第19話:スカん

 聖庁本部のある都市まで向かう旅路。旅を円滑に進めるための巡礼札なるものを求めて、とのことらしいがソロは理解するのも面倒なので聞いてもいない。

 とりあえずは、

「ふがー」

「すぅ、すぅ」

 馬車を占拠している子どもたちを先に収めるべきところに収めてから、か。彼らをシュッツがアンドレイア王国で運営している孤児院へ送り届けるために、他の人の手を借りる必要があるのだ。

 その辺もまあシュッツ任せ。

「なあ、ガキはともかく、ヴァイスも昼寝してんのはおかしくねえか?」

「仕方ないでしょ。子どもたちがあの子の上で寝始めたんだから」

「……なんであいつはそれで寝られるんだよ?」

「知らないわ」

 御者はシュッツ、子どもの番はあんなのでもギリシスターのヴァイス。非戦闘時の役割がない大人、ソロとソアレの二人は地上で歩いていた。

 まあ少し前までは子どもたちが元気いっぱいに馬車と並走し駆け回っていたが、その結果が今である。

「もう少し急いでも構わぬか?」

 子どもの駆け足や、今はソロたちの歩みに馬車の足を合わせているのだが、ほんのり加速したいなぁ、とシュッツが問いかけてきた。

 無論、ソロ的にはNOである。

 でも、言い辛い。

 なので、

「俺はいいんだけどな。でも、お姫様にゃきついだろ」

 最悪のムーブを取る。相手に擦り付け作戦である。

 シュッツはため息をつく。

 この先の展開が、

「はあ? 冗談でしょ? 貴方と一緒にしないで」

「いやいや、俺はお姫様のことを思ってだな」

「シュッツ。子どもが起きない程度に馬の足を速めなさい」

 手に取るように読めてしまったから。

「し、しかしですな」

「命令よ。この野良犬に教えてあげねばなりません。体力すらも私の方が上なのだと。遥かに、圧倒的に、置き去りにしてあげますわ」

 こうなると抗弁しても無駄。

「おいおい、面倒くさいこと言い出すなぁ」

「逃げるの?」

「……ふー。どぶ底生まれ、どぶ底育ち、足を使って生きるしかなかった俺にお姫様が勝つ? 寝言は寝て言えや」

「上等」

 シュッツのため息と同時に、

「「……っ!」」

 全力ダッシュで駆け出す二人。シュッツは馬の足を速める。どうせ少ししたら体力が切れて、その辺に倒れ伏しているはず。

 とにかくあの二人、ことあるごとに反発するのだ。

 それこそ磁石のように――逆転してくっつく日は果たして訪れるのだろうか。

(なかろうなぁ)

 まあないだろう、とシュッツはさらにため息を重ねた。


     ○


 意地の張り合い、制したのは――ダブルノックアウトをしていたので不明である。厳密には倒れ伏した二人を回収したシュッツは知っているのだが、角が立つと言う理由でそれを口にすることはなかった。

 ちなみにどちらも勝ったと思っている。

(そう思うだろ、トロ助も)

『オイラも言わねえよ。どう転んでも面倒くさいし』

(どっちの味方だよ)

『オイラはオイラの味方だぜ、相棒』

(ケェ)

 ちなみのちなみに徒競走から一日経ち、現在一行は少し辺鄙な場所にある謎の遺跡に訪れていた。子どもたちは馬車でヴァイスとお留守番をしている。

 来訪の理由は――

「神聖な空気ね、シュッツ」

「その通りでございます」

「ここならあるわ。間違いない。私の勘が言っているもの!」

「ほんまかいな」

 この遺跡に女神が封じた武器がある、という噂があったのだ。せっかく道中、少し道を外れるだけで訪れられるのならば訪れぬ理由はない。

 三百年前の天と魔の決戦にて女神や天使、そして人の英傑たちが振るいし武器の数々。国宝のような扱いになったものもあれば、こうして辺鄙な場所に封ぜられ、だれも見向きもしなくなり忘れ去られたものもある。

 それを集め、必要とする者へ届けることもまた旅の目的である。

(どう思う、トロ助)

『んー、言わない方がドキドキすると思うぜ』

(その言い方だと……)

 ソロ的にはただの寂れたクソ田舎の、よくわからない謎の建造物としか思えないが、シュッツやソアレの表情はとんでもなく期待に満ち、女神への敬意に溢れていた。ちょっと育ちの差を感じる瞬間である。

 なお、

『あのデカい嬢ちゃんも興味なさそうだったよな』

(あいつはそもそも武器に興味がないんだよ)

『女神にも興味なさそうだしな』

(なんでシスターしてんだろうなー)

 本来、ソアレらと共に感動を共有すべき女神のしもべたるシスター・ヴァイスはこれっぽっちも興味なさそうで、馬車で休んでいると欠席を表明していた。

 ソロもあまり興味がない。

 そもそもソロにはトロがいるし、他の者に武器を送り届けると言うのも正直あまりピンと来ていなかったのだ。

 それ、そいつらが取りに行けばいいじゃん、と思ってしまう。

 自分たちがやることか、と。

 まあさりとて、他に建設的なやるべきことがあるわけでもないので、魔物退治と一緒に付き合っているのだが――

「あったわ! 宝箱よ!」

「御手柄ですぞ、ソアレ様!」

「まじ?」

『宝箱に封印ってのがなんつーかベタよなぁ。女神もさあ』

 ソロたちはソアレの声がした方へ近寄っていく。確かに彼女の言う通り宝箱があった。祭壇と思しき場所の一番目立つところに。

 何というか、

(これさ、今の今まで誰も見つけてないとかある?)

『オイラみたいにチェンジできなきゃまず無理でしょ』

 これが未発見なわけなくない、と言う感じであった。

 そして実際、

「……からっぽ」

 その宝箱には何も入っていなかった。

 と言うか、

「む、手紙が入っておりますぞ。なになに……火急の事態ゆえこの地とは縁なき身であるが宝剣、お借りいたす。……シュラ・ソーズメン」

 先客が回収済みであった、と言うだけ。

「え、シュラってあの⁉」

「でありましょうな。なるほど、先客がおりましたか。魔王軍の侵攻に危機感を抱いていたのは、我々だけではなかったのですなぁ」

 どうにも有名人らしいがソロは当然知らない。

 どちらにせよ徒労であったと言うだけ。

(同じことを考える奴はごまんといる、か)

『ま、そりゃそうだ。平時ならともかく戦時なんだから』

(これからも外れ引き続けそー)

『時間が経てば経つほど、先客はどんどん来るだろうしな』

 正直、元々あまり乗り気ではなかったが、この女神の武器探しに関しては本格的に考え直す必要があるのかもしれない。

 自分たちがやらずとも他の誰かがやる。

 戦場だけではなく魔の木オークの存在もある。必要は、需要は世界中にあるのだ。これからもっと増えてくる。

 雲をつかむ話であろうとも、それを掴みに行く者はどんどん増えてくるだろう。人が群れを成し、人海戦術となる。

 そうなれば――

『ま、でもこれやめるとやることねーし、戦場連行かもよ?』

(おっとぉ。やっぱあれだな、取りこぼしがあるといけねーし、前向きにやらんとな。何事もやる気、根気、何とかだよ、トロ助くん)

『けけけ、わかりやすくていいねえ』

 戦場行き、それは嫌なのでソロは徒労でも今のままでいいや、と結論付けた。

 そも、

「ってかさ、とっつぁん」

「む? なんであるか?」

「そもそも今の戦場ってどうなってんの? 北のさ」

 よく考えるとソロは戦場がヤバい、と旅の始まる前に聞いただけで、それ以降どうなっているのか全然知らなかった。

 興味もなく知ろうとしなかった、が正しいが。

「ううむ。某も詳しいことは知らぬのだが……当時の切迫した状況を想うと、どうにも本国がのんびりした空気に見えたのは気になるところ」

「ソアレは知らんの?」

「知らないわよ。誰が王女であった私にそんなこと漏らすと思うの?」

「知らんよ、お姫様事情なんて」

「まあでも、一応耐えてはいるんじゃない? 全滅していたらさすがに私の耳にも入ってきているでしょうし、兵士たちが戻ってきている様子もなかったから」

「……某の手落ちでしたな」

 もう少し本国で情報収集をしてから旅立てばよかった、と今更ながらシュッツは後悔していた。ソロの疑問も尤もな話。

「子どもたちのことついでに少し探りは入れてみましょう」

「頼むわね、シュッツ」

「お任せを」

「次の場所は当たりだといいな、とっつぁん」

「……ここはとっておきだったのだが」

「あ、そうなんだ」

 駄目そう、と率直な感想が口に出そうになったが、さすがにソロは空気を読んでお口を閉ざす。スカだった上に追撃をしては、シュッツも立ち直れなくなってしまう。

 シュッツにはしっかり気を回すことのできるソロであった。

 ソアレにはしない。ヴァイスにもしない。

 ソロの中にも人間ランキングというものがあるのだ。

 非公開である。


     ○


 魔界、魔王城、如何にもと言った見た目でおどろおどろしい雰囲気であるが、そもそもこちら側におどろおどろしくない場所があるのか、と言われたなら誰もが口を揃えてこう言う。「ない」と。

 この赤茶けた世界は、相争うように生み出された闘争の獣たる魔物たちは、創造神によってそう造られたのだから。

 ゆえに――

「おやおやァ、最近景気はどうですかァ? 『竜魔大征』殿」

「……何も変わらぬとも。『堕天』の」

 三百年前彼らは反旗を翻したのだから。そして今もまた、名目上は蒼き大地であるアスールを求め、侵攻を開始している。

 開始しているが――

「ですねェ。部下の『黒天』くんもお変わりないようで……何かご存じですか?」

「報告はない」

「監督不行き届きですねえ。元四天筆頭、竜族の総大将であった『竜魔大征』殿への報連相を怠るなど……よろしくないですよォ? 今はもう、竜族は別に特別ではない。竜の女王は、女神相手に敗れ去ったのですからァ」

 現在の魔王軍では同等、『竜魔大征』、『堕天』どちらも四天王である。

 白スーツをぴっちりと着込む人型、もう片方は白衣を着流す人型。高位の魔物は天使同様、人型の形態を持つ。

 いや、厳密には正しくない。人型ではなく、女神型、創造神である彼女が自分を模した形態を与えた。人もそう。

 まあされはさておき――白スーツの男は白衣の男の安い挑発に対し、怒気を放つことなく流した。この男の露悪的な言葉にいちいち反応していては相手が喜ぶだけ。

 それに言い方はともかく、戦いを仕掛け敗れ去ったのは事実。

 魔を統括した竜王、彼ら四天を中心とした軍勢であったのだから、今の待遇も納得はともかく理解はしている。

「何故かどこぞの山に巣を造り、其処から動いておらぬようですよ。不思議ですねえ。不覚傷でも負ったのでしょうかァ?」

「……急ぎ動くよう伝えよう」

「ああ、結構ですゥ。ただでさえ戦力が足りぬ竜族をこき使うのは心が折れますから。此処は魔物の末席、新参者の我々にお任せあれ。すでに我が軍団長を派遣しておりますし、よき実験の機会ですので、ねェ」

「……わかった」

 そう、実は魔王軍は軍団長『黒天』のフェルニグ離脱により、一時進軍を停止している状況にあった。その理由は定かではないが、戦場で片眼を失ってから彼の行動には謎が多い。極めつけの引きこもり、いったい何があったと言うのか。

 まあ、

「実験とはなんだ?」

「武人が知る必要はありません。んま、陛下と我々の戯れですとも」

「……承知した」

 竜王を欠き、三百年空座であった魔王の席。そもそも彼女が絶対的な力を持っていたから、魔王というものは成立し得た。

 今の魔王は強いのか弱いのか、それすら誰にもわからない。

 ただ、

「ふっふっふ、楽しくなってきましたねェ」

「……」

 あの『堕天』を中心とした一派が今の王を掲げ、魔物が持たなかった術理を用い、再び魔王軍を結成するに至った。

 今の王は謎が多い。

 四天王でも素顔を知る者は『堕天』のみ。

「……好かん」

 力を重んずる魔物にとって、決して彼らは好ましくない。それでも天を討つ、その一点において彼らの叡智は魔物にとっての希望でもあるのだ。

 この争うために生まれた土地からの解放。

 全ての因果が収束する創造神、女神を討たねば彼らは何も始まらない。

 その目的自体は三百年前と何一つ変わらぬのだ。

 聖地奪還。かつて気まぐれに奪われた蒼き大地を、蒼き空を取り戻す。

 ただ、それだけ――

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