幕間:ソロ①
時は遡り、シュッツとアンドレイア王国を目指し旅を続けていた頃、
「……」
ソロの中で急に発作が来た。
「……よし」
『どうしたー相棒』
今日はそこそこ栄えた貿易の拠点、と言った感じの都市で宿泊しており、宿も高級ではないが湿気た地面やカチカチの布団に比べたら全然マシ。
特に不満はない。メシも美味しかった。
シュッツは「当たりであったな」と笑っていた。
そういう時にふと、来るのだ。
「とっつぁん」
「ん?」
「少し散歩してくるからこいつ、預かっといて」
ぽい、とソロは何か長細いものを投げる。
『へ?』
「は?」
聖剣セイントロールもとい魔剣セイン・トロール君である。
「んじゃ、よろしく」
そのまま二階の窓からするりと脱出し、ソロが行方知れずとなる。残された一人とひと振りは茫然と見送るしかなかった。
『……クソが。あの野郎、オイラを逃がさんために――』
「まあ、朝までには戻ろう。息抜きも必要であるな。では、身命を賭しこのシュッツ・アイゼンバーンが聖剣を守り抜いて見せる」
『とっつぁんに押し付けやがった!』
聖剣を布でぐるぐると巻き、それを抱きしめて寝るシュッツ。絶対に守り抜く、その鋼の如し意思を感じる行動である。
『クソがァ!』
トロ、脱出不能。
〇
ソロは屋根の上から夜の街、その煤けた空気を深呼吸して入れ込む。都市の夜は昼とは違う貌が浮かぶのだ。
道行く人の足音の質が変わる。
妖しげな空気が街全体に満ちる。
其処が、
「まずは軍資金を確保しなきゃな」
元々ソロがいた世界である。
ソロは軽快な足取りで屋根から飛び降り、煤けた夜へ飛び込んだ。
「あン? やんのかオラ!」
「っしゃあらぁ!」
酔っ払い同士の取っ組み合いの喧嘩を眺めてひと笑いし、こそこそ足早であったり千鳥足であったり、様々な足音に混ざりその足音はどんどんと音を、気配を小さく、見えなくなっていく。
(リハビリ完了っと)
呑気に歩きながらもポケットから、巾着から、財布の中から一枚ずつ比較的安い、10オロ、100オロ紙幣を狙ってかすめ取り、左手の調子を取り戻す。
(初顔はちょろいね)
大事なのは盗む前の段階だとソロは思う。
気配を、足音を消す、とか音もなく目にも止まらぬ速さで盗み取る、とか、そういう技術よりもまず、盗む相手を観察することが大事なのだ。
相手は裕福か、その金が盗まれても大丈夫なものか。
相手に諦めさせる金額以上、手を出せば遺恨を生む。無論、この地に長居をする気もないので、本日は多少荒っぽくパーッとやる気だが、それはそれとしてこの一線を踏み越えないのはソロの中ではルールである。
ストリートを生き延びるため、要らぬ敵意は買わない。
それが鉄則なのだ。
なので、
(おっ、いいねえ)
獲物を狙う場所もおのずとそういう者が集う場所となる。賭場の出入り口という悲喜交々がごった返す場所。勝者は得意げに胸を張り天を衝く。敗者は俯き地に吸い込まれていく。とてもわかりやすい天地が入り混じる場所である。
天を、勝った者を狙う。
それも、
(獲物みっけ)
出来るだけ元々裕福な相手。余興で賭場に来て、馬鹿勝ちして帰っていくような連中がいるのだ。
高級そうな服を身にまとい、ギラギラと金銀の装飾品を身にまとう露骨なまでの金持ち。彼らは基本勝って帰る。と言うよりも勝たされて帰る。
(はーい、お隣通りますよーっと)
賭場が公平な勝負の場と思うのは愚か者。賭け事とは胴元が儲かるように出来ているし、ある程度は勝敗も操作可能であるのだ。
金持ちに気持ちよく帰ってもらい、色々と便宜を図ってもらうのは当然のこと。直接胴元に関係なくとも、こういう賭場には必ずバック(暴力絡み)がいる。
其処との繋がりとか、とにかく金持ちってのは仲良しで何処かしこで繋がっている、と言うのがどぶ底から見上げたソロの考え。
(ひえー、肩で風切って歩くわけだ。馬鹿勝ち過ぎだろ、ほんと)
音もなく、気づかれることなく左手でスッた時の感触を思い出し、ソロは心の中で驚愕する。10000オロの紙幣がいったい何枚入っていたか、さすがに刹那のすれ違いで判別することは出来なかったが、2,300は余裕で超えていた。
接待するにしてももっと上手くやれよ、と思わなくもない。
もちろん、普段から大金を持ち歩いているタイプかもしれないので、あれが全部賭場で勝った金とは限らないが。
とりあえず挨拶代わりに十枚ほどぶっこ抜き、軍資金は確保。
左手の感じもどうやら絶好調である。
「いらっしゃいませ」
「どーもー」
さすが栄えている都市だけあって賭場も大きい。煌びやかかつ大きな建物の中は色んな意味で灼熱の熱気を帯びた人々で満ち満ちていた。
(あのおっさんからもうちょい抜いて、パーッと一晩で散財するのも悪かないけど、折角だしもうちょい稼ごう。で、もっと健全なお店で散財しようそうしよう)
本日のソロ、久しぶりのおひとり様で気分も随分と高揚していた。
シャバに出る前から考えれば完全なおひとり様などいつぶりであろうか――
(……っと、あぶねえあぶねえ。景気の良いことだけ考えよう。まず、ルーレット、はないね。あれはディーラー次第だし、腕のいい奴なら俺みたいなリピートしない流れ者の一見には絶対勝たせない)
酒も賭け事も大好き、と言うソロにとって賭場は庭のようなもの。一時期、そういう界隈ともかかわりがあり、それなりに事情通でもある。
(スロットはそれこそ店次第。遠隔、店長スイッチがあるとかないとか)
ルーレットもスロットも賭場で人気の遊戯であるが、ソロからすればナンセンス。遊びたいならともかく、勝ちたい時にやることではない。
(サイコロ、丁半か渋いねえ。賽振り、ありゃあ上手いぞ。なら、やっぱりなし。闘鶏も賑わってんね。遊ぶならいいけど、あんまり鶏のこと詳しくないんだよなぁ。戦わせるぐらいなら食いたいもん、俺)
何のかんのと理屈をこねながら、実はソロはもう勝負する遊戯を決めていた。ちょっと久しぶりに賭場の空気を身体中に染み渡らせたかっただけ。
散策を十分に終え、賭場の空気を掴んだ後、
「あ、煙草ある?」
ソロ、カウンターで煙草を注文。
「どうぞ」
賭場での必須アイテム、煙草を手に入れる。ちなみに蒼の大陸アスールにおいて、酒と煙草は趣向品であるが特に法規制はない。
年齢による法規制はない。
使用する場所による規制もない。
この世界ではオールオッケー。この世界では。肝に銘じてほしい。
と言うか下手な場所で水を飲むよりも、アルコールによりある程度殺菌が成されている酒の方が安全な場合は多い。
特にどぶ底へ行けば行くほどに。
「ふんふーん」
ソロはご機嫌な様子でカウンターの上で煙草を巻く。アスールでは手巻き煙草が主流、みんなこうしてシャグ(煙草草)を調整し、自分好みの煙草を拵えるのだ。
ソロはけちんぼなのでいつもちびっと。
「マスター、火」
「プロク」
「どもども」
咥え煙草でのしのしと賭場を練り歩くソロ。なお、この世界、この時代において咥え煙草で歩くのは普通のことなので以下略。
そんなソロが向かった先は――
「おー、やってるやってる」
賭場の花形、鉄火場と言えばこれ、蒼の大陸では子どもから大人、死ぬ間際のじいさんばあさんにまで親しまれている至高の遊戯、
「やっぱこれっしょ」
そう、麻雀である。
老若男女問わず、大人気の遊戯であり、大人はみんなこいつで金を賭けるのが嗜みである。ちなみに麻雀での賭け事は何処か別の世界では禁止されている気もするが、当然蒼の大陸アスールでは禁止されていない、と言うわけでもない。
まあ国によって賭場ならオッケー、全面禁止とか色々あるのは何処かの世界と同じ。賭け事が白熱し過ぎると国家運営にね、支障をきたすのはまあ歴史が証明している。そればかりはこの世界でも変わらないのだ。
でもこの都市は賭場ならいくら賭けてもオッケー、の模様。
「フリーなんだけど空いてる? あんまり安い勝負、したくねーんだけど」
玄人感全開で麻雀の店員に声をかけ、ソロは場を品定めする。
狙いの卓は、
「でしたらこちらに丁度一人空いた卓がありますよ」
初めから目を付けていた。
「じゃ、そこで」
「ただ、レートがデカウーピンでして……よろしいですか?」
「ふーん……まあまあ、スタンダード」
ソロ、玄人感を出しつつも内心では、
(賭け額でか⁉ うわぁ、取り過ぎないように注意しよぉ)
ちょっとビビっていた。ちなみに何処かの世界ではデカウーピン(1000点5000円)などはマンション麻雀の世界、一般人には全くもって縁のない世界の話である。何処かの世界ではそもそも違法だが、一応お見逃ししてもらえる雀荘でのレート限界がデカピン(1000点1000円)であり、これも一発で十万近い金額が変動する大勝負となる。その辺にはない。
「では、こちらへ」
ソロの所持金はスッた十万オロと小金を少々。
当然、デカウーピンで最下位でも取ろうものなら一発で毟り取られてしまう。そもそも勝つ気しかないため、負けたことのことはあまり考えていないが。
「へえ、兄ちゃん金はあんのかい?」
卓には見るからに輩な風貌の男が三人。リーダー格の目に傷のある男と、常時口をくちゃくちゃさせている生粋のクチャラーに、貧乏ゆすりで地震でも起こそうとしているのかバイブレーション男と言う結構濃いメンツである。
其処に、
「要るの? 金」
咥え煙草のソロがどさりと偉そうに座る。
「ほぉ、いい度胸だ。ま、精々頑張ってくれや」
「おう」
ぷはぁ、と紫煙を吐きながらソロが卓を見つめる。台自体、特におかしな点は見受けられない。何処かの世界には存在する自動卓などアスールにはないので、当然手積み、人の手の温かみが素晴らしい。
古き良き時代を彷彿とさせる。
「じゃあ、おっぱじめようや」
「お手柔らかに」
何処かの世界では席決めのため東西南北をシャッフルし、それを取って席を決めるが、此処はお行儀が悪いのでそれをする気配もない。
これはまあ賭場と其処の客次第なのでアスールのどぶ育ち視点ではまあまあスタンダードと言ったところか。
リーダー格の男が二つのサイコロを振り、
「1,2のトイサン、ほれ、お前さんが仮親だ」
「あいよ」
仮親になったソロがまたまた二つのサイコロを振る。
「ピンゾロ、感じがいいね。ウニ、どうぞ」
「くっちゃくっちゃ、あんがとよ」
これで全員の風と親が決まる。
ソロは北、オーラスの親、ラス親と言うやつである。
「楽しもうや、兄ちゃん」
「俺は楽しめるさ」
「けっ、言ってろ」
麻雀が始まる。クチャラーが起家、配牌もそれほど悪くない。
ただ、
(このレートで、何もなしはねえだろ。ま、しばらくは様子見だな)
これがただの麻雀になるとは微塵も思っていない。必ず何かがある。それを掴むまではなだらかに、丸く牌を切っていく。
(指触りもいい。今日は調子いいぜ)
右手で行うツモも絶好調。ズバズバと入ってくる。
「リーチ」
聴牌即リーは麻雀の基本。大して高くないが、だからこそリーチをする。裏ドラへの期待もある。
「ロン。タンヤオのみ。裏、乗った。リータンドラ、5200(ゴンニ)だ」
「はは、安い手だなぁ。せめてピンフはつけなきゃ女神様の怒りを買うぜ?」
「早上がりが得意でね」
「天罰が下っても知らねえぞぉ」
幸先のいいスタート。
しかし、大勝負は始まったばかり――
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