真珠貝のはなし

月這山中

 

 海のただなかに、貝たちがいました。


 貝たちは、みなもからぶらさがる ロープにはりついています。


 おおきなハサミのかにも、あみに守られた貝にはとどかず、貝たちは、なんのしんぱいごともなく生きています。


 ときどき、ロープが海のそとへ引きあげられます。貝たちはおどろきますが、からだにちいさなたまをいれられて、また海のなかへもどされるだけでした。


 すでにちいさなたまがはいっている貝がとしをとったときも、ロープは引きあげられるのですが、そのときは、としをとった貝たちはもどってきませんでした。


 その朝も、生まれたばかりの貝たちが海のうえに行き、夕方にはもどってきました。


「あれには、いったいどんな理由があるのだろう。」


 若い貝がいいました。それを聞いて、ひとりの貝がこたえました。


 その日、からだにたまをいれられて、もどってきた中でも、いっとうあたまのいい貝は、海のうえを見ていて、いろんなことがわかったといいました。


「海のうえには『にんげん』が住んでいて、ロープもアミもかれらがよういしたものなんだ。」


「にんげんは、神さまみたいなものか。」


「そんなものじゃないさ。」


 若い貝が聞きかえすと、その貝は笑いながらいいました。


「ぼくたちのからだには、宝ものができるらしい。にんげんはそれをほしがって、こんなてまをかけているのさ。」


 それをきいた貝たちは、ぱかぱかとアワをだして、笑いました。


 ですが、若い貝は口をとざしたまま、じっと笑いませんでした。


「おれたちはもっと長く生きられるのに、ほんの五年かそこらでその宝ものをうばわれて、ころされてしまうんだぜ。」


 その若い貝はいいました。貝たちはぱかぱかとアワをだすのをやめ、若い貝のことばをききました。


「もっとおおきな宝ものをつくれるはずだろ、にんげんなんかにつかまっていたら、できないようなものが。それはおれたちのものだ。」


 若い貝は仲間に呼びかけますが、みんな今の生活からぬけ出したくありませんでした。


 それに、見たこともない宝ものなどにも、ちっともきょうみがありません。


 宝ものを見たことのある、あたまのいい貝も、なにもいいませんでした。


 だまっていた貝たちはおもむろにぱかぱかと、海のながれがどのくらいつよくなるだろうかとか、ふじつぼがよくくっつくようになったとか、若い貝のことなど気にしないかのように、せけん話をしながら元のとおりにもどりました。


 その若い貝はみんなのようすにたいへんにはらをたてて、とうとうひとりでロープをはずし、海のそこにとびおりました。




 海のそこをはいずり、若い貝はあみをこえて、安心のない海へと出て行きました。


 海はどこまでもつづいています。


 いろとりどりのサンゴをよこめにすぎて、かいそうのあいだをすりぬけて、なかまの声がとどかなくなったころに、若い貝ははいずるのをやめました。


 ぷかっ、と大きなアワをはきだすと、つかれた若い貝は、いちどねむりました。



 ときどき、いわのすきまにかくれてみたり、とおりすぎるイワシのむれをながめてみたりしながら、おきて、ねて、おきて、ねて、おきて、ねて、おきて……貝は宝ものができるまで独りすごしました。


 もうそろそろか。何年たっただろう。


 貝はおもいました。


 本当は七かい、太陽がのぼってしずんだくらいしか、じかんはたっていませんが、海の底ではわかりません。


 自分のからだのなかに、ごろごろとしたなにかがあるのがわかります。


 口をあけて、からだをふって、宝ものをとりだそうとしましたが、貝のちからだけでは、それがとりだせません。


 貝はだんだん、不安になってきました。


 ある日、貝がねむっていると、がつんと、かたいからに、しょうげき。


 きがつくと、かにがおおきなハサミで、貝をはさんでふりあげていました。かたいからが、がりがりとけずられます。


 からがわられると、やわらかいからだが食べられてしまいます。


 かににふりまわされて、貝はおそろしくて、めいいっぱいの力でくちをとじていました。


 とてもおそろしいのですが、宝もののことは忘れていません。


「ちょうどいい、おい、君、宝ものができているかみてくれないか。ねえ。おねがいを聞いてくれたら、半分くらいならくれてやるからさ。」


 貝はかにに話しかけますが、かには貝のことばがわかりません。ことばがわかったとしても、かには宝ものなどよりも、貝の肉のほうがほしいはずでした。


 さんざんふりまわして、かには、かたくとざされた貝をあきらめて、ハサミをはなして、どこかへと去ってしまいました。


「おうい、おうい。

 ああ、だれかひきあげてくれよ。

 きっとおどろくほどきれいなんだ。

 おれだけじゃ、宝ものをとりだせないんだ。

 たのむよお、だれかあ。」


 貝はもがいてもがいて、海の底をはいずりまわっていましたが、そのうち口をとざしたまま、しんでしまいました。




 ある日の船のうえ。


 りょうしが網をひきあげると、とても大きな、しんだ貝がかかっていました。


 めずらしくおもって、ナイフでこじあけてみると、中には、いびつな形で、にごった色の、だけど、おやゆびほどもある大きなしんじゅがはいっていました。


 りょうしはそれを家にもちかえると、ちいさなふくろにいれて、たんすのいちばん下の引きだしにしまっておきました。


 一年すぎ、十年すぎ、百年すぎて、貝がつくったしんじゅは、忘れさられていきました。



  了

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