第64話:超魔法使いのとっておきっ!

「ぐ、おおおおおおおお!」

「……」

 種族的に、彼女がどういう血が混じろうとも優位に立つはずの自分がまるで及ばない。『轟天』直下、軍団長たちでも及ぶかどうか。

 無論、自らの主であれば打ち砕くであろうが――

 そんな中でボーオグルは一つの疑問が浮かぶ。何故、自分を打ち倒して他二つへの援軍として赴かないのか、であった。

 幾度となく打ち合った殴り合いを経て、自らの及ばぬことは十二分にわかった。終わらせることは出来るはずなのだ。

 命を失う覚悟もある。

 しかし、殺さぬという宣言通り、彼女からは徹頭徹尾殺意を感じない。それはいい。そういう矜持があるのだろう。

 ただ、戦闘不能にしない理由がわからない。

(……どういう、ことだ?)

 表情は鎧姿ゆえ見えず、其処に浮かぶものは何も見えぬまま。

 時間ばかりが過ぎていく。

(我以外は正直、こちらが優勢だぞ?)

 戦況もまた力の差があるのはこの組み合わせのみ。それ以外の勝敗は見えぬし、どちらも自力では勝るとボーオグルは思っていた。

 ソロ、ドロリッチのマッチアップなど、傍から感じる魔法を思うと何故あの勝負強い、格上殺しのドロリッチが格下といい勝負になっているのかがわからない。

 わからないことだらけ、それが問題であった。


     ○


「……なるほど」

 遠目からシュラ・ソーズメンは騎士ムスちゃんことクレアの考えを戦いから読み取っていた。さすがに頭が切れる、大局が見えている。

 狙いは――

「心得た!」

 シュラはそれに同調し、少しばかり足を速める。クレアの方はいい、もう一人の若造も多少差があっても上手く立ち回り埋めている。

 問題はもう一人、雲行きが怪しくなってきた。

 ゆえに急ぐ。

 腕を組みながら海上を爆走するシュラはさらに加速する。

 なお、彼は浮かぶような魔法を一切使っていない。ただ、己が足の回転のみで海上を駆け抜けていた。

 もう一人の化け物が通り道の全てを救い、とうとう首都ナーウィスに到達する。


     ○


「ぐェェエ」

「学習せん半天だな、惰弱な雌め」

 様々な変身魔法で相手を翻弄しながら、市街地への被害を意に介さぬ大暴れで優勢を築いていたが、何故か再び足蹴にされていた。

 理由は主に二つ。

(ひー、ひー、しんどいわい)

 加齢に伴う体力低下、ではなく単純に引きこもりが過ぎた結果、見た目だけでなく色々とだるんだるんになっていた。

 そしてもう一つは、

(こやつ、わしとの戦闘で……成長しておる。不味いのぉ、一番強いのじゃなくて、あの巨体の方にしとけばよかったわい。いや、あれはあれで面倒そうじゃが……そもそもなんでわしがひーひー汗水垂らさねばならぬ? 何の道理もあるまいに)

 魔王軍師団長、『雷光』のサイカがスティラ・アルティナとの戦闘で成長し始めている、それが二つ目であり最大の理由である。

「ぬん!」

「また小細工を」

 ぼふん、と黒猫の姿になって的を小さく、相手の拘束を外す。

 が、

「何度もそんなもの通じるか!」

「にゃ!?」

 ドラゴン形態から即座に人型へ変化し、黒猫スティラの首根っこを手でしかと握り込む。完全に捉えられた形。

 バトルセンスもかなりのものがある。

 まあ、スティラが専門外と言うこともあるが――

「ぐ、ぬう」

「このまま握り潰しても構わんが……デブのチビを縊り殺すのも寝覚めが悪い。貴様が俺に頭を垂れ、命乞いをするなら見逃してやる」

「……」

 デブ、その一言で空気が凍る。首を掴まれながら、ぷよぷよのわがままぼでーを惜しげもなく揺らすスティラ。

 ただの事実である。

 どう見たって、おデブちゃん猫と言えるだろう。

 しかし、

「言ったのォ」

 事実だから問題なのだ。事実だからセンシティブなのだ。

 事実だから許せぬのだ。

「バッカ野郎!」

 かなり遠くの角から飛び出してきたソロ。

 それを見て、

「見つけたぞ人の雄! ドロリッチ、交代だ! このデブは貴様にくれてやる! 俺にそいつを寄越せ! 俺の獲物だぞ!」

 嬉々とした笑みを浮かべるサイカ。

 ソロは、

「え、怖い」

 遠くで騒ぐ黄色のお洒落スーツを着た謎の人物相手に怖気が走る。

 ちょっと何言っているのかわからないのもホラーポイント。

 ただ、

『そんなことよりも相棒!』

「あっ」

 そんなものは些事である。

「二度も、言ったのォ!」

「黙れ! デ――」

「利口じゃの、三度目であればぬし、バラしてわしの魔法生物たちの餌にしてやるところじゃった。わしは寛容での、ただの八つ裂きで許してやろうぞ」

 二度も超魔法使いスティラ・アルティナの逆鱗に触れた。

 それは、終わりの始まりであった。

「あらら、そろそろ耐えかねる頃かと思っていましたが……そうなりましたか」

「何の、話だ?」

「死にたくなければ逃げた方がいいですよ。こちらの算段諸共全部、今から消え去ります。そちらの算段も、この都市も」

「え?」

 不条理かつわがまま、天上天下唯我独尊(意味は諸説あるが見たままの意味で)の師を良く知るクレアは小さく首を振る。

 もう全部遅い、と。

「ぐっ!?」

 サイカはわけのわからぬ魔法が渦巻く、黒猫を手放した。それは見る見ると人型を象り、初見の人の姿となった。

 が、

「無我にて唯識、ゆえに天上天下唯我独尊」

 そのまま人を通り過ぎて征く。

 百の生物、千の獣、それが詠唱中、誰にも触れさせぬ魔法の嵐、その中心に仁王立つ、最凶最悪の魔法使い、スティラ・アルティナの体を蠢く。

 更なる膨張、肥大化、桁外れのそれは見る見ると巨大と成る。

「我、梵我一如に至れり」

 終わりが来る。

 終末の――


「ギガ・テリオン・ファンタジア!」


 獣が来た。

「な、なんだ、これは」

 人も魔も、等しく見上げるは万の獣を包括せし究極の一。

「究極幻想、超魔法使いの秘奥です」

「し、信じられん」

 四天王にも近い、圧倒的なまでの雰囲気、本能が告げる。戦うべきではない、と。この獣と向かい合うべきではない、と。

 まだ、ボーオグルが戦っていた格上は、自軍の軍団長たちでも戦いになる、自らの主であり王である『轟天』ならば必ず勝つ、そう言い切れた。

 だが、これはもう『轟天』、四天王たちでしか届かぬ領域である。

 自分たちでは勝負にもならない。

「メガ・ブリッツ・ドラグニス!」

 『雷光』の最大火力が迸る。先ほどソロへ向けた腕試しのそれではない。正真正銘の最大火力、自身の持てる力全てを結集した雷の咆哮であった。

 それに対し、

「ギガ・プロク・ラース」

「ギガ・タオ・イーラ」

「ギガ・ブリッツ・ヌクレアーレ」

「ギガ・ティフォン・プレシオン」

「ギガ・ロカ・レベリオス」

 完全に過剰な火力が眼下へぶちまけられる。雷光は造作もなく打ち消され、全てを飲み込む極大魔法は破壊の嵐を撒き散らした。

 機械仕掛けの神でも、もう少し情があるのではないか。

 天地が引っ繰り返るほどの破壊、此処まで来たら人命だけは奪わずに残しているのが逆に、何と言うか器用なまである。

 それが出来るなら建物も守れよ、と思うがそんな常識、超魔法使いの辞書にない。彼女の辞書には気分を『とても』害した相手は何をしてもいい、となっているのだ。

「頭を垂れよ、ひれ伏し許しを乞うのじゃ! にゃーっにゃにゃにゃにゃ!」

 超魔法使いスティラ・アルティナ。

「……」

 ただでさえボロボロであった南大陸最大の都市、ナーウィスを壊滅させる。人々は呆けるしかない。なんでそんなことするの、と。

「誰だよ、こんなの連れてきたやつ」

『相棒だな』

「……俺、知らね」

 末弟子、ソロはあまりの出来事に他人の振りをする、しかなかった。これまでは本当に怒らせたら姉弟子であるクレアの方が怖いと思っていたが、この光景を見ればわかる。師匠が一番ヤバい、と言うことが。

「……こいつが魔王倒せよ」

 むくりと起き上がったヴァイスが寝起きでツッコむほどの光景。

 むしろ、これを一時的にでも王国の中枢に置いていたアンドレイア王国の懐の大きさ、それがとってもわかる大事件となった。


     ○


「か、母様、これは」

「……ちぃ」

 随分と前から戦況は悪化の一途を辿っている。サイカ、ドロリッチが勝利していればまだ何とかする目はあったが、勝てそうなところからこんな化け物が出てきてしまえばもう、勝負に固執するわけにはいかない。

 此処まで段取りしていた、手間暇をかけた。

 あと一歩、あと一歩で大きな武功を上げることができたはずなのだ。

 自分が主導で。

「……許さんぞ」

 彼方より飛来した戦局をひっくり返した者たち。

 影はそれらを恨みながらも決断する。

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