第12話:夜の索敵
ソロの顔馴染みであり、女神を奉る宗教組織、聖庁本部に属するシスターのヴァイス曰く、周辺の集落に失踪事件が立て続けに起こり、不審に思っていたところこの町も魔物の群れに襲われ、多くの町民が連れ去らわれてしまったらしい。
ヴァイスは最後まで子どもたちを守るため、教会に立てこもり奮戦していたそうだが、それを見た枯れ枝のような見た目の小鬼が、
「割に合わん、って言って去って行ったよ」
立てこもり続けるヴァイスを前にそう言い放ち、そのまま撤退していったらしい。
「……言葉を解す魔物、であるか」
「嫌な記憶が蘇るなぁ」
「ううむ」
流暢に言葉を操る魔物と言えば、悪夢のような記憶に刻まれし黒龍、フェルニグであろう。多くの魔物を粉砕するシュッツが手も足も出ず、ソロに至ってはまともに動くことすら出来なかった。
まさに格の違う怪物、である。
「しっかしヴァイスがなぁ、人間相手には負けなしだったけど、今じゃ立派にシスターしながら魔物まで追い払うとは……信じられねえ」
「そりゃあこっちのセリフだ。あのソロが他人様を助けるために旅しているなんて、あまりにもらしくなくて……笑えるぜ」
「へへ、そりゃあ俺もそう思う」
ヴァイスは鼻で、ソロはゲラゲラと笑う。それがソアレにはどうにも理解できなかった。危機的状況なのだ。町民の命が今にも失われているかもしれない。もっと深刻に、救出作戦を練る必要がある。
それなのに、
「吸うか?」
「おう」
「代わりに――」
「火だろ。へいへい」
二人して呑気に煙草を吸っているのだ。
少し見方が変わっていた部分もあったが、結局そういう生まれの者同士、責任感は欠如しているのだろう。本部のシスターと言ってもこの程度か、とソアレは嘆く。
困っている者に手を差し伸べずして何が――
「シュッツ、今すぐに救出へ行きましょう」
「……ソアレ様。今は夜です。陣容もわからずに敵中へ飛び込むのは自殺行為でありましょう。危険です」
「でも、今にも誰かが殺されているかもしれないのよ」
「それでも、です。今、某らが死ねばしばらく救出は望めぬでしょう。なればこそ、ことは慎重に行わねばならぬのです」
「そ、それは」
正論である。冷たいが、正しい。
そして二人も何も言わずに煙草を吹かしているところを見ると、それも織り込み済みであったのだろう。
「ま、あとで俺が様子を見てくるよ。夜目は利く方なんでね」
「大丈夫であるか?」
「引き際は心得てるよ。これでも盗人歴、長いんでね」
「しかし、前科持ちであろう?」
「あう……ぐうの音も出ねえ」
ソロとシュッツのやり取り、と言うよりもソロの発言を聞き、ヴァイスは少し驚きを見せていた。昔の彼なら、無償で手を貸すことなど絶対に申し出なかった。
「ま、お姫様が気になって眠れないと困るっしょ」
「むっ」
「おお、こわこわ」
ましてや頓珍漢なことを言う女のフォローをするなんて――
「ガキの子守りくらいできまちゅかー?」
「むがー! できらぁ!」
『うわぁ、ダメそー』
(だなー)
馴染みの変貌に、ヴァイスは不思議なものを見る眼を向けていた。
○
「……ぅぅ」
しゅんと隅で嘆くソアレをよそに、
「がっはっは! 巨人である!」
「でっけえ!」
「まっちょだ!」
「つよそう!」
「強いのだ!」
子どもたちに大人気のシュッツ。随分と手慣れた様子で子どもたちと遊んでいた。その辺は年の功と言うべきか、彼の人徳と言うべきか――
とにかく明るい空気になったようで何よりである。
ソロは辛気臭いのが嫌いなのだ。
「あの女狙ってんのか?」
そんな光景を遠くから眺めるソロにヴァイスが声をかけた。
「頭沸いてんのかボケ」
「殺すぞハゲ」
「どこが禿げてんだよ!? ぼーぼーだコラァ!」
暴言合戦からクリティカルヒットを喰らい、過剰に怒り狂うソロ。別にまだ何も問題はない。まだまだふさふさなのだ。
でもハゲは禁句。よくないと思う。
「なら、なんで助ける?」
「……あいつ、この前姉を亡くしているしな。本人、認めねえけど」
「それ、お前に関係あんのか?」
「別に。その姉と、ちょっと知り合いで、そいつがまあ、一応、可愛がっていたらしい。そんだけ」
「……やっぱ変わったな」
「そーかー?」
ソロとしては何も変わったつもりはない。自分は昔から自分、身勝手でお調子者、楽天家で、その日暮らしの盗人である。
それにずっと――
「……お前に付きまとっていたちっこいの、どうなったんだ?」
「別にちっこくねえよ。ヴァイスがデカすぎるだけ」
「……そうか? まあ、今はもう少しデカくなったか」
「ならねえよ。死んだからな」
「……そうか。死因は?」
「病気。よくあることだろ」
あっけらかんと答えるソロを見て、ヴァイスは「そうだな」とだけ答えた。どぶ底暮らし、此処まで大きく、大人になった方が珍しいのだ。
飢えを乗り越えても冬の寒さが、それらを乗り越えても流行り病でぽっくり、医者にもかかれず、薬も手に入らない。
よくあること。
「前科って、それ絡みか?」
「今日はやたらしつけェな」
ソロのそろそろ黙れ、と言う視線受け、ヴァイスは口を閉ざす。元々、出会った頃は饒舌な方ですらなかった。
明るくもない。お調子者でもない。
自分と同じ、自分だけのために生きていた。
今みたいな、狼のような眼で――
「そろそろ行くわ」
「ご安全に」
「ま、上手くやるさ。得意なんでね、ひ・と・り・で逃げるのは」
「煩ェ」
夜闇に消えるソロの背を見送り、ヴァイスは煙草をつかみ取るが、火をつける役がいないことを思い出し胸の中に仕舞った。
「……」
出会った頃、二人ははぐれ者同士だった。傷の舐め合いですらない。互いに互いを頼ることもなかった。お互い、独り者の矜持があったから。
でも、
「……あのチビが変えたのか、それともその姉ってのか……どっちにしろ、あんま面白ェ話じゃねえわな」
あの小さな、どぶ底に生きるどぶねずみのくせに何も出来ない奴が現れて、ソロは変わった。変わらざるを得なかった。
自分もまた――そんなことを思い出し、口寂しさに唇を噛む。
○
『珍しくキレてたな』
「うるへえ。少しは集中しろよ」
『へーへー』
夜目が利くのはハッタリではない。スリは酔客相手の方が楽であるし、下手な頃はよく夜に活動していたもの。
まあ、今なら昼夜問わず好き放題出来てしまうが――
そんな一人とふと振りは夜闇に紛れ、魔物の群れの足跡をひたすら追う。難しいことは何もない。かなりの大所帯、見逃す方が難しい。
今夜は星も綺麗、これだけ光があれば充分。
それに途中から気付いた。
「それにしても……すげーなこりゃ」
『夜中なのにかがり火焚いて……ありゃあ威嚇だな、どっちかってーと』
相手も自分たちの居場所を隠す気などないことに。
「何体いるんだ、魔物」
『さーなぁ。ってか、当然あのデカい木の下にもいるだろうしな』
「わーお」
ずらりと要塞と化した魔の木、オークを守るは相当数の魔物たち。構成の多くは小鬼、ゴブリンであるが、一部大型の鬼種も見受けられる。
恐ろしいのはその布陣。適当に並ぶわけではなく、明らかに規律を持って並ばされている姿は、まるで人間の軍隊のようであった。
数だけではない、統率も取れている。
それが見て取れた。
「突撃とっつぁんでもきついかな?」
『相手次第だろ。ちな、後列に並んでいるのはマガ・ゴブリンな』
「……まっさか魔法とか使わないよね?」
『そのまっさか』
「ひえー」
後列に魔法役を置くガチ仕様。手抜き無しの完全な軍隊である。
「ん、何か木の下から出てきたぞ」
『目、いいよな、相棒って』
「まーねー……ぶは、めっちゃしょぼしょぼの爺じゃん」
『……あれは、確か……やべえ、相棒。今気づいたんだけど』
「トロ助も見ろよ、あれ。めっちゃしわしわ。ジジイ過ぎだろ」
『あの、真面目な話な』
「ん、何かしゃべってんぞ……メガ、プロク……やべえ!」
『探知魔法にかかってるっておはな――』
巨大な爆炎がソロたちの隠れていた森を焼き払う。容赦なく、小鬼の王が放つことのできる最大火力をぶちかました。
ねずみを焼き殺すには十二分な火力であろう。
「ぎゃぎゃ、釣れたようじゃな。少し早い気もするが、まあそこは人間の連絡手段が優れていたと考えよう。さて、これで沢山餌をやれるわい」
斥候が現れたということは、あの町の生き残りが戦力を呼んだということであろう。ならば、当然それなりの数の兵士を用意してくるはず。
それらを迎え撃ち、新たなる贄とする。
より木を大きく、強く、質のいい鬼を生ませるために。
「皆の衆、戦争の時間じゃ」
鬼の軍勢、その咆哮が夜闇に響き渡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます