第14話:一進一退、からの~
「あ?」
「ガァァァアア!」
小鬼の上位種、鬼種、オーガ。通常のゴブリンと同じく緑の肌を持ち、その気性は極めて獰猛かつ残忍。体躯も大きく、普通の大人二人分はある。
そんな暴力の化身が割って入り、拳を打ち付けてくる。
巌の如し拳。
しかし、
「初見じゃねえんだよ、こっちはァ!」
戦うシスター、ヴァイスは最初の襲来時にオーガとも交戦済み。その際、拳では少し分が悪かったため、常々信仰を向けられている金属製である教会の十字架をもぎ取り、それを武器として使うことで――
「ニンゲン ノ ブンザイ デ」
「しゃべんな豚ァ!」
パワー勝負は互角。打ち合いとなる。ただ、それではこの乱戦、数で劣る人間側では圧倒的に不利がついてしまうのだ。
実際、最初の襲撃時はオーガと渡り合うも、ゴブリンやマガ・ゴブリンの魔法を受け、後退を強いられた。同時に周りも崩された。
自分が互角では勝てない。
それは前回の学び。
が、
「蒼く聳えろ、アズゥ・プロク・ファール!」
蒼き炎の壁が一人と一匹を残し、周囲から隔絶してくれた。
「……やるじゃねえか、チビ女」
「貴女がデカいだけよ!」
「なんだ、この壁音は通すのかよ」
正直、どうにも考えが緩く、甘い感じだったので勝手に戦力にならないと思っていたが、どうやらあの鉄の騎士にも負けぬ手札を持っている模様。
ありがたい、とヴァイスは笑う。
あとは、
「ひしゃげろ!」
「ガァギィ!」
目の前の大型をぶっ潰すだけ。単純明快でいい。
元喧嘩屋の血が騒ぐ。
そんな中、
「むぅ」
持ち前の防御力でゴリ押し、前線を抜こうとしていたシュッツであったが、分厚い魔法の連打により、なかなか進めぬ状況が続いていた。
鉄の鎧は頑強であるが、別に炎の魔法に対し耐性があるわけではない。火力が強ければフェルニグの時のように融解するし、火力が低くとも連打されると内部温度が上がり、シュッツ自体が耐えられなくなる。
何よりも――
(同じ魔物に見えるが、中央に強い個体を置き、抜かせぬよう厚くしておる。某以外に騎士がいても、しっかり足止めが出来る形。中央で受け、両翼をじわじわと展開しつつ、後列も弧を描きて、より厚く魔法を打ち込む)
敵の陣形、軍の展開が上手い。シュッツは乱れるよう左右に揺さぶり、陣形をずらそうと、崩そうと苦心する中、しっかりと左右の動きに合わせてくる。
まるで俯瞰しているかのように――
(魔物の戦い方では、ない!)
個の力では勝っている。それほど脅威ではない。しかし、集団の力で抑え込まれていた。しかも彼らは犠牲を厭わない。
平気で味方ごと魔法で巻き込んでくる。
(いかんぞ。思ったよりも……この群れは)
この町が属する国はアンドレイア王国とも繋がりがある。最悪撤退し、かつての伝手を使い、この国の戦力で戦ってもらう。
本来はそれが正しい手順であり、自分たちで倒し切れぬと判断した時は躊躇なくそうするつもりであった。人助けも自分たちが生きてこそ、出来ぬことまでやる必要はない。ただ、ここまで群れとして厄介ならば、下手に人手をかける方が人的損耗は大きくなる。最悪、敗れでもしたら夥しい血が全て、敵の戦力増強へと繋がる。
厄介過ぎるからこそ、何としてでもここで潰さねば、と思う。
思うのだが――
「まどろっこしい! シュッツ、目立ちなさい!」
「ソアレ様……なるほど、御意であります!」
詠唱無し、今身にまとう鉄の魔法を膨らまし、大きく見せる。中は空洞、鉄の厚みは落ち、防御力は下がるだけ。
だが、見た目は大きく映る。
ゆえに、
「プロク・ボール!」
火の玉が一斉に、目立つシュッツへと向けられた。上手く展開しているからこそ、最初の絨毯爆撃よりもさらに濃密なものとなる。
その魔法攻撃を、
「お任せします」
「ええ」
いつの間にかシュッツの後ろについていたソアレが彼と入れ替わり、火の魔法による爆撃全部をその身に受けた。剣を納めた状態で。
塵も積もれば山となる。
凄まじい火勢全てを受け、
「む、ぅ、んッ!」
その火の、集まりし炎の、制御を全部奪い取り、我がものとしたソアレ。葬焔の一族に生まれ、蒼き炎を継ぐ選ばれし者。
炎を操るために生まれた彼女だからこそ、そんな荒業が成立する。
「我が蒼炎よ、吼えろ!」
紅き炎全てを蒼く塗りつぶし、
「アズゥ・プロク・レオーォォォオオ!」
両の手で獅子の牙を、口を模し、其の咆哮をぶちかます。
「ぎ?」
極大の、ガ級を遥かに超えたメガ級の蒼き閃光、灼熱のそれが敵陣をぶち抜き、相手の本拠地である魔の木、コモン・オークをも焼き抜く。
相手の力を利用したとはいえ、凄まじい火力である。
「お見事であります、ソアレ様」
「当然でしょ。私も遊んでいたわけじゃないもの」
これが修行の成果。あの時不覚を取ったのはあそこが王宮の一角で、自分が火力を抑えていたからだ、とソロの方にどや顔を向ける。
が、
「あいつ、余所見してんじゃない!」
ソロはソアレを見ずに、あらぬ方へ視線を向けていた。どう考えても今ので決定打、自分を褒め称えるところであるのに、まさかの無視である。
「……魔法ってスゲーんだな」
ヴァイスは驚きに目を見張るが、一番ドヤりたかった相手に無視されて若干不満顔のソアレ。しかし、いい一撃であることは間違いない。
実際、
「に、人間風情が、わしの、わしらの夢に、よくも、よくも傷をつけてくれたなァ」
小鬼の王は怒り狂っていた。
もう少しあの一撃が下に向かっていたら、連中に味方ごと撃ち抜く気概があれば、王は怒りのあまり暴走してしまったかもしれない。
ただ、あれは所詮、
「これでどう?」
「いい一撃でした。ただ、あの木は地に伸びるのです。本体は地下、そちらを滅ぼさねば、勝利とはならぬでしょう」
「……そう」
木の一部でしかない。無論、あれだけの被害規模であれば無傷ではないが、修復不能な損耗ではないのだ。
その上、
(……中央のケアが早過ぎる)
あれだけの一撃を受け、総崩れとなってもおかしくないのに、左右に展開していた群れがもう、中央を固めるべく絞る動きを見せていた。
これでは突破できない。
それに加え、
「シュッツ!」
「……まだまだ戦力を隠しておったか」
コモン・オークの下から追加のゴブリンたちが続々と現れる。せっかくの一撃で刻んだ傷がすぐさま埋められ、むしろより苦しくなる。
さらに、
「ローカ・マス」
「ちィ!」
火の魔法が利敵になると、すぐさま岩の魔法に切り替えてくる。こぶし大、大きいものなら人の頭ほどはある石、岩が降り注ぐ。
対策も早い。炎ではやり辛い魔法で応戦してきた。
形勢はさらに傾いてしまう。
「……まだ出てくんのかよ」
いつの間にやら一匹、オーガの顔面を陥没させ絶命させていたが、奥よりおかわりが湧いて出てきて辟易する。
いったいどれほどの戦力が内蔵されているのか。
わからない、未知数と言うのが最も恐ろしい。
(退くか?)
シュッツの脳裏に過ぎる考え。ただ、この敵を放置して勢力を拡大させるのは考えたくもない話である。
まだ、敵の戦力が割れていない。
もう少しで底をつく可能性もある。全員が無事で済んでいる内は、撤退の選択がいつでも取れる位置取りであれば、それを続けるのも悪くない。
実際、自分もソアレも戦いを継続するだけならまだ余裕はある。
ヴァイスも息を切らしている様子もない。
それに――
(某らにはまだ戦力が……戦力、が……が?)
温存していた聖剣の担い手、ソロがいる。彼の速さは充分ゴブリンやオーガにとって脅威となるだろう。あの機動力があればソアレと共に魔法を無駄打ちさせることも出来る。魔法の行使は精神力を摩耗し、無尽蔵ではないのだ。
そう思って振り返ったが――
「シュッツ?」
「あ、見ない方が」
シュッツが唖然としていることに気づき、ソアレもまた彼の見ていた方、後方へ視線を向けた。其処には――
「あ、あんの、クズ」
「そ、ソアレ様、落ち着いてくだされ」
誰もいなかった。
聖剣を引き抜いた男、ソロの姿が何処にもなかったのだ。
「ソロォォォォオオ!」
ソアレの怒りが爆発した。
○
小鬼の王はそれを一部始終見ていた。追加の鬼たちを木から呼び寄せ、地上に戦力を見せつけた途端、脱兎の如く逃げ去ったのだ。
「ぎゃぎゃぎゃ、やはり人間は我が身大事、出来損ないの下等生物よなァ。同胞の窮地を見て、ぎゃぎゃ、まさか躊躇なく逃げを選ぶとは」
完全に彼らは戦場から姿を消した。
後方へ、彼方へ消えた。
これでもう、いつでもメガ級の魔法を打ち込み諸共葬ることが出来る。
むしろ問題は――
「卑怯者のせいで腰が引けぬかどうか、じゃて」
獲物が、生贄が卑怯者と同じく逃げを選ぶかどうか、である。せっかくここまで戦い、戦力をすり減らしたのだから逃がしたくはない。
勇敢に戦ってくれるか。
まあ逃げを見たらすぐに、
「逃げ場に打ち込めば、一人二人は巻き込めよう。わしには全て見えておる。貴様らの一挙手一投足、頭脳の出来が違うわ、下等生物とはのォ」
それも織り込んで魔法を打ち込むだけ。
生殺与奪は今、完全に小鬼の王へと移った。
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