第42話:乗り遅れてスローライフやつ~↑
「見なさいシュッツ! 銀箱よ、銀!」
「おお、やりましたな!」
「……口寂しい」
酒場で情報収集を終え、このビッグウェーブに乗り遅れるわけにはいかない、とオークを探し回ることひと月ほど。
女神の設置した宝箱に目がくらみ、幾人の冒険者(ほぼ山師)、兵士崩れらの命が飲み込まれた場所も、この三人にとってはあまり関係がない。何のかんのと歴戦の騎士であるシュッツはもちろん名門出のソアレも経験不足以外は高水準、その経験も聖都での決戦でかなり積み上げ、最近は絶好調。ヴァイスは力が強い。
ちなみにそのヴァイス、実はひとつ前に見つけたオーク攻略中、道すがら煙草を吸ってポイ捨て、を繰り返した結果、まずはコアを破壊してから宝箱を探索しようという中、火の不始末でオークが炎上。探索を終える前に逃げ出す羽目になった。
そのためオーク内では禁煙がソアレから課されている。
馬車に引き続き、喫煙者には厳しいルールであった。まあ、命のやり取りを繰り返す場所で、趣向品である煙草を吸い続けているこの女も大分ヤバいが――
「剣よ、剣! 私のヒキを見せてやる」
「鍵はかかっておらぬようですな。どうぞ、ソアレ様ババンと決めてくだされ」
「輝きなさい、私の右手!」
輝ける黄金の右腕(自称)、それが銀色の宝箱を開封する。
二人が注視し、一人が後方で口寂しさを紛らわせるためうろつく中、
「……なん、で」
「鎧、ですな。しかし、噂には聞いておりましたが、宝箱よりも大きなサイズのアイテムも、こうして当たり前のように出てくるのですなぁ」
開封した瞬間、宝箱がぴかっと光って消え、中から大きな鎧が現れた。重厚感があり、無骨なデザインである。
ただ、どう見てもソアレには大き過ぎる。
かと言ってシュッツだとちょっぴり小さい、そんな見た目。
「剣がいいのにィ!」
「まあまあ、とりあえず試しに某が装備してみて、サイズが合わぬようでしたら大きな都市で売りさばくとしましょう」
「そのオロで剣、買う?」
「購入できるほど高値で売れたら、ですが」
とりあえずお試しでシュッツが鎧に触れる。
すると、
『認証完了』
「む?」
三人の頭の中に無機質な声が響き渡り、その鎧が触れたシュッツの体に、勝手に分解し、勝手に装着されていく。
しかも、よく見ると鎧のサイズ、シュッツに合わせて少し大きくなっていた。
「……シュッツ?」
「あ、その、これは不可抗力と言いますか」
「着心地は?」
「驚くほどに軽いですな。それでいておそらく、いくつかの系統への耐性も備わっておる気がいたしま……す、はい」
「兜、何処に行ったのかしら?」
「あ、それは何となく使い方が入ってきましたので、こう念じると着脱可能となっており、戦闘時以外は視界を保つことが出来るのです。これは便利ですぞ」
重厚な見た目の兜も念じるとシャキシャキシャキーン、と頭を覆ってくれる、一つの鎧でオールインワンの優れモノである。
「よかったわね」
「ええ。よい拾いものであるかと」
「それ、サイズが変わるのなら、私にも使えるわよね?」
「……ソアレ様」
「認証完了って言ってたけど、どうなのシュッツ?」
シュッツ、額に汗をだらだらとかく。頭の中に使い方と一緒に、今後はシュッツ・アイゼンバーンのみに操作可能です、と伝えられていたのだ。
つまり、中古で売ることも叶わない。
「……私には使えずに、売ることも出来ないってことね」
「っす」
「っす、じゃないわよ! どうして不用意に触ったの!? まず、こういう時はパーティのリーダーである私が触るべきでしょ! 常識的に考えて!」
なお、他の宝箱からアイテムが出た際、しれっと確認係をシュッツに押し付けたのは、他ならぬリーダーのソアレであった。
あまりにも理不尽。
「っすぅ」
「まーたお嬢が燃えてら」
「何よ!?」
「何でもねーよ。終わったならさっさと辛気臭いとこ出ようぜ」
「煙草、吸いたいだけでしょ?」
「その通り」
「ムキー!」
幸先よく手に入れた銀箱、その中身はシュッツのものとなった。他に銅の箱は道中二つほど開封したが、怪我にかけると傷の治りがぐんと早まる薬と魔物にかけると魔物が「いでででで」と叫ぶ魔除けの水しかなかった。
鎧の性能次第だが、それ以外は間違いなく渋い戦果であった。
宝探しも楽ではなさそうである。
ひとしきり燃え盛った後、すっきりしたソアレは、
「ねえシュッツ」
シュッツに声をかけるとまだ何か言われるのか、と彼はびくりとする。
「此処ってもう、北の戦線からはかなり離れているわよね?」
それが普通の質問であったためシュッツはホッとして、
「ですなあ。それが何か?」
答えた上でその真意を問う。
「戦場から離れて、しかもドラゴンの目撃情報もない。そんな場所にオークが生えているのは何故なのかしら?」
「……確かに、妙な話ではありますな」
ソアレたちが此処に来たのは、何人も返り討ちになったという情報を聞きつけたからであった。道中も情報を漏らさぬよう酒場などの集会場へ顔を出し(主にシュッツとヴァイスが)、道すがら魔物関係の話は集めてきた。
だが、此処は北の戦場から離れ、上空から種を蒔かれた形跡もない。少なくとも今までと違い、そういう証言すらなかった。
「あー、噂じゃ南大陸の方にもオークが生えてたらしいな」
ヴァイスは思い出したかのように口に出した。
「は? 何処で聞いたの? そんな話」
「どっかの酒場。どこかは忘れた」
「い、言いなさいよ! そういうことはもっと早く!」
「今思い出したんだよ」
「む、ムキイイイイイ!」
(最近、一周回って面白くなってきたな、こいつ)
瞬間湯沸かしお嬢様、ソアレを見てヴァイスはしみじみ思う。なお、当然叱責に関してはちょっぴりも心に響いていない。
たぶん明日を待たずに忘れている。
「……つまり、我々は想定よりもずっと、後手であったと言うことか」
戦場回りをある程度クリアリングすればいい、そういう話ではなくなってきた。もしかすると北の戦場が停止したのは、すでに目くらましの役目を終えたから。
重要なのは戦場に注視させ、周りをおろそかにさせること、だったのかもしれない。女神の奇跡により、人は新たなる力を手に入れることが出来るようになった。
しかし、もしかするとそれでようやく足元が見えただけ。敵はもっと、遥か先にいるのかもしれない。
そういう、不安がかすかに過ぎった。
○
とある日の昼下がり、陽光降り注ぐ場所に妙な風体の人が立っていた。顔や手足には布が巻かれ、肌の色一つ見えない。その上、気温が高いと言うのに、幾重にも着込んだ姿は性別すらわからない。
見えるのは布の隙間より覗く片目のみ。
そんな珍妙な者は懐より種を取り出し、地面に撒き始めた。
「流れが良い、光も射しているから、此処だとよく育つ」
そんな後姿に、
「待て待て。其処な御仁、このような辺鄙な場所で何をしておる?」
声をかける男がいた。
着込んだ者とは対照的に、筋骨隆々の上半身を惜しげもなく晒し、威風堂々と仁王立つ。身体中に刻まれた傷が、男の戦歴を表す。
「種蒔き」
「隠し立てせぬ、か。よほど自信があるか、ただの馬鹿か……ああ、先に言っておくが……お仲間は全て俺が処理をした。この近辺の魔物は、貴様のみ、だァ」
男の烈気が迸る。
「……魔物」
対する珍妙な恰好の者は、
「嬉しいね、母様。ボクがそう見えるみたい」
覗く眼のみで語る。
歪み、笑う。それが男にも伝わった。
「魔物ではない、と? では人か、それとも天使か?」
「さあ?」
「まあよい。どちらにせよ現行犯。貴様を討ち、その蒔かれた種もすべて押し流す。我が名は『海侠』のジブラルタル。そしてこれが――」
男は唯一、身にまといし剣を抜き放ち、地面に突き立てた。
「覇海剣、カンドゥであるッ!」
ただそれだけで彼の周囲の地が裂け、水脈の存在しない場所から凄まじい量の水が噴き出してきた。
それが渦巻き、蛇の如し龍を生む。
「手加減無用。こちらも……手加減できぬ性質ゆえ!」
「……人間なのに強いね、母様」
珍妙な恰好の者は影より杖を取り出す。
「……む?」
それと同時に影が広がり、広がった闇の中より巨大な夜色の狼が溢れ出す。
『でも、所詮は人間』
「そうだね」
『壊しましょう、愛しい我が子』
「わかったよ、母様」
杖に影がまとわりつき、その先端から横に、大きく弧を描くよう陰の刃が形成される。ジブラルタル、と名乗った男は表情を険しくした。
どうやら、
「いい戦いになりそうだ」
相手は想定以上の強者。されど、男に退く選択はない。国一番の勇士、己が敗れたなら、誰がこれと戦うと言うのか。
男は笑みを浮かべ、剣を振りかざし、
「ならないよ。ねえ、母様」
それは闇の大鎌を振り上げ、
「メガ・タオ・ガデューカ!」
「メガ・ダーク・ルヴァンス」
濁流と闇が――衝突する。
○
世界に異変が生じている。
そんな時ソロは――
(俺の天才的閃きを見ろ!)
川辺に膝をつき、水面に触れた手から無詠唱で雷の魔法を垂れ流していた。その目的は、目の前で体をびくつかせながら浮かび上がる魚たち、であった。
やたらすばしっこいスティラおばさん特製の魔法生物どものケツを追い回し続け、ソロはようやく開眼に至ったのだ。
(だーはっはっは! 頭脳の勝利!)
そんな面倒なことしなくても、こうしたら効率的にたんぱく質(おさかな)が釣り上げられるのではないか、と。まあ、釣ってはいないが。
(今日も腹いっぱい喰うぞぉ)
この男、適応し過ぎて当初の目的などすっかり忘れていた。
これではただの魔法を用いたスローライフである。
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