第63話:泥くさき二匹の獣
最強と最凶、二人の魔法使いが大暴れする中、
「……やってくれたわね」
「結構いいの入ったと思ったんだけどな~」
『んだんだ』
巧みなコンボからの満を持して抜いた伝家の宝刀、黄金の左腕でのぶん殴り、であったが、手応えはあったものの一撃必殺には届かなかった模様。
かなりのダメージと引き換えに、何処か人間相手と下に見ていた気配が消える。
(……ちょっと手早く勝とうとし過ぎたかも)
ソロとしてはノーダメージで警戒しながらも侮ってくれていた状態の方が、盗人お得意の隙を突く動きが出来るため得と感じる。かなりのダメージは与えられたが精神的な隙と引き換えと考えると損をしたような気もしていた。
追撃も考えたが、
「……」
あの眼を見て今度はソロの方が手を緩めることになった。詰めきらねば勝てないが、追い詰めたからこその危険もあるのだ。
ゆえに路地裏どぶ底流(ソロやヴァイスら)は一撃で倒し切るか、隙を突いて一発で仕留めるか、とにかく相手にターンを与えないことを重視している。
が、どうやらソロは仕留め損なった。
ならば――
(来るぞ、トロ助)
『嫌な感じだねえ』
ゆらりと立ち上がったドロリッチは口を開き、
「待ってくれて感謝するわ」
「……ども」
ソロへの感謝を告げる。今度はソロが動けなかっただけ、相手も当然それを理解しているはず。完全な意趣返しであろう。
目が言っている。
今からお返しするぞ、と。
「な、なあ、ヴァイス。あの敵の切り札みたいなの知ってたら――」
「ぐぅ」
「いくら疲れたからって戦場のど真ん中でガチ寝するやつがあるかよ!」
『信頼だねえ』
「いや、こいつは眠たいだけだ。そういうやつだからな」
ヴァイスの交戦経験から情報収集しようとしたが、当の本人は自分の番ではないと言わんばかりにぐっすりと入眠していた。
ソロもそうだがどぶ底育ちは何処でも寝られるし入眠も速いのだ。
「安心なさい。その子に使ったのとは別のを使うから」
(……それの何が安心なんだ?)
ソロは心の中でツッコミをする。
「剣士じゃない。普通の剣じゃない。正直者だったあなたに倣い、私も宣言してあげる。今から使う魔法は強くない。大きくない。でも、初手はかわしなさい」
ドロリッチは獰猛な眼をソロへ向けながら、
「死にたくなければ、ね」
何処か苦渋の表情で、
「ガ・タオ・ボルボロス」
それを唱えた。
その瞬間、ドロリッチの体が広がり、足元から何かを吸い上げ始める。それと同時に体の色も透明度の高い水色から、どんどん茶色くなり不透明となる。
さながら泥の如し――
(うんこみてえな色)
『うんこじゃん』
「今、私を見て排泄物を思い浮かべなかった?」
「ま、まさか」
『ご冗談を』
「……そうよね、美しさの欠片もないのよね。この色、この質感、一寸先も見えないどろっどろのこの身体……実に不愉快」
ドロリッチは顔を歪めながらそう吐き捨てた。よほど気に食わないのだろう。まあ確かに色はもう排泄物のそれであるし、あまり心地よい見た目ではない。
「不純物塗れ。これで弱点も増えた」
「……」
それにソロの感覚として、むしろ今の状態の方が雷を通しやすい、つまりは先ほどまでの状態よりも与しやすいのでは、と言うものがあった。
少なくとも魔法に関してはその通りなのかもしれない。
しかし、同時に嫌な感じもむくむくと湧き上がる。
「でも、一応これが私の特性を生かした……もう一つの最強形態だから」
「……」
「避けなさい。タオ・ラーマ」
そう囁くようにつぶやきながら、ドロリッチは手をソロの方に向ける。そして、彼女は向けた手を、指を、軽やかに弾いた。
刹那、ソロの肌がぞわっと粟立つ。
宣言されるまでもない。ソロは感覚に従い、全速力で身を伏せた。
ソロの立ち位置は海を背にしており、其処にはクラーケンがボコボコにしたマレ・タルタルーガ共和国自慢の船が墓場のように横たわっていた。
それらがズレる。
何かに鋭利なもので、
「うげっ」
断ち切られたかのように。
「泥を構成する細かな砂、それを圧縮した水と共に打ち出す。水の刃、これが私の奥の手であり、最大火力よ」
メガ級などの莫大な魔法力は感じない。実際、水と泥、砂を混ぜた自身の体の特性を生かしているだけで、何度打っても大した消耗はないのだろう。
だから、怖い。
「にっげろー!」
ソロ、躊躇せずに逃げ出す。開けた場所は危険と踏み、そのまま建物が密集する方へ走って行く。ヴァイスを捨て置いて――
ドロリッチはちらりとヴァイスへ一瞥を送る。仲間を捨てて逃げたと取るか、仲間を自分から引き離すために逃げたと取るか、どう取ってもドロリッチの気分次第である。彼女を捕まえて持ち帰る。その欲が消えたわけではない。
ただ、
「その潔い割り切りに免じて、後者と取ってあげるわ」
ドロリッチもまた彼女を捨て置き、ソロを追うこととした。ヴァイスを持ち帰る欲以上に、ソロをここで倒しておくべき、そう思ったのだ。
今ならばまだ自分の手に収まる。
今のうちに――
「あら」
ドロリッチは天に手を掲げ、再び指を弾いた。
無詠唱の刃が放たれる。
すると、建物の向こう側、死角から投げられた雷の魔法が付与された石が、見事に両断されて彼女に当たることなく地面に落ちる。
「油断も隙も無い」
やはりここで仕留める、終わらせる。
ドロリッチは自分の形を崩し、地面に沈み込む。この形態を出した以上、もう出し惜しみはない。全力で相手を討つ。
何でもあり、逃げたソロを追うために彼女もまたこの場から消える。
○
「シュッツ殿!」
無理を重ねた体を叱咤し、『鉄騎士』が戦場へ飛び込む。黒金の重厚な鋼を身にまとい、鋼の重量をぶん回して敵を吹き飛ばす。
ボーオグルには後れを取ったが、満身創痍であろうとその辺の魔物に後れなど取りはしない。その辺の冒険者や戦士にも負けない。
「若殿であるか」
「あれだけの死闘を経て、なおご助力いただき感謝いたします」
色黒ボンボンは心よりの感謝をシュッツへ向ける。それは彼のみではなく、今回参戦してくれた彼の仲間たちにも向けられていた。
最強の魔法使い、クレアの広範囲大規模魔法にて戦況が激変し、壁の修復や防衛体制を立て直すことにより、完全に潮目が変わり始めていた。
しかもシュッツが参戦し、さらに遠くからは――
「なんのなんの。おっ、さらに心強い味方がおりそうですな」
「はは、そうみたいですね」
大地が隆起し、魔物の群れが吹っ飛んでいく様が近づきつつある。役者はそろった。おそらくこの戦場、
「勝ち申したな」
「……犠牲は多かったですが」
勝った。
最強と最凶の饗宴が繰り広げられ、そろそろもう一つの最強もここナーウィスに到達する頃合いだろう。
如何なる罠があっても、これを覆すことはできないはず。それが出来たならお手上げ、そもそも端から勝ち目などない。
「わ、若様!」
「どうした?」
「いえ、あちらを!」
部下が指し示したのは港の方であった。一瞬、色黒ボンボンは全てを任せておいてきたヴァイスのことを想うが――
「え?」
次の瞬間には思考が飛ぶ。
何故なら港の方の建物が、どんどん地滑りでもあったかのように倒れて行ったから。わけのわからぬ光景を前に目を丸くしてしまう。
それは、
「……か、勝てたらいいなぁ」
一応歴戦の騎士であるシュッツも疑問符が浮かぶほどの光景であった。
○
「やべえ!」
水の刃がソロをかすめて、背後の建物を両断した。当たれば当然真っ二つ、全身がぞっと総毛立つ。
『素ン晴らしいねえ』
「……ほんとにな」
ツッコむ気力も湧かない。指パッチンと言う優雅かつお洒落なムーブから繰り出される水の刃の切れ味たるや、
「トロ助より切れるんじゃねえの」
『おん? 売ってる? オイラのおかげで勝負になってんのにそれ言っちゃう?』
「ごめんね」
『ええんやで』
トロよりも切れる、かどうかはさておきシャレにならないのは確か。しかも消費が少ないのか連射可能で、もっと言うと――
「あら、私もお話し、混ぜてくださるかしら?」
『「んげ⁉」』
建物の隙間から染み出してきたドロリッチが逆さまのまま指を弾く。『変幻自在』の名は神出鬼没すら内包するのか。とにかく何処からでも現れるし、
「ギリ回避、してもどこにいるかわかんねえんだよなぁ」
『なー』
すぐにその場から消える。
遮蔽の多い市街戦は悪手であったか、と思うほどであるが――
(今のもかわすのね)
そう思うのはドロリッチも同じであった。
さっきから仕留めるつもりで攻撃を放っている。声掛けも、指を弾くと同時のもので、声を聞いてからの回避では間に合わない。
声をかける前から、何故か自分の出現を嗅ぎ取っているのだ。
その野性の勘と、それに加えて、
(面白い魔法の使い方だこと)
先ほどから多用する『道』を繋げる雷の魔法、これの応用力がまた魔法での喧嘩、闘争が日常茶飯事の魔物視点でも驚愕するほどであった。
建物と自分を繋げ、予備動作なしで移動する。遮蔽が多く、多くの建物が構築する凹凸、それが彼の動きに立体感を与えている。
威力、規模、どちらも大したことない。だから無詠唱でも使いこなすことができる。自分の今の姿、水の刃と同じ。
自分も創意工夫で評価されてきた魔物だからよりわかる。
(こいつ、やはり危け――)
油断も隙も無い。
先ほどの回避したタイミングで、自分の指を弾く動作と同時に左手で、自分に触れていた。小さく、かすかに、気取られぬように――
その理由が今、
「っ、ぐぅ」
自分の体を貫く。
雷の魔法をまとった小石。死角へ逃げたと同時に投擲していたのだろう。
それが『道』を伝い、自分を穿つ。
「……絶対、此処で殺さないと」
ソロよりも強い戦士はこの戦場に限定しても少なくないだろう。魔剣のブーストを勘定から外せば、その数はかなり多くなるはず。
それでもドロリッチは一番の危険分子をソロと認識する。
自在に動かせるスライムの体を持つ自分と同じか、それ以上に自在に動き回り、師を前にゆとりを持ちながらも、隙を見逃さぬよう虎視眈々と備えている。
それがわかる。
『相棒、当たったな。最初の一発と今ので、結構削ったんじゃねえか?』
「ああ。だから……気を引き締めないとな」
それはソロも同じこと。
どちらもさらに警戒を強める。同種の強みを持つ相手への。
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