第73話:そうして生まれた子がボクってわけ

 えっほえっほ、とジョギングのような感じで、

「ファッ⁉」

 馬車をぶち抜いていくスティラ・アルティナの一番弟子にしてマギ・セルモスの女王、クレア・マギ・セルモス。まん丸ボディの下には筋肉が搭載されているのだろう。それにしたって快速が過ぎると言うものだが。

「遠いですねえ」

 一日ずっと走っているが目的地は遥か彼方。スティラの変身魔法と自身の鉄魔法を合体させた超機動力があってこそ、あの神がかり的な短時間での到達が可能となっていたのだ。まあ、魔法を全力で行使すれば何倍も早く到着は出来るが、それ以上に疲れるので体力消費を抑えたジョギングにしている。

 馬車よりも速いジョギングである。

「えっほえっほ」

 一歩が大きい。人間離れした身体能力であった。

 まあ実際に――

「あら?」

 ふと、クレアは前方に豪商が乗るような大型の馬車を見つけた。空きがあったら同乗したいなぁ、とこっそり中を覗く。

 中を覗けると言うことは馬車と並走している、と言うことなのだが。

 そして、

「お、お嬢! 窓に、人が!」

「ど、どういうことですのー!?」

「「あっ」」

 ドスケベな恰好をした魔女レオナとクレアの目が合う。同じ人物に師事した者同士、よく知る間柄である。

 当時はまだ超魔法使いではなく大魔法使いであったが。

 どっちも自称なのですこぶるどうでもいい。

 そんなこんなで、

「失礼しますねえ」

 ちゃっかり馬車に乗り込むクレア。

「ええ、構いませんわよ。わたくし、庶民には寛容で有名ですの」

 彼女を知らぬ金髪ドリルは大きな胸を張って言い放つ。

 それに、

「あ、お嬢、さま、その、あのですね」

 普段飄々としているドスケベな魔女、レオナは珍しく狼狽していた。なお、パーティのリーダーである金髪ドリルは「?」と首を傾げている。

「レオナ」

「ひゃい!」

 笑顔で名前を呼んだだけ。それで飄々、不遜な魔女が縮こまる。

 それだけで、

(やべーよ、このまん丸なおばさん)

(ああ、姐さんがこんなのはじめて見たしな)

「……?」

 ドリル以外、全員察するものがあった。

「元気でしたか?」

「そ、それなりには」

「であればよかった。あの御方も心配していましたよ」

「……当時はその、申し訳ございませんでした」

 仲間が頭を下げる姿を見て、ドリルはさらに首をひねる。すでに可動域的には人体の限界に挑戦しているように見えるが――

「構いませんよ。そも、原因はこちらにあります。私もあの御方も貴女に期待し過ぎていたのでしょう。むしろ申し訳なかった、と思っています」

 今度はクレアが頭を下げる。

「あ、頭をお上げください」

(姐さん、敬語とか使うんだなぁ)

(人を敬う心とかあったんだ)

 恐縮しっぱなし、まあ魔法使いであれば誰もがスティラ・アルティナ、そしてその一番弟子であり最強の魔法使いであるクレアには恐縮するだろう。

 ざっくばらんな末弟子、ソロがぶっ飛んでいるだけである。

「またいつでも遊びに来なさい。甘いお茶菓子を用意しておきます」

「……はい。いつか、必ず」

「ええ」

 笑顔のクレア、まだぎこちないが笑みを浮かべるレオナ。そして蚊帳の外の仲間たち。ドリルに至ってはわかってもいないのにうんうん頷いている。

「それでナーシサスのお嬢様はどちらへ向かわれるのですか?」

「あら、わたくしのこと、知っていますのね」

「名門ですし、有名ですから」

「おーっほっほっほ!」

 持ち上げられて上機嫌のドリル。お嬢と呼ばれる者はチョロインの適性を持つのかもしれない。彼女がヒロインなのかは現状不明であるが。

「本当は戦災復興を手伝いたかったのですけれど、今のわたくしたちに何ができるか、それを考えた時、大いなる力でオークを取り除くこと。それが浮かびましたの」

「まあ、素晴らしい」

「そうでしょう、そうでしょう」

(ソアレ・アズゥと顔合わせ辛かっただけだろ)

(あっちは最強の敵とぶつかって重体、こっちは雑魚刈りで迷走して五体満足。そりゃあバツも悪いよなぁ)

 獅子奮迅の活躍をしたのは間違いではなく、実際に彼女の通り道はミニ・オークも全部引っ繰り返り、滅びていたので貢献は大きい。

 が、それでも思うところはあるのだろう。こそこそとナーウィスを脱出していた。この馬車でこそこそもくそもないと思うが――

「あの、お師匠様はどちらに?」

「末弟子の面倒を見るために残りました。貴女やルーナと違い、魔法自体はまだまだですので……ただ、応用や発想は目を見張るところがありますが。器用過ぎてイマイチ出力向上が遅れている部分はありますね。いえ、まあ歴を考えれば――」

「……」

「どうしましたか?」

「いえ、その、そんなに褒めていらっしゃるのは珍しいと思いまして」

「褒めていませんよ。厳しくする領域にいないだけです」

(……すでに見立てが厳しいです、クレア様)

(見た目より厳しそうだぞ、このおばさん)

(意外とドSかもしれねえな)

 温和な見た目に鋼の筋肉を搭載し、自身の専門領域である魔法には厳しい。そんなクレアおばさんであった。

「あ、そう言えば、今後オークを攻略されるとのことですが」

「ええ。それがどうしましたの?」

「杞憂でしょうが一つ忠告いたします。全身布でぐるぐる巻きの、紅き隻眼の敵と遭遇したら逃げることを推奨します」

「あら、わたくしの辞書に後退の二文字はなくてよ」

「おそらく、あれが『海侠』のジブラルタル・オピスを討ち取った者です。互いに万全の場合、私も勝てるかどうか……少なくともシュラ・ソーズメンは仕留める気だった。それはご理解を。戦えば火傷では済みませんよ」

 有無を言わせぬ口調。無視されて憤慨するドリルをよそに、クレアは後輩であるレオナの方へ視線を向ける。もしもの時は逃げるように、と目で念を押す。

「魔物ですか?」

 レオナの問いにクレアは複雑な表情を浮かべ、

「半分は」

 そう言い切った。

「……では、その」

 レオナはクレアを見つめる。

「ええ、そう言うことです」

「「「?」」」

 他を置いてけぼりに、二人の間で共通の認識が交わされた。

 増え続けているであろうオーク、その内の一つに潜むとして遭遇の確率は極めて低い。ただ、世の中には確率を超越して、そういう星周りに生まれる者がいるのだ。良くも悪くも引き寄せてしまう、そういう者が。

 ゆえにスティラは何かを予感し、あちらへ残ったのかもしれない。この者たちも彼らに近い雰囲気がある。優秀な後輩もいる。

 だからこそ警戒が必要なのだ。

 今のままでは絶対に敵わないから――


     〇


 むかしむかしあるところに強き狼、魔狼がおりました。

 魔狼は天魔大戦の折、天使と死闘を繰り広げながら思ったのです。少し疲れた、これが終わって生き延びていたら休もう、と。

 戦いの末、魔狼は無事生き延びることが出来たのです。休むために誰の目も届かぬ地を探しました。彼女は魔界の殺伐とした環境よりもアスールの環境が気に入り、人里から離れた山奥へ移り住んだのです。

 当時、魔界へ戻らぬ魔物はそれなりにおりました。その多くは野心を抱き、天使や人の英雄たちと争い、敗れ散っていきましたが、ただただ休みたかっただけの魔狼は十年、二十年、百年、二百年とただただ惰眠を貪り続けておりました。

 その間、アスールから大半の魔物が消え、すでに伝説の一部となっていた頃、

「……くぁ」

 欠伸をひと噛み、気持ちよく寝返りを打ったタイミングで、

「誰だ?」

「……」

 近くを通りかかった木こりに欠伸を聞き咎められてしまったのです。山奥の洞窟、二百年にも及ぶ惰眠は彼女から警戒心を奪っておりました。かつての自分なら絶対に嗅ぎ取れていた距離も鼻が利かず、あっさりと気取られてしまいました。

 慢心、怠慢、発見されたら面倒なことになる。そんなことはわかっていた話。彼女はすでに魔物や天使がこの地から離れたことすら知りませんので、人に見つかれば天使と争うことになる、と考えていたのです。

 必然、

「……狼か」

「残念だねえ。嗚呼、残念だ」

 隠滅する必要があります。

 むくりと起き上がった魔狼は木こりの男を睨みます。食い代のない凡庸な男でした。魔界では有機、無機生命問わず喰らう悪食として有名な魔狼は恐れられた存在です。人間などひと睨み、それで圧倒出来る。

 血のように紅き双眸がギラリと輝きます。

 怖れ、顔を歪め、腰でも抜かすか。

 逃がしはせぬが、と彼女は獰猛な笑みを浮かべますが――

「俺は死ぬのだな」

「……」

 男の目には怖れはなく、ただ死を受け入れたような眼をしていたのです。自分を前に、何でも喰らう強き狼を前に、何故そんな眼が出来るのか。

「喰うぞ?」

「好きにしろ。それが自然の在り方だ」

「……」

 彼女にはわからなかったのです。

 だから、

「何故木を切る?」

「それが仕事だからだ」

 彼女は木こりを生かしました。ずっと眠っており、正直小腹も空いていたのですが、あの眼を見ると食欲も失せてしまう、と彼女は言います。

 二百年、洞窟から出ようともしなかった狼は男の観察をするため外に出ました。うっとおしい直射日光も、木々に遮られ木漏れる分には悪くありません。

「何故私から逃げずにここで働き続ける?」

「ここが俺の仕事場だ。それに逃げる理由がない」

「何故?」

「さあ、何故だろうか?」

「……変な雄だね。喰ってもいいかい?」

「好きにしろ」

 彼女には仕事と言うものはわかりませんが、人間の版図がじわじわと広がっていることは何となくわかりました。まあどうでもいいのです、そんなことは。

 充分休みました。

 充分睡眠も取りました。

 出会って一年か、それとも半年だったか、もしかしたらもっと短かったかもしれない、そんなある日――

「なあ」

「なんだ?」

「喰ってもいいんだろう?」

「ああ」

「私が生殺与奪を握るわけだ」

「そうだな。弱肉強食の自然とはそういうものだ」

「なら、決めたよ」

「何を?」

「あんた、私の番いになりな。拒否権はないよ」

「わかった」

「くく、やっぱり、変な雄だねえ」

 魔狼は男と番いになることを決めました。男もまた即答し、彼女たちは晴れて種族の壁を越え、夫婦となったのです。

 そして二人の間に出来たのが、

「「かわいい」」

「あーぶー」

 ルー、という女の子でした。

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