第7話:アンドレイア王国

 デカい、高い、凄い。

 青き大陸アスールの中心部に居を構えしは巨大連合の盟主、アンドレイア王国である。巨大河川、肥沃な大地、文明が栄える条件を全て備えた大国であり、世界の中心と呼ぶ者もいる。その王都ともなれば、やはりどの都市よりも破格なのだ。

 青き空、陽光の煌めきによって輝ける白き都市、その街並みは芸術性の塊。人工的に運河を張り巡らせ、機能性すらも兼ね備えた世界一の都市である。

 世界一の都市、その大動脈である水路にて、

「でっかぁ」

『でっっっか』

 シティボーイを自称していたソロと相棒のトロは顎が外れるほどに驚いていた。井の中の蛙とはこのこと、自分の知る都市はシティにあらず。

 都会とは、この地のことを指す。

「これぞ白の都市アンドヴァイスである」

「なんでとっつぁんが自慢げなんだ?」

「某はここ出身ゆえ」

「……ぐう」

 大都市出身のシュッツを前にぐうの音しか出ないソロ。そんなご一行は現在、水路を小舟で移動していた。大通りから堂々と城を目指そうとするとシュッツに止められ、何故かこそこそとぬすっとのように城を目指す。

「しかし水路も大きいな」

「物流の要は水運であるからなぁ、この規模の都市ともなれば当然であろう」

「はえ~」

 舟が行き交う大水路、こんなのが縦横無尽に張り巡らされているのだから、この都市に関しては文句のつけようがない。

 文句があるとすれば――

「なんでとっつぁんはさっきからずっと身を屈めてんだ?」

「某は目立つゆえな」

「目立っちゃまずいのか?」

「まあ、少しばかりは……それにしてもソロは最近、メキメキと魔法が上達しておるな。某も少しばかり驚いておるほどだ」

「まあね」

(何か話を逸らされた気がするけど……まあ、気持ちいいからいいや)

『さすがお調子者だぜ』

 話を逸らされたが褒められて気持ちいいのでオールオッケー、それがソロと言うお調子者である。細かいことは気にしないのだ。

「魔法の上達は感覚の世界ゆえ個人差もありまちまちであるが、明らかにソロの上達は他の者よりも凄まじいものがあろう」

「それほどでも、いや、それほどか」

「戦闘魔法として運用するまで、あと少しであるな」

「まぁねえ」

「何かコツでもあるのか?」

「……さ、さあ?」

 突如、ソロの顔色が変わる。シュッツは当然の疑問を問うただけ、特に他意はないのだがソロの焦りようはなかなかのもの。

 その理由は、

『オイラが手伝ってるからな』

(しぃ! 黙っとけ)

『オイラの言葉は聞こえてねえよ』

 ソロが修行の際、トロの助けを借りているから、である。

 事の顛末は――


 魔の木コモン・オークとの遭遇より前のこと、

「トロ助~! なかなか進歩しないよぉ」

『そりゃあそうだろ。何年もかかるってとっつぁんも言ってたじゃん』

「このままじゃおじいさんになっちゃう!」

『かもなぁ』

「知恵をおくれ。長生きしてるしなんかあるだろ~? ん~?」

『……アイデアは、一応』

「ぷりーず! 相棒を救うと思って!」

『都合いいなぁ。まあ、減るもんじゃないしいいけど……この前の感動がなぁ、地味に薄れるよなぁ。なんだかなぁ』

 ソロ、自らの修業が微塵も進歩せずに心が折れかけていた。と言うか心折れたのでトロの知恵に頼ろうと恥も外聞も投げ捨て土下座芸をかます。

 この男、頭が軽過ぎる。

『要は感覚を掴めばいいわけだろ? なら――』

 トロのアイデアをまとめると――

「お、おお!」

『ウイーン』

 トロがソロを操作し、魔法を操る。その際、トロは潜在能力を引き出しており、その感覚自体はソロへ薄っすらとフィードバックされているのだ。其処がこの修行法のミソ、薄っすらでも今の自分よりもイイ感覚を掴むことが出来る。

 その感覚を得た状態で、普段の修行をこなす。それだけ。

 すると、通常よりも結構なペースで成長、レベルアップすると言う算段。

 もちろん楽々階段を上がれるわけではなく、あくまでも補助の範疇。結局、努力は続けなければいけない。それでも成長の実感が早まるのは、修行を続けるモチベーション的にも大きな効果をもたらす。

 そしてそれは、

「なあトロ助よ」

『おん?』

「これ、剣にも使えるんじゃね?」

『おん』

 剣にも応用可能。トロが体を動かし、それを後からソロがトレースする。あらゆる技術習得において最も重要で、最も難しく奥が深いフォームの習得、習熟、これが一気に加速する。まあ、これに関してはトロ流剣技、ぶっちゃけ我流であるし、

「俺、利き腕左手なんだけど」

『オイラ、右利き想定しかイメージしたことないもん』

「……左投げ右打ち、変態打法で極めるかぁ」

『個性だ、個性。多様性だな』

「おう」

 利き腕と逆で学ぶことになるのだが、どちらにせよ右でも左でもがっつり素人であるので、現時点で矯正するのは特に問題はない。

 とまあこんな感じで――


「え、えっへっへ、俺才能があるのかもなぁ」

 ソロはとある村からここアンドレイア王国までの二か月にも及ぶ長い道のりの中、バキバキの素人からちょっぴり毛が生えた程度には成長していた。

 まあ、ソロがトロなしで魔物と戦えるかと言えば最弱クラスを見繕う必要があるだろうが。そんなのが最前線の戦場にいるかはさておき――

「うむ、某の眼から見ても才能があると思うぞ」

「だ、だろー」

「貴公は頑張っておる」

(ちょ、ちょっと罪悪感が……そんな真っすぐ褒められるとさ)

『別にズルしてるわけじゃねえしいいだろ。それを言ったら女神の武器で魔王の軍勢と戦おうってコンセプト自体がズルいわけだし』

(た、確かにぃ)

 ソロはトロの意見に納得、罪悪感よさようなら。

 いつもの調子に戻ったとさ。

「ゆえに某も腹を括った。……ソロよ」

「ん?」

「これから城に入るが、その際に約束してほしい」

「……そりゃあ、約束によるよ」

「難しいことはない。ただ、一切口を開かないでほしいのだ」

「へ?」

「御身だけは何があろうと守る。それは某も約束しよう。ただ、某に何があろうと、何を言われようとも、口をつぐんでもらいたい」

「……城で何が起きるんだよ?」

「……すぐにわかる」

 シュッツの険しい表情を見てソロは不安を募らせる。

 しかして舟は止まらずに水路を進み、城兵が守る水門より城へ入る。


     〇


 シュッツの言葉、その意味はすぐに理解できた。

「ルーナが、死んだ?」

 玉座の間にてシュッツがこれまでの顛末を皆に、王に報告する。北の最前線で『黒天』フェルニグ率いる軍団とルーナやシュッツ、あそこの騎士たちも遊軍として人の軍勢に加わり衝突、幾度も交戦し、数多の犠牲を出しながら片目を奪い撃退するも、ルーナもまた国家の至宝である女神の祝福を受けた剣を折ってしまう。

 その代わりを、より強き武器を求め、風の噂を頼りにあの村へやってきて、あとは皆も知る通り信じ難い距離、前線から遥か離れた土地までルーナを追ってきたフェルニグの軍団が空より急襲、確認は出来なかったがあの場に残った全員が戦死した。確認するまでもない。至宝すらも届かなかった相手、格の落ちるサブの剣ではとても届きはしない。黒龍を討つための有効打を、あの場の誰も持たないから。

 だから、全滅したと言い切れる。

 そしてその報告が――

「……我が、愛しき、最愛の、ルーナが……死んだ? ありえぬぞ、シュッツ。それはありえん。あの子は、我が国の、否、人類の希望だ」

「申し訳、ございませぬ」

「冗談であろう? のう?」

「……残念ながら」

 玉座の間を絶望の底に叩き落とした。ソロがお目にかかったこともない絢爛豪華な間に相応しき、華麗なるお歴々が愕然となっていたから。

 へたり込む者、嗚咽し咽び泣く者もいた。

 何よりも、

「……」

 王が、世界一の大国を率いるはずの王が、魂が抜けた表情で天を仰ぎ、絶望に打ちひしがれていたのだ。

 全てが終わった、そう言わんばかりに。

「ぉ、ぉぉ、もう、あの、美しい銀髪に、香しき、麗しの乙女に、我が最愛に、会えぬと? それを認めろと、そう言うのか、シュッツよ」

「……はっ」

「はっ、ではないッ!」

 王は従者から自らの杖を奪い取り、それをシュッツめがけてぶん投げた。杖に当たったシュッツは何も言わず頭を下げたまま。ソロはびくりとするも、約束通り口を塞いでいた。と言うか、何か言えるような空気ではない。

 それだけでは飽き足らずに、

「貴様は、何だ? ほざいてみろ!」

 玉座から離れ、シュッツの下へずんずんと突き進む。そのまま杖を拾い、それでシュッツを殴打し始めた。

 どう見ても全力、さすがにソロは口を開きそうになるが、

「……」

「っ」

 顔を伏せながら、ちらりと重なったシュッツの眼が、その強き色がソロの口を塞いだ。これのことを言っていたのだ。

「騎士であります」

「騎士が、姫を守れずに、いや、姫に守られて、それでノコノコと生き恥を晒しに戻ってきたと? そう申すか⁉」

「……はっ」

「無能無能無能無能無能!」

 王の怒りは収まらない。眼を血走らせ、相手を殺す勢いで殴り続ける。その間、シュッツは何も言わずにそれを受け止めていた。

 当然の罰だと言わんばかりに。

「姫のために死ぬのが騎士の役割であろうが! 死ね、今この場で死ね、死んで詫びろ! 騎士の風上にも置けぬ愚者、図体ばかりデカくて何の役にも立たぬ! 他の騎士は散り、貴様と其処の薄汚い男が生き延びた? 笑わせるッ!」

「この者は、女神の祝福を受けた聖剣セイントロールを引き抜きし勇者であります。その資質は某も、そして姫様も認めて――」

「口を開くな不忠者がァ!」

 さらに追撃し、

「では、其処な男が、苗字すら持たぬ者が、ルーナを超える力を持つと言うか? この大国アンドレイア最強の武人に、これが値すると申すか⁉」

 叫び散らす。ソロもその件に関しては値しません、としか言えないが――

『もし相棒がすげえ勇者だったらどうするつもりなんだろうな、この王様』

(知らねーよ)

 ただ、どう考えてもやり過ぎである。

 天涯孤独、親の顔も知らぬソロは親の気持ちなどわからないが、どれだけ傷ついたとしても、どれだけ偉かろうと、ここまでシュッツが苛められる謂れはない。

 ソロは王の人となりを、ルーナとの関係性を知らない。

 知らないが、この王のことは好きになれそうになかった。

「今はまだ。しかし、いずれは――」

「するわけが、ないッ!」

 王は息を切らせながらシュッツを、怒りを湛えた眼で見下ろす。

「へ、陛下。これ以上は……シュッツ殿はこれまでも王国のため長く尽くしてきた騎士の中の騎士、我が国に欠かせぬ――」

 偉そうな恰好をした者が声をかけるも、それは王の耳に入らない。

「二度と、余の前に現れるな」

「……っ」

「陛下、それはあまりにも――」

「生かして帰すだけありがたいと思え! まあ貴様にはもう、帰る家など……」

「陛下!」

 誰もが絶句する。その様子を見る限り、この大国でも『鉄騎士』シュッツ・アイゼンバーンという男は得難い人材ではあるのだろう。

 姫を失い帰還する、と言う失態を演じてなお、その放逐に文武問わず信じられない、それは正しい判断ではない、と言葉には出さずとも浮かべる程度には。

「失せよ!」

「……御意」

 血まみれのシュッツは立ち上がり、王へ深々と一礼したのち、ソロを促して共に玉座の間から退出する。

「……我が愛しき、ルーナ。なぜだ、なぜ……こんなことなら、如何に、才能があろうとも、外に出すのではなかった。余の下で、ずっと――」

 絶望に打ちひしがれ、胡乱気な顔で亡き者を想う、王を残して――


     〇


「何なんだよあのおっさん! キレ過ぎだろ!」

 もう口を開いていい、と言われた瞬間怒涛の勢いで罵詈雑言をぶちまけるソロ。思うところしかない一幕であった。

 何が王様だ馬鹿野郎、って気分である。

「……言うな。それだけ家族を失うことは辛いのだ。ソロにも心当たりがあろう?」

「……知らねえよ。家族なんていたことねえし」

「そ、そうか、すまぬ」

「謝らなくていいって。それより大丈夫か? 血まみれだけど」

「何のこれしき。某は頑丈なのが取り柄でな」

「それなら、いいけどよ」

 シュッツはムキっとポーズを取る。まあ、誰がどう見たって頑丈なのは一目瞭然、対する王様とは体格が違い過ぎた。

 とは言え、やり過ぎなことに変わりはないが。

「でもさ、これからどうするんだ?」

 結局、今回の帰還で出来たことは報告だけである。今後のことを話す暇も、そんな雰囲気もなく消えろと言われてしまった。

「元より、許して頂けるとは思っておらぬ。あくまで筋目を通すため、ご報告に参じただけだ。この結果も予想できていた」

「……俺、報告に付き合わされたの? 結構な長旅だったけど」

「これからはもっと長くなるぞ」

「へ? これからって――」

 これからのことを聞こうとした矢先に――


「シュッツ!」


 赤い髪の少女が二人の前に現れた。

(とっつぁんの子どもかな?)

『似てねえだろ。てか、自分の父を名前で呼ぶか?』

(あ、そっか)

 見たところ、良家のお嬢様という見た目、真っ赤な髪と打って変わり青々とした宝石のような瞳は力強く猫っぽい。如何せんまとっている衣装がレース満載のドレスであるため、お嬢様感が強烈に出ているが。

 どちらにせよソロに心当たりなどあるはずがない。

「ご無沙汰しております、姫様」

「そんなことよりも、その、お姉様は?」

 シュッツは悲しげに目を伏せる。

 しんみりした空気だが――

「えっ⁉ 姫様ってことはルーナと姉妹なん? 似てなっ!」

 此処でソロ、色々と知らぬのと迂闊な性格ゆえに、

「あ?」

 彼女の逆鱗に触れてしまう。

「そ、ソロ!」

 彼女の名はソアレ・アンドレイア。ルーナ・アンドレイアの腹違いの妹であり、姉のルーナを心の底から慕うが故、その件に触れると――

「シュッツ。この薄汚いの、なに?」

(な、何って――)

『人扱いですらねえな、相棒』

 初対面であろうとぶち切れる。

 これがソロとソアレの、比較的最悪に近い出会いであった。

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