第9話:ぬすっとVSおひめさま②

 胸を抑えて距離を取るソアレを見てソロは勝利を確信していた。自分のようなどぶ底生まれどぶ育ちの住人ならいざ知らず、高貴な生まれのお姫様ならばいくら肌着をまとっているとはいえ羞恥心が勝るはず。

 其処を突いた妙手、これぞぬすっとの立ち回りである。

「……」

「姫様、今回はこの辺にしておきましょう」

 シュッツがここぞとばかりに仲裁に入る。やり口に関しては大変遺憾であるが、それでも戦意が挫けたことに変わりはない。

 ここで、

(ソロよ、頼むぞ!)

(任せとけよ、とっつぁん!)

 騎士と盗人、まだ付き合いは浅くとも、こうして心を通わせることが出来る。

 ソロ、渾身の、

「っしゃあッ!」

「ア、ニゲラレター」

 全力ダッシュ。不審者として拘束されるかもしれない、と言うのは扉の外で待つ場合の話。ここはもう、全力で逃げて王宮から脱出するしかない。

 怒りが萎えている内に――外へ逃げる。

 が、扉の手前で、

「アズゥ・プロク・ファール」

 蒼い炎の壁がソロの歩みを阻む。

「へ? なに、これ?」

 見たことのない炎。ただ近寄るまでもなくわかる。

 物凄く――

「逃がすわけないでしょ」

 熱いから。離れてもわかる、とんでもない高温。近づく気すら起きない。

「……ひ、姫様。修練場とは言え、王宮内で魔法を使われるのは」

「黙りなさい、シュッツ」

「ひえっ」

 胸元を抑える手を外し、肌着ぐらい見たければ見ろ、とばかりに立ち上がる。威風堂々とした振舞いである。さすが王族、潔い。

 ただし、絶対に逃がさないし、命も奪う。

 その絶対的な殺意は炎と同じく真っ青な目を見ればわかる。

「覚悟はいい? 盗人」

(……やばぁい)

 戦意を挫き、逃げ出すつもりが完全に虎の尾を踏んだ形。ルーナにしろソアレにしろ、もっとおしとやかでお姫様お姫様していて欲しかった。

 それならばっちり逃げられたのに――

「ってか、なんで炎が蒼いんだよ」

「それが高貴さよ」

「い、意味がわからん。……とりま、ボタン返すから許して?」

「……?」

 笑みを浮かべ、小首をかしげるソアレを見て、駄目元の交渉が決裂したことを察したソロは小さく天を仰ぐ。

 相手は殺す気。しかし自分は王宮内で王族を殺す気なんてない。ただでさえ王様からとんでもなく嫌われているのに、こんな場所でお姫様に手を出したら普通に処刑ものであろう。そんなのはどぶ育ちにソロでも理解できる。

 殺さずに無力化するしかない。

 しかし、

「蒼く咲かれ、アズゥ・レヴァー」

 体の内側が燃えているのか、何か口から蒼い炎がこぼれ出ている様を見て、どう考えても無理な気がした。

 思ったよりも――

「は?」

「素早さが自慢だった?」

 強く、速い。

 一瞬で背後に回り込まれた。

『炎の魔法で一時的に身体能力を向上してやがる!』

(トロ助ェ! 俺もやってよ!)

『魔法のブーストは出来ても、相棒が使えなきゃオイラにゃ無理!』

(クソがァ!)

 ソロ、恥も外聞も投げ捨てた前方へのでんぐり返しでの回避。ダイビング回避では次の動作の前に殺されてしまう、と野生の勘が働いたのだ。

 ぐるんと回転し、その勢いのまま逃げる。

「おお、見事な回避である」

「賛辞とかいらねえから止めてくれよとっつぁん!」

「でも、婦女子の、その、ばいんを出した方が悪いと言うか――」

「シュッツ、貴方も覚悟なさい」

「……今の内、某も逃げようか?」

 とんでもなく速い。とんでもなく強い。あとついでに熱い。

「蒼炎咲け! アズゥ・プロク・ブレイド!」

 さらに身体能力を向上しながら、剣にまで蒼い炎をまとわせる。その一閃、もはや野生の勘頼りにかわすしかなかった。

 さすがは凄腕の盗人(自称)、そんな状態でもかわして見せる。

 だが、

「……あ、ああ」

 壁に刻まれたとんでもなく深く、外の木すらもぶった切った蒼き炎の刃の威力にソロは絶句するしかなかった。

 当たったら死ぬ。

「死になさい」

 ソアレによる死の宣告。

「ひょ、ひょええ」

 ソロ、ビビり倒す。

『相棒、その、こんなしょうもない場所で使いたくないんだけど、えーと、一応ね、どうにかする手段はあるよ』

(な、なんだと⁉)

『オイラに生贄をね。例えば腕を捧げるとか……これが一応課金プランってやつ。こういうのってもっと凄い敵が相手の時とかがお約束なのになぁ』

(……普通に嫌なんだけど)

『でも、どうしようもなくない? 眼でもいいよ。髪の毛とかでも何とかなる』

(……禿げるの?)

『禿げる』

(生えてくる?)

『一生生えない』

(却下)

 窮地に凄まじい勢いで、弾丸トークを心の中でかわすソロとトロ。とうとう提示された魔剣トロール本来の機能、生贄システム。

 しかし、ソロは普通に却下する。

 腕は二本あった方がいいし、眼も距離感が大事だから二個いる。禿げるのは絶対に嫌。生えるならまだしも、生えないのはさすがにありえない。

 なので、

(閃いた)

『ダニィ⁉』

(俺のイメージ通り動いてくれ。左手以外は任せる)

『……マジ? え、これ出来るの?』

(やるさ。俺は……禿げねえ!)

 課金プランを聞き、ソロは覚醒する。今までトロに頼りきりだったが、ここは自らの力で切り抜けねば最悪禿げ散らかってしまう。

 それだけは避けたかった。

 まだ、

(俺は、若いんだ!)

 禿を飲み込むには若過ぎた。

「……降参ってこと?」

 いきなり剣を納め、立ち往生するソロを見てソアレは疑問符を浮かべる。何を言われようと首を刎ねるつもりであったが、それでも無抵抗の人間を斬るのは少しためらわれる、と言った理由である。

「まさか。勝つぜ、俺は」

 真っすぐな、澄み渡るような力強い瞳。

 それに僅かに気圧され、

(……ハッタリよ。あんな男に、私の最強魔法コンボをどうにか出来るわけがない。お姉様じゃないのよ、相手は。ただの盗人、負けるわけがない!)

 そんな自分を叱咤する。

「なら、死になさいッ!」

 蒼き炎の吐息を零しながら、蒼き炎の剣を握る。

 これで終わり、一気に距離を詰めた。

 凄まじい速さである。

「……?」

 接近の最中、ソロの右手が剣に触れる。何をするつもりだ、と僅かに警戒するも、やはり優速を誇る己が小細工を仕掛ける理由にはならない。

 正面から堂々とねじ伏せる。

 上段、袈裟斬りに全てを断ち切る。

「な、なんとぉ」

 シュッツは驚愕する。

 ソロは、

「ふんがァ!」

 死ぬ気で袈裟斬りの軌道とは逆側の、下をくぐるようにダイビング回避を敢行する。さすがの逃げ、速さで劣っても何とか逃げ出そうとする執念は見事。

 だが、普通に旋回して振り返り、緊急回避により倒れ伏したソロを断ち切れば済むこと。無駄な抵抗である。

 ソアレは振り返る。

 そして見た。

「動くな」

 何故か勝ち誇るソロの腹が立つ顔を。

 その貌、ぶった切る。一歩前に進み出る。

 すると、

「あれ?」

 足がもつれた。いや、足捌きでもつれたわけではない。其処まで初歩的なミスを、最高の姉を追い研鑽を積んだ自分が犯すわけがない。

 でも、足は上手く動いてくれない。

 そして、気づいた。

 ソロの左手、其処に握られていたモノに。

 それは、

「ど、どういう、こと?」

 ベルトであった。自分が愛用している。足がもつれ、ソアレは勢いよく地面に突っ伏す。其処でようやく気付いた。

「へぎゃ⁉」

 ベルトだけではなく、自分のズボンが半ばほどまでずり下げられていることに。

 信じ難い話である。彼はあの刹那の間にベルトを盗み取り、ついでとばかりにズボンをずり下ろしたのだ。凄まじい早業、桁が違う。

「言っただろ? 勝ちだってな」

 ソロ、相棒のトロを地面に突っ伏したソアレへ突き付け、高らかに勝利を宣言した。左手にはベルトを握り締めて――

 先ほどに輪をかけた、ドヤ顔であった。


     〇


「シュッツ! なんで止めたの!?」

 勝利宣言したソロをぶっ殺そうと再び立ち上がったソアレをシュッツが止め、ソロは脱兎の如くここから逃げ出していった。

 今はその後のことである。

「姫様の負けでした」

「そ、それは」

「しかも、何度も……あの男には殺すことが出来た」

「ハァ? 最後はわかるけど、他は私が圧倒していたでしょ!」

「いえ、ボタンをかすめ取った手に、ナイフでも握られていれば姫様は殺されていたのです。奪われたボタンの分、姫様は敗れておりました」

「……っ」

 そう、ソロに殺す気があれば気づかれずボタンを奪う、それと同じ動作でソアレを殺すことが出来ていたのだ。

 しかも、

(最後に至っては……右手に視線を誘導し、左手で大胆不敵な仕事を恐ろしい速さで行って見せた。左手の精度も凄まじいが、真骨頂はその前段階である)

 最後の大仕事、それを成すために剣を納め、近接中に触れることで視野を右半身に誘導、正面であるにもかかわらず左手側に死角を生んだ。

 その時点で、人を殺す程度ならどうとでも出来た。

 それをしなかったのはソロの、盗人としての矜持。殺しはしない、その強い意志が感じられた。自分が殺されそうになってなお、それが揺らぐ気配すらなかった。

 其処にシュッツは漢を見る。

「存外、骨のある男でしょう?」

「私は……認めない」

「……これより某らは女神様の加護を受けたより強き武器を探すため、長い旅に出るつもりです」

「シュッツが? なんで?」

「言い忘れておりましたが某、王宮から追放され申した」

「……お父さまが?」

「主君を守れなかった騎士です。当然の処遇であります」

 信じられない、と言った表情のソアレ。

「ルーナ様が最後、命を賭して守った男がどう生きるのか。それを某はやるべきことをやりながら、見守る所存でございます」

「……」

「しからば、御免!」

 王国最強の勇士を失い、さらに王国で最も信頼厚き騎士もまた去る。その大きな背を、ソアレは見送る。

 かつて、姉たちを見送った時と同じように――

「……」

 無力を噛み締めたあの日の景色と重なる。


     〇


「おいおいおい、とっつぁん。こいつぁ、大層な宝箱じゃねえの」

「まあ、某の退職金であるからな」

 王宮の外で合流し、折角なのでとアンドレイア王国が誇る白の都市アンドヴァイス最高級のホテルに一泊したソロとシュッツ。男二人、相部屋だろうが気にしない。生まれて初めてのふっかふかのベッドにソロは号泣し、速攻寝た。

 爆睡したら朝で、王宮からホテルの入り口に色々と届いていたのだ。

 中でもひと際目立つのが立派な宝箱である。

「ねえねえ、とっつぁん。開けてもいーい?」

「ううむ、仕方ないのぉ。ちびっとだぞ、ちびっと」

「ひっひっひ、楽しみだなぁ」

 ソロとてシュッツが結構な騎士であることは理解していた。その退職金と言うのなら、かなりのものではないのか、と期待してしまう。

 物凄い金目のものがあったらどうしよう。

 そんなウキウキ気分で開けると――

「……ん?」

 其処には折り畳み式っぽい木の棒が入っていた。あと、白い硬貨が一枚。

 それだけ。

「「……」」

 二人とも、絶句。

「……こ、この棒は杖で、長旅頑張ってね、って感じかな? も、もしかして、この硬貨が物凄く、その、価値があるとか?」

「……白鉄は別に高価な金属ではない」

「……じゃあ、ええと、なにこれ? いやがらせ?」

「ふはは、やもしれぬな」

「笑い事じゃねえ! 絶対あの王様だろ! いくら何でも舐め腐り過ぎだ! ここは抗議しに行った方がいいぜ、とっつぁん。俺のためにも!」

「せぬよ。それにほれ、馬車を置き去りにしておる、と言うことはこれも貰ってよい、と言うことだ。高いぞぉ、馬車は。あと馬も」

「馬の食費はどうすんだよ?」

「道中の草でも食わしておけばよかろう」

「ムキー!」

 高級ホテルで一泊した、ただそれだけで気分はリッチマン、心のエンゲル係数爆上がりの結果、ちょっとやそっとの儲けじゃ許せなくなったソロ。

 実際、馬車はとてもありがたいし、高級なのだが――

 それに、

(……白鉄の、コイン。懐かしいですなぁ、陛下)

 如何なる宝物よりも、ある意味でそちらの方がシュッツには嬉しかった。怒り、嘆き、絶望の中でも、王と騎士の間には繋がりがあったのだ、と再確認できたから。

 アンドヴァイスの記念硬貨。自らが騎士に成った時代に発行されたもの。

 それは同時に、今の王が若くして即位した時代でもあった。

「まあ、某も多少持ち合わせはある。しばらくはひもじい思いなどさせぬよ」

「なんだよー。とっつぁんも人が悪いなぁ。そういうことなら無問題だぜ!」

「しかし、贅沢は敵である」

「ムキー! もう一泊しようよぉ」

「駄目」

「ムキムキー!」

 駄々をこねるソロを見て苦笑しながらも、シュッツはこの都市に思いを馳せる。これからは長い旅になる。もう、戻ってくることはないのかもしれない。

 どちらにせよ自分には――

「とっつぁん。馬車の動かし方教えてくれ!」

「ふはは、構わぬぞ」

 底抜けに明るいソロの声に引き戻されたシュッツは思考を切り替え、前を向くことにした。前にはきっと――


「おはよう、シュッツ。絶好の旅立ち日和ね」


 きっと良いことが、

「……ひめ、さま? なぜ、こちらに?」

「シュッツについていくと言ったら勘当されたの。だから、よろしく」

「はい?」

 あるのかもしれない。ないのかもしれない。

 とりあえず、旅の仲間が二人から三人になったとさ。めでたしめでたし。


 ソアレ・アンドレイア改め、ソアレ・アズゥが仲間に入った。

 強引に。

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