第67話:一応救世主ではあるから何も言えねえ
「大変そうだなぁ」
「大変そうじゃのぉ」
「大変そうですねえ」
師団長らが撤退した後、残った魔物の掃討はさっさと終わった。都市に押し寄せる群れの大半は都市ごと全部ぶっ飛ばした超魔法使いの無法によって消滅し、逃げ惑う人々を追い都市から離れていた群れはシュラなどの道草勢がかなりの数を葬っており、特に大地を割る金の斧を振り回す金髪ドリルお嬢様一行の通った後は、文字通り根こそぎオークごとひっくり返していたから――
その上、残りに関しては道草組も合流し、一気に掃討したためそりゃあもう置いていかれた魔物の群れは涙を呑むしかない。
そして現在、平穏を取り戻した首都ナーウィスでは瓦礫の撤去作業など、戦災復興が急速に行われていた。
それをサボりながら眺めるは都市の命運を救った三人組。
救世主であり、この光景の元凶でもあるボス猫一派である。
「なあ師匠よぉ」
「なんじゃ?」
「心痛んだりしないの?」
「せんが?」
「そっかぁ」
ソロの頭の上を陣取る肉感たっぷりの黒猫、スティラは何一つ悪びれる様子がない。どうやら心の底から何も感じていない様子。
何なら命は救ってやったんだから感謝しろ、褒美を寄越せ、とお伺いにやってきた議長に言い放ったほどである。
面構えが違う。
「クレアさんはどう思います?」
「特に何も」
「こっちもかぁ」
常識人枠と思いきや、ほわほわした笑顔でスティラと全く同じく悪びれる様子のないクレアもまた生粋の魔法使い、と言うことなのだろう。
「そういうそなたは何もせんのか?」
「俺、手伝う義理がねーっす」
「……こやつ、やはり見込みがあるのぉ」
「ですねえ。同じ穴の、です」
「一緒にしないでくださいよ」
師匠が師匠なら弟子も弟子、人の心や奉仕の心などというものは持ち合わせていない模様。何より面倒くさいもの、とはソロの心の声。
「師匠なら魔王とか倒せるんじゃないですか?」
「まあ本気を出せば余裕じゃの」
「マジっすか!?」
「また調子のいいことを。今の四天王がどれほどのものか知りませんが、アンドレイア王国の国宝を携えたルーナですら軍団長にも及ばなかったのですよ」
「……マジレスは耳が痛いんじゃが?」
「それにその本気とやら、次はいつ出せるのですか?」
「何の話っすか?」
クレアの言葉に引っ掛かりを覚えたソロが問う。
「世にも珍しき変身魔法、その究極の力は見ての通りです。その力が人の理を超えていたのも理解できたはず。……それが無償に、何度も使えると思いますか?」
「……ま、まさか」
「あれを使うとしばらく魔法自体が使えなくなります。魔法が使えるように回復したとしても、究極幻想の再使用ともなれば十年は必要でしょう」
「じゅ、十年!? 何してんすか師匠! あんなしょーもないところで使う意味なかったじゃないですか! 師匠が負けてもクレア先輩やあの馬鹿強い剣士もいたわけで。普通にケツ捲っていい局面だったでしょーに」
「あのドラゴンの雌がわしを馬鹿にしたのが悪い」
「悪口に乗ったら本当の馬鹿じゃないすか!」
「なぬっ⁉」
弟子のくせに生意気な、と憤慨するも現状のスティラは人間形態よりも省エネである猫形態でしかいられない。弟子が頭から引っぺがし、ふくよかなお腹をたぷたぷする手を止める手段を、今の彼女は持たなかった。
「ふぎゃー!」
「師匠に土下座して魔王を倒す作戦が台無しじゃないすか!」
「わしゃ知らん! わしに関係ない! 魔王がどうこうよりわしへの悪口の方が許せぬ。超魔法使いは世俗のことなど興味がないのじゃ!」
「このわがままぼでーが!」
「ふんぎゃー!」
されるがまま、たぷたぷされる。
弟子も反撃が来ないとなると現金である。クレアはよくやるなぁ、と弟弟子の蛮行を見つめていた。半天であるスティラにとって十年など瞬く間、そしてかなり根に持つタイプであるスティラは瞬く間である十年ぽっちで恨みなど絶対忘れない。
絶対仕返しされるのだ。
それを知らぬソロは猛攻を続ける。十年後、忘れた頃に超魔法使いの反撃が来るとも知らずに――
「ふぅ、堪能した」
「……覚えとれよ。わしゃあ絶対忘れぬからの」
「へーへー」
飽きたソロ。復讐を誓いつつも今は手も足も出ないためスティラは心の奥に怒りを仕舞いこみ、よじよじとソロの頭の上に再び登る。
どうやら弟子の頭がお気に入りらしい。
三者、しばしひと息をつき――
「しかし暇じゃのお」
「ですねえ」
「っすねえ」
人々が汗水たらし、ボロボロになった都市を再建しようと奔走する傍ら、人の心が欠けたろくでなしどもがそれを眺めながら欠伸をする。
「……」
人々の白い眼も何のその、空気は読まない。
○
「……」
「……」
「……」
三人横並びでベッドの上に横たわるのは今回の戦での功労者であるソアレ、シュッツ、ヴァイスの三名であった。
死の一歩手前、そうでなくとも重度の火傷による後遺症を覚悟せねばならなかったソアレはもちろん、平気だと思っていたヴァイスも立ち上がれず、魔物の掃討や瓦礫の撤去などで引き続き奮闘していたシュッツに至っては普通に重体であった。
「あ、シュッツ殿、包帯換えますね」
「むぅ、面目ない」
「いえ、皆さんがいなければナーウィスは滅んでいましたから」
彼らの介抱をするのは自警団に属する議長の息子、英雄ジブラルタルの縁者でもある色黒ボンボンくん、であった。
とても気づかいの出来る青年である。
だからこそ、
「ねえ、おかしくない?」
ソアレは大変憤慨していた。まあいつものことである。
「どうしましたか、ソアレ様」
「あいつ、今暇しているって話じゃないの?」
「……」
「普通、仲間が倒れていたら面倒見ない? それが当り前じゃないの?」
「そ、それは、その」
「それをあの男、重傷で寝込む私を見て最初になんて言ったと思う?」
(それ、何度も聞きましたぞ)
(何度目だよ)
(何度目だろうか)
この場全員が何度も聞かされたことを、
「俺を置いていくからそうなるんだ、ザマーミロですって⁉ ありえない! 確かに女神様の宝箱に私は眼がくらみました。それは猛省しているの。高貴な私にも人並みに欲望があった。それはたまたま、暴走してしまった。恐ろしいわね、人間」
繰り返す。
しかもちゃっかり自分が悪い、から少しばかりずらして人の原罪に言及し始める始末。この調子であれば多分この女、また繰り返すだろう。
「でも、私の考えもあながち間違いじゃなかったのよね。だって私の剣が、女神様の祝福を受けた剣だったら勝っていた気がするもの。そうすれば救えた命だってあったはず。つまり、武器を求めたこと自体は正しかったわけ」
(その、現状は結構差がありましたぞ)
(煙草吸いてえ)
(シュッツ殿の包帯交換しよっと)
「悲運が重なり、私の手に女神様の武器が握られていなかったこと、それこそが不幸であったのよ。無念だわ」
ソロが介抱から逃げ出し、そのことに憤慨しながら自己反省に辿り着いたと思ったらじわじわと自己肯定に寄せ、最後は女神の武器があったら勝ってた、と物凄くしょーもない着地を決めるソアレ。
姉が草葉の陰で泣いている。
「ところでその剣、凄く良いものよね?」
しかもあろうことか、
「あ、覇海剣カンドゥですか? ええ、これは英雄の遺産で、私には過ぎたるものですが、それでもいつかは使いこなしたい、と――」
じっと、ソアレは色黒ボンボンの腰に差された剣を猛禽の如く見つめる。
「……」
じっーっと。
「だ、駄目ですよ! これ、マレ・タルタルーガの国宝なんですから」
「凄く強い気配がするのよね」
「こ、国宝ですので」
「私なら上手く使いこなせる気がするなぁ」
「そ、ソアレ様、それぐらいに。はしたないですぞ」
欲深きソアレはまたやらかす、そんな哀しい確信があった。
○
「遅いわね」
「なら、降りろ」
『雷光』とは呼べぬ巡航速度で飛翔するはドラゴン形態のサイカであった。彼女の背には人間形態のボーオグル、ドロリッチの二体がいた。
影、ミームスとその操り人形ルーに関しては『堕天』から課せられた仕事がある、とあの場で別れている。
そんな割と満身創痍な三体は一路、南へ向かっていた。
南大陸から離れ、さらに南。
一面、海しかない。
「そろそろ南の極点か」
「憂鬱よ。私が殺されたらあなたたちも死になさいよ」
「「嫌だ」」
ちなみに余談であるが魔王軍、現在の四天王にはそれぞれ得意とする領域がある。ドラゴンを統括する『竜魔大征』は空、獣魔たちを統率する『轟天』は陸、そして海魔、水魔を率いる『天水』は海、となる。
なお、『堕天』一派は基本魔界の中枢魔王城付近のみで活動している。
魔界の海、その大半は先代四天王である父より受け継いだ『天水』が支配しているのだ。つまり、四天王最大の支配領域を持つのは『天水』となる。
そして、彼女の本拠地こそが――
「見えたぞ、極点だ」
「以前より渦が弱くないか?」
「そりゃそうでしょ。……出てくるわよ」
南極、其処に渦巻く巨大な大渦、これが北の極点と共に魔界へ繋がる道である。陸続きである北とは異なり、人間が南極を顧みることは少ないが。
その大渦が、突如逆巻き始める。
それは同じ海の中心である南極、其処に居を構える海の王、その素晴らしき都の浮上を示していた。
巨大な都がアスールに現れた。
その都の壮大さ、荘厳な光景よりも目を引くのはただ一体の魔物。三又の黄金の槍を杖代わりに立つ、偉大なる海の女王。
「お帰りなさい。迎えに来てあげたわよ。わらわの愛しき眷属、ドロリッチ」
四天王『天水』、サラキアが人の世に現れる。
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