第54話:こんなのどうすりゃいいんだよ

「……こんなのどうすりゃいいんだよ」

 首都ナーウィスの警備を担当する自警団は眼前に広がる絶望的状況を前にただ立ち尽くしていた。戦闘を想定していない、必要な武力は都市内のいさかいや、たまに現れる族を鎮圧する程度で、魔物相手など思考の外側である。

 強大な力を持つ魔物に侵入を許して都市内。

 突如地下から現れてきたとしか思えない魔物たち。

 質と量、内と外。

 全てを網羅するには戦力が足りない。集団を統制できる指揮者も不在。軍を編成する際、頭を張るような人物は皆、平時は各々の都市に居を構えている。

 共和国、首都へ戦力を集めぬ弊害が今、彼らの首を絞めていた。

 幸いにも現在、都市内には一山当てて儲けよう、という冒険者(限りなく山師に近い何か)たちが押し寄せていたが――

「おいおいおいおいおいィィィイ!」

「ヤバ過ぎんだろ!」

「どこにも逃げらんねえ!」

「助けてくれェ! ただ一発当てて、女侍らせて暮らしたかっただけなんだァ!」

 見ての通り大半がクソの役にも立ちそうにない。

 こういう連中がいるせいで現在アスールではこっそり宝箱だけ抜かれたオークがそのまま残り、大きな社会問題になっているのだがそれはまた別の話。

「何ともはや……見るに堪えぬ」

 そんな狂騒を尻目にシュッツは今の自分がすべきことを考えていた。戦うことは当然として、都市内の危険を取り除くべきか、それとも主君がいるであろう都市の外に出て、その危険を払うべきか。

 あまりにも時期が悪い襲撃。正直、首都ナーウィスに活路はないだろう。それこそジブラルタルが海を背にして戦えば話は別だが、そんな彼はすでに戦死しこの世にはいない。幾人か戦える者が中枢にいるのは知っているが、いずれも自分如きよりも腕前は下、都市内に現れた上等な魔物相手には力及ばずと言ったところか。

 ソアレを守る。それが最優先。

 その上で――

「む?」

 その時、ナーウィスの外壁に蒼き炎が降り立つのが見えた。見間違えるはずもない。あれは自分が守るべき主君である。

 だが、

「アズゥ・プロクゥ・レオォォォォオオオッ!」

 その主君は迷うことなく最大火力を、身の丈二十メートルを超える怪物へぶっ放した。なんと雄々しき蒼炎の力強さよ。

 それが示す。

 撤退などありえない、と。

「ふっはっはっはっはっは! 某も老いたものである!」

 戦力差からしても軍なら、騎士団なら撤退しかない局面である。しかもここはかつての敵国、自分たちが命を賭す義理はない。

 しかし、彼女には関係がない。

 そのことをシュッツは誇らしく思う。きっと、彼女の姉も同じ選択を取ったはずだから。彼女の姉の遺志を継ぐ男も――

「……そっちは微妙であるな」

 まあ、そちらは今後に期待と言うことで。

 シュッツも腹を決める。状況はこの上なく厳しい。絶体絶命の窮地である。それを理解した上で、ソアレは躊躇なく自分のやるべきことを成そうとしている。

 大物を討つ。

 それが高貴なる者の、力ある者の責務であると。

 その振る舞いが示す。

 ならば――

「メガ――」

 己もまた示そう。

 騎士を。


     ○


「し、しまった、ですわ」

「お嬢!」

 首都ナーウィスの大ピンチ。遠目にもわかる蒼き炎。それを遠巻きに見つめるしかない、間の悪い自分たち。

 何処かにオークがないかな、と遠出したのが運の尽き。

「わらわら湧いてきますよ!」

「これはこれでピンチなんじゃ?」

「私は夜のお仕事で疲れているから動けない~」

 間が悪い。そしてパーティの質も悪い。あっちはあの『鉄騎士』シュッツ・アイゼンバーンがいて、風変わりだけど聖庁本部の、しかもいずれは教皇と目される実力派であるマイカ司教の弟子と来た。風変わりだけど。

 こちらは双子みたいな凡夫二人。

 ドスケベでやる気のない魔法使い。

 そして、

「……そもそも」

 高貴が迸る真のお嬢である自分。

「あの女が生意気にも定職について、わたくしを煽るからこんなに都市から離れてしまったのですわー! つまり、あの女が悪い! 全部!」

 八つ当た、怒りと共に吹き荒れる高貴なる覇気(ノーブルオーラ)。

「一気に蹴散らしますわよ! 主役はわたくしの……ものッ!」

 彼女が愛用の大斧を地面に叩きつける。

 それにより、

「うお! さすがの魔法!」

「それを金箱で入手した斧が増幅すると……無詠唱でこうなるわけだぁ」

 地面が隆起し、一気に引っ繰り返った。

「わたくしの獲物、残しておきなさいな。ソアレ・アズゥ」

 冒険者の中にも、稀に玉は存在する。


     ○


 全速力で首都へ向かい、外壁に到達したソアレの目の前には誰も太刀打ちできぬ巨体の怪物がいた。見るからに強い。サイズに違わぬ圧倒的戦力を感じる。

 だが――

「……どうなってんのよ」

 あの牛と鬼を混ぜた敵よりも、明らかに一つ上の戦力がいる。あの巨体でさえ、シュッツと自分、それにヴァイスの加護をフル稼働させて何とか戦える相手であるというのに、その上がいて、それらより少し劣るのが一つ。

「……っ」

 絶望的状況であろう。

 でも、

「……ふー……そうよね、あの時ほどじゃないわよね」

 心の中で自分を馬鹿にする腹立たしい男の顔を思い浮かべて、彼女は自身を奮起させる。あの時の、聖都の絶望しかない状況とは違う。

 まだ自分たち以外も生きている。

 ならば、

「悪いけど、私の偉大なる足跡を辿った自伝を出版するまで死ぬ気はないの。私は一騎当千、千の魔物を屠った勇者よ!」

 窮地などとは思わない。力ずくで全部、救って見せる。

 それでこそ自称千の魔物を屠った勇者である。ほんの少しだけ数は盛ったが、まあ少しぐらいはいいだろう。キリを良くしただけである。

「猛り、盛れ。怒り、燃えよ。青天を衝け――」

 自身最大火力をぶっ放す。

 蒼き炎の奔流。

 それは――

「……ッ⁉」

 巨体を揺らがせる。

 魔王軍師団長、『牛鬼』のボーオグルは蒼炎の咆哮、それを受けて驚愕する。たかが人間の飛び道具、威力など精々、たかが知れている。

 そう思っていたのに、

「……我の身に、傷をつけるか」

 無警戒、無防備なところに受けたとはいえ、それでも人間の魔法で傷を、火傷を負わされたのは驚嘆に値する。

 しかも、

「アズゥ・プロク・ソード」

 必殺の一撃が、必殺には遠く及ばなかったというのに、そんなこと百も承知とばかりに、蒼剣を手にこちらへ突っ込んできたのだ。

 何という豪胆。

 何という強かさ。

「ふはッ!」

 自分たち、『轟天』に付き従う獣魔たちにとって、最も好ましい闘争の獣が、鋭き牙を、爪を持つ者が人間にもいた。

 ボーオグルは歓喜する。

「我の獲物だァ!」

 普段他の三人を諫める立ち位置であるが、戦闘となれば真っ先に我を忘れてしまうのもまた彼である。その野性こそが彼らの在り方。

 相手の剣にはこちらも――

「ぬぅん!」

 拳(けん)にて迎え撃つ。

 サイズ差、十倍以上。質量は測定する気にもならないほどに差がある。

 この拳を、その針の如し剣で止められるか。

 眼前の獲物、その覚悟を推し量る。

 逃げてくれるな、そう思いながら――

 ゆえに、


「メガ・シュタール・リーゼ!」


 その魔法に気づくのが遅れた。

 鋼鉄の巨人。

「ぬんッ!」

「がっ!?」

 黒鉄の拳が黒き体毛をまといし牛鬼、ボーオグルの顔面をぶっ叩いた。今度は揺らぐでは済まない。『鉄騎士』の最大魔法、最大サイズの一撃であるから。

 そして、

「ソアレ様!」

「シュッツ! お願いッ!」

 言葉短く、主君との邂逅。端から剣で打ち合う気などなく、シュッツが来ると信じての牽制、であった。

 だから狙いは此処にない。

 彼女の視線が、アイコンタクトが示す。

「御意!」

 彼女が向かう先を。

 殴った勢いのまま、巨体をさらに回転させて今度は裏拳の要領で振り回し、掌は開き優しく彼女を其処に設置させ、

「ご武運を!」

「そっちもね!」

 ソアレをぶん投げる。

 投擲目標は首都ナーウィスにあるマレ・タルタルーガ共和国の中枢、元老院議会のある方向であった。

 迷うことなく最強の相手。

 戦力の分散は悪手であるが、全ての場が差し迫っている以上、全員でまずこいつを倒そう、と彼女が言い出すはずもなし。

 全部守る。その気概で戦え。

 自分も甘えを捨てる時が来た。

「我の獲物を、奪ったなァ! 鉄くず風情がァ!」

「某が御相手いたす」

 いつまでも勇者を、救世主の到来を信じて、それを支えるという言い訳をしながら出来ることしかやらない。

 それの何が騎士か。

「「ぬぅん!」」

 巨大な腕が衝突し、轟音が響き渡る。


     ○


 遠く、ボーオグルの巨体が見えた時には人命優先などと綺麗ごとを吐くことも許されぬ状況。命に貴賤はない、自らの信条を曲げる必要があると思っていた。

 さすがにマレ・タルタルーガ共和国の首都が失われるのはまずい。

 最短を駆け抜け、救援に赴くべきであると。

 だが、

「お、シュッツか。ならば、まだわずかばかり余裕はあるな」

 あの知己である無骨な鉄騎士が現れ、男は笑みを浮かべた。強さ云々ではない。あの男が其処にいる、それが重要なのだ。

 よかった、これで――

「そもそもシュラ様が散財しておらねば、馬なり馬車なり用意できたのに……大陸跨ぎの旅で徒歩など、今時修行僧すらやりませんよ」

「そう言うな。博打は運否天賦、賽の目は女神様次第だ」

「……で、どうするんですか?」

「手当たり次第救いつつ海へ抜け、港から首都入りする」

「「「承知」」」

 悲鳴を無視せずに済む。

「さて、征くか。誠に勝手ながら……友の弔いも兼ねてこの剣――」

 シュラと呼ばれた男が剣を引き抜く。何の装飾もない簡素な剣である。刃が艶めくわけでもなく、其処に何の付加価値も感じない。

 ただの剣。

「振るわせてもらう」

 ただ、相手を断つためだけのもの。

 それが彼の持つ唯一の武器。

「ついて来いとは言わん。たぶん――」

 シュラはぐっと力を蓄え、

「無理だ」

 踏み込みと同時に、視界から消えた。


     ○


「が、あ」

「脆く、弱い。俺がこうも手心を加えてなお、傷一つ付けるに至らぬとは。がっかりだ。心底、つまらぬ戦いであったと記憶しておこう」

 政府中枢、元老院の議員で戦いに心得のある者、議員の護衛など総力で当たったが、突如現れた魔王軍師団長『雷光』のサイカを前に手も足も出ず敗れる。

 強さの桁が違う。

 生き物のレベルが違う。

「あら失礼」

「む?」

 そんな中、これまた突如議場に現れたのは燃え盛る蒼炎を手に、相手を切り捨てんとするソアレであった。

 シュッツにぶん投げられた勢いのまま奇襲。

 容赦なく剣を振るう。

「ほう」

 相手は無手、それは受けにならない。そう思ったが自分の剣を、相手は当たり前のように拳で受け止めるのだ。

「ほう」

 拳で、

「なるほど」

 肘で、

「上手く繋げるものだ」

 時に膝で、

(……こいつッ!)

 巧みに受け、捌く。幼少期から叩き込まれたアズゥ家の魔法、そして剣術。それを全部ぶつけた。全部、出し切ったというのに――

「人間も雌の方が優秀か。ふっ、ようやく立ち会うに足る相手と出会えた」

 気取ったスーツを含め、当然の如く無傷。と言うか、多分このスーツ普通ではない。自身の剣を受けても、焼き目一つつかなかったから。

「……まだまだ、此処からよ」

「楽しみだ」

 サイカは嬉しそうに微笑み、ソアレの背には汗がにじむ。

「我が名は『雷光』のサイカ、名乗れ人間の雌」

「……ソアレ・アズゥ。あなたも私の、自伝の1ページにしてあげる」

「意味は分からんが……名は覚えた」

 自身が対峙した中では最強の相手。

 どうやら思っていたより、状況は絶望的であったらしい。それでも立ち止まることも、逃げることもする気はないが。

 一度死んだと思えば、何だってやれるから――

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