第59話:電撃参戦、俺

「お嬢! 全然近づいてないって」

「むしろ遠のいてすらいるような」

「し、仕方ないでしょう!? 高貴なる者として、下々を見捨てるわけにはいきませんもの。見捨てるなどわたくしには出来ませんわ」

 大斧をぶん回し、大地をカチ割る金髪ドリルのお嬢様はずっと都市から離れた場所で戦っていた。都市周辺に湧き出た軍勢は基本的にそちらを目指すのだが、その道中に人がいるとそちらを狙い襲い掛かるような行動を取る。

 首都から必死に逃げ出し、様々に散らばる人々を目に留まる度に助けて回っていたら、気づけば全然都市に近づけていない、むしろ離れている有様であった。

 あと単純に、

「ふぁあ」

「そこ! 危機的状況ですわよ! もっと緊迫なさい!」

「ふぁい」

 このパーティ、絶望的なほどに司令塔に向いた人材がいなかった。猪の方が頭を使っている金髪ドリルに、その子分二人、そしてセクシーなだけでびた一オロ働こうともしないドビッチな魔女。

 戦闘も大半がお嬢無双するだけ。

 ワンマンチームである。

「……焦りますわ」

 ヤバい予感しかしない。急ぎ救世主として都市に舞い降り、あの女に見せつけてやるつもりが、そんな初志も――

「助けてくれ!」

「今参りますわ!」

 こんな感じで悲鳴目がけて爆走してしまう。そして大地をカチ割り、

「あ、ありがとう」

 敵を殲滅し救い出す。

「どういたしまして。弱きを救うは強きの役目ですもの」

「よ、弱き」

 事実であるが失礼なことをのたまいながら、高貴なる者も務めを果たす。

 が、

「お嬢!」

「あっ」

 またこれで遠回り、時間も失ってしまう。

「ふふ、また離れちゃったわねえ。でも、そっちの方がいいわよ~」

「むっ」

「睨んじゃダメ。せっかく美人さんなのにしわが残っちゃうぞっ」

「ぎぎぎぎ……どうして、わたくしのパーティには頼りになる騎士も、本庁勤めの聖職者もおりませんのー!」

「「一応俺ら騎士っす」」

「頼りになる、と申しましたわ」

「「うす」」

 金髪ドリルが唸りを上げる。何故髪がドリルの如く回転しているのかは、誰にもわからぬお嬢七不思議のひとつである。

 そんな中、

「……」

 お嬢の持つ野性の勘が、突然彼女の視線を空へ向けさせる。

「何か、来ますわ」

「げ、たぶん敵の援軍ですよ。空ってことは」

「ひえ~」

「でも、そんな感じは」

 そうこう言っている内に、空の彼方から凄まじい速さで、流星の如く天翔ける何かが通り過ぎていく。

 残るはただ、それが通った白き轍のみ。

 遅れて、轟音が世界に響く。

 目にも止まらぬ速さ、それが何と知らねば目視すら敵わぬ以上、しかと見上げてなお誰にも、何かはわからなかったはず。

 そう、

「あら、珍しい」

「何か知っていますの?」

「まあ、少し。これで本当に行く必要はなくなったわ」

「なんでですのー!?」

「だって、最強の魔法使いと最凶の魔法使いだもの、あれ」

 知っていなければ――


     ○


 彼方より来るもの。

 全員の探知範囲に入った時にはもう目と鼻の先まで迫っていた。信じ難い速さである。戦慄し、全員が手を止めてしまった。

 そんな中で、

「俺が出る」

 師団長、『雷光』のサイカが議場のテラスより飛び出し、

「オォォオオ」

 肉体を女神に近い、人に近い状態からドラゴンそのものの姿に変化させた。変化、と言うよりも元に戻した、と言う方が正しいが。

 雷の如し黄金の近い黄色の鱗が輝き、巨大な双翼が羽ばたき一つで雷光を生む。四天の血を継ぐもの。

 ドラゴンの才媛が、

「ガァァアアアアアア!」

 首都を震わすほどの声量で吼えた。

 それは自らに気合いを入れるため。この首都にはいなかった、自分の敵に値する者たちを迎え撃つために吼えたのだ。

 さあ、今から戦うぞ、と。

「挨拶代わりだ。受け取れ」

 ドラゴンの姿となったサイカは獰猛な笑みを浮かべ大口を開く。

 そして、


「メガ・ブリッツ・ドラグニスッ!」


 巨大な雷光を、その大口よりブレスとして吐き出した。

 雷光が向かう、彼方へと。


     ○


「来るのお」

「来ますよ」

 二人の声が同時に響く。

「それぐらいわかってますって師匠」

 勇者っぽくない男、ソロは相棒であり、ようやっと騎士ムスちゃんから取り戻した愛剣にして魔剣、トロを担ぐように構えた。

「わしのプリチーな体に傷をつけたら許さんぞ」

「へいへい」

「返事が軽いのぉ!?」

「ちっ、うっせーな」

「振り落とすぞガキィ!」

「どーどー」

 今から集中しなきゃいけないんだから静かにしてくれよ師匠、と言う言葉をぐっと飲み込み、ソロは大きく深呼吸して――自分と世界の繋がりを意識する。

 魔法とは現象。

 雷とはすなわち、何かと何かを繋ぐ線。

 その間に輝ける光が、光が生む熱が生まれる。

 それが世界にとっての雷であり、現象としてのそれ。

 そして、

「嵐の夜に生まれたもの」

 自分にとっての雷とは何か。

「夜闇を裂き、雲間を奔る」

 母がいて、ヴァイスがいて、妹分がいて、そしてルーナがいる。ソアレやシュッツもそう。アラムもそうであった。

 その繋がりが、今のソロを形作る。

「雷鳴轟け!」

 自分と世界、その間に魔法が在る。

 それを繋ぐはイメージと呪文。

「ガァ」

 頭の中、浮かぶは天を裂く雷。誰にも届かず、つかめず、嵐を呼ぶそれと共に自分は路地裏に生まれた。ただのソロは其処で母を得た。

「ブゥリッツゥ」

 刮目せよ。

 これが――


「ファァングゥゥウウウッ!」


 生きるために戦い、生きるために逃げてきた男の、餓狼の牙である。


     ○


 突然議場の方から現れたドラゴンが空へ向かって雷光を放つ。首都ナーウィスの者たちは呆気に取られ、空を見上げた。

 それは人も、魔も同じ。

 誰もが、見た。

 彼方より雲を裂き、豪速で飛来する機械仕掛けのドラゴン、その背に立つはこれっぽっちも勇者っぽくない男である。

 だが、それが振るう刃は、輝きは――


「わぁ」


 勇者のように見えた。

 雷光と雷の牙が衝突する。二つの雷、それが衝突と共に爆ぜ、眼を焼くほどの輝きを生んだ。何が起きたのか、誰にもわからない。

 それは、

「ガ級、だと!?」

「嘘、でしょ⁉」

 魔物も同じ。

 輝きと輝き、力と力の衝突。拮抗。

「ふんぎぎぎぎ」

「イメージが足りんわ! もっとあれじゃ、ガーっとせんか、ガーっと」

「イメージの邪魔ですよ、お師匠様」

「むむ」

 互角、まあ厳密にはトロのおかげで互角になっている、であるが、あともう一歩を、ひと捻りを出すのは使い手である自分の役割。

 気合と根性、魔法も結局のところは――


「輝けェェェエエエ!」


 其処に行き着くのだから、面白い。

 牙が、雷光を引き裂く。

「……よくも、俺の雷を、人の、雄の、分際で!」

 サイカは自らの目に焼き付けた。ドラゴンの雌、至高の霊長たる己の雷を打ち破った、人の雄の姿を。

 絶対に逃がさん。

 この雄は自分の獲物だと。強く認識する。

 一方、

「ふい~、魔法力使い過ぎたよ~ししょ~」

「ええい、この程度で泣き言抜かすでないわ!」

「お見事でしたよ、ソロ」

「っぱ、騎士ムスちゃんの優しさは五臓六腑に沁みるぜ」

「わしが師匠じゃぞ! おおん⁉」

 ソロ側、特に意識することなく、むしろ都市全体を見渡し、

「さて、どうすっかな」

 状況を把握、自分が戦うべき相手を見極める。


「……味方、なのか?」


 そんな彼らの鮮烈なる登場を、疑問符を浮かべながらも誰もが見上げていた。絶望的な状況に、かすかな希望が灯る。

 ソロ、謎ドラゴンと共に首都ナーウィスに電撃参戦。

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