幕間:冒険者ギルド①
南大陸は北大陸と異なり西側の大半が地続きではない島々の連なりであり、その全ての情報を集めるのには相当な時間がかかる。そのため接待を終えたソロたちも本題のオーク伐採、情報待ちとなりマレ・オピス滞在が長期化していた。
そのため、
(なあ、トロ助)
『なんだい、相棒』
(この辺ってとても暑いよな。海の近くで湿気もあるし)
『それを剣に聞かれてもなぁ』
(でも、錆びそうじゃね?)
『オイラを馬鹿にしてる? その辺の金属と同じにされちゃあ聖剣セイン・トロール様の名折れだぜ。錆びない、折れない、砕けないでぃ』
(名前自称じゃねえか)
『……』
(まあ、そんなことはどうでもいいんだよ)
『どうでもいい、か。そろそろ音楽性の違いで解散も視野だぞ、相棒よ』
(大事なのは暑いってことだ。蒸し暑いってことだ)
『相棒がきついってこと?』
(まあまあきつい。でも、大丈夫。半袖半パンだから)
『薄くなったよなぁ、服』
(そう、それだよ、トロ助君)
『おん?』
(薄くなったんだ、全員)
『……あー』
ソロは現在、さらさらの布地で造られた花柄の半袖半パンを着用、ご当地アイテムである遮光用メガネ、通称サングラスも頭に乗せている浮かれたスタイルである。
だが、それは彼だけではない。
「ねえ、ヴァイス。私の上着知らない?」
「知らねえ」
「……まあいっか。暑いし」
ソアレ、ヴァイス、両女性陣も服装が随分と薄くなり、肌色が露出するようになっていた。ヴァイスに関しては早々に暑さに耐えかねてどんどん薄くなり、下をホットパンツと上を水着の二刀流に辿り着いていた。
ソアレは羞恥心との攻防で多少時間を要したが、それも皆がほぼ水着みたいな薄着を着用している当たり前の景色と、そもそも気候が朝から夜までずっと暑い酷暑な環境がその羞恥心を燃やし尽くし、とうとう本日上着すら消失した。
(いやぁ、目の保養だねえ)
『上着……オイラたちの部屋にあった気が』
(まっさかー。ぬすっとじゃあるまいし)
『わーお』
精神的ハードルが下がった隙を突く、完璧な立ち回り。忘れがちだがこの男、凄腕の盗人であるのだ。
空き巣歴は浅めだが、各種ピッキングの技術は備えている。
「あわわわわ。姫様が不良になってしまわれた」
あまりの薄着に狼狽するシュッツ。
それも含めてソロとしては美味しい。
「しっかしあれじゃの。二人ともスタイルがええからびーちの視線を集めとるのぉ。実は嫉妬しとるんじゃないか? ん? 若いんじゃし」
「ん? 眼福で皆ラッキー、公共の福祉ってやつっしょ」
「……脈ないのぉ」
頭に飛び乗ってきた師匠、スティラの煽りは不発。エッチな景色はみんなで共有したらいいじゃない、とソロはへらへら笑いながらそう答える。
「今日も釣りに行くのか?」
「いやぁ、俺は沖釣り派に転向したんで、亀ちゃんいないと行かないっすね」
「玄人ぶりよって」
この前、アイデンティティを喪失したボンボンの案内を受け、沖に出て亀の背から釣り糸を垂らした結果、爆釣。それ以降、何度か沖釣りに出向き、その全てに勝利してソロはすっかり玄人ぶるようになっていた。
食事時、釣りの蘊蓄まで語り出す始末。
女性陣はげんなりとしていた。
シュッツは大喜びで、毎日部屋で語り合っているそうな。
「あ、おーい!」
「ソロさん」
釣り仲間のボンボン、もとい――
「どうも、ホルム・オピスです」
とうとう名前が付いた、英雄ジブラルタルの甥っ子にしてマレ・オピスが輩出した共和国議長の息子、ボンボン界きってのボンボン、ホルム・オピス。
「誰に言ってんだよ」
「なぜか、その、言えと言われた気がしたので」
元々はソアレらと仲良くしていたが、最近ではソロやシュッツと絡むことが多くなり、現在は釣りの先達としてソロの尊敬を得ている。
なお、そのことを魔法の師匠は尻軽クソ弟子と罵っている。
「なあなあ、今日の夜でもあれ、行かね?」
ソロは手でくいくい、と竿を動かす所作をして釣りの意図を伝える。
「その、行きたいのはやまやまなのですが」
「ん? 何かあるの?」
「それが――」
説明をしようとするホルムの下へ、
「ご無沙汰しております、ホルム様」
一人の男が現れた。この南国の島において浮くほどにきっちりした身なり。髪もきっちり七三、銀縁の眼鏡が知性を醸し出している。
ビジネスマンは足元を見ろ、の格言に則り靴は高級品をピカピカに磨き上げた状態、しかも履きこなれている感もしっかり出ている。
まあ、ソロは興味がないのか見てすらいなかったが。
「申し訳ございません。出迎えをするつもりでしたが所用で遅れてしまいました」
「いえいえ、こちらはあくまでお願いさせていただく立場ですので」
何かの商談なのだろう、偉い人って大変だな、とソロはこれからどう暇潰しをするかなぁ、と考え始めていた。
そう、
「ん?」
遠くからこちらを見つめて絶句するヴァイスの表情を見るまでは。
滅多なことで彼女は揺らがないし、平然としている。それこそ魔物でも現れた、でもなければ驚きすら見せないだろう。
ゆえにソロは視線を辿り、ホルムと話す男に初めて視線を合わせた。
其処にいた男は、
「……ソロか?」
「……人違いデス」
ソロの知る男であった。相手の驚いたような表情、そりゃあ驚きもするだろう。大陸を跨ぎ、こんなところで再会したのだから。
「あの、ホルム君、この方とはどういうお知り合いで?」
「え、あの、冒険者ギルドと言う組織を運営されている方ですが」
「ナニソレ?」
「ホルム様のお手を煩わせるまでもない。私が説明しますよ。なァ、ソロ」
満面の笑みで、久しぶりに親友と出会ったかのよう肩を組んでくる男。ソロの貌はしなびた野菜のようにしわしわな、萎えた様子となる。
だって、男の目の奥が笑っていなかったから。
「積もる話もありますので」
「……ぅぅ」
ちなみにヴァイスはとうの昔にどこかへ姿を消していた。
○
「まさか同じ宿とはな。VIP待遇じゃないか」
「……マジかよ」
この前水着パーティをしたラウンジをまたしても貸し切り、この空間にはソロと男以外誰一人いなくなる。
猫師匠すらバックレた。
野性の勘が告げたのだろう、こいつはよくない奴だ、と。
大正解である。
「火」
「……もう俺はあんたの部下じゃねえよ」
「寂しいこと言うなよ。トモダチだろ?」
「……ちっ」
煙草を咥え、火を待つ男にソロは少し火力強めで付けてやる。
「無詠唱ね。上手くなったじゃないか」
「煙草の火付け程度は成長したんでね」
「ふーん」
男は嬉しそうに、ソロの隣で煙草を味わう。
「付けてやろうか?」
「自分でやるさ」
ソロも自分の煙草に火を付け仏頂面で煙を吐く。本当は隣に吐き掛け、えんがちょ、と叫びたいところだが我慢する。
後が怖いので。
「今、何してんだ?」
男はソロに問いかける。
「色々」
ソロは煙に巻いた答えをする。煙草だけに。
「そうか」
「そっちは?」
「デカい鉱脈を掘り当てた。俺はもうあの頃の、ちんけな小悪党じゃない」
「大悪党になったのか?」
「そういうこと」
男は歪んだ笑みを浮かべながら煙を吐き、
「魔王軍様様だな。教えてやるよ、俺のビジネスを」
かつての部下、ソロに対して語り出す。
○
「マフィア⁉」
がたん、と驚き立ち上がるソアレとホルム。シュッツも目を丸くしている。驚いていないのはスティラぐらいか。お昼過ぎなのでおねむの可能性もあるが。
「え、でも、あの人は冒険者ギルドの会長さんですよ?」
「ボーケンシャギルドってのが何か知らねえが、地名は忘れたけどどっかのマフィアで若頭張ってたやつだ。オレとソロも一時期其処にいた」
「初耳である」
「聞かれてもねえし、特に言う理由もないしな」
「さすが前科者ね」
「オレに前科はねえぞ。たぶん」
「たぶんって何よ」
ソアレのツッコミも何のその。相変わらずの調子である。
「その、マフィア時代はどういうお仕事をされていたんですか? あの、実はマレ・オピスもあちらと取引することになるかもしれなくてですね」
恐る恐る問いかける名前を手に入れたホルムくん。
首都再建に奔走する父に代わり、都市の代表代理を任されている身であるため、それにかかわる内容は慎重になってしまうのも無理はない。
「酒場の経営だろ」
「な、なるほど。それはいいですね」
「ピンクの」
「……ま、まあ、需要は、ありますし」
「クスリもやってたかな?」
「い、医療関係ですよね?」
言葉が震え始めるホルムくん。ソアレなどシュッツに「やっぱり前科者はヤバいわね、クビにしましょう」と耳打ちしていた。
「で、盗みと暴力だな。オレは暴力担当だった」
「……」
どうやっても繕いようのない犯罪行為に天を仰ぐホルムであった。
「何故二人はそのような組織に入ったのだ?」
シュッツがヴァイスに問いかける。決して潔白な身ではないが、それなりに接している内に悪人ではない、とシュッツらは思っていた。
それなのになぜ、そのような組織に与したのか、それがわからない。
「ある日突然、ソロのやつに誘われたから入った。理由はよく知らねえ」
「んま、ヴァイスをたぶらかすなんて最低ね! 正気じゃないわ!」
瞬間湯沸かし器、ソアレが激昂する。
が、
「何かその前に変わったことはなかったのか?」
シュッツが問いかけると、
「特にねえな。あの頃は毎日喧嘩してたし。あいつはよくお前のせいで都市を転々とする羽目になるんだ、とかよくわかんねえことばっかり言ってたっけ」
「「……」」
原因が判明した。
おそらくヴァイスがいつも通り喧嘩をして、たまたまその相手が筋もので、逃げられなくなった結果マフィアに入るしかなくなった。
急にソロが苦労人に、真人間に見えてくるから世の中不思議である。
「その、その頃のソロさんってどういう方だったんですか? ヴァイスさんは何となく想像つくんですけど、今のソロさんとマフィアって全然結びつかなくて」
最近釣り仲間として仲良くしているホルムは明るく、陽気でお調子者のソロがマフィアに所属していたことに疑問を持っていた。
それに対し、
「……ん? オレは想像つくってどういう意味だ?」
「いやいやいや! 深い意味はないですよ、あはは」
ヴァイスは引っかかるも、ホルムは全力で火消しに尽力する。そのあまりにも初歩的なうっかりに、この子は政治家としてやっていけるのか、とソアレやシュッツは不安になっていた。この子と言うがソアレとはほぼ同い年である。
「そっか。まあいいや」
まあヴァイスにはこの程度の火消しで充分であった模様。
「そうだなぁ。あの頃は――」
ほわほわほわ、とヴァイスはあの頃を思い浮かべる。
回想、入ります。
○
「ほらよ」
ほの暗い部屋、その中心に大股開きで座る男の前に、鋭い眼をした十代半ばの少年が紙を叩きつけた。少年であるが、その眼は鋭く、格好もカタギには見えない。
目の前の男、髪をすべてかき上げたオールバックの男は其の紙を見て微笑む。
「さすがソロ、相変わらずいい腕だよ。これであの土地の権利書が、俺たちの手元に渡ったわけだ。効率的で助かる。荒事は嫌だもんなァ、非効率的で」
そこかしこに血痕が残る部屋でよく言う、とソロは鼻で笑う。
男の対面のソファーにどかっと腰を下ろし、
「火」
近くに立つ自分よりもずっと年上の、強面の男に命令した。俺が咥えたこの煙草に、さっさと火を付けろ、と。
※なお、この世界には煙草の使用を年齢で禁じる法律はない。この世界には。
当然、ガキに命じられ苛立ちをあらわにする男。
しかし、
「おい。付けてやれ。何の脳もねえテメエらより有能な働きを何度もしたんだぞ。もうとっくに横並びじゃねえんだよ、ゴミカス」
「へ、へい、若頭」
強面の男は若頭と呼ばれた男に命じられ、萎縮しながらソロの煙草に火を付ける。その間、ソロは微動だにせず待っていた。
盗みの腕もそうだが、その胆の座りっぷりを若頭の男は評価して――
「ストップストップ!」
ほわんほわんほわんほわんほわわわーん。
○
回想終わり。
「誰よ、今の!?」
衝撃の回想にソアレは驚嘆し、話を遮ってしまう。
「ソロとさっきのやつだ。あと、下っ端のゴンザ」
「ゴンザとか知らんしどうでもいい! ってか、何なの、輩じゃない。見た目も雰囲気も……めちゃくちゃマフィアに馴染んでたし!」
「昔のあいつはあんな感じだ」
逆に昔を知るヴァイスからしたら、今の方が馴染みがない。まあお互い丸くなったなぁ、と思う日々であったのだ。
彼女の方は丸くなったと言えるのか怪しいが。
「修練を積んでおらぬ割に、やたら場慣れしておると思っていたが……いやはや、人に歴史ありと言うことか。驚きである」
「最初に会った頃は盗みより喧嘩の方が得意だったぞ。マフィアに入った頃はもう、盗みの方が上手かったけど。あいつ、器用だしな」
路地裏時代を思い浮かべ、しみじみとした気分になるヴァイス。
殴る蹴る、噛みつき、何でもやっていたなぁ、と。
あと投石。
「前科者で元マフィア……悪い経歴がどんどん積み重なっていくわね」
「一時期はピンクの店通いもしていたぞ」
「一番悪いわね。あとで殺しましょ」
ソロ、知らぬ間に殺害宣言される。これに関してはシュッツだけフォローしようとしたが、女性陣の多さから断念する。
そういうの、どうしようもないことがあるのだ。男の子だもの。
「と言うか、そもそも冒険者ギルドって何なの?」
「あ、それはですね――」
ホルムはそもそもの発端、冒険者ギルドのことについて語り出す。マレ・オピスのみならず、マレ・タルタルーガ共和国全体にも関わる話である。
いや、南大陸だけではなく北大陸も含めた世界全体の話、なのだ。
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