第15話:王道って言ったら王道なの!

(ソロは仲間を見捨て、逃げるような男ではない。此処まで旅をして、多少人となりは掴んだはず。ただ、ただ――)

 シュッツの脳裏に浮かぶたった一つの理由。

 それが彼の確信を、ソロへの信頼を揺らがしていた。

「あんな男いなくても私たちで充分よ!」

 ソアレは鼻息荒く、すでにこの人数でもやる気満々である。鼻息に蒼い炎が混ざる程度には、怒りメーターが吹っ切れていた。

 まあ、それも当然のことであるが。

「おい、そこの女ァ!」

「私、ソアレ・アズゥという立派な名前があるんですがぁ?」

「……?」

 特に煽るつもりもなく単純に礼儀がないヴァイスと度量ゼロのソアレ、秒速で仲違いしながらも一応、現在進行形でしっかり戦い続けている。

「で、なに⁉」

「あー……ソロのやつとはどんぐらいなんだ、付き合い」

「今、途切れたばかりよ? 次に会ったら命も途切れさすけどね」

「……こっちはいいか」

 昨夜のフォロー含め、多少つながりがあるのかと思ったが、どうやらそういう気配は微塵もない。むしろ敵同士にすら見える。

 と言うわけで――

「おっさんは?」

「む、そうであるな。ざっくり三月ほどであったか」

「……その間結構上手くやってたか?」

「おそらく、それなりには」

「なら、大丈夫だ」

 ヴァイスは確信を持つ。自分はさておき、三か月ほど一緒にいたシュッツに関してはそれなりの付き合いと見た。

 ならば、

「あいつはクズで酒にも女にもだらしねえどうしようもない野郎だが……仲間と見做した奴は裏切らねえ。そういうやつだ」

 ソロは絶対に裏切らない。いや、裏切れない。

 冷徹になり切れない。明らかに足を引っ張るだけの存在、しかも赤の他人を抱えて、生き方を変えるぐらいには――

「ほ、本当に?」

「たぶんお前は範囲外だ」

「範囲外で結構よ!」

 ヴァイスの強い言葉。確信に満ちたそれを疑うソアレに、ヴァイスはお前はどうでもいい、と返した。

 ただ、姉の方には何か思うところはあるのだとは思う。

 こいつではない。重ねて言うが。

「しかしだな」

「あん? 信じられねえか? ま、それもいいんじゃね? 別に――」

「裏切りはない。それはわかる。が、拗ねていたら……どう思う?」

「「拗ねる?」」

 ヴァイス、ソアレ、二人の頭に疑問符が浮かぶ。

 拗ねるとは何ぞや、と。

「加護、一人だけ付けてもらえなかったから」

「「あっ」」

 シュッツの懸念、それが二人の中にあるソロのイメージ、それにピンときた。ピンときてしまった。

 加護を一人だけ貰えず、仲間外れにされた彼は拗ねて帰った。

 これは、

「ど、どうであるか? 知己の観点から言って――」

「……たぶん逃げたわ、あいつ」

 確信がぶっ飛ぶには充分過ぎる理由であった。

「そうよね⁉ すごくイメージ通りだもん」

「やっぱあいつ、クソだな」

「まあ、貴女が加護を付けてあげればよかっただけな気も……」

「……」

「ま、まあ私たちで勝ちましょう! どうせこの乱戦だと……意外と小回り効いて役立っていたかもしれないわね」

 ソアレの脳裏に浮かぶのはあのスケベな一騎打ち。全て納得したわけではないが、魔法無しであの機動力は素直に素晴らしいと思う。

 機動力を生かし、戦場を荒らし回る。

 実は結構役立っていたのでは、と今更ながら思うソアレであった。

「あいつ、喧嘩したとこなんて見たことねえけど」

「聖剣が強いのよ」

「……ケチらずにつけてやればよかったな。三人も四人も変わらねえし」

「……そうね」

 まあ、仲間外れに拗ねた結果と確定したわけではない。

 したわけではないが――


     ○


「やっぱさ、加護つけてくれねえのはなしだろ!」

『まあまあ』

 実際、バチバチに根に持っていた。そんなソロは今、えっちらおっちら走っていた。加護があったら少しは楽なのに、と考えながら。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

『任せとけい。オイラは同じ轍は踏まねえ。相棒の髪を生贄にしたしな』

「死んでねえよ? アフロになっただけだが?」

『ダメージヤバそう』

「う、うう……それ以上は、やめてくれぇ」

『泣くなよ、相棒。男の子だろ?』

「……うん」

 そんな小芝居をしながら走る彼らは、戦場から大きく外れた場所を走っていた。客観的に見て、がっつり逃げている。

 言い訳の余地が無いほどのバックレであった。


     ○


「はぁ、はぁ、どんだけ、いるのよ!」

 ソアレがうんざりするほどの敵戦力。どれだけ頑張って削っても、あの木から続々と湧き出てくるのだ。第二陣、第三陣、第四陣と。

 しかも炎の魔法が通り辛い魔法ばかりで攻撃してくる。

 その分、シュッツが少し楽になったのだが、彼は本来メイン盾、守ることに特化した魔法であり、広範囲かつ高威力の魔法を持っていない。歴戦の勇士らしくうまく戦っているが、あまり彼の強みは出ていない状況であった。

 あともう一つ誤算であったのは――

「はぁー、はぁー、はぁー」

 シスター・ヴァイス、あれだけのパワーを持ちながらも体力がそんなにない。ヤンキーは体力ないんだよ、と言わんばかりの醜態をさらしていた。

 もう誰がどう見ても失速している。

 あと加護も切れていた。便利でありがたかったのだが、今の青息吐息の彼女にそれを求めるのが酷なのは、さすがのソアレでもわかる。

「……シュッツ」

「……そろそろ、でありますな」

 ソロがいれば、そういう次元の話ではない。統率の取れた魔物の群れ、群れと言うよりも軍隊か。一匹一匹は弱くとも、効率的に運用されるとここまで厄介なのか、と頭が痛くなる。この群れと正面からやり合うにはそれなりの人数がいる。

 同じく軍隊をぶつける必要がある。

 そして、それなりの犠牲を払う必要も――

 それがわかった。

「シスター! 撤退するわよ!」

「あ? 何言ってんだ?」

「息切れまくっているでしょ。もう限界よ」

「馬鹿が。喧嘩はな、こっからなんだよ」

「馬鹿はどっちよ!」

 かなりの数は倒した。ただ、シュッツとソロの話ではあの木がある限り、戦力の補充は出来るという。

 なら、次はこれ以上を想定する必要がある。

 この国の軍に、それを伝えねば――

「退きますぞ!」

「了解」

「ちっ」

「シュッツの言うことは聞くのね⁉」

 三人が撤退の構えを取る。

 その瞬間、


「ガ・ローカ・ブレークン」


 何処からともなく魔法が放たれ、地震と共に三人の足場が砕け、隆起し、割れ、何よりも土埃で三名の位置取りがわからなくなる。

「一生の不覚!」

 敵にメガ級の魔法があるのはソロが事前に調べてくれていた。退き先に打たれることは想定していたが、一発ぐらいなら自分の魔法で全員を守ることが出来る。そう思っていたのに、これでは誰をどう守ればいいかわからない。

 拙い、シュッツは顔を歪めた。


     ○


「ぎゃぎゃぎゃ、阿呆が。それだけ悠長に戦っておればのぉ、何か策があることぐらいはわかるわい。が、させん。奇襲に、奇襲を畳みかけ、終わりじゃあ!」

 小鬼の王は高笑いしながら、


「メガ・プロク――」


 下等生物人間を、最大火力にて打ち倒す。誰かは生き延びるかもしれない。あの炎を操る者など、火に対しては相当造詣が深いと見た。

 が、精々がガ級程度の火力。

 メガ級は受け切れない。さあ、何人残るか。

 笑う王、

「ちょいと失礼」

 その首を、何者かの左手が掴んだ。

「こひゅ⁉」

 呪文の詠唱を、阻む形で。

(何故、何故ここに、こ奴がおる!?)

「しー。今、下のやつら……うちの器用な相棒が処理してくれているから」

『ふひー、自律飛行はしんどいぜ』

「ご苦労さん」

 男の右手に剣が空を舞い、戻ってくる。眼下から漂うは血の香り。やられたのだ、下に伏せていた自分の精鋭が。

 確かに魔法に特化したマガ・ゴブリンの上位種、マガ・レッド・ゴブリン。白兵戦は強くない。とは言え、ただの武器を投げただけで倒せるものでもない。おそらく魔法をあちらの戦場に打ち込んだ際の、隙を狙われた。

 それは自分も同じ。

 加えて遠目ではわからなかったが――

(女神の、武器。ぐ、ぬぅ、ぬかった。まずい、そも、何故ここがバレた? 彼奴等はわしを、木の中におると、そう思っておるはず。だのに、何故――)

 木の下、巣の奥、玉座におわすが王の定跡。

 彼らもそう思っているはず。

「意外と力は強くねえんだな。魔法はすげえのに」

『ま、小鬼族だしな。そんなもんよ』

 なのに、何故――

『なんで、って顔してんな』

「なんでって……まあ、しいて言えば」

 小鬼の王は魔法を唱えられぬと判断し、魔物の力で反撃を試みる。たかが下等生物、如何に小鬼族であろうと覆して見せる。

 こんなところで死ねるか、と。

 だが、


「勘」


 それを察した人間、ソロはパッと左手を躊躇いなく放し、組み合いを受けずに後退しながら、あとはよろしくとばかりに相棒に委ねる。

 魔剣セイン・トロールの斬撃が小鬼の王の首を刎ねた。

(馬鹿、な。わしが、このアスールに、鬼の、楽園を、王となるはずだった、わしが、こんな、こんなところでェェェェエ!)

『お見事』

「そっちこそ」

「『へへへ』」

 褒め合い、照れ合う。


 戦場から少し離れた森、丁度戦場を横から眺め、敵味方の布陣がよく見える場所に、小鬼たちはいた。だからこそ、あの巧みな用兵術を振るってこられたのだ。そうじゃないかな、と思ったソロは戦場から離脱し、ぐるりと大迂回して回り込み、風下から奇襲を敢行、見事に仕留めて見せた。

 勝利を確信した瞬間、その隙を勇者と聖剣が突く。

 これぞ王道の勝利である。

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