第55話:だから効かないっての!
魔王軍師団長、『千変万化』のドロリッチは、
「……なんで私のところには誰も来ないのよ! 舐めてんの⁉」
襲い来る者たち全てを、自身の体の延長線である水の牢獄に閉じ込め、溺れ死ぬよりも早く、自らの血肉としていく。
痩せ細り、ほぼ骨と皮となって、最後には衣服のみが残る。
骨一つ残さず、
「ちっ。薄味」
平らげる。
これが掃除屋、スカベンジャーたる所以である。魔界における掃除屋、生死問わず体に包み込んだ相手を溶かし、栄養とする悪食こそがスライム族の真骨頂。やろうと思えば衣服も消せるが――
「ぺっ」
彼女はスライム族の中でも美食家であり、味のしないものを食す趣味はなかった。そういう意味ではここまでの人間はほぼ無味無臭に近く、彼女のモチベーションを下げるに足る状況であった。
しかも、味のしそうな手合いが二つ、ボーオグルとサイカの下へ行き、自分は放置されている。彼らほどの戦闘狂ではないが、そうでなくとも腹立たしいもの。
自分が人間に下に見られている。
危険度があの二体より下と思われたからこうなった。
「……美味しくないものは食べない主義なんだけど」
それが許せない。
「全部消そうかしら?」
だから、『くだらない役目』を放棄したくなる。そもそも上を押さえてくる狡いやり方が嫌いなのだ。そういうことをする姑息なところも不愉快。
あの『外付け』さえいなければ、と彼女は苦々しげな表情を浮かべていた。
○
「……ろ、籠城か!」
「ど、どうしたんですか?」
「あ、やっと意味がわかったと思って」
見回りを職務としていたのに敵の巣を見逃していたことや、首都に大型の魔物が現れたり、突然巣から大量の魔物が現れたり、バタバタしていて頭が回っていなかったが、ようやく彼女が爆走していく先を見て意味を理解した。
それにしても――
「門の周り、敵が凄い勢いでひき肉になっていますね」
「……あれで魔法無しなんだから、もはや意味がわからないよ」
爆走し、単騎十字架を振り回して突撃していく様は、どちらが魔物かわからなくなる。あんな人間が存在しているのか、そんな驚きが湧いてくる。
しかもあの十字架、元々は教会の飾りであり単なる鉄の造形物でしかないのだ。
何ら魔法的な要素もない。
もちろん、あれ自体に女神様の加護もない。
それでも――
「退け退け~!」
「ギエピーィ!」
剛力シスターヴァイスが振るえば万夫不当の豪傑と成る。襲い来る魔物に対し門を守る者たちも呆気に取られている。
「中、入れてくれ」
「あ、ああ」
全て返り血。血みどろのヴァイスは、
「あ、あとついでに火くれ」
「え、えと、都市内は、禁え――」
「煙草吸えないと頑張れない」
「は、はい」
「さんきゅー」
門を守る者の一人に火を貰い、美味しそうに煙草を吸いながら都市へ戻った。最初は外で戦うつもりであったが、どうにも内側の方が危険な匂いがしたのだ。
おそらく自分よりも先に、
「勝てよ、お嬢」
窮地を嗅ぎ取ったソアレがそちらへ迷いなく先行した時点で、そちらがより危険であることは彼女の性格を思えば当然のこと。
一番強い相手を彼女なら迷いなく選ぶ。
ただし、
「……どっちにするかな?」
「ま、待ってください~」
色黒ボンボンが必死で追いかけてくるのを尻目に、ヴァイスは少し迷っていた。匂いは二つある。ただ、一つの強さが読めない。
それに居場所も判然としない。
なので、
「ま、こっちでいいか」
わかりやすい方を選び取る。
○
都市のど真ん中で繰り広げられるドでかいバトル。
「「おおッ!」」
ド派手なド突きあい。
「はっはっは! 人間の割に気持ちのいい漢だ!」
「そちらも魔物の分際でやりよる」
「……」
「……」
互いににんまりと笑い、
「「ぬぅんッ!」」
再びド突く。ノーガード、力任せのそれは互いの顔面を叩き合う。正面から、正々堂々の殴り合い。
だからこそ――
(……いかんぞ)
相手はこの漢らしい、愉快な時を満喫しようとこちらに合わせた力で渡り合ってくれている。フェルニグの時ほど絶望的な差ではないが、どうやら相手の方が上手。それは殴り合う己が一番よくわかっている。
ここで技巧に逃げることもできるが、そもそも技巧派でない自分がそれに頼ったところで、相手の気分を損ねるだけ。
勝てない。すでにそれは見えている。
相手も当然、それぐらい把握しているだろう。その上でシュッツがどれだけ意地を通せるか、負けると理解して何処まで頑張れるか、それを推し量っているようにも思える。相手の恩情にすがるようなものだが、今はそれが頼り。
それに、
(……ジブラルタル殿の死に、卿が反応しないわけがない。来ると思っていたが、それにしても遅過ぎるぞ遅刻魔め。早く来ぬか)
希望はある。
懐かしき気配、まだ遠く、なんだかよくわからないルート取りであるが、それでもこちらへ向かっている。
人類最強の剣士が。
その到着まで粘り切る。彼の気配を見出した時点で、シュッツの戦術目標は決まっていた。最低限であるが。ただ、
(……相手は、気づいておらぬのか?)
知己の気配、他の者より気づきやすいとはいえ、特段探知能力が優れているわけでもない己が気付くことに、魔物の誰も気づかぬことなどありえるのだろうか。
天空よりルーナを嗅ぎつけたドラゴンも存在すると言うのに。
あれが特別であったのか、それともすでに――
○
「たすけて!」
「任せろ」
悲鳴ある所にこの男在り、剣士シュラ・ソーズメンはレッド・オーガの拳に粉砕されかけていた少年の声を聴き、駆け付けて剣を振るった。
直撃の寸前、実際にその拳は少年に到達する。
ただ、
「……へ?」
痛みはなかった。何故なら触れた拳がそのままバラバラに崩れていったから。何が起きたのか、何一つわからない少年。
「ギ?」
それ以上に理解不能であったレッド・オーガの視界が反転した。
拳を粉みじんに切り裂き、ついでに首も刎ね飛ばしていたのだ。
その上、斬った本人の姿はどちらも見ていない。この集落には二十人近くの人がいた。その全員がほとんど同じ状況であり、死の間際であった。
そして、
「へ?」
襲い掛かっていた魔物たちの首が、ほぼ同時に落ちる。
「ふはははは~」
残されたのは男の高笑いのみ。それすらどんどん遠くへ消えていく。
そして、
「と、とにかく急げ! 敵は全部シュラ様が倒してくださる!」
「戦ってもいない我々が、後れを取るわけにはぁ」
「もう、背中、何処にも見えません」
彼と行動を共にする者たちもまた、物凄い勢いで駆け抜けていった。疾風のような、常人からすれば十二分に超人であるのだが――
「くそー!」
あまりに一人が突き抜け過ぎていた。
無事、彼らは逸れる。
○
「あと少しできますよ」
「うん、大丈夫。母様」
闇が舌なめずりして、何かを待っていた。
「今度は完璧に勝つ」
「それでこそ私の愛しい子」
全ては計画通り。多少の誤算はあったが、それも別にどうということはないだろう。間引きのついでに色々と特典がついてきたのは僥倖。
まあ人間をどうしようと四天王にとっては気にするまでもない。
ただ、他の師団長への当てつけにはなる。
それで充分なのだ。
「……」
そんな時、よくわからぬ方に視線を向ける『我が子』を見て、
「どうしたの?」
闇は言葉を投げかけた。
「……なんでもない」
そういう『我が子』の眼を見ればわかる。
(なんだ? ドロリッチと何かあったか? いや、そもそも接点がないはず。ならば今の視線はなんだ? まさか、人間ではあるまいし)
なんでもない、そんなわけがないことを。
ほんの僅かな躊躇を感じた。理由は、わからないが――
○
ドドドド、と猪の如くは知ってくる姿を見かけ、
「なぁにあれ」
ドロリッチは間抜けな姿に苦笑いを浮かべた。魔法の気配なく、どう見てもただの鉄の造形物をひっさげ、真面目な貌でこちらへ向かってくるのだ。
冗談も大概にしてほしい。
何処の世界に、
「あのね、私は――」
「死ね」
スライム族相手に魔法無しで挑む馬鹿がいると言うのか。
十字架による鉄槌というわけのわからぬ言葉しか当てはまらぬような、凄まじい勢いで衝突した十字架によって大瀑布の下で起きる爆発の如ししぶきを撒き散らし、ドロリッチの半身が吹き飛ぶ。
が、
「スライム族なの、おわかり?」
当然無傷。
相性は最悪、魔法が使えぬ不良シスターヴァイスにとって実は絶対に勝てない組み合わせ。全力で叩き込んだ一撃がかすり傷にもならない。
それもそのはず。
水を叩いて破壊できるか、という話。
「魔法を使いなさいな。まあ、人間如き薄味じゃ気高き私には――」
「オラァ!」
バァン、またしぶきが上がる。
「ちょ、だから、それは意味ないって」
「オラァ!」
またもバァン。
「あ、あんたね。少しは頭を――」
「オラァ!」
バァン。
「……そう、上等じゃない」
「あ?」
にゅるり、とヴァイスが攻撃した箇所、本来ドロリッチの腹部があった場所に大きな穴が空き、彼女の攻撃を空かす。
「教えてあげる。私が何故、『千変万化』と呼ばれているのかを、ね」
「せんぺん……バンカー?」
「殺す」
相性最悪、魔王軍師団長『千変万化』のドロリッチ対不良シスターヴァイスが衝突する。どう考えても戦うべきじゃないがヴァイスは意に介すことなく十字架を振り回す。何の成果もあげられぬ、あげられぬはずの攻撃をし続ける。
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