第69話:大事に世話をすること!

「ふむ。して、これから先どうするつもりなのじゃ?」

 ソロの頭を占拠する黒猫、超魔法使いだけど現在は魔法が使えないスティラ・アルティナは腕組みをしてあぐらをかき、皆へ問いかけた。

 まるで、

(((なんで仕切っているんだろ?)))

 このパーティのリーダー、否、ヌシのように威風堂々構えている。

 ソロ、ソアレ、シュッツの三名は正直首をひねる想いであった。ソロだけは実際、首をひねるとヌシが激怒するため不動を強いられていた。

 理不尽であるが、理不尽に心揺らぐようでは超魔法使いの弟子など務まらない。大人しくする、ソロも人として成長していたのだ。

 なお、ヴァイスだけは先ほどからずっとそわそわしていた。何事にもあまり動じるタイプではないため、少々珍しい光景である。

 それはさておき、

「あのぉ」

 ソアレは恐る恐る彼女に声をかけた。

 どう考えても聞かねばならないことがあったから。

「なんじゃ、ルーナの妹」

「その、お姉様の妹ってやめてください」

「なんでじゃ? あまり似ておらんが妹なのじゃろう?」

「……私にはソアレって名前がありますので」

 本題の前に横道に逸れるのはご愛敬。姉のことは尊敬しているし、誰よりも愛している自信はあるが、それはそれとして妹呼びは彼女の中で違うらしい。

「わしはどうでもいい者の名を覚えるのが苦手じゃ」

「……む」

「ルーナのおかげで認知されておることを喜ぶがよい」

「むむ」

 暗に覚えるに値しない、と言われてメラっとくるソアレ。それをシュッツが必死に後ろでこそこそとなだめようとする。

「なー、師匠よい」

「なんじゃアホ弟子よ」

 ソアレじゃ一生本題につかない、とソロが代わりに声をかける。

 ただ、ど真ん中直球は怖いから、

「クレア先輩ってどこいったの?」

 まずは隅を突く。

「今朝帰ったの」

「一緒に帰らなかったんすか?」

「む、それはわしに帰れと言うとるのか? まさかのぉ、弟子じゃろ? ん?」

「そりゃあ勘繰り過ぎっすよぉ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

(((あ、帰る気ないんだ)))

 ソロ、ソアレ、シュッツの三名が知りたかった、我が物顔でここに居続ける理由が薄っすらと判明した。一番弟子であり、半分保護者でもあった騎士ムスちゃんことクレア・マギ・セルモスは今朝師を残し帰って行った。

 走って。

 一番近い塔の出入り口もかなり距離があり、行きはスティラがドラゴンに、クレアが外部パーツでスピードを大幅に増した状態でも結構かかった。

 いくらクレアが超人でも、走って戻るには結構な時間がかかる。

 デブ猫を小脇に抱えて、しかも揺らせば絶対に小言をぶちまけること請け合い。となれば十中八九、彼女は新たな弟子であるソロに押し付けて行ったのだ。

 しばらくよろしく、と。

「あのぉ、スティラ様」

「なんじゃ、シュッツ」

「実は某ら、此処に来るまでに馬車を壊し、しばし徒歩での旅になる予定でして」

「ふむ、それは困るの。わしは歩きたくない」

「そうでしょう。であればやはり、塔の方へ戻られては――」

「ソロ、そなた盗人ならちゃちゃっと馬車を一つ盗んで参れ」

「「んな⁉」」

 ソアレ、シュッツは目を丸くするほどの二人から逸脱した倫理観。

 ただ、

「さすがにそりゃ無理っす。手で持てるサイズじゃないと」

「使えんのぉ。では、わしをどうするつもりじゃ?」

「一緒に歩きましょうよ。ダイエットがてら」

「むむ、そりゃあわしが太っておると言いたいのか?」

「師匠の健康を気遣ってるだけっす」

「ならば許す」

「どもども」

 同じく倫理観に難があり、これまでお世話してきたソロはこなれたものとばかりに師匠の手綱を握る。

 ギリギリを攻めながらも安定感のある立ち回り。

 これがスティラ・アルティナの扱い方だ、と言わんばかりであった。

「しかし歩きたくないのぉ」

「そりゃあわがままっす」

「まあ、この頭に乗っておればええか。多少の揺れは許そう。わしは寛大じゃ」

「え~」

「何がえ~、じゃ! わしがこれほど譲歩しとると言うのに!」

「どの辺が譲歩してるんすか」

 わがまま放題のスティラ。ソロはまあ慣れたものとばかりに対応しているが、慣れていないソアレとシュッツの表情はまあまあ死んでいる。

 だが、


「もう我慢できねえ」


 バン、と机を叩き立ち上がるヴァイス。その毅然とした姿にソアレは期待を寄せる。理不尽には理不尽をぶつけるのだ。

 彼女を良く知る自分たちでは言い辛いことも、ヴァイスなら包み隠さずに言ってくれるはず。ヴァイスはそういう空気を読まないことに定評があるのだ。

 やっちまえ、と心の中で応援するソアレ。

「ほう、わしにガンを飛ばすとは……覚悟があるんじゃろうな?」

「師匠、今は手も足も出ないっす。肉球しか――」

「だまらっしゃい!」

 スティラを睨みつけるヴァイス。受けて立つ、とばかりにスティラも睨み返す。一触即発の空気となる。

 何が癪に触ったのだろうか、ヴァイスの眼は血走っていた。

 ソロもあまり見たことがない。

 いや、

「あっ! やべえ、逃げろ師匠!」

「わしが? あちらの間違いじゃろ」

「今はただの猫なのにどんだけ自信過剰なんだよ。ってそうじゃない、こいつは」

 数えるほどだが路地裏で見たことがある。

 あの眼は、

「捕まえた」

「何をする、放せ! 猫パンチの刑に――」

 威圧感しかない彼女には絶対に近づかない、野良猫を遠巻きに見つめる眼であった。ソロもあまり動物に好かれる性質ではなく、お互い縁遠い存在であったが――

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん!」

「ふんぎゃああああああ!」

 血走った眼で猫を、スティラの体を掴み、鼻をこすりつけながらヴァイスは深呼吸を無限に繰り返す。

 俗に言う猫吸い、であった。

「こ、こいつ、こんなにも猫が好きだったのか」

「な、何が起きたの?」

「なんとぉ」

 周囲がドン引きしても何のその、ヴァイスは一心不乱にスティラを吸う。普段、野生動物はヴァイスの間合いに近づかない。単純に強そうな見た目からか、それともこうなることを恐れてかは、誰にもわからないが――

「すーはー、すーはー! かわいいカワイイ、すきすきすきすき」

「た、たしゅけて~」

「「「……」」」

 超魔法使い、スティラ・アルティナ(しばらく魔法使えない)。

 何かよくわからないけど、パーティに加入する。

 なお、普段不遜極まる超魔法使いも、今後ヴァイスが近づくと逃げ出したり、ソロの影に隠れたり、とただの猫ちゃんとなる。


     〇


 なんだかよくわからないけれどスティラが加入したのは良いが、結局馬車の問題は解決していない。元々、馬車を取り戻すためにお金稼ぎをしていたが、そう簡単には貯まらないのと、そもそもナーウィスがそれどころではない。

 そのため二進も三進もいかない。

 どうしようか。

 どうしようもない。

 そう考えているとさる偉い人が言った。

『馬車がないなら亀に乗ればいいじゃない』

 と。

 なので、

「……なあ、ソアレよ」

「なに?」

「亀って、乗り心地良いんだな」

「そうね」

「知ってた?」

「知るわけないでしょ」

「だよねえ」

 現在、彼らは巨大な亀の上に乗って移動していた。

 海の上を。

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