第10話:旅立ちの夜

 馬車がゴトゴトと街道を進む。御者はシュッツ、しかし手綱を握りながらもちらちらと背後を窺い、どうにも落ち着かぬ様子。

 ちなみに馬車の中では――

「……」

「……」

『なあなあ、しりとりしようぜー』

 絶賛気まずい沈黙の帳が下りていた。ソロとソアレはどちらも視線を合わせずにかれこれすでに十分以上も沈黙を続けていた。

 ここはおそらく年長者、だと思っているソロが、

(俺が声をかけるべきだよな? でも、お姫様相手になんて声かけたらいい? パンツ可愛い柄でしたね、って言った不味いよな?)

 自身から声をかけるべきかな、と迷っていた。迷うぐらいならさっさと声をかければいいのだが、残念ながら基本おひとり様生活を送ってきたソロは対人関係にかなり難があるのだ。こう見えて意外と人見知りでもある。

『あたぼうよ』

(へいトロ、声のかけ方を教えてくれ)

『おおん……まずはこの前はごめんね、と言う謝罪からだな』

(俺何も悪くないぞ)

『言い過ぎたって反省していただろ?』

(……それは、確かに)

『ごめんね、から始まる関係もあるさ。さ、見せてくれ相棒の謝罪芸ってやつを』

(……あれ? ちみ、もしかして面白がってない?)

『ないない』

 どうにも釈然としない思いを振り切り、ソロは心の中でごほんと咳払いをする。やはり年長者として、口火を切るしかない。

「……ぁ」

 そう思い口を開いた矢先に、

「この前はそちらにも非があったとはいえ、あまりに礼を逸した行動でした。申し訳ございませんでしたわ」

 まさかのソアレがタイミングよく、と言うか悪く謝罪にて先手を取る。

「ぁぅ」

 と口ごもるしか出来ないソロ。

「あ、えと、俺も少し口が過ぎました。ごめんなさい」

「少し?」

「あ、少しでは、ないです。はい」

「そうでしょう。お互い過ぎた言葉を吐き、過ぎた行動をした。それだけです」

(……ん? そうか? 俺、殺されかけたんだが?)

『疑問を持つな相棒。今は飲み込め。丸く収めるんだ、それが大人ってもんだ』

(大人って……クソだ)

 丸く収まった、と言うよりも丸め込まれた気がするソロであったが、とにかく初対面のボタンの掛け違い、ボタンを奪い、ズボンを引きずり下ろしたことは許してくれるらしい。こちらは殺されかけたので過剰防衛ではないと思うが――

「ただ一つ、ハッキリさせておきます」

「ん?」

「貴方はお姉様を、ルーナ・アンドレイアを知らない。誰よりも強く、美しい。お姉様は生きています。必ず」

「……」

「私が旅に同行するのはお姉様を探し出し、今度こそ共に並び立つためです。そのために修行を積み、準備してきたのですから」

 ソアレの眼は蒼く、強く輝いていた。

 この前の姉の幻影にすがるものではなく、何処か寄りかかろうとする色は消え、共に戦う、今度こそ役に立つ、そういう強い気持ちが前面に出ていた。

「……俺は死んでると思うけど、ま、いいんじゃねえの」

 戦い、散った者にすらすがろうとする女々しさには腹が立ったものだが、一周回りここまで吹っ切れているなら不思議と腹も立たない。

 好きにすれば、と言う感じである。

 が、

「は?」

 その反応を向けられたソアレは、

「ここまで言ってもわからないとは……貴方の知能指数は相当低いようですね」

 また喧嘩を売るような言葉を吐く。

「え、ええと。好きにしたら、って感じなので、肯定気味と言いますか」

 お姫様の癖に血の気が多過ぎる。

「ふー……これだから庶民はわからず屋ね。いいわ、教えましょう。お姉様が打ち立てた逸話の数々を。そうすればきっと、貴方も理解できるはず」

「あ、あのぉ」

「まず、私が生まれる前! お姉様は生まれてすぐ指を天にかざし雷を放ったのよ。目撃した者たちは皆、確信したの。お姉様は女神様が遣わした神の子である、と」

(う、嘘くせぇ)

『でも、あの女ならやってそうな気もするぜ』

(それは、確かに)

「生後ひと月で立ち、三月で言語を解し――」

(おいおい、止まらねえぞ)

『ま、聞いてやれ。いつかは止まる』

(……と、とことんこの女とは噛み合わねえ)

 ソアレの姉語りは怒涛の如く続き、ソロはところどころ睡魔に襲われながらも、

「こら、起きなさい!」

「ふがっ、お、起きてる」

「なら、続けるわよ!」

「……ふぁい」

『ひっひっひ、退屈しねえなぁ』

 ソアレに叩き起こされさみだれ式に叩き込まれていく。

 そんな様子をソロに提げられたトロと、

「はっはっは」

 御者として手綱を握るシュッツは愉快気に笑っていた。


     〇


 馬車の移動速度に慣れておらず、日が落ちる時間帯には付近に宿場町などはなく、初日から野営となる。

 ソロとシュッツは慣れたもの。てきぱきと薪を集め、火を起こし、軽く腰掛けられそうな石でも見つけて椅子替わり、小粋なキャンプを完成させる。

 その間、

「……」

 何をすればいいのかわからぬお姫様は馬車からその光景を眺めていた。何か楽しそうだしやってみたいな、と思いつつも王宮で食事の準備に手を出そうものなら、それを看過したシェフごと給仕もまとめて首を切られて自分も怒られる。

 なので、手を出さぬ癖が染みついていた。

 実際に一番良さそうな石、と言うよりも岩をえっちらおっちらシュッツが焚火の周り、風向きなども考え最高の場所にソアレの席を用意する。

(なーんか釈然としねえな)

『お姫様ってのはそういうもんだ。相棒、大人になれ』

(ケェ)

 特別扱いが当たり前、これにどうにも納得のいかないソロであったが、

「今宵は王都の食材を用い、某が腕によりをかけた料理をご用意いたす」

 シュッツの発言一つで、

「うひょひょひょひょ!」

 一発で吹き飛んだ。どぶ底生まれのどぶ育ち、単純な造りなのだ。

 そんなこんなで三人とひと振りが焚火を囲み優雅なディナーと洒落込む。

 ウキウキのソロはシュッツ特製のシチューを自らごっそりとよそい、

「いっただきぃ」

 誰よりも早くかっ喰らう。

「……ソロ、祈りの言葉は?」

「は? そんなもん俺の周りで言っている奴いねえよ」

「貴方ね、それで女神さまがご機嫌を損ねて、ご降臨が遅れたらどうするつもり? 人類全体の、大きな損失になるのよ!」

「食事の時に祈られねえからって拗ねるのか、女神様ってのは。随分と狭量っつーか、なんかしょーもなくね?」

「例えよ例え! と言うか今の言葉はさすがに不敬よ。女神さまに謝罪して撤回しなさい! 今すぐに!」

「やーだよぉ。べろべろばー」

「こ、この、やっぱり失礼よね、シュッツ!」

「いや、某は、そのぉ」

「そもそもとっつぁんが言ってねえよな⁉ 食事の時に」

「ぎくっ⁉」

「シュッツ!」

「あ、いや、そのぉ、現場では色々と省略するのが慣例でして」

「それ、聖庁にも言えるの?」

「ぁぅ」

 こんなにも小さくなったシュッツを見るのは初めてのこと。やーい、怒られてやんの、とソロはゲラゲラと笑う。

「それと食事の際は目上の者から口にするものでしょ。この場合は私、シュッツ、そして貴方。おわかり?」

「いーやわからん。よしんば飯を作ったとっつぁんが一番は認めるぜ。だが、二番手は俺だ。どう考えてもな」

「ハァ? 何処をどう考えたらそうなるのよ!」

「お前が一番新入りだろ」

「お前って言うのやめて!」

「姫様、お前の語源は御前でして、その、実はとても丁寧な言葉遣い――」

「蘊蓄は結構よ、シュッツ」

「……はい」

 誰が目上か、其処には互いに譲れぬものがあった。此処で認めれば、この先の旅での序列が決まってしまう。姫、どぶ育ち、早いもの順、どちらにも理はある。

 このマウントバトル、決して引くわけにはいかない。

「どうしても退く気はないのね、庶民」

「無論だ。どぶ育ちにも意地があんだよ、お姫様」

「「決闘だ!」」

 懲りない二人。

『駄目だこりゃ』

 トロは呆れ果てるしかない。無機物の自分よりも馬鹿な二人に。

 そんな二人に、


「仲違いはやめよ!」


 シュッツの大声が飛ぶ。普段、あまり怒らぬ者の大声は、

「「『……』」」

 二人とひと振りを完全に黙らせた。

「姫様、いえ、あえてこれからはソアレ様と呼ばせていただく。ソアレ様は勘当された、と申されましたな」

「え、ええ。そうです、けど」

 シュッツに大声を出されたこともなければ怒られたことも当然ないソアレはたどたどしい口調で答える。

「であればソアレ様は今、王家に連なる者ではありませんな」

「そ、そうです」

 心の中では「でも、アズゥ家も超名門ですけど」と思いながらも怖いので口をつぐむ。何しても怒らないだろう、と思っていたところからの激怒は効果抜群なのだ。

「某も王国を追放された身、何者でもございません」

「……」

「ソロは己が身を立てる証はあるか?」

「ご存じの通り何もないぜ、とっつぁん。しいて言えばこいつぐらいさ」

 ソロはポン、と自らの左腕を叩く。

『オイラは⁉』

 とトロが突っ込むもここは華麗にスルー。

「結構。なれば、某らは三人とも何者でもないのです。其処に目上だ何だと滑稽でありましょう。違いますかな?」

「……違いません」

 恐縮するソアレを見てソロは内心ウキウキであった。やっぱとっつぁんは違うぜ、もっとこの生意気なお姫様に言ったれ、と思うも――

「ソロも問題である」

「へ?」

 当然の如くそちらにも矛先が向く。

「某らは仲間である。上下なくとも共に過ごす中、気を遣う必要はあろう。自分だけが良ければよいのだ、と言う考えは改めねばならぬ」

「……うす」

「上下はないが、皆の食事を了承なく多く食すのは品に欠けるぞ」

「はい、以後気を付けます」

「なればよし! では、食しましょうぞ。三人仲良く!」

「「はい」」

 三人仲良く、笑顔溢れる食事が実現する。

 若干二名ほど、笑顔の堅い者がいた気もするが――それはご愛敬。

 そんなこんなで夕食を終え、シュッツは皆を集める。

 そして地図を広げた。

「改めて某らの旅、その目的を伝える」

「あ、そう言えば俺聞いてない気がする。あんま気にしてなかったけど」

 お気楽なソロの反応に、

「貴方ねえ、シュッツとそれなりに長く旅してきたんでしょ? それが何で旅の目的も知らないのよ。普通聞くでしょ」

 ソアレが呆れ果てる。

「アンドレイア王国に行くって聞いてたし」

「その先は?」

「さあ?」

「……気にならないの?」

「べっつにぃ。どうせ俺、地元戻り辛いしなぁ」

「なんで?」

「俺、前科持ちよ。顔割れたスリはきちーのよ」

「ちょ、シュッツ! この男犯罪者よ! たぶん性犯罪、危険人物じゃない!」

「スリって言ってんだろうが。盗みだっつーの」

「どっちにしろ犯罪者でしょ!」

「まあな、へへ」

「なんで誇らしげなのよ!」

 ちょっとの切っ掛けで盛り上がる、と言えば聞こえはいいがぶつかり合う性格は噛み合っていると言えるのか、ただ反発しているだけか――

 どちらにせよ、

「ええい! 話の途中である!」

「「すいません黙ります」」

 シュッツの一喝で治まるのだが。

「すでにソアレ様には伝えたが、某らの旅の目的は三百年前に女神様の手で世界各地に散らばり、秘匿された神造の武器防具を見つけ出すことである」

「……俺、トロ助いるよ?」

「トロ助?」

「あ、この聖剣のこと。あだ名呼びしてんだ、俺」

 ちなみにトロが魔剣であることは皆に内緒である。

「う、うむ、そうか。随分ポップだな、と思ってな。人それぞれであるな、すまぬ」

「どういたまして」

 話の腰が折れまくり、なかなか進まない。

「ごほん。見つけ出す目的は某らの分を見つけることもあるが、主目的は戦場へ神造の武器防具を送り届けること、にある」

「あ、なるへそ」

『おー、なるほど』

 ソロ&トロ、納得の理由であった。

「猫の手でも借りたい戦場であるが、某らが戦地へ赴いても焼け石に水。それよりもより強き武器を、防具を探し出し適宜送る。すでに伝承でしかないが、神造の武器には一騎当千のものもあると聞く」

『オイラのようにな』

(精々百じゃね?)

『おおん? 課金したらすげえぞ、おい。トぶからな!』

(こわぁ。おくすりじゃん)

 心の中でも話の腰を折り続ける一人とひと振り。

「元々、姫様……ルーナ様もそうされるおつもりであった。一度は軍団長である『黒天』を退け、少し落ち着きを取り戻した戦場であるが、このままいけばジリ貧なのは明らか。覆すには超常の力がいる。それも、出来る限り多く」

「トロ助みたいなのは探すってことか」

「うむ。しかし、すぐに見つかるようなものはすでに各国が見つけ出し、保有していることであろう。それ以外となると雲をつかむような話であるが」

「トロ助はすごく目立っていたぞ」

「ゆえにすぐ向かったのだ。何人にも抜けぬ聖剣が刺さる丘、ルーナ様ならばもしや、と思ってな。まさか、先客がいるとは思わなかったが」

「他にも抜きに来た奴がいたの?」

「三百年の間、ごまんといた。百年前ぐらいまではそれで観光ツアーが組まれていたとも聞く。挑戦者求、と」

「……やっすい伝説だこと」

『へへ、観光資源として働いていたんだぜ。こう見えてもな』

 ただ、誰にも抜けなさ過ぎて、次第に下火となり風化し今に至る。まあ、つい最近まで武器の必要性も薄かったので、放置されるのも仕方がないのかもしれない。

「それにルーナ様が集めさせた情報もある。闇雲、と言うわけではない」

「先見の明抜群だな。惜しい奴を亡くしたなぁ」

「死んでない!」

「また怒るよ? ん?」

「「ごめんなさい。仲良しです」」

「よろしい」

 ごほん、とさらに咳払いして、

「さらに道中、流れ者ゆえに出来ることもある」

「あ、あの木か」

「うむ。残しておくには危険過ぎる。少しでも戦場や各国を楽にしてやるためにも、見かけたオークは根こそぎ取り除く。主な目的はこの二点であるな」

 蒼の大陸アスールを駆け回り、秘匿された女神謹製の武器防具を探す。それと並行して戦場から離れた場所にある魔の木、オークを駆除していく。

 これが今の自分たちに出来ること、とシュッツは定めたのだ。

 ソロに異論はない。

「質問は?」

「なし。とりあえず飽きるまで付き合うぜ、とっつぁん」

「ふはは、頼もしいな」

「……」

 笑うシュッツに対し、ソアレは軽口に目を細める。

「んじゃ、俺は寝床でも作るかな。野宿でも出来るだけ気持ちよく寝たいしな」

『草集めて絨毯にしようぜ』

(ふっ。ふっかふかにしてやんよ)

 そう言って離れていくソロの後姿をジトっとした目で見るソアレは、

「飽きるまで、とか……本当にあんなのが信用できるの?」

 信用ならない男だ、とシュッツに言った。

「はは、あの男の軽口を真に受けていたら持ちませぬぞ。あれで骨のある男です。姫様が見初めた男でありますからな」

「は⁉ じょ、冗談でしょ⁉ あんな庶民と、お姉様がなんてありえない!」

「さて、どうでしょうか。ソアレ様は馬車で寝てください。某はソロに倣い、お手製の寝床でも作りますゆえ」

「どうせ、あの男はその不公平にも不平をこぼすでしょ」

「こぼさぬから率先して寝床を作りに行ったのです」

「……あっ」

 ソロの『気遣い』に気づき、ソアレは目を丸くする。

「意外と悪い男ではない、と思いませぬか? お調子者なのが難点ですが」

「……」

 シュッツは「はっはっは」と笑いながら寝床作りに参戦した。その様子を、軽口ばかりのお調子者の背中を見つめながら、

「……ふん」

 俯き、小さく鼻を鳴らす。


 そんな旅立ちの夜、であった。

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