第17話:はぐれ狼
木の下に、魔物の巣に足を踏み入れた彼らが見たのは――
「なんと」
「……小癪じゃない」
岩魔法を用いて作られたのか、石造りの通路が整えられた迷宮であり、要塞と化した巣であった。示威行為として表に陣を敷いていたが、本気で互角近い戦力とやり合う時は、こちらに退いて迎え撃つことを想定していたのだろう。
「何重にも折り返すのは敵の勢いを削ぐためでしょうな。よく実戦を想定した国境沿いの城塞に用いられる構造です」
「……こっちには隠し通路があるわね。背後を取って挟むため、でしょうね」
「はえ~」
シュッツとソアレは敵の本拠地、その創意工夫を凝らした造りに、想像を超えた技術力に顔を歪めていた。なお、ヴァイスはどんなもんかと石造りの壁を叩き、ぶち抜いてしまい勝手に驚いている。手持無沙汰なのだろう。
ソロが敵将を討ち取っていなければ、例え戦闘を優勢に進めたとしても最終的にはこの要塞での消耗戦を強いられていたのだ。
潤沢な戦力をぶつけた方が厄介な敵であったか。
ソロの機転は存外、多くの人を救ったのかもしれない。
「どんと奥に構えられた方が厄介でありましたな」
「なんでそうしなかったのかしら?」
「……相手はソアレ様の気性を知りませんし、こちらの大規模魔法を警戒したのやもしれません。それが仇となったわけですが」
「なるほどね……私の気性ってどういうこと? 短気とかじゃないわよね?」
「も、もちろんであります」
ソアレの性格的に人質、彼らにとってはただの生贄でしかないだろうが、木の下に人がいる可能性を残す以上、それごと全部を焼き払うことなど出来なかった。事前に下に人が集められているという想定がなければ、そもそもあの一撃を本拠地に向けることすらしなかっただろう。
ただし、それを敵は知らない。メガ級以上を一応想定し、本陣から離れて万が一のために保険をかけておく。
それは道理であろう。
何故、ソロがそれに気づいたのかはわからないが。
「おい、何か来るぞ」
「そのようで」
「よし!」
あとで本人に聞いてみよう、と思いシュッツは切り替えて前に進み出る。
他二人も同様に。
「「「へげ⁉」」」
前衛三枚、閉所、何も起きないはずもなく――無事彼らは敵を前にしてふん詰まる。身を守るべく襲い掛かろうとしたゴブリンが呆気に取られるほど、それは見事なふん詰まりであった、とお空の上へ旅立った目撃者のゴブリンたちは後述する。
天に召した後、
「パーティバランスが悪いのよそもそも。前衛三枚どころか四枚よ、あの男がいたら。ゴブリンどもよりもずっと頭の悪い構成じゃない?」
「それはそうなのですが、ヴァイス殿は成り行き、ソアレ様は勝手について――」
「ア?」
「いえ、なんでもないです、はい」
醜態をさらしたことに憤慨するソアレであったが、シュッツの言う通り彼女はむしろ勝手についてきた側である。
まあ、バランスが悪いのは否めないが。
これから今回のように表で、広い空間で存分に戦えるようなケースばかりとは限らない。むしろ、彼らの巣で戦うことも多くなるだろう。
前回のそれよりも随分立派な造りであるが、其処はやはり地下空間。手間暇をかけたとて精々前衛は二枚程度。あとは後方警戒ぐらいしか出来ないのもまた事実。
と言うか攻城戦を想定した拠点とはそういう造りであるべきなのだ。あえて閉所を作り、多勢を封じてこその要塞と言えよう。
などとシュッツは一人考えこんでいた。
職業病である。
○
『相棒、やべーぞ!』
「今度は何だよ!? さっき足の速い奴らは対応しただろ!」
絶賛逃亡中のソロとトロ。先ほどは足の速いゴブリンが陣形を組み、スリップストリームなる小癪な技を用いて追いついてきたのだが、冷静に考えたら突出して追いついてきた、要は勝手に孤立したゴブリンの対処など楽なもの。
あらよっと、と楽々天に召し逃走も楽になったはずだった。
だが、
『ゴブリンども、どうやら疲れてきたらしい』
「いいことじゃねえか」
『馬鹿たれ! 後ろ見ろ、後ろ』
「ん?」
追いかけても追いつかない。疲れた、それよりも飽きたのか、それともそもそも何で追いかけているのかを忘れたのか、ゴブリンたちはどんどん足を緩め、止め、方々に散らばり始めていた。
このままでは、
『野生化するぞ! もう飼い主はいねーんだから』
野良化し、あちこちに散らばったゴブリンたちが悪さを始める。ちなみにソロたちは知らないことであるが、魔の木から生まれた魔物はその木の影響下にある限りは補給を要しない。木が生命力を分け与えるのだ。それが戦術的強みである。
ただし、母なる木を失えばただの魔物。女神は魔のモノを創る際、闘争本能を掻き立てるために多くを肉食とした、と言われている。
ゴブリンたちも例に倣い、肉食。ことさらに人間を趣向するわけではないが、他の動物同様人間も食事の対象となる。
「……あれ、もしかして結構ヤバい?」
『まあ無視する手もあるけど、たぶん人死はバンバン増えるんじゃねえの』
「……んがー! 面倒くせー!」
本来のソロは其処まで知ったこっちゃない、と放り出す性質である。勝手に身を守れ、其処までは責任取れんし、取らん、と。
だってお前らも俺がキッズの頃守っちゃくれなかっただろ、と思うから。
しかし、脳裏に宿るはルーナ・アンドレイアの姿。自分は彼女に守られた命である。彼女なら絶対に見逃さない。見捨てない。
柄じゃないのはわかっている。
でも、そもそもこの旅に同行していること自体がもう――
「トロ助! はぐれからやるぞ!」
『惚れた弱みだねえ』
「う、うっせ、そんなんじゃねーから!」
『へいへい。んじゃ、一丁やりますか。たまにゃ、聖剣っぽく』
「勇者っぽく、な。クソ……似合わねえ!」
ソロはぎゅるんと回頭し、急旋回しながらはぐれ者を追う。自分をまだ追っている奴は後回しで良い。
「プロク・ボール!」
火の玉をぶん投げ、注意をそちらに向けさせる。
そしたら抜き足差し足全力疾走で背後を取り、
「1」
首を刎ねる。
『2、3、4!』
素早く、それでいて音もなく、
『んー、やっぱこういう動きはオイラが相棒に合わせた方がイイんだよなぁ』
処理していく。
そしてすぐ、草や遮蔽を使って姿をくらます。
この時、剣を振るなどの所作はトロが担当しソロはお任せ、逆に足回りはソロが主となりトロがアシストに回る。
ソロがトロによるブースト、その速さに慣れてきた以上、それが今の最善の形であったのだ。元々、足回りの技術自体は自称凄腕の盗人であるソロの方が練達。
何よりも――
『おっ、今ハマったな』
「動きがシンクロするとぐんと良くなるな」
『本来はこういう使い方よ、オイラ』
「んー、成長してんね、俺も」
二人の思考が、動きが重なった時、お任せの時よりも段違いに動きが良くなるのだ。今はまだ、たまにしか起きない会心の動き。
これが常時出せるようになれば――
「面倒くせーがやるぞ!」
『あいよー!』
ひと振りのみが知る。たった一人の時の、誰にも見られていない時のソロを。周りに人がいる時は絶対に見せない貌。
どぶ底の、たった一人の王国の、王様であった頃の貌。
一匹狼、孤狼であった頃の――彼は普段戦いを選ばない。戦いを最終手段としている。しかし、別に、闘争が不得手であるわけでは――ない。
○
本拠地に残った戦力はさすが用意周到な敵だけあり、それなりの戦力を残していたが、やはり統率者を失った烏合の衆相手で、しかも散発的な遭遇戦となると個で圧倒的に勝るシュッツらが轢き殺して終わる。
最終的にはシュッツが前でメイン盾、ソアレがその後ろから炎をぶちまかし、ヴァイスは背後を警戒しながら加護をかけるバッファーとなる。
大変合理的な編成に落ち着いた。
そして、
「た、助かったのか?」
「よかった、本当に、よかった」
「おお、女神よ」
かなり数を減らしたが町の人も助けることが出来た。ただ、教会の関係者、牧師やシスターはすでに生贄となっており、帰らぬ人となっていた。
特にシスターは、
「ヴァイス、どうしたの?」
「見ない方が良いぜ」
丁度、生贄にされたばかりであったのか、葉の上で腹を引き裂かれて、自らが生んだ血だまりの中で息絶えていた。
凄絶な表情で――
「……ひどい」
「ガキどもに親身でさ。オレはあんまり歓迎されてなかった気もするけど、まあいい奴だったんだと思う。牧師も……周りから慕われていたしな」
「……そう」
許し難い、胸に込み上げてくるものをソアレはぐっと飲み込む。生き残った町の人たちも最初は救われたことに喜んでいたが、少しずつ失ったものに、その大きさに悲しみを、やり場のない怒りを抱いていた。
町の人々を救出し、ソアレが木の本体を焼き滅ぼす。
蒼き炎が、敵の巣を駆除した。
しかし、其処で失ったものは返ってこない。生贄として使われ、血を絞り尽くした者たちは肉を食われ、骨だけとなっていた。牧師もそうなったのだろう。
もはやそれを知る術すらないのだが――
「シュッツ」
「はっ」
「私は必ず、この光景を忘れないわ」
「……」
蒼き炎にて送る。
せめて、あちらでは健やかであるように、と祈りを込めて――
「おいこら! まだ終わってねえぞ!」
そんな感じでしんみりしていたところに、滝のように汗を流しながら息を切らせまくるソロが現れる。
「お、俺一人じゃ、さすがに手が回らねえ。手、貸してくれ」
「ええ。シュッツ、行くわよ! ヴァイスは町の人を頼むわね」
「御意」
「おう」
ソロのヘルプを受け、ソアレとシュッツが援護に、ヴァイスが町の人たちを連れて戻ることにした。
やる気満々のソアレらを尻目に、
「珍しくマジだな」
「ひー、ひー……たまには運動しないと、な」
「へっ」
ヴァイスは普段へらへらしている男が本気の片鱗を見せたことを感じ取り微笑んだ。この男はなかなか本性を見せない。一人の時間が長過ぎたから。
それなりの付き合いである自分にもほとんど見せたことがないのだ。
「よかったな。汗流したおかげで髪型だいぶ戻ってんぞ」
「え? ほんと? やったぜ」
だからヴァイスは彼に、不真面目な働く理由をくれてやった。そちらの方がきっと、この男にとってはやりやすいだろうから。
「行くぜトロ助! アフロ解消のために」
『おー!』
あとであれ、汗じゃなくて水浴びした方が早くない、と気づくが後の祭りである。彼らは分担し、最後の締め作業に入る。
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