第44話:試練はつらいよ、試練だもの

 本日は空き部屋の関係で同室となったソアレとヴァイス。

「……」

「……」

 今更気兼ねすることもなかろう、とお互いマイペースであったのも「せっかくのベッドだし楽な恰好で寝ちゃおっと」と服を脱ぐ前までのこと。

 楽な恰好、半裸状態で互いに眼を剥いていた。

 その理由は、

(お嬢、おっぱいがいっぱいじゃねえか)

(ふともも太っ!? あと腹筋もバッキバキ)

 ソアレ・アズゥの秘密兵器がたわわに実っているところと、ヴァイスの脂肪少なめのバキバキボディーに目を焼かれたため、である。

 ヴァイスはただただ双丘に圧倒されているだけだが、ソアレの方はちょっと羨ましさも混じっている。現在は一応痩せている方を自負しているが、幼い頃は姉が何処からともなく現れて頬ずりされるぐらいぽちゃぽちゃだった。

 今も油断するとすぐ太ってしまう体質。

 其処に、姉の腹筋を遥かにしのぐバッキバキが現れたのだ。

 そりゃあ息の一つや二つ呑んでしまう。

「……」

「……」

 最近は軽口を叩き合う仲になった。少なくともソアレは同性の数少ない友人だと思っているし、ヴァイスは『お嬢』と言う名の珍獣だと思っている。

 珍獣だと思っている。

 まあ、なので会話もそれなりに続くのだが――

「……」

「……」

 意識してしまうと言葉が出ない。

 話す会話がない。よくよく考えると会話の五割はソロの悪口で、残り二割が食事のこと、あと一割がソロのこうした方がいい、という、まあ悪口である。

 そんな気まずい沈黙の中、

「な、なあ」

 口火を切ったのはヴァイス。

「な、なに?」

 それに乗っかるソアレ。

 もう会話の内容は何でもいい。ただ、この何となく気まずい空気を誰か打開してくれ。その一念だけで会話を続ける。

「あいつの、修行ってそもそも何してんだ?」

 魔法に疎いヴァイスの、シンプルな疑問。此処でもしれっとソロが混じっているのは、やはり彼女たちには彼が必要なのだと再認識させられる。

 この空間に彼が招かれることは一生ないだろうが。

「……し」

「し?」

「知らない」

 そっぽを向きながらソアレはそう答えた。本当は知っていると言いたい。魔法が使える者として、名門に生まれた高貴なる者として、知識マウントしたかった。

 でも、まったくわからないことは答えられない。

「……お嬢も魔法使えるのに?」

「あ、あのね。魔法の修行ってのは流派とか地域とか、それこそ先生単位で違ったりするの。だから、彼が今何を教わっているのかはわからないわ」

「ふーん」

 ヴァイスはとりあえず納得した様子で話を切り上げられそうなので、ソアレは内心ほっと息をつく。実はソアレ、知らないと言うのは嘘ではないが、スティラ・アルティナと無関係かと言うとそんなことはない。

 半日ぐらいは弟子(仮)ぐらいだったのだ。

 ただ、ソアレは幼少期から実家のアズゥ家で、伝統的な訓練法、考え方を叩き込まれており、あまりにもそれとスティラの教えが噛み合わずに拒否反応を示し、師弟関係解消。それから色々あって彼女は追放されている。

 ソアレも追放されたけど。

「あ、でもお姉様が珍しく弱音を吐いていたのは覚えているわ」

「へえ」

 誰だそのお姉様って、お嬢の亜種か、ぐらいの気持ちであったが、ヴァイスはなけなしのデリカシーを総動員して言葉をとどめた。

 たぶん、無駄に燃え盛ることになるだけだから。

「弱さを突き付けられて、初めて自分が理解出来たって」

「……どゆこと?」

「私にもよくわからないわ」

「……まあ、ヤバかったってことか」

「たぶん」

 どうやら知識量はともかく、理解力に関してこの二人は同等のようである。

「じゃあ、ソロもヤバいな」

「当然ヤバいわね」

「泣くかな?」

「きっと泣いているわ、初日からワンワンと」

 なお、初日から爆睡をかまして本当に涙目になったのは内緒である。あれは罠だった、と後に本人が語る。まあ、その後はぴんぴんしていたが。

 試練其の一、までは。

「見てー」

「……た、確かに」

「気が合うな、お嬢」

「まあ、そうね。あと、お嬢やめて」

 本日も仲を深めた? 二人は就寝の構えを取る。明日も早い。とにかく今は草の根を分けてでもオークを探し出し、ソアレのおニューの剣を手に入れる必要があるのだ。必要があるのはまあ、彼女だけであるが。

 明かりを消し、あとは寝るだけ。

 其処で、

「ねえ、ヴァイス?」

 ソアレが小さく口を開く。

「おん?」

「……気が合うついでに、その、ボディメイクの秘訣を教えてくれない?」

「ぼでー、めーく? 何それ?」

「筋肉バキバキで、皮下脂肪も少ないでしょ? 見習いたいな、と思って」

「ひかしぼーが何か知らんけど、身体作りなら簡単だぞ」

「そうなの⁉」

「おう。肉食って人殴るだけだ。人殴って肉奪ってもいいぞ」

「……そっかぁ」

「今は魔物がその代わりだけどな」

「それは、そう、一つ世界が平和になったわね」

「……?」

 分かり合えることもあれば、分かり合えぬこともある、ソアレは今日、また一つ大人になった。世の中にはエクササイズ代わりに人を殴る存在がいるのだ。

 しかもこれがシスターなのだから世も末である。


     ○


 夜の街をソロは顔を歪めながら、必死に大きな影から逃げていた。

 背後には紅蓮の炎と共に行進する巨大なドラゴンの姿。四天王直属、『黒天』のフェルニグである。炎が人々を巻き込み、嘆きが、絶望が響き渡る。

 勇気ある者ならば身を挺し、皆を守るべきである。

 勇者ならば悪を打ち倒し、正義を示さねばならない。

 でも、

「はっ、はっ、はっ」

 ソロは情けなくも逃げている。多少魔法が使えるようになったからと言って敵う相手じゃない。今はトロもいない。仲間もいない。

 だから、逃げるしかない。

 ソロは弱いから。

「クソ、なんだよこれ。どうなってんだよ!?」

 スローライフを満喫している最中、突然意識が暗転したと思ったら、何処かで見たことがあるような夜の街へ放り出され、混乱している内に大炎上。

 黒き龍が暴れ回る地獄が生まれていた。

「夢か? 夢だよな? さすがに夢だろ!」

 夢ならワンチャン、と背後へ視線を向けるも、大きな影が、其処から伸びる紅蓮が目に入るだけですくみ上がってしまう。

 情けない自分。

 弱い自分。

「たすけておじさん!」

「……あっ」

 何故か手のない少女が、巨大な影に飲み込まれる。ソロはただ、逃げながら少しばかり振り返り、手遅れだと言い聞かせながら視線を外す。

 吐き気がする。

「ちくしょう」

 夢でぐらい戦え。

 ソロは歯を食いしばり、手遅れと確認したばかりの方へ振り返った。手遅れなのはずっと前から知っている。

 あの日、自慢の左腕は何もつかめなかった。

「来いよトカゲ野郎! 怖くねえぞ。こっちはな、クソ大木ナルシストにも勝ったんだ。ビビらねえ、あの時とは違う。魔法だって使えるようになった」

 でも、今は違う。

 違う、はずなのに――


「……下等種族ゥ」


 黒き影、それと対面しきゅっと心臓が掴まれたような気分になる。怖い、勝てない、届かない、逃げるしかない。

 いつから自分はこんなにも臆病になった。

 昔は守るものなんて何もなかった。

 命すら――


「待たせましたね、ソロ」


 そんな自分の前に、颯爽と降り立つは美しき剣士。

 銀の輝きに、眼が焼かれそうになる。

「さあ、共に!」

 差し出された左手。大丈夫、安心してほしい、自分についてきて、そんな頼りがいのある言葉が聞こえてくるかのような、そんな威風堂々とした姿。

 それを見てソロは、

「……クソダセえ」

 そう吐き捨てながら、弱さゆえにその手を握る。

 二人で戦う。

 共に、支え合いながら――

 そんな夢幻を、突き付けられる。

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