第3話:嘘の約束
拝啓顔も知らないお母様、全部バレました。
「……」
「ねえねえ、おひまならあそぼ、ゆうしゃのおじさん」
「……お兄さんね」
目力が強過ぎて洗いざらい話してしまった。ちょっと誤魔化してもよかったかなぁ、と今なら思えるが、あの状況ではそこまで頭が回らず、とりあえずムショから出たばかりのゼンカモンです、と言うところから一獲千金狙いのぬすっとで、スコップを振り回したら何故か抜けました、あとこいつ聖剣じゃなくて魔剣です。
と言う感じで全部話した。
殺されるかと思ったが――
「……そうですか」
ルーナは少し残念そうに目を伏せるだけ。そしてなぜか村では依然として自分は勇者扱いであり、騎士たちもシュッツと渡り合った時同様、ある種のリスペクトを抱いたまま。何とも居心地の悪い状況となっていた。
とりあえずすることがないので、
「こら! だめでしょ、フリンしちゃ!」
「おませさんだねえ」
村の少女と一緒に遊んでいた。
ソロ自身、なぜこんなことをやっているのかはわからない。
まあ、これぐらいの歳の子と遊ぶのは得意なので別の良いのだが――
「私も混ざってよろしいですか?」
ままごと中、突然くだんのルーナがやってきた。
ソロはびくりと身を縮める。
「あいてるよ」
「お、王女様!? こ、こら、もっとへりくだらないと駄目じゃないか」
「へりくだるってなぁに?」
「ソロ殿」
「ひっ!?」
ソロ、さらに身を縮める。それを見てため息をつきながら、
「私もままごとには自信があります」
「かなりむずかしいカテイだよ」
「心得ました。全力で家庭環境を改善しましょう」
(……お、俺はこの状況どうすればいい? トロ助よ)
『ままごとすりゃいいだろ。生殺与奪握られてんだから。あと、そのトロ助ってやめろよ。様、せめてさんだろぉ』
(ここから逃げ出すアイデアがあるなら様でも何でもつけるよ)
『今は無理だって。だって隙ねーもん、このお嬢ちゃん』
(ならトロ助だ)
『ケェ』
責任のなすりつけ合いの果て、一人と一本の関係性も悪化の一途をたどる。元々小悪党と魔剣の組み合わせ、こんなもんであろう。
「あなた、あたしとこのオンナ、どっちをとるの!?」
「ねえ、もっと和やかなままごとにしない?」
「どちらを取るのですか?」
「……」
「私たちは質問をしているのです。答えてください。ちなみに私は愛人です」
「あ、はい、ええと、その、うう」
ソロはお腹が痛くなる想いであった。なぜかノリノリのルーナと少女に振り回され、頭がパンクしそうになりながらもソロは必死で役をこなした。
妻と愛人に挟まれた男の設定を。
ただでさえ現実も修羅場なのに、ままごとまで修羅場なのは夢がない。
『へえ、契約者はままごとの才能あるんだな』
(……妹っぽいのが、いたからな)
『っぽい、に、いた、か。わけありだねえ』
まあ何とかこなし切り、
「……すぅ」
元気な時は遊び、眠たくなったら寝る。実に子どもらしい姿を見せ、遊び疲れた少女は満足げにルーナの膝ですやすや眠っていた。
そんな少女の髪を撫でつけながら、
「子どもは元気が一番です」
「ですね」
「貴方も前科者とは思えないほど、素晴らしい演技でしたよ」
「前科者だから、かもしれませんよ」
「ふふ、そうですか」
寂しげな笑みをこぼす。
「なんで俺のこと、周りにバラさないんですか?」
「どんな希望も、今は必要なのです。例えそれが嘘であっても」
「……そんなにひどいんですか、戦場」
「ええ。地獄です」
負ける姿が想像もできない。そんな完璧超人に見える、真の勇者としか思えぬ彼女の、かすかな怯え。
それが事の大きさを示す。
一般人にはまだ広まっていない、魔王軍の侵攻。
その激しさを――
「先日の夜、話したことに嘘偽りはありませんね」
「全部話しましたよ」
「剣を握ったばかりの素人がアンドレイア王国でも指折りの騎士であるシュッツと渡り合い、速さだけでも上回った。それは紛れもなき真実です。ゆえに――」
ルーナは真っすぐにソロを見据える。
「貴方には嘘を貫き通してもらいます。私と共に」
「……すぐバレますよ」
「ならば強くなることです。そうしたらバレることなどありえない。嘘から出た真、ですので。何なら私が剣を教えましょうか?」
「もうおじさんなので今から新しいことを覚えるのはちょっと」
「お兄さん、なのでしょう?」
「……聞こえてましたか」
「ええ。神出鬼没の地獄耳だと覚えておいてください。私は貴方を逃がしません。それに貴方は私の手を握ったのですから……諦めてください」
「うへえ。高い握手ですね」
「ふふ、こう見えて王女ですからね。私は」
少女を抱き上げ、颯爽と去っていく後姿を眺めながら、
「……どう見たって王女様だろ」
ぽつりと漏らす。
「聞こえていますよ」
「ひっ!?」
結構離れているのに聞きとがめられていた。本当に地獄耳である。
「まあ誉め言葉と受け取っておきますが」
姿が見えなくなるまで安心はできない。じっと見えなくなるまで見送り、
(トロ助、俺はもうダメかもしれない)
『契約解除五秒前』
(解除したらすぐ王女へ言いつけて、トロ助押し付けて俺だけバックレる)
『て、てめえ、姑息なことを考えやがってェ』
(やれるもんならやってみろぃ)
結局逃げられないのはソロもトロも一緒である。ならばどうするか、とりあえずは嘘をつき続けるしかない。
その先は――何かあるのだろうか。
○
明日、この村を発つとのことでささやかなる酒宴がいつもの集会場で繰り広げられていた。騎士たちが持参してきた食事や酒を盛大に振舞う。聖剣を守り続けてきた村人たちへせめてもの感謝を、とルーナがそう命じたのだ。
おかげで集会場は大賑わい。
「おじさん。あたし、こんなおいしいごはんはじめてたべた!」
「俺もだよ。あとお兄さんね」
「こまかいね」
「お兄さんとおじさんには大きな壁があるんだよ、男にはさ」
「ふーん」
村の子どもたちも村にはない食事に大満足の様子。実際、ソロにとっても初めて食べるような食事であった。
大国の王女ってスゲー、って感じである。
「先日は失礼した!」
どん、と対面に座り込むは鎧を脱いでも巌の如し大男、『鉄騎士』のシュッツであった。酒を両手に座り、片方をずいっとソロへ差し出した。
「酒は苦手であるか?」
「愚問だぜ、とっつぁん。大好きだ」
「とっ……ま、まあよい。これは無礼への謝罪であるからな。それと今後、共に轡を並べ戦う者へのささやかなる労いでもある」
「……どゆこと?」
ソロ、ぐびっと酒を飲む。いつも通り、アルコールってやつは最高である。気持ちがふわっと軽くなるし、嫌なことも忘れられるから。
「その酒は私物なのだ。ひと瓶、十万オロの酒である」
オロ、とはこの世界、青の大地アスールに広く流通する通貨であった。地方により物価が異なり相場観もまた異なるが、まあ十万オロは嗜好品と考えたら都市部でも充分高価な部類に入るだろう。もっと高い酒はいくらでもあるが。
数百万、一千万を越える酒もあるとかないとか――ソロの知らぬ世界である。
「ぶっ!? こ、これ、そんなに高級なお酒なの⁉」
「うむ」
「ひ、ひええ」
普段、ソロが飲む酒などひと樽でも十万もしない。しかし、残念ながらソロは貧乏舌であるため、ぶどう酒は同じぶどう酒にしか感じなかった。
「それと、一つだけ頼みがあるのだ」
「……ず、狡いぞ。飲ませてからは反則だろ!」
「べ、別にそれほど難しいことではない。その、もっと近づけ。姫様は地獄耳でな」
「……よくご存じです」
遠くで子どもたちと食事を楽しむ王女をよそに、
「先ほど偶然、姫様と村娘とのままごとを拝見した」
「……先に言っとくけど、ノリノリだったのはあっちだからな」
お兄さん(自称)とおっさんの二人が顔を寄せ合い話している光景は、無駄に目立つのだがこのシュッツと言うおっさん、その辺よくわかっていない模様。
「わかっておる。よく王宮でも妹君とままごとに興じられておったからな」
「……妹いるの?」
「うむ。とても仲の良い姉妹である。姫様は妹君を守るためにも……まあその辺はおいおいであるか。重要なのは、貴殿が姫様の良き話し相手に見えたことである」
「とっつぁん、その眼は節穴か?」
どちらかと言えば看守と囚人の関係に近かったと思うのだが――
「某にはそう見えた。姫様は強い。同世代はもとより、某らの世代に至るまで並ぶ者のおらぬ武人なのだ。ゆえに、常に孤独を抱えておられた」
「そ、そうなんすか」
「今後とも強き武人同士、仲良く、共に支え合ってくだされば嬉しい」
「……お、おひとりでも大丈夫だと思いますけどね」
「頼む」
「……う、ういっすぅ」
「感謝いたす!」
ぐっ、と強く握られたごつごつの大きな手。其処から感じる力に、もし逃げたら見つけ次第握り潰すからな、と言われているような気がした。
そのまま集まってきた騎士たちと一緒に酒盛りが始まる。
生まれも育ちも関係ない。酒は皆を繋ぐのだ。
『へっへっへ、押しに弱いな。契約者のソロくんはよぉ』
(うるせー。俺だって約束したくてしてんじゃねえよ~)
『で、戦うの?』
(と、とりあえず誤魔化し続けるしかないだろ。トロ助も協力しろよ)
『ま、別にオイラは構わんけどさ』
(……嫌に素直だな)
『オイラを知れば、どうせすぐ戦いから逃げたくなるからなぁ』
(何の話だよ? 自動で戦ってくれるんだろ?)
『それはおまけだよ、おまけ』
(もっとすごい力があるってこと? なんだよ、全然やれるじゃん)
『課金すりゃ、な』
(何だトロ助、その課金って?)
『おいおい教えるよ、おいおい』
煙に巻くトロに何だこいつ、と思いながらソロは酒を呷る。やはり味の違いはわからないが、悪い気分ではなかった。
だって誰も彼もが楽しんでいたから。
村人も、騎士たちも、皆が笑顔であったから。
だから――
『甘いねえ』
夢を見ていたのかもしれない。
まあ何とかなるんじゃないか、と。嘘みたいな甘い夢を。
○
夜空を奔る一陣の影。
月明かりが闇夜に浮かぶ雲に映し出すは何かの、巨大な姿であった。
翼を広げた、何か巨大な鳥のようなもの。
それが、
「見つけたァ」
眼下に気配を見出す。自らの片目を奪った、憎き下等生物のものを。
それに王からの指示もあった。
剣を破壊せよ、と。
ゆえに――
「再会の挨拶だ、受け取れェ!」
巨大な影、その一部から巨大な光が膨れ上がった。雲間を灼熱に照らし、それは凄まじい速度で落ちていく。
誰が反応できようか、予期できようか――
「ゆうしゃのおじさん」
「ん?」
「これあげる」
「なにこれ?」
「さっきひろった草」
「ぶは、いらねー」
「こんどはお花あげるね。だから――」
ドン。
劫火が、落ちた。
全てを、飲み込む炎が――
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