第9話 蟲毒
「あーあーあーせっかく
「小花を長く〝式神の器〟として保たせるために、
「しょ、
「気安く呼ぶなよ、
ゴミ屑を見るような目つきで吐き捨てたあと、ぎらぎら睨みつける小花に虚は視線を向けた。
「〝式神の器〟になる女がニ、三年で使えなくなるのはもったないない。だから、そばに男を置いて女の精神がなるべく保つように慰めさせる。人間は飴と鞭を与えたほうが長持ちするし──女を利用するなら恋心に限るからな。小花は思惑通り、まんまとその手に乗せられたわけだけれど──少し、頑張りすぎたな」
蜘蛛の糸を引きちぎろうと小花は足掻く。猫の瞳、犬の遠吠え、狐の尻尾。いくつもの魔性が、小花の負の感情に呼応して爆発寸前だった。
「
小花から噴出する邪気が、草木を枯れさせる。虚は足元に落ちた菊花を冷たく見下ろした。
「それでも、小花の身体は人間のものだった。なにより、小花自身が安らかに眠りたいと願っていた。だから、人間のまま死なせてやろうと思ったのに。煽るんだもんなあ。考えなしの大馬鹿野郎がよ」
「そんな……僕はただ、本当に小花のために……」
「あーはいはい。悪気がないのは分かるよ。小花と共依存になるように、黒木家で刷り込まれたんだろ? 洗脳だよ洗脳。あんたも難儀だね。ま、男にゃ同情しねえけど」
良平は言葉を失う。
小花の目が、ぎょろり、と虚を捕らえた。カタカタと歯を鳴らし。
「虚……虚も結局、わたしのこと、騙してたんだ! 一目惚れなんて、嘘ばっかり!」
「一目でやばいと思ったのは本当だけどね。オレは祟り神と言えど、神様だからさ。悩なしで人間を喰いつくすだけのあやかしじゃねえんだ。祀られれば
「そうなんだ、そうなんだ、ひどいな、ひどいな。わたし、虚が好きだったのに! 信じていたのに! ちゃんと、恋をしてたのに! 皆でわたしを騙すんだ。皆で私の恋心を利用するんだ。そんなやつら死んじゃえ、死んじゃえ」
蜘蛛の糸が憎悪の炎で燃え尽き、
「──死んで詫びろ」
がぶり、と
「何言ってんだ、小花。裏切ったのはそっちだろ? オレは絶対に
思わぬことを指摘され、小花の瞳が揺らいだ。小さな蛇の集合体になっていた毛先が普段の
「オレの目を盗んで逢引なんかしやがって。責められる立場かよ」
「そっ……それは、で、でも、う、虚、私のこと好きじゃないんでしょ!」
「はあ? 一目惚れだけが恋じゃねえだろ。一緒にいるうちに好きになったじゃだめなの? むしろ一目惚れより深い愛じゃない?」
「えっ」
「結構態度で示してたと思うんだけどなあ。足りなかったんならそう言えよ。わかんねえだろ」
「え、え……」
しゅん、と小花は一瞬しょぼくれたが、すぐにぎょろ、と目を剥き。
「調子のいいこと言わないで! もうだまされないから! そういって良平さんのことかばってるじゃない!」
「オレだって助けたかねえよ。でも、こんなやつでも黒木家の者。氏子は守らねえと。小花、お前だって黒木家の人間。数少ない──オレが守る者のひとりだ。そうだろ?」
虚は小花の身体を躊躇なく抱きしめた。いつものように腐食した左手が毛先を
「確かにオレは黒木家に被害が出ないよう、人間が死なないよう──小花が大災厄にならないように、邪気を喰い、穢れをろ
「うそ、うそ、そんなの信じられるわけないでしょ!」
「うそなもんか。約束しただろ? 生まれかわったらオレと添い遂げて欲しいと」
「……っ! それこそ、都合のいい嘘じゃない! そんな未来あるわけないじゃない!! どこにそんな確証があるって──」
小花の顎をとらえ、虚はその唇を問答無用で塞いだ。むぐ、と小花は目を見開いた。直接、邪気を喰らって鎮める気だと気づいた小花が激しく抵抗したが、虚は小花の後頭部を押さえこんで、より一層口づけた。あまりに深い口づけに目をまわしかけて──小花は、気づく。口からあふれでる邪気は垂れ流しのまま。唇の端から泥のように伝い落ちていた。
虚は、小花の邪気を喰わなかった。ただ、唇を合わせていた。恋い慕うように。愛し合うように。恋人同士の睦言のように。硬直した小花から、ゆっくりと唇を離し、熱っぽい吐息を吐く。
「……はは、大人しくなった。やっぱり可愛いね小花ちゃんは。人間のまま死なすのも愛かなと思ったけど、やっぱり惜しいや」
「う、うつろ、な、なに、なにす、」
「ねえ、可愛い〝小花〟ちゃんのままでいてよ。今の小花は蟲毒の中の蟲毒。強力な神霊に匹敵する力がある。オレだって敵わないくらいの、この地を焼け野原にできるほどの力だ」
でもね、と虚は小花の瞳を見つめた。
「いくら力が神霊並みでも。人間の身体はやっぱり持たない。このままだと魔性に乗っ取られて小花ちゃんは消えちまう。誰かれ構わず呪いを振りまく、呪詛の災害になる。そんなの哀しいだろ? だからさ」
蛆虫が喰らった患部から、異形化が溶ける。そして、人間に戻った部分から小花の身体は限界を迎えて崩れていく。
「お前に身体をやるよ。好きな男を信じ続けて、すりきれて──化け物になってしまうくらい頑張ったその精神に見合うだけの。痛みにも喘ぐこともない。誰にも揺さぶられることのない強い身体を」
「……え」
「蛆虫だらけの死体でよければ。
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