3.駆け回る覚悟を決める
その日、王の視察があった。
遠くから覗くだけかと思いきや、鋤を振るう受刑者の近くまで来て、水を渡し、労いの言葉すらかけていった。護衛騎士が居るとはいえ危険ではないかと、暗殺を企てていた身で思う。
国王の濁った眼が伏せられ、俺は会釈を返した。
隣に控えていたローディへ話しかける。
「お前の兄が立候補していた」
「知っている」
当然の答えだった。
「どう思う」
俺はただ、それだけ尋ねた。
ローディはしばし考えてから答えた。
「暗殺の噂が真実かどうかはともかく、あの兄が死ぬなら喜ばしい」
カタリの笑い声が背後から聴こえたのを覚えている。
その夜、俺は脱走を試みた。
城門までは到達できたが、そこでローディに捕縛された。
「何がしたいんだ、お前は」
裁判所の前でローディは言っていた。
「被告は作業所からの脱走を試みました」
「彼の希死念慮の強さが行動を起こさせたのでしょう。温情ある判決を望みます」
しばらくぶりになる裁判は以前よりもずっと短く終わりそうだった。それでもあくびが出てケイの思念の眼に睨まれた。
「脱走罪の重さは誰の目にも明らかです。現国王イシス・ライズ・ガリアノス、判決を」
「立候補しなさい」
「……国王?」
それを判決と呼んでいいのか未だに悩んでいる。
俺は釈放され、第三の泡沫候補となった。
髭を剃られ、髪を整えられて、野菜箱で作った台の上に立たされている。
今すぐにでもやめたい。
「似合ってるわよ、アキ」
ケイは自慢げに隣に立つ。
一方、カタリは台の影で昼寝に興じている。
俺は意を決して言葉を発した。
「希死を抱いたというだけで前科者になるのは異常だ。俺がイシスの国王になった暁には、法律の改正を約束する」
拍手。
「勇者は高齢者層からの支持が厚いはずよ。頑張って」
俺の演説はケイの魔術によって広範囲へ届けられた。
時間になり撤収する。ひさしぶりにケイの屋敷で寝泊まりすることになった。
「今日からここがアキ候補の事務所ね」
今すぐにでもやめたい。
その夜、襲撃があった。
破壊された扉の前に襲撃者はなぜか仁王立ちしていて、慌てて出て来た俺とケイを見据えていた。
「夜分遅くに失礼します。イシスミ・アキ候補」
「俺を殺す気なら無意味だ。勇者票だけではどうせ落選する」
俺は覆面をしたティナに正直な劣勢を伝えた。
「確かに今の私は美しきヒットマン。ですが、あなたを殺す気はありません。どうぞそのまま活動なさってください」
「票が分かれるのを期待してるわけね」
ケイが前に出た。
「ええ。改正を唱えるならフェルタニル候補と支持層が被るのは必至。こちらとしては願ったり叶ったりというものです。あなたがおよび腰になっているようでしたから応援に伺ったのですよ」
「なぜ保守党に味方する?」
俺は尋ねた。
「馬鹿ねアキ、国が先に変わってしまったら革命団の存在意義がないじゃない」
「馬鹿はどっちだ」
「ティナがそういう奴なのはわかってたでしょ」
「聴こえていますわよ」
ティナに向き直る。
「意味がわからんし、扉も無駄に壊すし、褒められた所がない」
沈黙。
耳を澄ませると、すすり泣く声が届いた。
「お前らはどうしてこんな奴に従ってるんだ!」
「えっ、だってかわいいし」
無駄口を叩いた暗殺者の仲間は魔術の嵐に切り刻まれる。
「フェルタニル候補は必ず殺します」
そういうと自称・美しきヒットマンは涙を拭き、夜の闇に消えた。
朝になると作業所から人が来て、俺はそれを相手にまた演説を求められた。
最前列でヒルンが大きく拍手していた。
今すぐにでもやめたかった。
「護衛が必要ね。アキにじゃないわよ、ローディのお兄さんに」
放っておいても良いのではないか。
しかし、暴力を行使できる馬鹿ほど厄介なものはない。
「出来れば魔術が効かない腕利きの騎士が、だな」
奴らの過ちを止めるためにも、俺はローディともう一度話す必要がある。
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