第16話:じゃじゃじゃじゃーん!

「……何も起きぬ、だと?」

 撤退のタイミングに合わせた強力な岩魔法による隆起、地割れ、それにより分断されたことでメガ級の魔法が来る、と身構えていたのだが一向にその気配はない。

 土煙が収まり、視界が元に戻ると――

「……どうなっておる?」

 シュッツが眉をひそめるような状況となっていた。

「――ブレイド!」

 蒼炎をまとわせた剣を振り回し、自身を挟んでいた岩を切り崩し脱出したソアレも見る。敵の軍勢が何故か機能停止し、動きを止めている光景を。

「どうなってんだ?」

 自身に覆いかぶさっていた大岩を片手で持ち上げ、ぶん投げながら地中から這い出てきたヴァイスも驚く。

「貴女の筋力がどうなってんのよ?」

 驚くのはこっちである。

 さすがに魔法無しで、その芸当をする方にソアレはツッコんでしまう。

「普通だろ?」

「……」

 小首をかしげるヴァイスに対話は不可能とソアレは言葉を失った。

 と言う冗談はさておき、

「どうなってんの、シュッツ」

 此処は敵から見れば好機である。誰もが(何も考えていないヴァイスを除く)岩魔法を受け、察した。ソロの報告にあったメガ級が来る、と。

 しかし、それは来ない。

 それだけではなく軍勢自体が停止していた。自分たちを発見し攻撃しようとする個体はいるが、明らかに先ほどまでのような連携されたものではなかった。

 群れ単位の動きがない。

 特に後列の魔法部隊に関してはどうすればいいのかわからず、ただただ狼狽えているように見えた。

「わかりませぬ。何かが起きた、としか」

 シュッツも、ソアレも、当然ヴァイスも何一つ状況がつかめない。

 そんな中――


「ちゅうもーく!」


 戸惑いの空気を裂き、一人の男の声が戦場に響き渡る。

 男は何か洒落た、何処かサタデーがナイトしてフィーバーしそうなポージングにて指ではなく自慢の剣を掲げる。

 その切っ先には、

「お前らのボスは俺がぶっ殺した!」

 敵の群れの長、小鬼の王の首があった。

 かつて勇者と嘘をついた男と聖剣を騙る魔剣、その一人とひと振りが今、燦然と輝いていた。男の名はソロ、アフロである。

「ぎッ⁉」

「いッ⁉」

 敵中に激震が走る。シュッツ、ソアレ、ヴァイスも驚愕する。

 何しろ彼らは敵のボスが木の下にいると思っていたし、ソロが加護を貰えずに拗ねて去ったとも思っていたから。

 二重の驚愕。

『相棒』

「わかってるって。任せな。すぅぅぅぅうう」

 さらに畳みかけるように――

「やーいやーい! お前の母ちゃんうんこたれ!」

 まさかの暴言を敵の群れに投げつけた。古来より、悪口とは戦場において伝統的な戦術として確立された、立派な兵法とされていた。さすがソロ、無教養ながらその境地に辿り着いていたのか、などとは誰も思わない。

 なお、

「ぎ?」

 何一つ通じず。

『相棒、あいつらの大半は母ちゃんが木だ。うんこはしねえ』

「くっ、しまった。なら……ボケェ! カスゥ! ブースブース!」

『語彙力ぅ』

 ソロ、渾身の罵倒はあまりの語彙力の低さに誰もが目を覆うような凄まじい空気を戦場に形成していた。

 特に、

「シュッツ、あいつさすがにクビでしょ」

「ぶ、武功は、その、ありますので、そのぉ」

 窮地に駆け付けた姿に、声に、ほんの少しだけ姉と重ねてしまった自分が許せず、その怒りを自分とソロへ向けているソアレの眼は地獄のような色をしていた。

 シュッツも褒めていいのか、苦言を呈した方がいいのか、混乱してしまう。

 やりたいことはわかる。

(それ自体は、ううむ、機転が利いておるのだが……語彙とやり方が)

 ソロの狙いを察し、それ自体には唸るシュッツであったが、今一歩惜しいと感じてしまう。あと少し、ソロに品と語彙があったなら――

「ぶ、豚っ鼻!」

『相棒、ゴブリンどもにとって鼻はぺちゃんこの方が良いとされる。それは褒めている。ほら、何匹か照れてんぞ。よせやい、って』

「マジかよ。つか、言葉は通じていたのか」

『しゃあねえ。オイラがとっておきの罵倒でキメてやる』

「トロ助、頼りになるぅ」

『へへ、当然だろ。では、身体を拝借』

 ソロ(トロ憑依)が大きく息を吸い込み、


「ハーゲ!」


 禁忌に触れた。

「!?」

 ゴブリンたちの表情が一斉に劇画調となる。人も魔も関係ない。容姿弄りは最低の行いである。その中でも頭髪は比較的に個人の操作、努力が効果をもたらさず、遺伝的要因の中でも特に手の施しようがない、抗えぬ生命の宿業である。

 ゆえに――

「ギャァォォォォオオオオン!」

 怒りが爆発した。

『来たぜ、相棒!』

 ようやく釣れた。しかも爆釣である。怒れる小鬼たちは戦列など知ったことかと怒号と共にソロの方へ押し寄せてきた。

 あとは逃げるだけ、だけ――

『相棒?』

「俺もさ、たまに思うんだよ。いつか、クるのかなって、さ」

『人はいつか死ぬ、そうだろ?』

「……うん」

 トロ渾身の罵倒はソロの胸にも突き刺さっていた。それでもソロは走り出す。アフロをたなびかせながら――

 だって、

「にしても」

『おん?』

「すげえキレてんね」

『おん』

 普通に怖いから。


     ○


「……」

「……」

「……」

 ぽつん、と残った三名。

 あとは全部ソロが釣り出し、何処かへ走り去っていった。あれほどに緻密な、人の軍隊かと思うような緻密な戦術を使ってきた相手が、ボスを失うことで此処まで原始的な群れへと変貌するとはさすがに想像の外側である。

「ま、参りましょうぞ」

「え、ええ」

「く、ははは、ソロのクソ野郎がいるって感じだな」

「……昔からこうなの?」

「おう。悪知恵コネさせたらあいつの右に出る奴はいねえよ」

「……」

 格好はともかく、彼らの機転がなければ撤退すらままならなかった。下手をするとここで全滅もあり得た。少なくとも岩魔法を喰らった時点でそれを覚悟した。

 だが、ソロが一人で全部ひっくり返したのだ。

 格好はともかく。

(ルーナ様ならば力で切り開いた。ソロは機転で切り開いた。どちらも、某には出来なかったこと。それにもし、其処に力が備われば――)

 シュッツは身震いする。すでに勇士として完成していたルーナとは違い、ソロはまだまだ成長途中。むしろ成長を始めたばかり。

 これからの、希望たり得る人材である。

 いや、本当に望むのは――

(あの二人が並び立つ、さすれば無敵であった。そんな気すら、する)

 シュッツは妄想を振り払い、敵の中枢である木の方へ歩みを向けた。


     ○


「はっはっは! 逃げ足で俺たちが負けるかよ!」

『いよっ、前進より後退が似合う男!』

「褒めるなって」

 鬼の軍勢を引き連れながら適当に逃げ回るソロとトロ。しばらく敵を連れ回して、頃合いを見計らい振り切ればそれで終わり。

 簡単なお仕事である。

 しかし、

『やべえぞ相棒』

 トロは楽勝コメディムードに似合わぬシリアスな声でソロへ語り掛けた。

「何が?」

『何匹か、明らかにやべーのがいる』

「またまた~」

 振り返ったソロ。その目に飛び込むは、

「だ、ダニィ⁉」

 やたらとフォームの綺麗なゴブリンたちであった。スプリンターのような軸の整った姿勢に、美しいストライド。

 ゴブリンならがに股で来いよ、と思うが現実に彼らは足が速かった。あと何故か他のゴブリンよりもやたら足が長めでもあった。

 ちな、種族は全部一緒。個体差である。

『し、しかも風除けを使って……あれはスリップストリームだ!』

「……なにそれ?」

『なんかスピードが上がる! あと後ろは体力も温存できる! たぶん!』

「やべーじゃん!」

 意外とこの追いかけっこ、接戦の様相を呈していた。

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