第11話:絶望こそが希望也

「ここもか」

「ううむ」

 人の気配が皆無な殺風景な集落。建物はぽつぽつあるが、それらから人の住んでいる気配がしないのだ。

 馬車から降りたソアレも周囲を見回し、表情を曇らせる。

 こうなる理由に心当たりがあったから。

「もうひと月は誰もいないな、ここ」

「わかるの?」

「これでも俺、空き巣もやっていたんだよ」

「職歴みたいに言わないで!」

「へへ」

 何故か得意げなソロへ怒りを向けるも、普段の劣化の如しキレはない。それもそうだろう。数十人は住んでいたであろう集落なのだ。

 つまり、数十人の命が――

「しかし、妙であるな」

「ああ。前の時もそうだけど、荒らされた様子がねえ」

「……あっ」

 シュッツとソロは気づいていたが、異変はもう一つある。これが魔物の襲撃によるものであるなら、建物がほぼ無傷であることに疑問符がつく。

 魔の木オークの構造上、確かにここらで無為に命を散らすより、無傷で彼らが構築する巣まで連れて行き、其処でバラした方が効率的ではある。

 そう、木の育成にとって効率的なのは今この状況。

 でも、前回遭遇した群れはそういう自制が上手く働いていたとは言えない。無抵抗の者は連れて行くが、逃げたり暴れる相手はその場で殺してしまう。

 獣に近い習性であったはず。

『前の遭遇が赤ちゃんなら、今度はクソガキぐらいにはなってんのかね?』

(かもな。面倒くさそうだ)

 無血で無抵抗な状況を作ったのか、それとも催眠魔法のような類の何かを用いて強制的にそうしたのかはわからない。

 ただ、どう転ぶにしても相手が頭を使ってくるのはこの時点で透ける。

「この先にもう少し大きな町がある。そちらへ向かうとしましょう」

「ええ……必ず仇を討ちますわ」

「立派ですぞ、ソアレ様」

『相棒は敵討ちを誓わねえの?』

(俺は相手を見てからかな。勝てそうならやるし――)

『負けそうなら?』

(そら逃げますがな)

『ひっひっひ、さすが相棒だぜ』

(へっへっへ、それほどでも)

 どんな状況下でも軽薄な一人とひと振りはある意味で大物なのかもしれない。死んだら終わり、その相手が魔物であっただけ。

 だから、今更見ず知らずの死で心を痛めるような純真は持ち合わせていない。

「……」

 見ず知らずの、と言うところが一応肝ではある。


      〇


 さらに進んだ先の町にも人の気配はなかった。

 ただ、

「ここは戦闘の跡があるな」

「であれば催眠の類ではなかろう。先の集落には戦力がなく、此処には戦力があった。それゆえの差、であるな」

「焼け跡……少なくとも炎の魔法を操る魔物はいるみたいね」

 焼け落ちた家屋に、焼死した人の遺体を見てソアレは小さく目を背ける。王宮での暮らし、母方の実家であるアズゥもまた名門ゆえ、市井の景色を彼女はほとんど見たことがないのだ。その辺の耐性はソロよりもずっと下である。

「とっつぁん。これやべーぞ。ぺしゃんこだ」

「ううむ。如何なる力で殴打すれば、このようなことになるのか」

 ソロが呼んだ場所には小鬼、ゴブリンの死体があった。顔面がぺっしゃんこ、とんでもない力で、太い何かに押し潰されたような死体。

「とっつぁんのデカい鉄拳みたいなやつじゃね?」

「いや、魔力の気配がないのだ。つまり……魔物の同士討ちでもなければ――」

「人がやったってことか。信じられねえ……ん?」

「いやはや、某も長く騎士をやっているが見たことがない」

「……」

『どした、相棒』

(いや、すげえけど、何か既視感が……あんま驚きがないと言いますか)

『え、オイラでも引く感じよ、これ。人間なら』

(そらそうなんだけどね)

 ソロはううむと頭をひねる。いやまあ、世界は広いし、そんなことはありえない。そもそも彼女なら、こんな辺鄙な町にはいないだろう。

 自分たちのようなどぶねずみはそれなりに栄えた、人の多い場所でなければ生きていけないもの。

 こんな場所を根城にすることはない。

(まあ、ワンチャンあるとしたら……高飛びした結果、か)

『オイラたちも高飛びしようよー』

(敵を見てからね)

『ちぇー』

 謎は深まるばかりだが、とにかく町を見て回る。シュッツはソアレを気遣い馬車で待っていては、と提案するが彼女は頑として首を縦に振らなかった。

 ただの温室育ちではないらしい。

 そんな時、

「……ん?」

 ソロの聞き耳が何かを捉えた。

「とっつぁん」

「む、何であるか?」

「何かいる。あっちだ。あ、いや、いない!」

 ドヤ顔で音のする方を指さすも、続く音を聞き揺らいだソロは秒速で前言を撤回する。なんか大きな音がしているから。

「いるのだな!」

「いないし、戦闘も起きていない!」

「合点承知!」

「聞けよ!」

 ソロの下手なごまかしなど聞く耳を持たず駆け出したシュッツを、ソロはため息をつきながらやらかしたぁ、とばかりに追いかける。

 そんな姿を見て、

「……ありえないでしょ。お姉様」

 なし寄りのなしだ、とソアレは思う。

 彼女もまた追いかける。

 向かう先は大きな天を衝く十字が眩しい、女神を奉る町で唯一の教会である。


     〇


「とっつぁん、足遅」

 追いかけたがすぐさま追い抜き、ソロは何とも言えぬ表情で教会の近くに辿り着いた。最近思ったのだが、あんな見た目だがシュッツも結構いい年、戦闘範囲での行動は機敏であるが、少しでも距離が広くと結構鈍重なのだ。

(音、少し小さくなってんな。でも、中に……ガキの悲鳴もある)

 一瞬、過ぎるのはほんの少しだけ重なった少女。

 その、焼き切れた手。

「ちっ」

 らしくない。

 ソロは確認もせずに教会の中に入り込む。音は聞こえている、場所もなんとなくはわかる。そもそもさほど大きな教会ではない。

 目的地はすぐ。

「……っ」

 魔物の背が見えた。数は少ない。しかし奥に人影が見える。教会のシスターと怯えて固まる子どもたち。

 ソロは確認もせずに駆け出す。

『おい、相棒!』

 トロの制止も聞かずに剣を引き抜き、

「ぎ⁉」

 醜悪なるゴブリンの首を刎ねる。

 と、同時に――

「ひしゃげろ」

 人間大の十字架、それがゴブリンの刎ね飛んだ首を圧し潰しながら、

「……へ?」

『あちゃー』

 ついでにソロにもヒットする。

「……あ?」

 ぶっ飛び、教会の厚めの扉をもぶっ壊し、

「ソロ⁉」

「ええ⁉」

 シュッツとソアレの前に意識を失った瀕死のソロが飛んできた。

 びゅーん、と。

 その様はまさに人間バリスタの矢、みたいな感じであったとさ。


     〇


 ソロは首の後ろにぬくもりを感じながら目を開く。

 うすぼんやりと見える視界には敬虔に女神を信仰するシスターっぽい輪郭が見える。生憎ソロ自体はあまり宗教に縁遠い人生であったが、シスターの服装は好きである。なんか妙にエロいな、と幼心に何かが芽生えたものである。

 と言うか、この後頭部の感覚に、

(この、柔らかいような、筋肉質なような、ムチっというよりも、パツっとしている感覚は……)

 ソロは覚えがあった。

「起きたのか?」

 知り合いのぶってぇ太ももに。

「……ヴァイス?」

「おう。よく気づいたな」

 シスターの格好をしていたのは、既視感の通りソロの知る人物であった。同じくどぶ育ち、間違ってもそれを着る人生ではなかったはずである。

 なので当然、

「そうか……大変だったんだな」

 ソロはあることに思い至る。

「あ? 何がだ?」

「それ、衣装だろ? コスプレの。参考までに一回いく――」

「死ね」

 バカ力で殴られ、

「――るぁぁあ⁉」

 きりもみしながら宙を舞うソロ。先ほどのは不幸な事件であったが、こちらに関しては身から出た錆としか言いようがない。

 そんな間抜けな同行者の姿を、

「ねえシュッツ。あれ置いてかない?」

「う、ううむぅ」

 旅の仲間たちは何とも言えぬ表情で見つめていた。

 少しして、

「ハッ⁉ 夢を見ていた気がする!」

 ソロ、再び起床。

「よお」

「ヴァイス、お前……売られちまったのか。ちな、いく――」

「学習しねえなァ、テメエは相変わらず」

「ひっ、暴力反対!」

 びくりと反射的に飛びのき、即座に逃げの体勢を整える姿はさすがぬすっと。しかしシスター姿の女性、ヴァイスは呆れるだけで追ってこない。

 ただ懐から煙草を取り出し、

「ソロ。火、くれ」

「……やっぱコスプレだろ。何処の世界に煙草ぷかぷか吸ってるシスターがいるんだよ。教えはどうした教えは」

「ここに」

 あっけらかんと足を組みながら答える姿は輩そのもの。そしてそんなヴァイスこそがソロの知るどぶ育ちの腐れ縁、であった。

 ソロがいそいそと魔法で火をつけてやり、

「ぷはぁ、うめえ」

 ヴァイスは紫煙を吐き、至福の笑みを浮かべる。笑みすらも輩っぽいのはもう、そういう生き物なのだろう。

 体格もソロよりも身長、体重は余裕で高く、重い。筋肉質であり、太ももの太さたるや世界一なのではないか、と思うほど。

 二頭筋と肩回りも凄いが――

 まあ体格も凄いが鋭い黄金の眼光に、くすんだ金髪が輩感を増幅させている。

「相変わらず魔法出来ないのか」

「面倒くせーからな」

「火を探す方が面倒だろ……ってか、本当にシスターなのか?」

「さっき、そこのおっさんに全部説明したから聞け。オレは煙草で忙しい」

 同じことは二度説明しない。面倒くさいから。

 そういうところも相変わらず。見た目と職業のアンマッチはともかく、何処を切り取っても以前よりさらに色々と大きくなった点を除けば記憶のまま、である。

「聖庁本部発行の聖印を所持しておった。まごうことなく本物のシスターであろう。所属を聞き、某の知る人物が師であるため、それもまた証明と成った」

「へー、奇縁だなぁ。ってか、本部と他って違うの?」

「うむ。本部は其処に所属する司祭または牧師から直接教えを乞い、彼らに認められた者のみが本部所属の修道士となる。逆に地方の、こういう教会にいる牧師にしろ修道士にしろ、彼らは正式には牧師、修道士ではなく、あくまで本部の運営に協力する、いわば協力者と言うべきであるな」

「俺ら誰も知らんよ、そんなこと」

「まあ、制度と実情が噛み合わぬのは世の常。世間では遠い本部よりもこうした地域に根差した教会の牧師たちの方が慕われてもおるしな」

「はえ~」

 教会の裏事情を知りびっくりするソロ。

「実は某らも一旦、聖庁本部へと赴こうと思っておった」

「ええ!? 俺、宗教はあんまし興味ないぞ」

「ソロ、そういうことは言葉に出さない。女神様はいついかなる時も見ておられるのよ。そういう気概で日々を過ごしなさい」

「ならさっさと降臨してくれって。高みの見物決め込んでないでさ」

「うぐ⁉ あ、貴方ねえ」

「ぷ、はははは! 相変わらずだな、テメエは」

「おう。俺は変わらんのだ」

 女神に仕えるはずのヴァイスは大笑いした後に、

「クソだよな、クレエ・ファムってのはよ」

 主への暴言を堂々と吐く。

「ちょ、シスターでしょ、貴女。しかも本部所属の!」

 それに対し驚いたソアレを無視し、

「で、おっさんはなんで本部に用があんの?」

 ヴァイスはシュッツへ質問を投げかけた。

「……旅を円滑にするため、本部発行の巡礼札が必要なのだ」

 巡礼札、それを聞きヴァイスは笑みを浮かべる。

「なるほどね。それ、オレが口利きしても良いぜ」

「見返りは?」

「魔物退治」

「うむ。願ったりかなったりである」

 手早く交渉が成立する。ソロは何でもお任せ、といった風情で、無視されたソアレはムスッとしながらも一応混ぜっ返さぬよう黙っていた。

 この辺は成長である。空気が読めるようになって偉い。

 まあ、相手がシスターと言うのもあるが。

 相手がソロなら永劫噛みついているはず――

「で、状況を教えていただきたい」

「いいぜ。まず――」


     〇


「ひ、ぎぃぃぃぃいいいあああああああ⁉」

 絶叫が深淵の底にて響く。

 誰もが次は自分の番なのではないか、と身震いしていた。この牢獄から出て、帰ってきた者はいない。洞窟の底、反響する絶望がその答え。

 誰もが震えていた。

 それは――

「主よ、どうか我らを救いたまえ。主よ、我らを――」

 何度も何度も祈りをうわ言のように繰り返すのは教会の牧師であった。人当たりがよく、地域の人々にも慕われた素晴らしい聖職者であった。

 今も皆のために祈っている。

 ただ、

「さてさて、次の生贄を決めねばな」

 しゃがれた声が牢獄へ届き、牧師も含めた全員が口を閉ざした。目立ちたくない。目に留まりたくない。

 自分以外を、選んでくれ、と。

 牢獄の扉が開く。

 其処に現れたのは屈強な鬼に挟まれた、痩せ、枯れた姿の小鬼。年輪の如く刻まれたしわ、吹けば飛ぶような姿であるが、牢に囚われた皆はその老いた小鬼に対し、震えていた。怯えていた。

「誰でも構わぬが……そうさな、今回は趣向を変えて立候補制としよう。うむ、それがよい、そうしよう。ぎゃっぎゃっぎゃ」

 不快な笑い声が響く。

 当然、誰も手を挙げない。ただ、町の者たちの目は自然と、尊敬していた男へ集まる。だって彼は聖職者であり、殉教者でもあるはずだから。

 視線が集まる。牧師はそれに気づき、

「は?」

 お前ら正気か、と言う視線を向けた。

「わ、私がいなければ誰が主へ祈りを届けると言うのだ? バカか貴様ら⁉ 私は最後の最後まで、奇跡を信じて残すべきだろうがァ!」

 醜悪な、怒りの形相で、唾を撒き散らしながら叫ぶ姿に、尊敬されていた温和な姿など何処にもない。

「なら、貴様は誰を選ぶ? 女神の信奉者よ」

「こ、こいつだ! 最初に私を睨んだ、信心を持たぬ罰当たりな者を選ぶ!」

「ふざ、お、俺は一番じゃねえ! こいつの方が先だった!」

「てめえ!」

 憎しみ合い、怒り合い、それを見て、

「ぎゃっぎゃっぎゃ、実に醜い。創造神も罪作りな御方だ。弱く、姑息で、醜悪なる愚物を生み出したのだから……案ずるでない」

 老いた小鬼、この木の管理を司るボスは笑いながら、両脇の鬼、オーガたちに目配せし意図を伝える。

 彼らは何も言わずに、

「は、放せェ!」

「嫌だ、嫌だぁ!」

 言い争っていた者たちをつまみ上げる。まるでもののように。

 老いた小鬼、ゴブリン・ロードは牧師の肩を叩き、

「よかったのぉ」

「は、はは、ははは、ひひひ」

「じゃが、次は貴様じゃ」

「はひ?」

「それまで楽しんでおれ。民を売った信奉者よ。彼らからの視線を受け、ぎゃぎゃ、今際の時間をのぉ」

「しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅゥゥゥウウウ!」

 主よ、救いたまえ。

 彼は自らの手で、命欲しさに誰かを売ることで祈りの資格を失った。

 すがるものを――失った。

「ぎゃっぎゃっぎゃ、実に愉快」

 失禁しながら天を仰ぐ牧師に、誰も手を貸すことなどしない。尊敬の念も、すがるものも、全てを彼は失ったのだ。

 そんな惨状と、それらを取り巻く醜悪なる民。

 その光景に鬼の王は愉悦を覚える。

「よく育ち、より強き魔物を生む。コモン・オークとて、魔界にて軽んじられておる我々鬼族とて、大事に育んだなら……強き力と成る」

 彼は竜族に、四天王の座を追われた軍団長、『黒天』のフェルニグから受けた、ゴミを見るような眼を忘れない。

 己は王なのだ。鬼族の王が一角、確かに魔界での勢力は大きくない。生来のスペックが足りず、いつも下等な扱いを受けてきた。

 特に小鬼は――しかし今、知恵で力を得ることが出来る。

 力が絶対の以前の魔王とは違う。新たな魔王は自分たちに希望をくれた。

 不条理をひっくり返す力を。

「愛おしき命の木よ。すくすく育て。我らが大願のために」

 悲鳴が、絶望が響く。

 それが彼ら鬼にとっての、希望と成るのだ。

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