第61話:道を空けろ! 俺たちがじゃないコンビだ!

「詩人様、どーしたの?」

「ん? 遠くで雷鳴が聞こえてね。それが懐かしく感じたのさ」

「……はれてるよ?」

「ふふ、そうだねえ」

 ただの吟遊詩人、アラムは遠く南方の空を見つめる。本日は晴天なり、それでも詩人には聞こえたのだ。

 如何なる障害にも喰らいつき、ままならぬ世に強く抗い続ける雷の咆哮が。聖都で見せた彼の牙はいわば借り物、真の姿とは言えなかった。

 しかし今、自らの力で彼は立つ。

(まだまだこれからだ。だけど、そうか。顧みて、取り戻した牙と今の自分を融合した。戻るのではなく進む。うん、やはり君は私の好きな『人間』だね)

 まだまだその牙は天にも、魔の王にも届きはしない。だけど、いずれはそう成る気がした。そう成る期待に胸躍る。

 きっと天も、女神もそう望んでいるはず。

「うたは?」

「せっかちだね君は。なら、おばあさまを起こしておいで」

「はぁい!」

 ただの吟遊詩人は唄おう。そして、いつかは彼の武勇伝でも語り継げたなら、それに勝る喜びはない。

 今一度彼方を見据え、小さなエールを、リュートをつま弾く。


     ○


「母様」

「馬鹿な、なんだ、こいつらは。知らない、聞いていない、なんで戦場にいなかった? あの男の剣士はいた。あの女の剣士は『黒天』様が葬った。この前、この大陸随一の英雄を討ち取ったばかり……なのに、なんでそれに比肩するのがいる!?」

 影は狼狽していた。策を弄せぬ馬鹿ばかり、そんな魔王軍において知恵でのし上がる、それが影なりの勝ち方であった。上手くいっていた。

 上手くいくはずだった。

 だと言うのに、

「勝てない」

 三つの新戦力が現れて全てが瓦解した。あと一歩だったのだ。あと一歩で軍団長にも比肩する戦力をさらに一枚削り、その上で大物も何人か殺す。

 これで人類は絶望の底に叩き込まれる。

 英雄不在の時代が来る。

 そのはずだったのに――


     ○


 シュラは見た。絶対に動かぬはずの存在が二つ、首都へ飛来していったところを。しかも片方は若かりし時、自身が唯一敗れた相手である。

 嫌な感じが消えた。

 雰囲気ががらりと変わる。

「……ふっ。ただ大きな戦力が来ただけではないな。力だけで空気は変わらない。力の上に、空気を換える何かが要る。三つ目の小僧、何者だ?」

 疾走しながらシュラは笑みを浮かべた。

 自分やジブラルタル、そしてクレアのような戦力、ご当地の英雄とは違う。新たな時代を創る者だと思っていたルーナとも違う感じがした。

 それを最強の剣士は面白いと思う。

「さて、急ぐ理由は消えたが……同時にこのままでは脇役以下、剣の届く範囲、声の届く範囲を捨て置く気はないが――」

 さらに男は加速する。

 全部救いながら、その上で目立たねばならない。

「間に合え俺! 俺なら出来る!」

 それが英雄の辛いところだ、と目立ちたがり屋の男は苦悩する。

「このままじゃあ格好がつかーん!」

 その間も、彼の通り過ぎた後には音を置き去りにして首が舞う。


     ○


「あ、そうだ」

 ポン、と手を打つソロ。

『ひゃん』

 と地面に突き刺さるトロ。気持ちよく旋回されていたのにあんまりな扱いである。

「忘れる前に言っとくわ」

「あ? 四の五の言わずにサッサと戦えよ」

「まあまあ」

 ソロはヴァイスに顔だけ向ける。

「悪かったな、昔」

「……何の話か知らねーし、今する話でもねーだろそれ」

「だから忘れない内にって言っただろ。俺は忘れっぽいし、逃げ癖もついちまっているから……機を逃すと駄目なんだよ。だから、今謝っておく」

「……」

「あいつさ、俺のこと好きだったんだよな。たぶん」

「……今更かよ」

 何の話か知らない、と言った割にしっかりわかっている様子。昔からそうなのだ。言語化しないだけで、地頭は悪くない。

 加えて頭を使うより大概、得意の暴力の方が手っ取り早かったのもある。

「わかってなかったわけじゃねーんだ。さすがに察しはついてたよ。でも、怖かったんだ。誰かと一緒になるって、全然知らない世界だから……そういう気持ちも昔はよくわかってなかったし。だけど、そのせいで迷惑かけたよな」

「……別に。チビ犬に睨まれたからって気にしねーよ」

 ソロの見えないところで、妹分の少女はヴァイスへ敵意を向け続けていた。近づくな、彼の隣は自分のものだ、と。

 それを無視するのに疲れて、ヴァイスから離れた。

 ただそれだけの話。

「向き合うべきだった。逃げて逃げて、最後の最後まで逃げて……捕まった時もさ、ちょっと過ぎったんだ。あ、これで逃げられるって……クズだよなぁ」

 自分に似たヴァイスを見て我が振りを直した。上手く生きる術を覚えて、どんどん器用さを得たけれど、その分上手くやろうと困難を避け始めた。

 気づけば逃げ癖が付き、向き合うことが出来なくなっていた。

「全員を不幸にした。そう言う現実から逃げようとして、トロ助で一獲千金狙いに行ったんだから、本当に救えねえ奴だよ、俺は」

「なら、もう逃げねえのか?」

 ヴァイスが問う。

 それに、

「いや、逃げる時は逃げるよ。普通に」

 ソロは胸を張って答える。

「……おい」

「でも、向き合うべき時は向き合う。今はそれで勘弁してくれ。全部まとめてぶっ倒してやる、とか思えるほど無知じゃないし、馬鹿でもいられねえ。ただ、賢しく立ち回るだけじゃ最後は袋小路だ。だから、上手くどっちも使って――」

 二つの貌が重なり、

「生きるさ」

 微笑む。

「……そうか。じゃ、オレは寝るわ」

「一緒に戦ってくれてもいいんだぜ?」

「向き合えあほ」

「へいへい」

 ヴァイスは本当に、地面に大の字になって寝る。戦場のど真ん中、自分が負けたらどうするつもりだ、と思うが、負けないと信じてくれているのか、負けたら許さないと脅されているのか、どちらとも判断がつかない。

 ただまあ、逃げない理由にはなってくれている。

「いやー、長々と待たせちゃった。良い奴だな、あんた」

 ゆえにソロは再び向き合う。

 その眼は、

「……よく言う」

 獰猛な狼のそれ。

 ドロリッチとて優しさや空気読みで攻撃しなかったわけではない。隙だらけにも見えた。ただ、その隙がどうにも臭いと感じていたのだ。

 こちらの攻撃をわざと誘っているような、そんな気配がした。

 よくよく思えば、わざわざ剣を地面に突き立て無手ですよとアピールするのも何処かわざとらしい。

「待ってくれたお礼に、俺からも一つお返しだ」

「あら、何をくれるのかしら?」

「俺はさ、こうして剣を使っているけど剣士じゃない。結構何でもする」

「……?」

「そしてトロ助も普通の剣じゃない。ってことでそろそろ……始めるか」

「……そうしましょ」

 聖剣セイン・トロール(自称)を地面から引き抜き、わざとらしく手元で旋回させた後、ソロは笑みを浮かべながら小さくつぶやく。

「グロウ・アップ」

 そして、加速する。

「ッ⁉」

 魔王軍に属し師団長を務めるドロリッチが驚くほどの機動力である。特に左右への展開速度が尋常ではない。

 一気に回り込まれる。

「そりゃ!」

「舐めるな、人間!」

 ソロの横薙ぎの一撃は『千変万化』の異名通り、体を変化させて回避する。かなりの速さであるが、それでも対応できないほどではない。

 そこまで魔王軍の師団長は安くない。

「うっへえ、全然当たらねえ」

(速い。けど、普通の攻め。剣はなんか小賢しいくらいくるくる回している以外、それほど技術的に優れている感じもない)

 それがむしろ、ドロリッチの中で嫌な感じとなる。普通じゃない相手の普通ほど怖いものはない。

 彼女の経験値が告げる。ただ、それが何かわからない。

「くっそー」

(何だ、何が来る?)

 連続攻撃が通じず、一旦後退するソロ。仕切り直し、これもまた普通の行動であるが、そもそも剣士が距離を取る意味はない。

 そして彼が言った。自分は剣士ではない、と。

「破れかぶれだ! いっけー! トロ助!」

「は?」

 ソロ、相棒を投擲。

『あ~れ~』

 ぶん投げられた相棒は哀愁を漂わせながらドロリッチへ向かう。

 ただ、

「……?」

 彼女は普通に回避を選択した。こんなただの投擲に当たるわけがないから。『千変万化』である自分はもちろん、その辺の魔物でもかわせる。

 意味がわからなかったが――次の瞬間剣の軌道が変わり、

「……なっ! いつの間に!?」

 知らぬ間に自分の体から繋げられていた『道』を辿り、トロは勢いよく方向転換してドロリッチの方へ再び向かう。

 無詠唱なのは気取られぬため、道も薄くさっきよりも明らかに隠す意図が其処にはあった。いつ繋げられたのか、わからぬほどの早業。

 もっと言うと、

「ひひひ」

『ひひひ』

 黄金の左腕による、意識の外からの姑息なソフトタッチである。かつてソアレを苦しめたスケベ戦術をも可能とした左手は健在。

 左投げ右打ち、変態打法のおかげで常に彼の左手はフリーなのだ。

 連続攻撃はカモフラージュ、その中でソロは一仕事終えていた。

「何処までも進め! ホーミングトロ助!」

『合点でい!』

 隠す必要がなくなり、ソロが『道』を少し色濃く、強めたことでトロの速度が上がる。単純な回避では間に合わないほどの速さ。

 ゆえに彼女は――

「だから、舐めるなと言っている!」

 彼女の得手、『千変万化』と呼ばれる力、自身の体を操作して、大穴を空けてトロを通過させた。それと同時に、彼女とトロを繋ぐ道の接続も切断する。

 その部分を無理やり体の内側に引き込み、体の中で道を掃除して消したのだ。雷の魔法ゆえ嫌いな味だが、四の五の言っていられない。

「私は『千変万化』、ドロリッチよ!」

 だが、

「トロ助、引っ掛けろ!」

『あいよー!』

 その回避すら想定通りだったのか、それともアドリブか、どちらにせよ――

「え?」

 自分の体を通過してすぐにトロは空中で静止し、そのまま後退してきた。あり得ない動きである。物理的にあり得ない。ならば、それは魔法なのだ。

(接続は二つ! 私と剣、そして、剣とあの男!)

 しかもドロリッチの驚愕は続く。

 迫り来るトロが、

『錨を上げろー!』

 自身の体を二又、三又に分けて、船の錨のような形状に変化したのだ。ただの剣ではない、これも宣言通り。

 そしてとうとう、ソロたちがドロリッチの、『千変万化』の体を捉えた。

「ぐっ、ぎ」

 錨形態のトロより迸る雷、それが彼女の自由を阻害する。

 それでも、それ自体に攻撃性はなかった。あくまでそれは変幻自在のドロリッチを捉えるための、策でしかなかったから。

 大事なのは、

「ふんがッ!」

 トロが捕まえたドロリッチを『道』ごと引っ張り、

「ガ・ブリッツ――」

「し、しまっ――」

 ソロは右手で引っ張り、左手を握り締め、

「インパクトォ!」

 黄金の雷を込めた拳で、ドロリッチをぶん殴る。

「あ、があああああああああ⁉」

 これまた宣言通りの、剣士にあるまじき剣を囮にした拳での攻撃。剣士ではない、普通の剣じゃない。全て本当だった。

 まあ、その言葉をどう受け取ろうが――

「『よいしょォ!』」

 このコンビネーションを外す気などなかったが。

 剣士じゃない男と普通じゃない剣、一人とひと振りが生み出す変幻自在のバトルスタイルは決して『千変万化』たる彼女に劣りはしない。

 狼の武器は生来のバトルセンスに、上手く生きるための技術を合わせたものである。避けるための、かわすための、逃げるための術。

 それがソロと言う男に無限の手札を与えてくれていた。

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