第68話:魔の王たち
掲げる主は異なれど、魔物として強者には敬意を示す。
ゆえに師団長三体とも、女王を前に膝を折り頭を垂れる。軍での階級ではない。相手の方が圧倒的に強い、ただそれだけの理由こそが魔物にとっては重要なのだ。
蒼き髪を垂らし、白目のない蒼き眼は力強い光を湛える。人間形態は魔物によって獣交じりであったりとまちまちであるが、彼女の場合はほとんど人と変わらぬ姿を取っている。通常であれば魔物はサイカらのように鱗や毛皮を変形させてサイズに合わせた姿となるが、彼女は人間のような外付けの衣服を好む。
特に今着ているシルクのドレスはお気に入りらしい。
余談であるが――
「タダノソロ、ねえ。そんなに強いの?」
「今は私如きが渡り合える程度です」
「でも危険だと?」
「はい」
「このわらわが?」
「……」
「ふふ、そう」
ドロリッチの沈黙が答え。それに対し『天水』サラキアは薄く微笑む。たかが人間、強き者たる魔物を率いる自分たちに届くとは思えない。
ただ、彼女は知っている。
かの『堕天』よりもたらされた情報を。
魔剣トロールの使い手が秘奥であるカース・オークを開帳した『魔樹』のクリファを打倒していた事実を。元々はただの天使でしかないが、狂気と恐怖によってただの天使の枠を超え、しかもカース・オークと言う切り札も持っていた。
力や素早さ、ステータスだけが勝負の綾ではないが、その部分に関しては自分たちと渡り合えるものは持っていたはず。
少なくとも片翅とは言え『天界大将』を打ち破るほどの力はあったのだ。
「面白いじゃァない」
軍団長の中でも特別な存在であるとは言え、『黒天』のフェルニグ率いる合従軍で人間の軍を粉砕した、と聞いた時にはがっかりしたものであったが、存外骨のある存在もいるらしい。何よりもクリファや今回の件にしろ、そういう時代の流れの中心に期せずいる、そういう者は人魔問わず警戒すべきなのだ。
自分のお気に入り、そういう嗅覚も含めて取り立てた存在が警鐘を鳴らしている、それもまた面白いことだと彼女は思う。
ゆえに――
「……『雷光』の。使いを頼める?」
「俺に出来ることであるのなら」
「なに、大したことじゃあないわ。このまま都市を沈めて魔界に戻ったら、『轟天』の坊やと『竜魔大征』殿に言伝を頼みたいの」
「問題ありません。何と伝えればよろしいでしょうか?」
「至急、魔王城に集合。色々とお話しましょ、と」
「御意」
四天王『天水』はこれから面白くなるかもしれない、と期待していた。クリファを破ったのはアラムがいたから、と考えることも出来たが、自分のお気に入りを含めた有望な若手たちが協力して敗れたのはなかなか衝撃的である。
最強と最凶の魔法使い、それに最強の剣士らがいたのは誤算であるが、それも含めて引きの強さとも言える。
「じゃ、よろしくね。あと、ドロリッチ」
「は、はい」
「クラちゃんを失ったことは許すわ。別に似たようなのいくらでもいるし。でも、負けたのはダーメ。魔物って、そういうものだから。わかるわよね?」
「……はい」
『天水』は決して上に立つ者として厳しいわけではない。ただ、魔物としての自負はひときわ大きく、部下にも強き者としての振舞いを求める。
負けて帰還し、何もなしと言うわけにはいかないだろう。
「師団長の任を解くわ」
「はっ」
「で、わらわの眼となり人間を観察しなさい。変装して溶け込むくらい、『千変万化』なら造作もないでしょう?」
「は、はいッ! 必ずや『天水』様のお役に立って見せます!」
「あら可愛い。頼むわね」
「ははっ!」
一騎打ちこそ決着つかずであったが、大局的には人間に敗れ、愛玩海魔クラちゃんも失った。殺される覚悟もあった。役職を失うのも当然だと思っていた。
それなのに彼女は自分に今一度機会をくれたのだ。
やはり自分の王は最高だ、とドロリッチは感動していた。
○
魔界、魔王城は現在緊迫した空気に包まれていた。
その理由は、
「あら、ぞろぞろとお仲間を引き連れて……可愛らしいこと」
「生臭い。誰か海へ帰してやれ」
「ふっふ、相変わらず自分じゃ何もできないのねぇ、坊や」
「試してみるか?」
「どうぞ」
普段寄り付かぬ四天王が勢ぞろいしているから。この魔王城が根城の『堕天』アモルエルや何のかんのとフットワークの軽い『竜魔大征』フドゥはよく顔見せするが、『天水』と『轟天』に関しては随分と久方ぶりである。
特にこの二体は百年前に一度交戦し、まだ若く未熟だった『轟天』バロンが後れを取った。それ以降、この二体は犬猿の仲と言える。
あの頃とは違う、バロンの烈気が迸る。
どちらも臨戦態勢。
が、
「話し合いに来たのだろう? 双方、席に座れ」
『竜魔大征』フドゥの一言で事なきを得る。強き者を尊重するのは魔物の流儀であり、彼の強さに関しては今更語るまでもない。
無論、
(そろそろ試してみたいけれど)
(手合わせする機会が欲しいな)
どちらも端から白旗を挙げる気などないが。尊重した上でやってみたい、さすがそこは四天王、各陣営の王様だけはある。
「んふふ、殺伐としていますねえ」
最後に『堕天』アモルエルも遅れ馳せながら現れ席に座る。
これで四天王が一堂に会す。
滅多にない状況、口火を切ったのは――
「先日、私の部下であるミームス君より報告を受けまして、我々の浅はかさから各陣営にご迷惑をかけてしまい、深く謝罪させていただきますゥ」
四天王『堕天』のアモルエルであった。表情と発言が一致していないが、一応この場全員への謝罪から始まる。
「人間の底力恐るべし。まあ、一つは半天、一つは半魔ですし、純粋に人間だけの力と言うわけではなかったかと思いますが……まあ細かいことですかね」
常に人を小馬鹿にしたような語り口のアモルエルに対し、他の三者はげんなりしていた。相変わらず不愉快な男である。
が、当たり前だが強さを貴ぶ魔物の群れ、その王たちと横並びの存在である以上、彼もまた強者である。
三百年前、まだ若輩であったサラキアや、そもそも生まれてすらいなかったバロンらとは異なり、当時でもバリバリの主戦力として戦場で活躍していた。
ただし、天使側であるが。
実力は本物、そんなこと全員理解している。だからこそ不快なのだが。
「ただ、私どもも遊んでいるわけではなく、きちんと仕事はさせております。今回のように主要都市への揺さぶりをかける一方、人の目が届かぬ土地から地道に植え続け、着実にオークの生息域は拡大しているのです」
「紛い物の魔物を増やしてどうする?」
「んふ、『轟天』さんはオークが嫌いでしたね、そう言えば」
「人はもちろん、天も女神も、自らの五体で打ち破らねば意味がない。小細工などせず、正面から人を滅ぼし、女神を引きずり出せばいい」
物事を複雑にしてどうする、簡単に、力で解決すべき。
それが『轟天』の意見である。
「んふふ~……あなた如きが女神に届くと?」
「……ほう、ようやく牙の一端を見せたか、道化」
力で女神を引きずり出す、力で打倒する。その発言に対し、いつも飄々としているアモルエルが僅かに苛立ちを見せた。
さらに空気が張り詰める。
話し合いどころの騒ぎではない。が、当の誘った本人がここからどう喧嘩を吹っ掛けるか、そんなことばかり考えて初志をすっかり忘れていた。
どいつもこいつも戦闘狂ばかりである。
そんな中――
「アモルエル、珍しいね。お前が怒りを見せるのは」
突然、この場に仮面の男が現れた。白の髪に、顔を覆う仮面が表情を、眼を隠す。穏やかな雰囲気をまとうが、何処か冷たさも孕む雰囲気であった。
「「「……っ」」」
彼の登場にアモルエルを除く四天王が驚愕する。
何故なら――
「これはこれは陛下、どうされましたかぁ?」
仮面を被っているとは言え、何の仕切りもなしにこうして対面したのは初めてのことであったから。そして、この距離だから感じ取ることができる。
(((強い)))
先代とは異なり、魔物陣営にすら謎な当代の魔王。今までは天使の中でも実力者であり、誰もが知る知恵者であったアモルエルが矢面に立ち、引っ張ってきた。正直、魔王の実態などどうでもよかったのだ。
女神の側近であった彼がもたらした打倒女神の策、それが全てであったから。
だが――
「先代が封じた魔剣、それを握る者に興味があるんだ」
「なぁるほど」
どうやら御輿は軽くはなかったらしい。
いや、
(仕切り越しに見た時より……増しているな、何もかもが)
強くなり、重くなっている。
成長している。
「名は判明したの?」
「ええ。タダノソロ、と言うらしいですよぉ」
「変な名前だね」
「ですねえ」
穏やかな声色で会話しながら、ずっと空席であった上座へ、玉座へ王が収まる。
王が優しく命ずる。
「皆の知ることを私に教えてくれ」
それぞれの魔の王たちは静かに頷く。自分たちよりも遥か遠いとは思わない。敵わぬとは考えない。ただ、嫌な感じはするのだ。
根源的なもの、本能的なものだろうか。
この王は、何かが違う気がした。
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