第60話:三匹(女王、魔法使い、盗人)が来た!
「まさか、信じられぬ」
シュッツはその衝突を、呆然と見上げていた。ソロの登場、信じ難いほどの成長にも驚いたが、それ以上の驚きが其処にはあった。
人の王が頭を下げようとも動かぬ山が二つも、動いていたから――
「じゃ、わしらは帰るとするかの」
「そりゃないっすよ、師匠。ここは師匠の超魔法使いたる所以をバシッと示すとこじゃないすか? 誰が世界一かこっちの大陸にも教えてやらないと」
「……ふむ、一理あるのぉ」
「なんで、師匠たちに残り二体、任せたんで」
「「え?」」
ひょい、と謎ドラゴンの背中から飛び降りるソロ。その背を呆然と見送る謎ドラゴンと、そのごつい機械仕掛けの鎧そのもの。
「待て! 人の雄!」
サイカの叫びも何のその。
ひゅー、と落下しながら、
「ブリッツ・ガッセ」
繋がれと祈り、『道』を自分と中継地点の建物の間に結ぶ。それまで自由落下していたソロは空中で急加速し、勢いよく街並みの中に消えて行った。
残された謎ドラゴンは、
「……実に不愉快じゃ」
「ハメられましたねえ」
空中でそれを見送った後、まず機械仕掛けの鎧が解除され、ガチャガチャと収納されながら、その奥より現れるは――
「どっちがよい?」
「どちらでも」
「なら、わしはドラゴンの方をやるかの」
「では、私はボー族の方を」
人の好さそうな丸めなおばさんであった。元スティラおばさん、のちにソロの勘違いであったことが判明した人物である。
謎ドラゴンの背に立つぽわぽわしたおばさん。
若干シュールである。
「それではご武運を」
「要らん。わしもそっちも、どうやっても負けようがなかろうが」
「ふふ、結構強いと思いますよ」
おばさん、音もなく跳躍。
そして、
「ティフォン・マルシェ」
空中を歩きつつ、
「人の叡智、炎により変じ、叩く度純となる」
呪文を唱える。
ほわほわした雰囲気そのままに、されどサイカ、ボーオグル、そして遠巻きに覗く影、誰もが言葉を失う。
かの者がまとう、強烈な雰囲気に。
「鉄よ、叡智の結晶よ、顕現せよ」
理解する。
「ギガ・シュタール・クシポロンヒ」
笑顔のおばさんより放たれしは至高の鉄魔法。
それは、
「うわ!?」
「な、なんだ!?」
都市に侵入した魔物たちを阻む壁となり、同時に崩れた外壁が鉄の武器にて歪であるが補修される。ついでとばかりに外壁を乗り越えかけていた巨大なスケルトンも強度が違う、とばかりに粉々に粉砕してのけた。
信じ難い規模。
信じ難い力。
「……あれは何者だ、紛い物の竜よ」
魔王軍師団長の中でも特筆した力を持つサイカも絶句する魔法。下手するとただ一人で、都市全域を網羅できるのではないかと思うほどの圧倒的な力。
魔物の理から見ても異常。
「わしの一番弟子じゃ」
超魔法使いスティラ・アルティナが持った初めての弟子であり、
「わしより強いがの。にゃっ、にゃっ、にゃっ」
最強の魔法使い。
それが魔法を解き、建物の上で膝をつき頭を下げるシュッツの前に降り立つ。
「久しぶりねえ、シュッツちゃん」
「ご無沙汰しております、クレア陛下」
「あら、駄目ですよ。私の国、中立国ですから……ねっ」
「こ、これは気が回らず」
クレア・マギ・セルモス。
天魔人、全てに対し中立の姿勢を取る、来るもの拒まず、去る者追わぬ魔法王国マギ・セルモスの女王でもある。
二百年前、彼女がスティラと共に建国した都市国家の、初代女王。
未だ代替わりせず、
「一騎打ちに割って入る無礼を許してくださいね、ボー族の子よ」
「……我が名はボーオグル。貴公の名を聞きたい」
「故あって名を明かすことはできないの。ごめんなさいね。呼ぶのなら、そうねえ、騎士ムスちゃんと呼んでくださいな」
最強の女王は君臨し続ける。
「メガ・シュタール・リーゼ」
何者の敵でもなく、何者の味方でもない。それが許されているのは彼女の存在があってこそ。しかし、天使も魔物も知らぬのだ。
彼らが地上から去ってから、生まれた怪物であるがゆえに。いや、正しくは彼らのどちらかが戯れに創った、存在である。
「シュッツちゃん、ここは私が。あなたは外壁の方へ」
「ぎょ、御意」
シュッツと同じ魔法であるが、それも使い手が変われば形が変わる。
クレアのそれは重厚な鎧を身にまとうが、シュッツよりもずっと小さい。小さいがシュッツと変わらぬ重さを感じさせ、それと同時に軽やかさもある。
その矛盾が美しく咲く。
騎士の如し姿。
「殺しません。あなたは私の敵ではない。ですが、向き合う以上は覚悟を。命残れども、誇りは欠片も残さず粉砕する所存ですので」
「……お相手いたす」
クレアおばさん、否、騎士ムスちゃん対ボーオグル、開戦。
それを尻目に――
「……貴様、何だその姿は」
「くく、光栄に思え。わしのぷりちーな真の姿を拝むことが出来る者は多くない。我が名は超魔法使いスティラ・アルティナ! 偉大が過ぎて己も驚き目を見張る、至高の魔法使いであり、麗しのくーるびゅーてぃじゃ」
竜の姿のサイカと対峙するは黒いローブに、黒いとんがり帽子、そして大きな杖を握るザ・魔法使いの格好をした――
「……俺の知る人より、少しばかり丸いな」
「おい、死んだぞテメエ」
丸顔、ぽっちゃりぼでーの痩せたら美少女? な魔法使いスティラが人の姿となり、当たり前のように宙に浮かんでいた。
「その背に浮かぶ翅、貴様半天だな」
「ちっ、不敬の分はあとで殺すからの。まあそうじゃよ。半人半天、それがわしじゃ。おかげで長く魔法を学ぶことができる。まだまだ学び足りぬし、まだまだ生きる。つまり、不敬なトカゲは今日、わしに轢き殺されるわけなんじゃが」
「……天使如きに俺が劣ると?」
「阿呆が。天使などわしに関係あるか。貴様が死ぬのは天につばを吐いたからではない。このわしに、偉大なる超魔法使い様につばを吐いたから、じゃア!」
丸い、ふくよか、ぽちゃぽちゃ、デブを想起させる全てはこのスティラにとっては禁句であった。そんなに気にするのならダイエットすればいいのに、と不敬な弟子が言ったが、猫パンチをかまして言ってやった。
欲望を抑えて何が超魔法使いか、と。
なお、
(……聞きそびれたが、超魔法使いってなんだ?)
超魔法使いの定義は彼女しか知らない。
「メガ・テリオン・ドラクルス」
変身魔法。
「……っ」
世にも珍しきこの魔法は彼女が編み出したオリジナルであり、自らの体、他者の体などを別の性質を持つ生命へ変化させることができるのだ。試練其の一で、ポツンと一軒家の周辺にたむろしていた魔法生物は全て彼女の作である。
そして、彼女は今一度ドラゴンの姿となる。
「遊んでやろう、小娘」
「ほざけデ……半天の雌」
「言い切っとったらバラシて頭を塔の飾りにしてやろうと思ったが、まあただ殺すだけで勘弁してやろう。わしゃあ優しいんじゃア」
「その姿を俺の前でしたこと、後悔しろ」
超魔法使いスティラ対『雷光』のサイカ、開戦。
そして最後の一人は、
「よっ、ほっ、ほいっと」
道を繋げて、様々な場所に結んで、落下速度を落とすことなくむしろ加速しながら都市の中を疾走していた。
器用に地形を利用した魔法を操り、
「ちっ」
ヴァイスを拘束している師団長ドロリッチの下へ向かう。水牢と自分の体を繋ぐ接続部に道が遠くから繋げられた。
バチ、と攻撃性はなくとも体質的に苦手な魔法が向けられたことは誰でもわかる。躊躇うことなくドロリッチはヴァイスを解放した。
そのすぐ後、遠く、そう感じていたのに、
「余裕の到着! んー、さすが俺ちゃん。修行の成果出てるぜ」
『オイラのおかげでもあるんだよなぁ、速さに関しては』
凄まじい勢いでソロが割って入る。意地でも拘束していればおそらく、割って入る中で切り裂かれていただろう。
雷の魔法の力を込めた剣で。
「……遅刻だぞ、クソ馬鹿野郎」
「テメエらが置いて行かなかったらそもそもこんなことになってねーんだよ! わかるかあの、あー、結構早く修行完了しちゃったぜ、みんな驚くだろうなぁ、って集合場所に行ったら誰もいない時の気持ちが!」
『相棒、ちょっと泣いたもんな』
(それは内緒だぞ)
騎士ムスちゃんとかいうゴリッゴリの武闘派と戦わされ続けた体罰、いや、一応修行を経て、ソロは魔法力を大きく高めた。主に小細工周りを。
そして意気揚々と集合場所に向かうも誰もおらず、ソロは追放からのハブかよぉ、とちょっぴり泣いた。
試練突破の褒美も兼ねて、たまたま塔の扉が集合場所の近くまで繋がっており、送り迎えしてやったスティラとクレアも哀れに思うほどの醜態。大人の男、その涙はある意味で武器なのだ。ちょっと両刃感もあるが。
そして、遠見の水晶で彼女たちの様子を見て、あ、これヤバいじゃん。からの首都ナーウィスに出来るだけ近い扉を潜り、其処からは変身したスティラとその機動力を大幅に向上させるクレアの合体魔法で此処まで来た。
以上、これがソロの一部始終である。
「お嬢に言え」
「あいつが元凶か。ゆ、許せん」
「まー宝箱が悪い」
「何の話よ?」
世界の理が変化し、現在は空前絶後の宝箱ブームになっていることなどソロたちは知らない。修行の弊害で世の中のことに疎いのだ。
「勝てんのか?」
「騎士ムスちゃんほどじゃねーから何とかなるだろ。たぶん」
「……よくわからんけど任せた」
「よくわからんけど任された」
満身創痍のヴァイスとバトンタッチして、
「つーわけで、俺が相手になるんでよろしく。スケスケのねーちゃん」
「……余裕あるのね」
「ま、そこそこ。だって、相性良いっしょ、何となくだけど」
(……こいつ)
ソロがくるくるとトロを回して遊びながらドロリッチと向き合う。
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