第43話:試練は続くよあと二つ

 魔界、魔王城に戻った『竜魔大征』フドゥは罰を受けるつもりであった。如何なる理由があろうと『黒天』は職務放棄をした。その上司は自分であり、彼の代わりに受けようと思っていたのだ。

 それゆえに今の魔王、その窓口である、

「おんやぁ?」

「今戻った」

 同じく四天王、『堕天』のアモルエルの下に馳せ参じる。

「……『黒天』は動かん」

「あれま、手傷でも負っておりましたかぁ?」

「そうだな。深手……そう取ってもらって構わん。戦線離脱の咎は私が受けよう。如何なる罰も、如何なる役割も果たす所存だ」

「律儀ですねえ。他の四天王に少しでも見習ってほしいところです。彼ら、出仕する方が珍しいですからねえ」

「……あくまで共闘、傘下になったつもりはないのだろう」

 基本的にこの城から離れぬアモルエルの方が実は少数派。比較的訪ねる方のフドゥとて、顔を出す頻度はそれほど多くない。他の二天はもっと、招集がかからぬ限り近づくこともしないだろう。

 何なら下手な理由で呼び出せば噛みついてくる可能性が大きい。

「それで――」

「ああ、罰なら必要ないですよ。あんなの冗談、仲良くしましょうよぉ。つまらんでしょ、たかが人間相手のことで……重要なのは今も昔もあの御方」

「クレエ・ファム、か」

「ええ、ええ。とうとう降臨しましたねえ。私はそれだけでもう、感無量でして浮かれているのです。きっと陛下も同じ気持ちでしょう。たぶん、きっと……」

 虚栄ではない。

 本気の、心の底からの笑みにフドゥは目を細める。

「オークの基幹システムにブラックボックスを仕込まれたと聞いたが?」

「やられましたねえ。おかげさまでか弱き人間が、女神の奇跡を求めてオークを探し回る始末。せっかくこちらがこっそり動いていたのに台無しです」

「では、何故喜ぶ?」

「決まっているでしょう? 今回の件、神の手の介入も含め、彼女は明らかに嫌がった、困った、重い腰を上げた! これは快挙じゃないですか! きっと我が友、クリファ君も草葉の陰で喜んでいるでしょう!」

 今回討たれたクリファはアモルエルにとって腹心であったはず。まあ、目の前の男に部下を思いやる気持ちなど持ち合わせているとも思っていないが――

「あ、いや、喜びはしない、か。彼はただ失った永遠を追い求めていただけ。死への恐怖が駆り立てていた。その結果心が壊れ、面白い存在となりました。ただのモブ天使が、神の手の介入まで引き出したのですしねえ」

「悪趣味だな」

「私は称えているだけですとも。神の手、介入を嫌う彼女からそれを引き出した。アラム氏の出現は誤算でしたが……それがなければ確実に降臨していたでしょう。彼女の愛する蒼き大地、そのバランスが、美しさが損なわれるから」

「……万物への博愛、か」

 その言葉にアモルエルの笑みがかすかに、消える。すぐさま笑みを取り戻すも、彼女の愛が、彼女への愛が、彼の急所であることは明白。

 そもそも彼は隠す気もない。

 ゆえに本来、性という枠組みを持たぬ存在でありながら、アモルエルは性自認を男であると言っている。

「ええ、その通り。天使、魔物、人間、動植物……全てを彼女は平等に愛しています。自らが構築した美しきバランスの上で、舞台の上で、命が如何様に育むのか、その観察をしながら悦に浸る。まさに創造神……ゆえにバランス崩壊は許せない」

 クリファのカース・オークはバランスブレイカーと呼ぶにふさわしい兵器であった。都市一つを飲み込んだ程度で、あれほどの規模を持つのだ。あそこから成長した場合、どれほど大きくなったのかは想像もつかない。

 誤算はアラムの存在、その力を生かすことのできるソロがいたこと。が、それは実際問題、些末なことであった。

 何故なら彼らがいない場合、確実に女神が降臨してカース・オークだけでも取り除いていたはずだから。その手間をかけさせなかったから、ソロは奇跡を選択する機会を与えられたのだ。頑張りましたで賞、として。

 そしておそらく、同じようにオークへ仕掛けを施したはず。

「彼女がオークに仕掛けたのは、その広がりを阻害したかったから。拡大する生息域を、人間の手で止めるべく、遠回りは仕掛けを施した。が、哀しいかな、彼女は博愛の神、一方への肩入れなど彼女自身が許さない」

「……奇跡の配布はバランス調整であるが、バランスを崩壊させるものではない、と。そう貴様は判断したのか」

「それでようやく対抗できる、ぐらいじゃないですか? まあ、かつての勇者のような外れ値を期待しているのかもしれませんが……彼女自らが定義を崩す気はないでしょう。魔物は強く、人間は弱い、そのバランスを彼女が良しとしたのですし」

 ニンジンをぶら下げられ、せっせと女神の思惑通りオークへ突撃する欲深き人間たち。別にそれはそれでいい。それで手を引っ込める方がつまらない。

「むしろ、オークは以前にも増してガンガンばら撒きましょう。女神が嫌がることをするのが正解ですよ。だって、我々の目的は女神なのだから!」

 眼をぎらつかせるアモルエル。天使の座を捨ててでも、彼は女神の敵と成る道を選んだ。その妄執が目に浮かぶ。

「彼女の愛する美しさを汚し、彼女を引きずり出す。そして勝つ」

 それが言えるから、彼らは魔王軍のトップに立っているのだ。先代魔王の武威すら届かなかった、あの神へ手が届くと言い切ったから。

 先代は武威で敗れた。当代は果たして何で成す気か――その術理に関しては四天王にも伝えられていない。ただ、オークなどの発明、何より天使としても有名であったアモルエルの妄執が、その眼が彼らに疑いを抱かせなかった。

 本気で神を堕とす。

「それだけですよ、『竜魔大征』サン」

 魔王軍はそのために動いている。そのために各勢力が共闘している。その視界には未だ、人間の姿など映っていない。


     ○


 超魔法使いスティラ・アルティナの試練其の一は、魔法の基礎を高めることに主眼を置いている。強制無詠唱、魔法使用を強いる環境に放り込み、より密接に魔法とかかわり合うことで、その質を向上させようと言う狙いである。

 ただ、それはあくまで主眼であり、主題。

 この環境は魔法力向上のための環境であるのだから、それによって伸びることなど当たり前、魔法使いとして改めて観察する意味もない。

 観察者にとって重要なのは、この環境でどう過ごしているか。水や食料の確保から、生活スタイルなども注目ポイント。

 例えば今、ソロは陽気に風魔法などを駆使し下まで水を汲みに行っているが、純正魔法使いは自らの足を使うことを厭い、土魔法を中心に家の周辺に井戸を作ったり、少し離れた滝から水路を敷き自動化しようとする。

 狩猟もそう。ソロのように原始的な狩猟スタイルを取る者もいれば、魔法を用いた罠を構築して寝ている内に狩猟を終えてしまう者もいる。

 ちょっとしたことで人柄が滲み出てくる。

(機転は利くが、知識を組み立てるのは苦手、と言うよりも嫌い、ですねえ。頭を使うより足を好んで使う。これは良くも悪くも魔法使いらしくない、と言える)

 性格も。

 趣向も。

 この環境に馴染めば馴染むほど――

「さて、どういう試練にしましょうかね」

 次なる試練、それはこの環境での生活を見て、各自の性質に『相反』した試練を与えることにある。

「そなたらしくないのう。とっくに決めておると思っておったわ」

 苦笑しながら迷うスティラおばさんに猫様が声をかける。

「青白い普段の受験者(魔法使い)たちとは毛色が違いますので……どうしたものか、と。心身ともに負荷には強そうですし」

 ちなみに大体、オーソドックスな魔法使いタイプはソロのように足を使うことを嫌がるため、逆にそれが次の試練の主題となる。そして、其処でこんなの魔法に何の意味もない、とさじを投げる者が続出していくのだ。

「本当にそうかの?」

「え?」

 それが鬼門、試練其の二である。

 ただ、あの生き生きとして石を投げる姿を見よ。川での電気釣りが簡単過ぎて三日も経たず飽きて、今はまた石を投げる原始生活に戻っている。しかも最近では肉が美味しいから、と夜間の大型魔法生物と石で死闘を繰り広げている始末。

 何のかんのと普段の受験者たちとは育ちが違う。

 それゆえに二段階目は難しい、のだが――

「二段階目はわしが看よう」

「三段階目ではなく?」

「そちらは任せる。わしの方はさほど時間を要さぬゆえ、先んじて備えておればよい。基礎を作り、欠如を埋め、最後は――」

「必要を与える」

「うむ」

「それならば……すでに考えはあります」

「くく、であろうな」

 猫様がこの場から消えた。スティラおばさんは小さくため息をつく。彼女が二段階目を看ることは珍しい。相反する、と言う主題であるため、埋め立て作業自体はそれほど難しくない。三段階目への準備運動の色が強い。

 ただし、

「……心の場合は、別」

 その欠けが心である場合、試練はかなり難しくなる。今までソロを含め三人、猫様自らが二段階目を担当すると決めたが、おそらく全員心に問うた。

 スティラ・アルティナの弟子、その最高傑作。

 ルーナ・アンドレイア。

「三人目……楽しみですね」

 スティラおばさんは自らの準備に取り掛かる。


     ○


 朝の日課、それはこの環境になっても変わらず続けていた。小声での詠唱も必要とせず、今はこうして掌の中で炎を巧みに動かすことも出来る。

 そんな時、

(おん?)

 ソロの頭の上にでん、と猫様が鎮座する。

「何故炎を操る?」

(いや、そりゃあ、その、日課だし)

「雷の方が向いておろう。そなたとてとうに理解しておるはず。日常生活でそなたは存分に、意識せず雷を操っておるではないか。実に器用にの」

(……)

「あのゴーレムな、実はそれなりの魔法使いでも動かすのに習熟が必要な代物じゃ。雷を繋げる力であると感覚で解し、敵と繋げて石をぶつける、天晴れであった。他にも川に放電し、魚を得たのはよい機転であったの」

(……わからねえ)

「じゃが、何故か意識し始めると火で代用する。それは何故か、わしにはわからぬ。そなたも言語化できておらぬのだろう? そも、心の在り方よ、他人がどうこう言っても意味がない。何事もの、自分で辿り着けねばな」

(あ、れ)

「試練其の二、じゃ。存分に向き合って参れ」

 どさり、とソロはその場で倒れ込む。コントロールを失った火が広がろうとしたところを、猫様がぱくりと食べてしまう。

「ルーナ・アンドレイアも苦戦した試練じゃ。ま、もう聞こえとらんがの」

 にゃにゃにゃ、と笑いながら猫様はベッドの方へ向かった。

 二度寝の時間である。

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