第65話:廃墟の片隅で一件落着!

「な、何が起きたんですのー!」

「お嬢が混乱しとる」

「そりゃするだろ」

 あと少しで首都ナーウィス、外壁に押し寄せる魔物の群れをかき分け進んでいた金髪ドリルお嬢率いる愉快な仲間たち。

 そんな時、突然都市に巨大な化け物が現れたと思ったら、全部まとめてぶっ飛ばしてしまったのだ。都市と、ついでに外壁周りの魔物もほぼ完全に一掃していた。

 人間だけ器用に生かしているのは凄い。

 凄いけどそれが出来るのなら都市も――

「人間の味方ではないけれど、敵ではない」

 めっちゃドスケベな恰好をしている魔女が口を開く。

「生まれのせいかしらね。どちらも人間と言う区分に情なんて持ち得ない。あの二人にとっては魔法使いか、そうでないかよ。魔法使いには意外と優しいのだけれどね。特に才能のある者には……懐かしいわ」

 ドスケベな魔女は何処か、親を見るような眼でそれを見つめる。

「「「?」」」

 他三名は首をひねるばかりであった。


     ○


「にゃにゃにゃ! 命乞いせねば死ぬぞ? ん?」

「ぐ、がぁ……俺は、誇り高き、ドラゴンだ。死んでも、半天如きに、頭なぞ、垂れるか、よ」

「ええ度胸じゃのォ」

「がぁ!?」

 悪役さながら、まあやっていることは全方位に対する悪逆非道なのでまさしく悪なのだが、そんなスティラは圧倒的な威容を浮かべながら、小器用に満身創痍のサイカを足蹴にしていた。潰さない方が難しいだろう、というサイズ差であるが、其処は超魔法使い、陰険な力加減は心得ている。

 そんな師匠の様子をこわごわ遠巻きに見る末弟子ソロ。

 衝撃的過ぎて何か忘れているような――

 瓦礫の隙間から滲み出すは泥色の水。

 形作るは、

(貰った)

 必殺のタイミング、ソロの背後から現れて、完全な死角から最速の斬撃を放つ。意識の外側、これで回避されたなら――

「うわわ!」

 本当に、思いっ切りびっくりしながらソロは回避行動を取り、ギリギリであるが回避を成功させる。探知出来ていたわけでもない。想定していたわけでもない。それは焦り散らかした表情からも明らか。

 だから問題なのだ。

「っ⁉」

 しかもびっくりし、回避しながらも剣を投げてこちらへ牽制する機転も見せる。危機への嗅覚、咄嗟の機転、ステータスには現れぬ力がある。

 そちらの方がよほど恐ろしい。

「ミームス! 今なら間に合う! 私に手を貸しなさい!」

 叫びながらドロリッチは全力で水の刃を連射する。それらをソロが掻い潜ることなど想定した上で、それでもこれで足を止める。

 反撃のための武器は彼が自ら手放し――

「なわけ、ないでしょ!」

「んげ! 鋭いなぁ、もう!」

 ながら、ちゃっかり剣と自分に『道』を繋げ、それをソロは手でぶん回す。疑似的な長柄、しかも変則的な動きをする武器と化すトロ。

『うっひょー! 面白ぇぇぇえ!』

 トロはこの扱いを面白がっていた。

 刃と刃、互いに近接より遠くで渡り合う。回避し、時に刃をぶつけて相殺し、此処まで逃げ回り、追いかけっこしてきた者たちとは思えぬほどの熱戦である。

 ぐるぐると動き回るが、一歩も引かない。

「ミームス!」

「つかさっきから誰のこと言ってんだ?」

『たぶん敵だ』

「そりゃそうだっと」

 ただでさえ格上、その上もう一体敵が増えるのは厳しい。だから、ソロもここで決めるとばかりに変幻自在な相手に対応した、変則的な攻撃を相手に向ける。

 修行したとは言え、ソロの魔法は師匠曰くまだまだ魔法使いとしては立って歩き始めたばかり、だそう。魔法力も初手からかなり削れている。

 これ以上の長丁場を避けたいのはソロも同じ。

『どうする?』

(増援が来たら瞬間を狙う)

『その心は?』

(勝った、と思った瞬間が、人間一番油断するからな)

『相手魔物よ?』

(似たようなもんだろ、どっちも)

『へっへ、かもな』

 追いかけっこしても、こうして向かい合っても決定的な状況は訪れない。この均衡を崩す、その一手を待ち望む。

 来るなら来い、利用してやる、と。

 鋭く、深く、生存のために研ぎ澄ませた己、餓狼の貌が覗く。

 だが――

「はァ!?」

「……?」

 突然ドロリッチがバチバチの打ち合いを終わらせ、一度間合いを作るために後退したのだ。此処で仕掛けてくる、そう思っていたソロは拍子抜けすると共に、

(不味い。俺の魔法力がそろそろ尽きそうなの、バレたか?)

 自身の限界を察して持久戦に切り替えてきたのでは、とソロは勘繰る。その場合、おそらく勝機は一切なくなってしまう。

 あとはもう師匠に暴れてもらうだけだが、その師匠は現在無駄にでかい図体で対戦相手を足蹴にするのに忙しい模様。

 性格が終わっている。

「……此処しかないってのに……わかったわよ。でも、最優先は私じゃなくてサイカとクラちゃんよ。特に後者は『天水』様からの借りものなんだから」

 だが、ドロリッチは息を吐き――

「命拾いしたわね、人間」

「……どういうことだ?」

「こっちの事情で見逃してあげるってこと」

 戦いは終わり、と言葉と態度で示す。何故、と言う疑問符は消えない。

「最後に聞かせてもらうわよ。あなたの――」

 クールにソロの何かを聞こうとしたドロリッチであったが、

「え、は、ちょ、駄目、クラちゃん!?」

 これまた突然狼狽し始めた。


     ○


 人間は海上を走らない。

 海では魚たちよりも人間の方が遅い。

 などと誰が決めた。

 そう言わんばかりに単身、爆走していた男が腕を解き、腰の剣を引き抜く。走りながら、海面にそれを垂らすと、スーっと綺麗な線が生まれる。

「さて」

 男が向かう先は港、その手前には巨大なタコかイカか知らないが、何とも大きな海洋生物が鎮座していた。

 男の征き先にそれがあるのだ。

 退く気配もない。

 なら――

「退かんなら斬るぞ?」

 殺気を飛ばしてご丁寧に、

「……?」

 自分に気づかせてやる。逃げるならそうしろ。

 ただし、

「メガ・タオ・ポリュプス!」

「それが答えか」

 反撃してくるのなら容赦はしない。

 巨躯の魔物が放ったそれは地の利も生かした無尽蔵の弾丸。水で形成されたそれは、一つ一つが巨大であり、易々と船をぶち抜く破壊力も秘めている。

 が、

「ならば、斬る」

 男はさらに加速し、シンプルに自分に害成すものだけ切り裂きながら、微塵も速度を落とすことなく近接し、

「!?」

 相手の急所を綺麗にくりぬき、やはり立ち止まることなく突破した。

 魔王軍四天王『天水』愛用の乗り物、クラーケン。

「御免」

 沈む。

 それとほぼ同時に、

「俺、参上!」

 最強の剣士、シュラ・ソーズメンが首都ナーウィスに到達する。

「……惨状、とも言えるか、これ」

 都市のあまりの有様に言葉を失うシュラであった。

 ただ、もう一人今度は間違いなく人間側の怪物が到着したのは事実。

 戦況はもう、揺るぎない。


     ○


 影、ミームスは全員に撤退を進言していた。サイカは反応出来ず、ボーオグルは賛同し、ドロリッチもまたしぶしぶ飲んだ。

「頼むわね、愛しい子」

「任せて、母様」

 影は『愛しき我が子』に命じた。

「メガ・ダーク・ヴァンデルン!」

 闇の、転送魔法の使用を。


     ○


 ボーオグルはずっと引っかかりがあった。何故自分は生かされているのか、何故自分は倒されぬのか、と。その答えが出ぬまま、今に至る。

 しかしもう意味がない。

 影の操り人形が今、転送魔法を使ったから。

 これで――

「……あっ」

 事ここに至り、

「いかん! 罠だ!」

 遅まきに彼は気づいた。

「クレア!」

「承知」

 魔法の気配、ずっと彼女たちは待っていたのだ。相手をいたぶり、力の差を示し、こうして勝つことを諦めた時を。

 逃げの一手、その時にこそ隠れ潜むもう一つの敵が浮かび上がってくるから。

 その気配がこぼれ出る時を、待っていた。

「ギガ・シュタール・アヴィオン!」

「待て!」

 最強の魔法使い、クレアは最速の形態となり、その気配の下へ向かう。音の壁を突破し、すでに瓦礫と化した街並みを吹き飛ばしながら突き進む。

 それに、

「なるほど、其処か!」

 二人のように魔法を感知したわけではないが、クレアの動きに対してシュラも察し、彼もまた瓦解した街並みを、すでに破壊されているから、と普段は出さぬ、出せぬ速さで都市を駆け抜ける。

 ついでとばかりに、

「貫け、レイ!」

 究極変身中のスティラは閃光を放つ。巨体から出たものと見ると細いが、その光線は地上を焼きながら突き進み、瓦礫を、その下の地面を引き裂き、

「「っ⁉」」

 地下に潜み、転送魔法を行使した、今回の事件の主犯の在り処を暴く。

「にゃはは! なんじゃ魔法のキレが足りぬの。チンタラしよって。未熟者の魔法使いには、このわしが直々に引導を渡してくれよう!」

 スティラはゲラゲラ笑いながら、

「ギガ・プロ――」

 この状態限定の超火力で全部ぶっ飛ばそう、と意気込むも、

「にゃ?」

 その途中で魔法が解けてしまった。超魔法使い、猫に戻る。

 そしてその猫足、それが足蹴にするは――

「……」

「……」

 満身創痍とは言えドラゴンのサイカであった。

「バイにゃら!」

 恥も外聞も投げ捨てた超魔法使い、全力の逃げ。その足は爆走する弟子や剣士らに負けぬものであったとか何とか。

 まあ、

「……ちっ」

 逃げずともサイカは動けなかったのだが。彼女の体を闇が包む。ただ、転送が成功するかどうかは、その大元次第である。

 そうこうしている内に、

「「見つけた」」

 二人は敵を見つけた。

 すでに半身を闇が包み、撤退寸前と言う状況。

 だが、間に合った。

 クレアは自らが練り上げた鋼鉄の槍を創り出し、力強く握る。シュラもまた愛用の剣を握り、断ち切る構えを取った。

 瞬く間の近接、

「ルー!」

「くっ!」

 迫り来る怪物たちを前にルーと呼ばれた者は自身の腕、それを封じる包帯を解いた。闇が、うじゃうじゃと溢れ出す。

 それらに対し、

「飲み込め!」

 ルーはそう命じた。

 闇が広がる、歪に、ぐちゃぐちゃと――を意に介すことなく、

「はァ!」

「ぬん!」

 槍をぶち込む。

 剣で切り裂く。

「……なるほど、陸とは言えジブラルタルが後れを取るわけ、か」

 闇が消える。タッチの差で逃げられてしまった。

「……」

 クレアの槍、そしてシュラの剣、どちらもその途上で、まるで最初から存在しなかったかのように飲み込まれ、消失していた。

「あ、どうもシュラです」

「これはこれは、御高名はかねがね」

「恐縮であります」

 とりあえず間に合わなかったので挨拶を交わす最強のお二人であった。


     ○


 険しい表情を浮かべながら闇に沈むドロリッチ。色々と葛藤もあるのだろう。特に少し前に何かを失った時は怒られる、殺される、と狼狽しまくっていた。

 まあ、とりあえずそれは横に置き、

「……名は?」

 再びドロリッチはソロへ問う。

 いずれまたまみえることもあるかもしれない。その時のために、勇者でも剣士でも、戦士でもなく、魔法使いと思いきや盗人だけど、

「ただのソロ、だ」

 ソロは死闘を演じた強敵に名乗っておく。その力に敬意を表して。

 少し、気恥ずかしさも混じってしまったが――

「覚えたわよ、タダノソロ」

「……ん?」

 闇に消えた敵。

 それをしっかり見送り、

「……しんどーい」

 疲れ果てたソロは倒れ込み、天を仰ぎながら煙草をくわえる。

 それで呪文を唱えることも、指で付けることもせずに、火を煙草にともす。魔法を使いこなせるようになって、それが一番得したな、と思うことであったとさ。

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