第18話:勘と嘯き照れ逃げる
全てを掃討できたかはわからないが、日も落ちて視認も難しくなり撤収する。あらかたは片付いた、少なくとも視認できた魔物は全部倒したから。
ただ、
「結構討ち漏らしたかもね。かなり数が少なかったもの」
「かもなー」
「貴方がもっとしゃんとしていれば大勢逃がすこともなかったのよ。反省なさい」
「仕方ないだろー。気づかなかったんだから」
「本当にもう。ま、あとはこの国の人に任せましょ」
「そうそう」
戦場にいた数よりもかなり少なかったのは気になるところ。ソロに聞いても逃げるのに必死だったから気づかなかった、としか言わず、数が合わぬためはぐれが多く出た、と考えるしかなかった。
実際、はぐれがゼロでないのは事実であろうが。
なのでソアレは事情を理解しつつも少し怒っているのだが――
「……」
シュッツは疑問の視線をソロへ向ける。彼なら敵が少なくなることに気づいてもおかしくないし、その場合は気づかなかった、ではなく気づいていても手が回らなかった、一人では限界があった、そう言う気がする。
何よりも普段以上に軽薄なのも気になる。
まあ、彼が何も言わないので真相は闇の中だが。
「ん、何か騒がしくねえか?」
「あら、本当ね」
「むう。まさか残りがこちらへ来たのか?」
「それは、ないと思うけどなぁ」
「わからないでしょ! 急ぐわよ!」
仕切りたがりのソアレを先頭に騒ぎのする方、管理者を失った教会の方へ足を向ける。彼女たちが中に入ると――
「どうしてうちの子じゃなくて、そんな子たちを守ったの!?」
「そ、そうだ! 守るにしても優先順位があるだろうに!」
生き残った町の住人と、
「……んなこと言われても知らねえよ。教会に立てこもって、教会に住んでたんだからそうなるだろ。オレに言うな」
ヴァイスが口論していた。正しくは町の人たちにヴァイスが責められている、が正しいか。どうにも状況が飲み込めないソアレたち。
「あなたねえ! 本部のシスターだからってその態度は何⁉」
「あ?」
「ひっ。お、脅す気? 女神様がそんなことを許すと思うの!?」
「……知らねえよ。脅してねえし」
ヴァイスは面倒くさそうに頭をかく。まあ、彼女の態度もシスターとしてどうかと思うが、それにしてもこの確執はいったい――
「はいはいはい、ちょっと失敬」
「な、何なんだ君は!」
「そいつのツレで、そっちのツレでもある」
「あ、き、騎士様たちの」
一瞬、垣間見えたばつの悪い顔。
それをソロは見逃さない。と言うか、その前のも聞き逃していない。
「ヴァイス。間の抜けたお前に質問です」
「あ? 殺されてえのか?」
「その子たちの親は、何処におりますか?」
ソロはヴァイスの後ろで物陰に隠れている子どもたちを指さす。
「間抜けはテメエだ。この町にあの子たちの親はいねえよ。孤児だから教会が面倒見てんじゃねえか」
その言葉で、
「なっ!?」
シュッツが眼を剥いた。
「ほうほう。この町の孤児じゃねえの?」
「ガキどもに聞いたんだから間違いねえよ。結構出身バラバラだぜ」
「んで、ちみはそれに疑問を持たなかったの? わざわざ孤児集めて、世話して、それが普通だと?」
「……何か変か? 教会ってそういうもんじゃねえの?」
「ったく……で、町の皆さんに質問です。あんたらさ、何か知ってる?」
ソロは鼻で笑いながら、わかり切った質問を投げかける。この問答をしている間、目の端でずっと彼らの表情を捉えていた。
みるみると曇っていくそれを――それが答えである。
「し、知らない。教会のことは、何も」
「あっそ」
「そ、そもそもあなた方がもっと早く来ていれば――」
「おい」
ソロはため息をつきながら、
「あんたらは何も知らないんだろ? そんな中、この町で不幸な悲劇があった。でも、運よく生き残った。それで話は終わりじゃねえのか? 違うのか?」
とことん掘り下げたいのか、と言外に問う。
それで、
「そ、そうね、その通り、だわ」
「お、俺たちは帰るよ」
全部終わり。
町の住人たちはぞろぞろと帰っていく。
それを見送った後、
「で、再び質問です。聖庁本部のシスターであるヴァイスちゃんはなんの用向きでこちらへ派遣されたの? それとも飛ばされた?」
ソロがヴァイスに問う。若干呆れながら。
「あー……何か見に行ってこい、って」
「……気づけよ馬鹿たれ」
「んあ?」
ソロはため息を重ねる。相変わらずな、昔のツレを見つめながら。
○
「とっつぁん、なんかあったー?」
「うむ。こちらの隠し棚に帳簿があった。予想通りである」
「ひえー」
ソロも呆れるほどに予想通りの顛末。
要はこの教会、方々から良さそうな孤児を集め、世話をしつつ様々なお客様に見栄えをよくした子どもを出荷する、人身売買の拠点であったのだ。
おそらくは町ぐるみ。此処での儲けは町の方にも多少は還元されていたのだろう。だから大半は見て見ぬふり。一部は積極的に協力していたはず。その結果出た言葉が優先順位、である。売買される孤児なんか助けず、この町の子を守れ、と住人たちはそう口にしたのだ。
そんなことを教会の看板を使いやっていたのだから当然大きな問題となり、それを察知した聖庁が調査のためにヴァイスを派遣した。
そんなところか。
なお、本人は上手く丸め込まれていた模様。
「優しそうに見えたんだけどな」
「そりゃあ優しくするだろ。大事な商品だぞ」
「……むう」
「しっかし、煙たがられていたんだったら気づくだろ、やましいことがあるって」
「余所者相手だと普通かなって」
「……」
どこぞの山師が教会に潜り込み、その信用を使って金儲けを考えた。問題なのは結局、教会の数、規模に対して牧師やシスターの数が足りず、こういった人材を入り込ませてしまう教団のわきの甘さ、と言うことか。
まあ、よくある話と言ってしまえば其処までのこと。
「ねえ、私、この町で犠牲になった人たちに心を痛めていたのよ?」
「……」
「一生忘れないとか言って……この気持ち、どうしてくれんの?」
「……忘れなければいいんじゃね?」
「やり場のない怒りが私の胸を焼いているんだけど、そっちも焼いていい?」
「やーだよー」
「逃げるな!」
追いかけっこ、再び。
○
結局、子どもたちの処遇に関してはシュッツがケツ持ちをすることになった。実はシュッツ、私財を投じて孤児院を経営していたらしく、そちらの方へ子どもたちを送り届ける、と言う話になった。
旅の途中でアンドレイア王国に戻るわけにもいかないので、とりあえずはアンドレイア王国の同盟国であるこの国のシュッツの知人、の知人がいると言う都市へ向かい、その少し薄目な伝手を使って何とかしてもらう、とのこと。さすが元団長、何のかんのと手札は残している。
ただ、なんで孤児院なんかを運営しているのかをソロが聞こうとした際、
「ソロ」
「……」
いつもとは違うトーンで、ソアレが其処には触れるなと示したため、さすがに茶化す気も起きずに真相は闇の中となった。
人間、触れられたくないものは誰しもあるのだ。
そんなこんなで遠回りを挟むもある程度先行きも固まった頃、
「ソロよ、つかぬことを聞いてもよいか?」
「ん? そろそろ眠いけど、まあいいよ。面倒なのは無し、ね」
シュッツが突然、ソロへ質問をしてきた。
中身は、
「何故、あの時敵の総大将があちらの林にいると思ったのだ?」
戦闘中、突如離脱したことについてであった。
ただ何故、と聞かれてもソロは困ってしまう。
「勘だよ。なんかそんな気がしたからそうしただけ。もし外れても逃げりゃいいしな。けっけっけ」
「貴方ねえ」
同席しているソアレはソロの発言に眉をひそめる。
まあいつものことである。なおヴァイスはかなり眠いのか、同席しつつも頭がかなりの勢いで上下に揺れていた。
「まあ結果オーライだったんだからいいだろ」
ソロはこれでおしまい、とばかりに締めようとしたが、
「何故そんな気がしたのか、言語化できぬか?」
「えー、よくわかんねえし面倒くさいよ」
「頼む」
シュッツはなおも食い下がり、終いにはこうして頭を下げてきた。此処までされるとソロも逃げるわけにはいかなくなる。
困ったように頭をぽりぽりかいて――
「いや、何か最初から違和感があったんだよ。妙に動きが俯瞰的っつーか。だから一旦ステイした。どっかの馬鹿が加護をくれなかったのもあるけど」
「……ふが」
半分ほど寝た彼女に嫌味は通じず。
「ずっと引っかかりはあったけど、あっ、って思ったのはソアレが木にデカい炎をぶっ放した時かな」
「私?」
「そ。すぐ冷静に反撃してきただろ、相手。普通はさすがにもうちょいビビるだろ。そこにいるならさ。それ見て、いないって思ったから、たぶんそんな感じ。気づいたら走り出してた。暇だったし」
「森、林、まあどちらでもよいか。あそこに目を付けたのは?」
「戦場が見やすい場所だったから、かな? それも勘だよ。俺ならあそこから見るかな、って思ったから、まずそこに行ってみようってな感じ」
シュッツはある程度、何か確信があってソロが動いたのだと思っていたし、さほど驚きはなさそうに見えるが、逆にソアレはソロが存外理詰めで動いていたことに驚いていた。たまたま上手くハマったのではない。
きちんと考えを入れ、その上で勝機を掴んだのだと知る。
「探知魔法についてはどう対処したのだ?」
「それはトロ助、聖剣がちょちょいとね。一度やられたからさ。絶対破ってやるってやる気出しちゃって。あれを悟られず破った時に勝ちを確信したね」
「その場に敵がいる証左であったから?」
「それもあるけど、探知魔法で周囲を警戒しているってことは、それに何も反応がない限り警戒が薄いってことだろ? 下手に備えている奴ほど、何もしていない奴よりも出し抜きやすいんだよ。これ、スリの基本ね」
「……なるほど」
シュッツはソロの話を聞き、嬉しそうに笑みを浮かべていた。それがどうにもむずがゆく、ソロはかきたくもない頭をさらにぽりぽりかく。
「ま、無駄に偉そうなツラしたジジイだったしな。偉そうなやつは大抵安全圏にいるだろ? だから、そうするだろって思ったの。そんだけ、以上!」
照れたソロは無理やり話を終わらせる。
「ふはは、夜遅くまですまなかったな」
「ほんとだぜ。俺はこのアホ連れて寝るわ。おい、行くぞ」
「ふが……おんぶ」
「もう出来るわけねえだろ! サイズ差見ろや!」
「だっこ」
「腰いわすわい!」
ヴァイスと共にこの場を離れるソロを見送り、
「……ふふ」
シュッツは満足げであった。
確かに勘は勘であったのだろう。少なくとも今の今まで、彼はそれを言語化することもなく、何となくそう思ったから、だけで動いていた。
こうしてシュッツに促されて初めて、勘を紐解いたのだ。
その中身は期待以上であった。
頭の回転は速い早いと思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。さすが聖剣を抜き、あのルーナ・アンドレイアに見込まれた男である。
「見直されましたかな?」
シュッツは苦虫を噛み潰したような表情にソアレに声をかける。
彼女はふんと鼻を鳴らしながら、
「……少しだけね」
そう言った。
その素直でないようで素直な言葉を聞き、シュッツは相好を崩す。
前途は明るい、そう思えたから――
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