疲れたのう」

「師匠、頭の上が重いっす」

「我慢せえ。わしが休んどるんじゃぞ?」

「ひでーや」

 言われずとも、彼らはそうするのだろうが。

 注がれた酒をぐいっと飲み干し、シュッツもまた彼らの若さには負けまいと気合を入れる。人と魔の戦いはまだまだこれからなのだから。

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