6.俺が死のうとすると必ず異世界に来ている
目が覚めると、殺風景な天井が見えた。
俺は、また死に、転生し、元居た世界へ戻ってきたのだと思った。
しかし。
「………」
ベッドの傍らから覗くのは見慣れた赤毛の少女だった。
そして酸性の臭気が鼻につく。
黒髪の男が盥を抱えている。散々に吐いた痕跡が彼の表情から伺えた。
「僕がわかるかい?」
「お前こそ大丈夫か、ハル」
「うん、問題なさそうだ」
深い青の瞳、その瞼をぬぐって査問官のハルが立ち上がる。盥を抱えたままなことに気付き、机に置いた。
「まず、亡骸は魔王の強大なエネルギーが潰壊した結果残ったものであり、実体のない穴のようなものだった。君たちの言葉に翻訳しなおせば、極小のブラックホールだ」
魔王の正体を解き明かすために俺の身体に残った記憶を読んでいたのだろう。
信じられないような言葉が続く。
「君は吸収され、亡骸ごと消滅したはずだ」
「それは、どう、なったんだ。俺は一体……」
ハルの身体が震え始める。
「これ以上は定かではない。見ていると、その恐ろしいものを呼び出してしまうかもしれないし」
「ああ、そっか。先輩は召喚適正もありましたね」
「先輩はやめろ」
黒髪隻眼の少女、革命団のティナが話に挟まる。
「お前は奴に食われた」
冷めた声が部屋の隅から聞こえた。翠の女騎士、ローディ。
「我々はヤームからこのイシスへ戻る途中、あの丘で眠っているお前を見つけた。どうせお前が魔王の腹を蹴り破ったのだろう」
適当なことを言ってくれる。
「お前を殺すのは私なのだろう。だから、お前は決して死ぬことはない」
ローディの声には笑みが含まれていて、反論する気にもならなかった。
「あの瞬間のお前はたしかに、勇者だった。そして今は……」
赤毛が顔をくすぐる。
「よくがんばったわね、お父さん」
魔術師のケイが俺の顔を覗いていた。
「俺はお前の父親じゃない」
「わかってるわよ。でもあなたの一部にお父さんがいる」
分厚い眼鏡をずらしては直し、彼女は涙を拭っていた。
俺は手伝ってやろうとして、鉛が入ったように重い手足にようやく気付いた。
「僕からも言わせてくれ。君の記憶の中には確かに、ラクター先生の記憶がある。僕には全てを報告する義務がある……それまでは、彼女の望みに答えてやってくれ」
ハルもまた、涙を堪えているようだった。
「きっとおじいちゃんの故郷を探しに行っていたのね」
「だから」
全身が疲労感に悲鳴を上げている。もはや声を出すのも精いっぱいだ。
ケイは俺の胸に顔を埋める。
「では、ケインベルグとその仲間。お前たちを捕縛する」
「ちょっとは皆の体調を考えてよ。っていうかアンタもう騎士団じゃないでしょ!」
俺が寝ている間にローディは騎士団をクビになっていたらしい。ケイが俺に体重をかけて反論する。流石に苦しい。
「騎士団を抜けても騎士は騎士だ」
相変わらずよくわからない理屈だった。
「結局、我々がやったことって研究所の襲撃でしかないの……?」
ティナがおろおろと口にする。
「亡骸の圧で警報装置もぶっ壊れましたからね」
「世界崩壊の危機とか夢物語としか思われませんね」
控えていた団員にティナは救いを求めるが、首を横に振られるだけだ。
「まーそんなことよりさ、ご飯にしない?」
生意気な声が話を断ち切った。
「しょうがないわねーカタリは」
「……フッ」
「この宿の食事けっこう美味しいですよ、先輩」
「僕は遠慮しておくよ」
ケイたちは談笑し、部屋を出て行った。
違和感がある。
「言っておくけど、改変に気付いているのはキミだけだよ。『勇者様』」
人影が消えてからそれは、魔王カタリは本性を現した。
「ボクもキミも記憶の集合体。言葉を足掛かりに集めたツギハギ死体みたいなもんさ。前のボクは魔力が大きすぎてブラックホール化してたけど、今本体は海に散らばってる。ここまでは良い?」
覗き込んだのは少年か少女かわからないが、幼い顔だった。
短くなった白い髪。不吉な色の。
「この世界はボクの居住地として作った庭に過ぎない。陰と陽。ボクとキミが合わさって世界ごと消滅するはずだった。キミの記憶にボクの姿があったのはそれに何度も失敗しているからだ。これで59兆3千5百9回目。そしてまた失敗した」
はあ、と息を吐く。
「キミが拒絶したんだからね。お互いこんな中途半端な存在になっても終われなくて、かわいそうだと思わない? まあ、ご褒美として土地の呪いをちょっとだけ薄めてあげたけど」
カタリは口の端を痙攣させて空っぽの笑みを作った。
身体は鉛が入ったように動かない。
俺は勇者などではない。こんなことで『世界を救った』などと言えるだろうか。だから俺は。
「この世界の呪いを解け」
「世界ごと消すつもりならできるよ」
「………」
まだ俺は死ねないらしい。
終
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