第13話:人間対鬼、戦争開始

「ぎゃはははは!」

「ぷ、い、いえ、笑っちゃダメよね。ん、ふぅ」

「……」

 ソロとトロ、二つの意思が重なり猛スピードでその場から離脱したのだが、其処はやはり回避の判断が遅すぎた。

 結果、ソロは今アフロになっていた。

 ヴァイスとソアレは笑っている。腹を抱えて笑っている方もあれだが、頑張ってこらえている方が傷つくことだってあるのだ。

 ソロ、心の中で泣く。

「敵に探知魔法とメガ級の魔法を扱える者がいる、それがわかっただけで大きな功績である。よくぞ大役を完遂し、生き延びた」

 シュッツは男泣きをぐっとこらえながら、ソロの肩をがしっと掴んで労う。

 ソロ、

「よ、よせやい」

 ちょっと照れる。

「しかし、よく敵の呪文を聞き取れたものだ」

「まあ、馬鹿みたいに明るくしてたしな。そりゃあ口元もよく見えたぞ」

「……口元?」

 シュッツがよく言っている意味がわからない、と首をかしげる。

 ソロはシュッツが首をかしげている理由がわからない、と首をかしげた。

「そいつ、読唇できるぞ」

 ヴァイスの言葉にシュッツとソアレが目を見開く。

「そんなもん盗人のたしなみよ、たしなみ」

「お前以外できてた盗人を知らねえよ」

「俺も知らん」

「おい」

 ソロとヴァイスの口論はさておき、戦闘力で勝るソアレの目を欺くほどの左手を持っていたり、夜目が利いたり、さらに読唇も出来る。

 何か思ったより――

「……い、意外に使える人材かもね」

「さ、さすがルーナ様。人を見る眼が――」

「それはないから」

 出来る男なのかもしれない。少なくとも器用ではある。ソアレはもちろん、長く軍に在籍し、騎士団でもそれなりの地位を築いていたシュッツでも読唇術などまともに出来ない。騎士団で使えたのはルーナぐらいのもの。

 彼女は別枠としても大したものである。

「つーかよ、メガってなんだ?」

「ハッ、そんなことも知らねえのかよ」

「じゃあテメエは知ってんのか?」

「もちろんだ」

(トロ助、教えて)

『やだぴっぴ』

(オォイ⁉)

 最強の知恵袋頼みでふかしたが、見事その知恵袋に裏切られ途方に暮れるソロ。何を隠そう、この男もなんとなく凄いくらいしかわかっていなかったのだ。

「早く言えよ」

「……そりゃあちみ、あれよ。女神様のめが、よ」

「……本当か?」

「ほんとほんと。盗人、嘘つかない」

 必死に捻り出した誤魔化しは、

「全然違うでしょ」

 当然別の方からツッコミが来て破綻する。呆れた表情のソアレと苦笑いするしかないシュッツ。追い詰められたソロはただ天を仰ぐ。

「シュッツ」

「はっ。まず、魔法には四段階の階級が存在するのだ」

 ソアレの命により、マッチョが急にインテリぶり始めた。

 勉強っぽい空気感を受け、

「「……」」

 どぶねずみ二人組の眼が徐々に死ぬ。

「無名、ガ級、メガ級、ギガ級、とな。某の最大魔法がメガ級、ルーナ様であればギガ級を操ることが出来た」

「た?」

「出来る」

 ソアレの指摘を受け、シュッツは発言を訂正する。彼女の中ではルーナは生存しており、過去形にすることは許さない、の意である。

「あと、私のような特殊なパターンもあるから」

「え、ソアレのは無名じゃねえの?」

「……今度こそ切り刻んで、焼き尽くしてほしいの? そんなわけないでしょ。きちんと、その、ガ級ぐらいの火力は出てるから」

「とっつぁんより下か」

「あ、貴方がシュッツを侮り過ぎなの。元騎士団長よ、この男は」

「「え?」」

 初耳の情報にソロもヴァイスも驚く。どの国でも騎士団の団長と言えばスーパーエリート、その国の代名詞みたいなもの。

「その話はさておき、メガ級ですら操れる者が多くないのは事実である。ギガ級を操れる者はまあ、人として外れ値であると言えよう」

 改めてわかるルーナ・アンドレイアの化け物ぶり。妹はともかくシュッツや騎士たちが心酔するのも仕方がなかったのかもしれない。

「相手がメガ級の魔法を操るのなら、正直この人数では分の悪い戦いとなるのは間違いない。某の魔法は決して、メガ級でも強い方ではないのでな」

「同じ階級でも強い弱いがあるの?」

「無論。卓越した者のガ級魔法が某のようなメガ級魔法を打ち破るのは、それほど多い事例ではないがあり得ぬ話ではないのだ」

「へえ、それじゃあ威力で階級が決まるわけでもないのか」

「うむ。階級は、その階級の魔法が発動できるかどうか、それのみが尺度となる。とは言え、未熟者が発動できるものではないがな」

「そうそう。ガ級でさえ、習得に十年かかるのも当たり前なんだから。習得できない騎士もいるしね、定年までやって」

「はえ~」

 長い話になったが要するに、

「メガ・プロク!」

「ほら、何も起きないでしょ?」

「うわ、マジだ」

 こちら側の最高戦力である本気のシュッツをして、相手のボスと思しき敵と互角なのであれば、数で圧倒的に劣るこのメンバーで戦うのは自殺行為、となる可能性がかなり高まってきた、と言うこと。

「ガ・プロク!」

「ほらほら~」

「ムキー!」

 と言うことなのだが、

「……大丈夫であるか?」

 どうにも緊張感のないメンツであった。


     ○


 小鬼の王は待ちわびていた敵の到来に眉をひそめていた。こちらの戦力はある程度理解しているはず。あれからさらに木を成長させ軍拡し、以前の想定できた敵を跳ね返す。そして餌を確保するはずであったのに――

(たった四人じゃと?)

 あれでは生贄の数が、血が全然足りない。

 これでは木が成長できない。

 とは言え、

(あの町の女に、昨日の探知に引っ掛かったねずみもおるか……よもやあれを受けて生き延びておったとは)

 あの四人が只者ではないのは魔力を、戦力を探るまでもない。

 特に、

「……ほう、鉄の魔法。人間の分際で猪口才な」

 あの大きい男は今までの相手と比べモノが違う。

 血の量は足りぬが、質はその辺の人間とはそれこそモノが違うのだろう。なれば、実験として面白くはある。未だ魔王軍としても未知の部分が大きい魔の木、このコモン・オークが果たして、質の良い血にどう反応するか。

「なれば、戦争続行じゃァ」

 小鬼の王は物陰にて嗤う。


     ○


 焼け落ちた森の奥よりソロ、シュッツ、ソアレにヴァイスの四人が現れた。子どもたちは教会の奥に隠し、ソアレが守りの魔法をかけてきたが気休め。ずっと守り切れるわけではない。敵の本丸を潰さねば、結局は奪われてしまうだけ。

 しかしてその本丸は――

「日が出てると印象が違うなぁ」

 昨夜見物に行ったソロの印象よりもさらに、分厚い守りによって固められていた。突破はどう考えても難しそうである。

「呑気ねえ、貴方は」

「慌てても仕方ないしなぁ。これやっぱ無理じゃね?」

「すでに逃げ腰でどうすんのよ! シュッツ!」

「御意」

 そんな中、シュッツが前に進み出る。

 そして、


「鋼の守り手たれ! ガ・シュタール・パンツァー!」


 かつてソロを相手に見せた黒鉄の鎧を身にまとう。メガ級は奥の手、消耗が激しいのだ。継戦能力的にも最もバランスが良いのがこの魔法らしい。

 さらに、


「蒼炎咲け! アズゥ・プロク・ブレイド!」


 蒼い炎をまとわせた剣を引き抜くソアレ。どうにもアズゥ家の蒼い炎は例外の魔法らしく、階級は不明であるが自己申告はガ級である。

 相変わらずこちらにも伝わってくるほどの高温であった。

 今は頼もしい熱さであるが――

 其処に、


「加護よ在れ。オール・バフ・デア」


 さらにさらに、女神に仕える神のしもべたるヴァイスの加護が乗る。魔法とは異なる術理による、祈りの力であり聖庁ではただ奇跡と呼ぶ。

 今かけた加護は全体的な身体能力を満遍なく向上させるバランス型の加護。なお、加護は欲張っては発動せず、一度につき一回だけ発動する。

「うむ、力が漲るわい」

「イイ感じね」

「おし、行くか」

 そして当然のように教会の飾りから拝借した十字架を握り、前衛を張ろうとするヴァイスに対し、シュッツとソアレは眼を剥く。

「あの、俺に加護ついてないんだけど?」

 唯一驚きを見せていないソロであったが、それよりも自分に加護がついていないことに驚いていた。死ねと言うのか、と言う気分である。

「要らねえだろ。戦力にならねえんだから」

「……え、ええ? 一応、その、聖剣持ちよ、俺」

「殴れねえし刺せないだろ、お前は」

 そう言ってシュッツらよりも先に飛び出すシスター、ヴァイス。蒼い修道服とくすんだ金髪をたなびかせ駆け出す。

「いかん!」

 シュッツの制止の声と同時に、


「プロク・ボール」


 敵の布陣、後衛のマガ・ゴブリンたちが一斉に火の魔法を放つ。一つ一つは小さくとも、数が多ければ雨の如く降り注ぐ。

 しかしヴァイス、立ち止まる様子も気圧される様子もない。

「ちょ、貴方の知り合いどうなってんの⁉」

「まあ、あいつはいつもあんな感じよ。それより加護が……俺待機でもいい?」

「心配しないの!?」

 すでにシュッツはヴァイスを救うため動き出している。ただ、もうソアレの快足を飛ばしても間に合わぬ位置関係である。

「日常茶飯事、お前らはあの馬鹿を舐め過ぎだよ」

「え?」

 火の雨が降り注ぎ、燃え盛る。

 炎に包まれた人間を見て、前衛のゴブリンたちは「ぎゃぎゃ」と笑っていた。

 次の瞬間、

「よォ」

「ぎゃ?」

 ヴァイスが炎の中より現れ、前衛のゴブリン、その頭蓋が十字架の先端を打ち込まれ、ぐちゃぐちゃになって飛翔していくまでは――

 そのまま、

「ひしゃげろ!」

 ただただ暴力を持って暴れ散らかすヴァイス。シュッツも、ソアレも顎が外れるくらい驚いていた。明らかに人間の膂力ではなかったから。

 単純な力だけなら体格で勝るシュッツよりも、外れ値であるルーナよりも上。オール・バフというバランス型の加護を受けた程度で、人はああならない。

 成れない。

「ノーガードとは、ふはは、恐れ入った」

 歴戦の猛者であるシュッツすら初めて見る人種。男女の垣根など悠々と飛び越え、人間とヴァイスの間に大きな壁がある。

 あれはそういう生き物。

「……選ばれし者、お姉様と同じ」

「そんなんじゃねえよ。ただ力が強いだけの馬鹿だ」

「あ、貴方ね」

「ま、喧嘩屋から真っ当なシスターに転職したなら、ただの馬鹿から少しはまともな馬鹿になったんだろ」

「……」

 ソアレは憎まれ口を叩くソロを咎めようとしたが、彼が浮かべる少し嬉しそうな表情に口ごもってしまう。

 この男はたまに、こういう貌を浮かべることがあるのだ。

「行かなくていいのか?」

「あ、貴方も行きなさいよ」

「ま、気が向いたらなぁ」

「ったく」

 ソアレも遅ればせながら参戦する。さすがの足の速さ、敵の魔法をすいすいかわしながら、そもそも並の火ではあの蒼き炎を前に通る気配すらない。

 シュッツも相変わらずの暴れっぷり。

『相棒も参戦しねえのか?』

「とりあえずあの三人でよさそうだし……様子見かな」

 ソロは呑気にあぐらをかき、戦場を見渡していた。いつだって様子見をするなら高みの見物と相場が決まっている。

『ほえ~、意外と相棒も考えてんのね』

「まあね。盗人は悪知恵が働くもんなの」

 盗人は泰然と、待ちを選択した。アフロのくせに生意気な。


     ○


(あの人間……面倒じゃの)

 一人、離れた場所に座り込む人間を見つめ、小鬼の王は渋面を浮かべていた。彼らが乱戦に入れば即、自身の最大火力で味方諸共燃やし尽くすつもりであったのだ。

 どうせ木に生る同族に似た何か。

 いくらでも替えが利く。

 しかし、あの男が俯瞰している限り、それが出来ないのだ。

 頭飾りが妙な割に慎重なのか、頭が切れるのか、それとも臆病なだけか。

 今は見に徹するしかない。

 それに、

(数多の血を吸った木の実り、侮ってもらっては困るわい)

 まだまだ戦力はある。それだけの生贄を捧げてきたのだから――

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